- 『 シロ』 作者:HAL / 未分類 未分類
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全角3221文字
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原稿用紙約10.75枚
第一印象は〈白〉
ただ素直に笑う 彼女のイメージ
昼前目の覚めた俺の前に、音もなく立っていた。いや、立っていたというのは間違いかもしれない。正確に言えば「浮いていた」だ。
大きな麦わら帽子をかぶったそいつは言った。
「私と今日一日だけ、付き合ってくれませんか?」
ベッドの上で上半身だけ起こした状態で固まっていた俺は、やっとで正気を取り戻すと、思わず叫んだ。
「誰だよお前っ、何でこんなとこに」
そいつは、何も言わずに帽子を取った。意外と幼い。小さめの口に、ぱっちりとした目。その人形のような顔立ちに、思わずドキッとした。
「付き合って、くれますか?」
そいつは、その大きな瞳で俺を見つめ、もう一度言った。
次の瞬間、俺はごく自然に、素直に、頷いていた。
「郁也さんは、一人暮らしなのですね。」
ソファーの上にちょこんと座ったそいつは言った。
俺は未だに状況がつかめないまま、「ぁ、ああ、そうだよ。」と、一人焦って答えた。
「最近親離婚してさ。ってか、親父なんか全然家にいなかったけどよ。で母親は実家帰って、親父は仕事でアメリカ。
どっちにもついて行きたくなんかねーしな。」
言ってから、はっとなった。そいつの顔が、少しよどんでいたから。
「で、でも一人暮らしの方が楽でさ。女も連れ込めるし。」
慌てて言って、さらにしまったと思った。これじゃまるで、馬鹿みたいだ。
けどそいつは、口に手をあてて「ふふふ」と笑った。それは、俺が今まで見たこともない、「ただ笑う」という動作だった。
なんでこいつはこんなにも純なんだろう。まるで自分が、とても汚いモノのような気さえした。いや、俺だけじゃない。周りの奴らも、みんな。
俺が少し黙っていると、「郁也さん?」と心配そうに、顔をのぞき込んできた。俺は慌てて、「何でもないよ。」と返す。
「それよりさ、さん付けとかやめて。痒い。」
「はい、じゃぁ、郁也で。」
また、素直に微笑む。胸が大きく、ドクンとなった。
「そいえば、おまえは名前なんてゆーの?」
「あ、私は・・・」
言いかけて、そいつは口を閉じた。
「ん?」
「考えてください。」
「・・・へ?」
「私の名前、郁也が考えて。」
いきなり、そんなことを言い出した。
「ぃゃ、考えろと言われても」
「ね?」
俺は困ったけど、可愛くねだられ、仕方なく考え込んだ。「う〜ん・・・」と唸る俺の隣で、そいつはニコニコしている。その顔を見て、また胸がうごめく。
「・・・・・・白」
頭より口が先に動いていた。それは、おれがこの少女に対して、まず強く持った印象だった。
「シロ?」
「ぁ、いや、何でもない!それじゃまるで、犬だよな。」
俺は慌てて首を振った。けどそいつは、とても嬉しそうに微笑んで、言った。
「かわいいっ。」
ドクン。胸の辺りが、大きな音をたてる。今日はやけに、自分の心臓の音が聞こえる気がした。
それから昼飯を食べて、晴天の午後を家の中で過ごした。せっかくだから何処か出かけるかと聞くと、
ただ俺と話をしているだけで楽しいのだと言う。なんだかなぁと思いつつ、けど悪い気はしない。
シロはニコニコしながら、俺の話を聞いていた。たまに交えるつまらないジョークにも、本当におかしそうに笑う。
そのたび俺の心臓もドクンと音をたてるけど、その振動にさえ、慣れてしまっていた。
驚いたことに、シロは高2、俺とタメだった。「絶対中学生だと思ってた。」と正直に言うと、
「そんなに童顔ー?」とほっぺたを膨らませた。その仕草がまた子供っぽくて可愛くて、俺はシロの頭を撫でた。
散々話して散々笑って、気がつけばすでに6時半をまわっていた。
「どうりで腹も減るわけだ。」
俺は、部活できれいに割られた腹をさすって言った。
「よし、今夜はシロちゃんお手製のスペシャルオムライスだ。」
シロは元気よく立ち上がると、キッチンへ向かった。
「へ?シロ、料理とかできんの?」
「ふふっ、任せて。」
自信たっぷりに言うと、鼻歌交じりに冷蔵庫を開けた。俺は頼もしく思えて、ソファーに座り直し、雑誌をひらいた。
しばらくして、キッチンからシロが「郁也、辛党?」と聞いた。俺は「おぅ。」と返し、時計を見た。
7時ちょいすぎ。何故だかいきなり、緊張してきた。よく考えてみれば、夜、マンションの一室に、男と女。
テレビをつけると、ニュースをやっていた。チャンネルを変えずに、リモコンを置く。そしてまた、雑誌に目を落とした。
別に、見るためにつけたわけではない。ただなんとなく、その静けさに耐えられなかったのだ。
「昨夜9時頃、N地区の」
ふと聞き慣れた地名が耳に飛び込んできたから、俺はテレビに目をやった。N地区といったら、ここから数キロほどしか離れていない。
夕べN地区の十字路で、塾帰りの女子高生が事故に遭い、病院に運ばれたが間もなく亡くなったそうだ。
あの十字路では前にも事故が起きている。見通しの悪い細めの道で、直進する車には右方向が見えにくい。
俺も前に一度、バイクで自転車の子供を引きかけた事がある。
「なんとかしろよなぁ。」
つぶやいて、リモコンを持った。しかし、チャンネルを変えようと伸ばした腕が、その一秒後、固まった。
「亡くなったのは、S女子学院の渡辺真白さん、16歳」
アナウンサーの音声とともに、映し出された一枚の写真。ここらじゃ一番のお嬢学校であるS女の、
女子に男子にも人気のその制服をまとった少女は、16にしては幼く、人形のような顔立ちをしていた。
カチャッという物音に我に返って振り向くと、シロができたてのオムライスを持って、立っていた。
しかしその足は、やはりわずかに床から離れているのだった。
俺はテレビを消し、言った。
「シロは、なんでココにいるんだ?」
忘れていた。一目見たときからわかっていたのに。シロはもう、この世の人間ではないのだ。
見つめる俺に、シロは静かに言った。
「忘れ物を、届けにきました。」
その手にはいつのまにか、タオルが握られていた。白に青文字でK高BCと書かれたセンスのないそのタオルは、
俺の所属するK高バスケ部のものだった。
「去年の夏、雨上がりの道を歩いていてトラックに水をかけられた私に、すれ違った男の子が渡してくれたの。
自分はもう一つ持ってるから使えって。けど、前を走っていた人に呼ばれて、じゃぁねってすぐに走って行っちゃって、
ありがとうも言えなかった。」
思い出した。県大会の日だ。会場集合なのに一緒に行く先輩がバスの時間まちがえて、全速力でバス停まで走った日だ。
「その日からからずっと気になってた。郁也ーって呼ばれてたその人のこと。友達の情報でバイト先を知ってからも、
勇気が出なかった。けど昨日、このタオル持って、あの時はありがとうって、伝えに行くつもりだったの。」
シロの目に、涙がいっぱいたまっていた。
「もっと早く、会いに行けばよかった。」
俺は、自分の目が熱くなるのを感じた。
「今日、シロに会えて、いろんなこと話して、すっげー楽しかった。・・・こんなにドキドキしたの、初めてだから。
会いに来てくれて、ありがとう。」
最後のほう、声が震えてしまった。
シロに差し出されたタオルを取ろうと立ち上がると、シロが顔を近づけてきて、唇が触れた。
「ありがとう。さよなら。」
今までで一番の笑顔だった。
しばらくして俺は、残されたオムライスを口に運んだ。ピリッと辛い味がした。
「真白か。やっぱシロじゃん。」
つぶやいて、ははっと笑った。スプーンを落とし、下を向いて初めて気がつく。泣いていた。
オムライスをパクつき、声を殺して、子供のように泣き続けた。窓から見える一等星が、いつも以上に明るく輝いている気がした。
季節は夏 俺が好きになったのは 麦わら帽子のよく似合う女
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■作者からのメッセージ
初めまして。HALと申します★いつもは違う掲示板に投稿させて頂いてるのですが、只今修行中ゆえ、感想・アドバイス等いただきたくてやってきました☆正直、心臓ドキドキです。ほんと、ふざけたことは書けないなと。えと、夏に書いたもので、季節はずれすぎですいません。では、今後ともよろしくおねがいします☆★