- 『最後の火』 作者:Be / 未分類 未分類
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全角2953文字
容量5906 bytes
原稿用紙約10.25枚
白い煙を吐き出しながら、男はベンチを立ち上がった。
時計を見ると、もはや日付も変わろうという時間だった。
男は、懐から携帯灰皿を取り出し、手に持った煙草を揉み消すと、また新たに一本の煙草を取り出して火をつけた。
男は思う。そういえば、自分が煙草を吸うとき、いつも彼女は目を細めていやそうな顔をしていたっけ。
はじめから、自分たちが長続きしないことは分かっていたのかもしれない。
けれど、漠然とした愛情があって、それを信じて今まで付き合ってこれたのだ。
…いや。その曖昧な何かにすがってしか生きられなかっただけなのだろう。
男は煙を深く吸い込むと、ゆっくりとそれを頭上に吐き出した。
紫煙は街頭に照らされながら、星の見えない夜空に吸い込まれてゆく。
夜の公園に人の気配はなく、街頭に照らされたベンチで一人たたずむ男は、ただ静かに流れる時間だけを感じていた。
男は、携帯電話を取り出して登録した電話番号を表示した。
だが、すぐに躊躇って通話ボタンを押すのを止めた。
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――今夜、あの公園で待ってる。
俺は確かに彼女に話した。
あの時は返事をもらわなかったから、彼女は来るとは限らない。
でも、もし彼女がまだ俺の事を嫌いになっていなかったら。
もしかしたら、来てくれるかも知れない。そんな淡い期待を抱いて、俺はここで待っている。
待ち合わせは10時だった。もう2時間が過ぎている。
俺は何本目になるか分からないタバコを取り出して、口にくわえて火をつけた。
薄荷を含んだ煙が肺を満たしていくのが分かる。彼女はタバコが嫌いだったが、俺たちが仲違いしだしたのはこの緑色のマルボロが原因だったなんて思いたくない。
ポツリと、空から雫が落ちてきた。
「雨、か…」
俺は、空を見上げながら呟いた。吐き出した煙は、雨とすれ違って遠く離れていく。
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人がほとんど居なくなった駅のホームで、女はベンチに腰掛けた。
駅の時計は既に0時を指していた。
女は、深いため息をつくと携帯電話を取り出して着信履歴を見た。
そこには、好きだった男の名前。
だった。
それはあくまでも過去形。
些細な事で喧嘩をして、それからギクシャクした関係がずっと続いていた。だからもう終わりにしよう。そんな話をした夜を思い出す。
女は思う。自分の気持ちが分からずに、未だに整理がつかない。好きかといわれるとそうでもない。
だから、突然会いたいだなんて言われてもどうしていいか分からない。
駅のホームは閑散としていて、一人ベンチで憂っている女に、ただ穏やかに流れ過ぎた時間を思い起こさせた。
そこは、思ったよりも薄汚れていた。辺りにはゴミが散らばっているし、むき出しのコンクリートも歪んでいる。
女は、その中の無造作に捨てられた煙草の吸殻に目をやった。
そういえば、彼はこの銘柄の煙草が好きだったっけ。
女は、目を閉じて携帯電話を閉じた。
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――今夜、あの公園で待ってる。
あの人は電話越しにそう言った。
いまさら何の用があるというのだろう。私たちは、もう戻れないとこまで来てしまったのだ。
もう約束の時間なんか2時間も過ぎてる。
今行っても待ってるはずなんかない。
そう思うけど、心のどこかで彼が待っていることを期待している私が居る。
…ばからしい。
こんな所でじっとしていないで、早く部屋に帰ろう。そうすれば、すべてが終わるのだ。
私は、立ち上がり階段の方に足を向けた。
一瞬だけ、タバコの自動販売機が見えた。それが合図だったのかもしれない。
彼が待ってるんだと私の中の幻想は現実へと姿を変えた。
そうだ。私はタバコは嫌いだったけど、私たちを引き合わせてくれたのはマルボロっていう銘柄のタバコだったんだっけ。
私は、彼のどこを好きになったのだろう。
携帯の着信履歴。
そこには、私が好きだった男の名前。
だった。
それはあくまでも過去形だった。
私は急いで駅を飛び出すと、雨が降り始めた夜の街を、彼が待っているはずの公園へと走り出していた。
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雨はただの通り雨だったらしい。30分もしたらそれは通り過ぎていた。
だが、勢いが強かったせいで、雨宿りもしなかった俺はびしょ濡れになってしまった。
「……もうすぐ1時か」
俺は、時計を確認すると誰にともなく言った。それは、自分に言った言葉なのかもしれない。
もう、彼女は来ないんだよ、と。
俺は、懐からタバコの箱を取り出すと、それを口にくわえた。
古い、使い込んだジッポライターでそれに火をつける。が、なかなかついてくれない。タバコが濡れてしまっていたのだ。
そうだろうな。
濡れてしまったタバコに火をつけようとしても、ついてくれない事なんて分かっている。
俺は自虐的に笑うと、タバコとライターをポケットにしまった。
すると、手には別の感触。
「あ…」
取り出してみると、一本だけ、たった一本だけ濡れていないマルボロがあったじゃないか。
彼女のアルバイト先に忘れていって、俺と彼女の出会いのきっかけになった銘柄のタバコ。
俺はそれに火をつけると、今までになく深く吸い込んだ。
「タバコ…やめようかな」
そしたら、こいつがその最後の一本だ。君が残してくれた、最後の。
少し未練がましいかもしれない。でも、勝手にそう思い込んでいよう。天がプレゼントしてくれたそれをもう少しだけ味わおうと思った。
俺は、そのタバコを半分ほど吸うと、携帯灰皿を取り出した。
だが、携帯灰皿は既に吸殻でいっぱいだったので、仕方なく俺はそのタバコを地面に捨てた。
「さよなら」
俺は、地面に落ちたタバコを見つめながらそう告げると、その場を後にした。
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息を切らしながら、公園に着いた。
雨は止んだものの、ずぶ濡れになってしまった私は重い服を纏ったまま走るのが多少辛かった。
でも、彼はもう3時間も待っている。早く見つけてあげなければいけない。
私は人の気配のない公園を、彼を探し歩きまわった。
…いない。
…いない。
どこにもいない。
そんなはずはない、と思いながら私はその姿を探す。
ふと、街灯の下にあるベンチが視界に入った。
私は引き寄せられるようにその場所へ向かった。
「あ……」
そこにあったのは、地面に落ちた一本のマルボロ。
火が消えきっておらず、未だに少し煙を立ち上らせていた。
…一足違いだったのね。
私は、ただ呆然とその地面に落ちたタバコを見る。
私が悩んでなんかいなければ。
もっと早く走れれば。雨なんか降らなければ。
…ううん。これはきっと運命だったの。
雲の切れ目から月が顔を出す。
その神聖な輝きに照らされたマルボロは、か弱く瞬いていたその小さな灯火を静かに消した。
――さようなら、大好き だった 人。
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■作者からのメッセージ
これは、彼視点、彼女視点、第三者視点の三つから構成されています。意味はありません。やりたかっただけです。
ちなみに、僕は愛煙家です。プログラマー&自称小説家という職業柄(今年度まで学生だけど)、タバコは必須とか勝手に理由つけて吸ってます。ごめんなさい。