- 『紅の森 第一章「海」W』 作者:森々 / 未分類 未分類
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 原稿用紙約10枚
 『1年10組、長谷川海さん。お電話が入っていますので、至急職員室までお越しください。繰り返します、1年10組長谷川海さん・・・』
 「シィのこと呼んでるよ」
 クラスメイトの古藤華が海に呼びかけた。「シィ」というのは海のあだ名で、由来はその名の通り、英語の「sea」から来ている。
 海はそれまで持っていたプリントを音を立てて教卓の上に置くと、華に軽く会釈して教室を出て行った。
 「全く・・・骨の髄からO型人間ね」
 溜息交じりにそう言うと、華は海の残していったプリントを片付け始めた。
 そうこうしているうちに朝礼の開始チャイムが鳴り、担任の葛西教員が仏頂面をして教室へ入ってきた。
 華は急いで自分の席に戻ると、背後で熟睡している諭史を拳で起こした。
 「あだっ!」
 「さっさと起きなさい。葛西が睨んでるよ」
 そう言われて諭史が教卓の方を見ると、葛西が物凄い形相で諭史に視線を送っていた。
 もともと葛西と諭史は相性が悪い。悪いどころか最悪である。
 諭史はそんな葛西を見て鼻で笑うと、勢いよく椅子から立ち上がった。
 「おはようございます先生。今日はお日柄も良く、先生の頭髪も元気一杯ですね」
 教室中から笑い声が上がった。
 葛西は慌てて薄くなった頭頂部を抑えると、顔を紅潮させて叫んだ。
 「うるさい!朝から担任に向かって喧嘩を売るとは何たることだ!お前らも静かにしろ!!」
 シーンと静まった教室で、諭史は真っ直ぐ葛西を見据えながら言った。
 「別に喧嘩なんて売っていませんよ。ワタシは真実を述べたまでです」
 「真実だと!?お前の目を見たらそんなこと嘘だとすぐにわかる!お前の目は俺を嫌っている目だ!」
 「好いてはいませんね」
 「ハン!!それはこっちも同じだ・・・見ていろ、すぐに俺に歯向かったことを後悔させてやる」
 「楽しみに待っていますよ。では失礼」
 そう言うと諭史は後ろ側のドアを開けて、廊下に出て行った。
 葛西は諭史を止めようとしてドアへと走り出したが、それは華の一声によって阻止された。
 「先生、あと2分で職員会議ですよ」
 
 「海の奴・・・どこ行ったんだ」
 諭史は職員室と反対側の廊下を走りながら呟いた。
 登校してから朝礼まで寝ていたため、諭史は呼び出しの放送に気づかなかった。
 『あいつこの頃変なんだよな。目の下に隈作ってヨロヨロしながら笑ってるし。「そんなにバイトがキツイのか」って聞いても、「そんなことない。すごく楽しい」って否定するし。家で何かあったのかな』
 諭史はそんなことを考えながら、勢いよく角を曲がろうとした、その時。
 
 「ぐえっ!」
 「あだっ!」
 
 二人はぶつかった。
 
 「いってぇ・・・唇切っちまった」
 「それはこっちの台詞よ・・・」
 諭史は顔を上げた。目の前には海が口を押さえて座っていた。
 「海!お前何処にいたんだよ!」
 「何処って職員室よ。呼び出しされてたから」
 「職員室は反対側だぞ」
 海は決まり悪そうに顔を顰めた。
 そしてゆっくりと立ち上がったので、諭史も慌てて立ち上がった。
 「ちょっと気分が悪かったから、屋上で風に当たってたの。・・・もう平気よ」
 諭史の表情を見て、海は最後に言葉を付け加えた。
 「朝礼が始まっているのに?」
 「うん」
 「わざわざ屋上に行ってまで、風に当たりたかったのか?」
 「そうよ」
 諭史は顔を歪めると、何を思ったか急に屋上へと走り出した。
 「ちょっ・・・ちょっと!諭史!?」
 海は慌てて追い駆けた。
 1階から5階の屋上まで階段を駆け上り、屋上へと続く階段へのドアを押した。
 だがそのドアには鍵がかかっており、ご丁寧に頑丈な錠前まで付いている。
 海は息を乱しながら、諭史に言った。
 「無理よ・・・そのドアはかぎがかかっているの。私は先生から特別に鍵を借りていたから・・・」
 海が言い終わる前に、諭史は一歩後ろに下がり、身を構えた。
 「なっ・・・ちょっと待って・・・諭史!!」
 諭史は勢いをつけて一気にドアを蹴り飛ばした。
 鉄製の蝶番が全て外れ、無惨にもドアは大きな悲鳴を上げて砕け散った。
 ガラスとプラスチックの破片を踏みつけながら、諭史は暗い廊下へと走っていった。
 海は呆然とドアの残骸を眺めていたが、ハっと我に返ると急いで諭史を追っていった。
 「待って・・・お願い諭史、待って!」
 海の声は諭史には届かず、遂に諭史は屋上へと辿り着いた。
 蒼く塗られたドアを半ば叩くようにして開けた。
 海は目を見開き、声を張り上げて叫んだ。
 
 「やめて・・・見ないで―――――――っっ!!」
 
 
 ――――そこには諭史の予想通りの光景が広がっていた。
 目の上を真っ赤に塗りたくった少女。整髪料で髪を無理矢理上げている少年。
 哀しそうに瞳を濡らしている少女。狂ったように踊り続ける少年。
 その者たち全員の前には、白い粉と小さなビンが無数に散らばっていた。
 
 諭史たちが見ていることにも気付かず、その者たちはずっと遠くを見つめていた。
 海は無言で諭史の横を通ると、一人の少女に近寄っていった。
 少女は海に気付くと、ニッコリと笑った。
 だがその手の平には白い粉が付着しており、瞳には一切の光が見えなかった。
 それでも海は少女に笑顔を返すと、少女の前にある小さな袋を掴んだ。
 「もうわかったでしょう?」
 そう言うと海は、諭史にその袋を手渡した。
 諭史は黙ったまま袋を開封した。
 「これは・・・」
 その中には灰白色の枝の様なものが入っていた。
 諭史も初めて見るものなので一瞬戸惑ったが、すぐに答えは出た。
 
 それは―――――ヒトの骨であった。
 
 「このコ達はね、皆何年か前に「大切なヒト」を亡くしているの」
 海は諭史から袋を受け取って、丁寧に紐を絞ると少女へと返した。
 少女はその袋を受け取ると、愛しそうに頬を寄せ付けた。
 「亡くしたヒトは皆それぞれよ。両親だったり兄弟姉妹だったり、友人を亡くしたっていうコもいるわ」
 諭史は黙っていた。何も言う事ができなかった。
 そんな諭史を見て、海は静かに言った。
 「聞きたいことはそんなことじゃないわよね。・・・そうよ。このコ達も私も、皆覚醒剤をやっているわ」
 海はそばにあったビンを握り締めると、ホっと息を吐いた。
 「こうしているとね・・・落ち着くのよ。いざとなった時でも薬がある。薬さえあれば、どんな苦しい時もでも楽園に行ける」
 「そんなの嘘だよ」
 諭史は海に駆け寄った。
 「薬で楽園なんて行けない。行けたとしても一瞬で消える虚偽の事物だ」
 「そんなことわかっているわ」
 海はボンヤリとした目で諭史を見据えた。
 一瞬たじろぐ程の眼力を持った視線は、一種の「諦め」が入り混じっていた。
 「でもね・・・考えてもみてよ。疲れた時だってイライラしている時だって、コレがあれば八つ当たりをせずにすむのよ。私の性格上、八つ当たりは避けられないもの」
 少女が奇妙な笑い声を上げた。
 瞳に涙をためながら、口元を歪ませて笑った。
 「ほらね・・・あのコだって、最初は救いようのない程弱っていたのよ。でも薬のお陰であんな風に笑えるようになった」
 諭史から視線を外すと、海は頭上に広がる空を見上げた。
 「青い空、白い雲。いつだって私の上にあるのにね」
 そう言うと海はパタンと地面に倒れた。
 「海!!」
 諭史は慌てて海の身体を抱きかかえた。
 
 「え・・・・・・?」
 
 海の身体はガリガリに痩せ細っていた。
 身長には似合わない程に痩せた身体は、手を離したら今にも堕ちて消えてしまいそうな気がした。
 諭史は力を込めて海を抱きしめた。
 少女は力無く笑い続けていた。
 
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2003/12/10(Wed)14:24:15 公開 /  森々
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■作者からのメッセージ
 ・・・とうとうって感じですね。
 次回をお楽しみに。