- 『奏でるは君のために…』 作者:森々 / 未分類 未分類
- 
	全角1660文字
 容量3320 bytes
 原稿用紙約5.8枚
 オレには13歳になる妹[チカ]がいる。小さい頃は健康体そのもので、外で遊ぶのが大好きな活発な子だった。
 だが6歳の夏に外国へ遊びに行った時、チカは交通事故で大怪我を負った。
 小さな体は大量の出血に耐え切れず、止むを得なく輸血が行われることとなった。
 父さんも母さんも、両手が白くなるくらい握り締めて、チカの生還を祈った。オレも手術が終わるまで、ずっと願い続けた。チカを助けてください…と。
 
 祈りが通じたのか、チカは無事手術を乗り越え、3ヶ月後には退院した。
 日本に戻ってからは、心配していた事故の後遺症もなく、幸せな日々が続いた。
 チカは中学に上がったら吹奏楽部に入りたいと言っていた。彼女は音楽が大好きだ。
 オレが幼稚園からずっとヴァイオリンを習い続けているのも、もしかしたらチカの影響なのかもしれない。
 オレの拙い演奏も、チカの笑顔に称えられれば、まるでプロの演奏をも越せるのではないかと思ってしまう。不思議だ。
 
 7月10日、チカの10歳の誕生日。オレは学校の帰りにケーキを買って帰ると約束していた。
 「大きいの買ってきてね」とはしゃぐチカの姿は、まるで体全体が幸せで満ち足りているかのようだった。
 鼻歌を歌いながら帰宅した。片手にはケーキ。もう片方には大きなクマの人形。
 オレはチカの喜ぶ顔を思い浮かべながら、ドアを開けた。
 
 「チカっチカっ!しっかりして…チカっ!」
 「…はい、はいそうです。藤間町の石黒アパートです。203号室です。お願いします」
 
 オレは一瞬何が起こっているのかわからなかった。
 目の前にはパジャマ姿で倒れているチカと、必死でチカに呼びかけている母親。
 そして半狂乱しながら電話に叫んでいる父親。
 オレが帰ったことに気付くと、母さんは泣きながら縋り付いてきた。
 
 「アキラっアキラぁ…どうしよう…チカが…チカが目を開けないのぉっ」
 
 オレは母親の体を離して、倒れているチカに走り寄った。
 硬く瞑られた瞳は開こうとしない。オレはチカの体を揺さぶりながら叫んだ。
 
 「チカ!お兄ちゃんだ!聴こえるか!?」
 「……お…おにい…ちゃ…」
 
 小さい声だがはっきりと聴こえた。
 
 「チカ!?」
 「お兄ちゃん……」
 「苦しいか?すぐにお医者さんが来るからな」
 「お兄ちゃん…それ…」
 
 チカの震える指先には、オレの買って来たクマがいた。
 チカへの誕生日プレゼント。一週間前から予告していた品物だった。
 
 「アレか…?チカが欲しいって言ってただろ?今日買ってきたんだ」
 「クマさん…とっても可愛い…」
 
 その瞬間チカの体がビクンと痙攣した。
 オレは慌ててチカを抱え直すと、真っ白になった細い手を握った。
 
 「チカ!しっかりしろ!お兄ちゃんがついてるから!」
 「……おにい…ちゃん…」
 「くそっ救急車はまだ来ないのか!!」
 
 父さんはじっとしていられない様子で、裸足のまま外へ飛び出していった。
 
 「お兄ちゃん…」
 
 チカのか細い声は、段々と小さくなっていった。
 
 「チカ!」
 「お兄ちゃん…ヴァイオリン…」
 「え?」
 
 予想外の言葉に驚いた。
 チカは白く変色した唇を必死で動かして、俺に伝えた。
 
 「わたし…お兄ちゃんが弾くヴァイオ…リン…好きだから。毎年チカの誕生日が来るたびに…弾いてくれてるよね…嬉しい。すごく嬉しい。だから…」
 
 チカの体は硬くなっていった。
 
 「わたしがいなくなっても…弾いてくれる?チカのこと忘れないで…チカの誕生日に…弾いてくれる?」
 
 オレは目から零れる涙を拭えなかった。
 そしてホっと息を吐くと、チカの両手を握り締めて、はっきりと言った。
 
 「もちろんだ。ああ…弾いてあげるよ。毎年毎年忘れずに。いつだってチカのためだけに奏でよう」
 
 チカはもう開かない瞳からポロポロと涙を流した。
 
 「ありがとう…ありがとう…おにいちゃ……」
 
 
 チカは大空へと飛び立った。
 
 
 
 あれから3年。今日はチカの13歳の誕生日。
 オレは自分の部屋で静かにバイオリンを弾いている。
 あの日、チカと約束したように。チカの誕生日を祝って。
 
 
 チカ。誕生日おめでとう!
 
 
 
 
 『ありがとう…お兄ちゃん』
 
 
- 
2003/12/14(Sun)23:23:30 公開 /  森々
■この作品の著作権は 森々さんにあります。無断転載は禁止です。 
- 
■作者からのメッセージ
 紅の森とは関係ないんですけど。ちょっとシリアス調にしてみました。どうでしょう?