- 『奏でるは君のために…』 作者:森々 / 未分類 未分類
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オレには13歳になる妹[チカ]がいる。小さい頃は健康体そのもので、外で遊ぶのが大好きな活発な子だった。
だが6歳の夏に外国へ遊びに行った時、チカは交通事故で大怪我を負った。
小さな体は大量の出血に耐え切れず、止むを得なく輸血が行われることとなった。
父さんも母さんも、両手が白くなるくらい握り締めて、チカの生還を祈った。オレも手術が終わるまで、ずっと願い続けた。チカを助けてください…と。
祈りが通じたのか、チカは無事手術を乗り越え、3ヶ月後には退院した。
日本に戻ってからは、心配していた事故の後遺症もなく、幸せな日々が続いた。
チカは中学に上がったら吹奏楽部に入りたいと言っていた。彼女は音楽が大好きだ。
オレが幼稚園からずっとヴァイオリンを習い続けているのも、もしかしたらチカの影響なのかもしれない。
オレの拙い演奏も、チカの笑顔に称えられれば、まるでプロの演奏をも越せるのではないかと思ってしまう。不思議だ。
7月10日、チカの10歳の誕生日。オレは学校の帰りにケーキを買って帰ると約束していた。
「大きいの買ってきてね」とはしゃぐチカの姿は、まるで体全体が幸せで満ち足りているかのようだった。
鼻歌を歌いながら帰宅した。片手にはケーキ。もう片方には大きなクマの人形。
オレはチカの喜ぶ顔を思い浮かべながら、ドアを開けた。
「チカっチカっ!しっかりして…チカっ!」
「…はい、はいそうです。藤間町の石黒アパートです。203号室です。お願いします」
オレは一瞬何が起こっているのかわからなかった。
目の前にはパジャマ姿で倒れているチカと、必死でチカに呼びかけている母親。
そして半狂乱しながら電話に叫んでいる父親。
オレが帰ったことに気付くと、母さんは泣きながら縋り付いてきた。
「アキラっアキラぁ…どうしよう…チカが…チカが目を開けないのぉっ」
オレは母親の体を離して、倒れているチカに走り寄った。
硬く瞑られた瞳は開こうとしない。オレはチカの体を揺さぶりながら叫んだ。
「チカ!お兄ちゃんだ!聴こえるか!?」
「……お…おにい…ちゃ…」
小さい声だがはっきりと聴こえた。
「チカ!?」
「お兄ちゃん……」
「苦しいか?すぐにお医者さんが来るからな」
「お兄ちゃん…それ…」
チカの震える指先には、オレの買って来たクマがいた。
チカへの誕生日プレゼント。一週間前から予告していた品物だった。
「アレか…?チカが欲しいって言ってただろ?今日買ってきたんだ」
「クマさん…とっても可愛い…」
その瞬間チカの体がビクンと痙攣した。
オレは慌ててチカを抱え直すと、真っ白になった細い手を握った。
「チカ!しっかりしろ!お兄ちゃんがついてるから!」
「……おにい…ちゃん…」
「くそっ救急車はまだ来ないのか!!」
父さんはじっとしていられない様子で、裸足のまま外へ飛び出していった。
「お兄ちゃん…」
チカのか細い声は、段々と小さくなっていった。
「チカ!」
「お兄ちゃん…ヴァイオリン…」
「え?」
予想外の言葉に驚いた。
チカは白く変色した唇を必死で動かして、俺に伝えた。
「わたし…お兄ちゃんが弾くヴァイオ…リン…好きだから。毎年チカの誕生日が来るたびに…弾いてくれてるよね…嬉しい。すごく嬉しい。だから…」
チカの体は硬くなっていった。
「わたしがいなくなっても…弾いてくれる?チカのこと忘れないで…チカの誕生日に…弾いてくれる?」
オレは目から零れる涙を拭えなかった。
そしてホっと息を吐くと、チカの両手を握り締めて、はっきりと言った。
「もちろんだ。ああ…弾いてあげるよ。毎年毎年忘れずに。いつだってチカのためだけに奏でよう」
チカはもう開かない瞳からポロポロと涙を流した。
「ありがとう…ありがとう…おにいちゃ……」
チカは大空へと飛び立った。
あれから3年。今日はチカの13歳の誕生日。
オレは自分の部屋で静かにバイオリンを弾いている。
あの日、チカと約束したように。チカの誕生日を祝って。
チカ。誕生日おめでとう!
『ありがとう…お兄ちゃん』
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2003/12/14(Sun)23:23:30 公開 /
森々
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■作者からのメッセージ
紅の森とは関係ないんですけど。ちょっとシリアス調にしてみました。どうでしょう?