- 『僕らの愛の示し方。』 作者:君影清光 / 未分類 未分類
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原稿用紙約14.6枚
あの日、お母さんは泣いていた。
「そんな、酷いです、私の子です。」
僕を見つめるお母さんの悲しい瞳。
「返してください、返してください」
「離して、私の子を離して
……ああ …… ご主人!!」
叫びも空しく、お母さんを乗せた車は、水しぶきをあげて冷たい雨の中を走り去っていった。
僕は、赤い光が雨の中に帯を引いて遠くなっていったのを、いつまでも見つめていた。
冷たい雨の中に放り出された記憶……
時々俺を苛む悪夢。
「ごめんね、家じゃ飼えないって……」
少女は俺を家に連れ込んで…暖かい毛布と、ミルクの味を覚えさせると、俺を雨の中に戻した。
俺が捨てられていた場所に戻ると……兄弟がいた箱は無くなっていた。もちろん他の兄弟も一緒に連れて行かれたんだろう。
……少なくとも、あの箱の中は風が凌げた。
それでも少女は父親に言われたとおりに俺を元の場所に戻した。
至福の次がどん底とは、ちょっと酷いんじゃないか、嬢ちゃん。
ニャアと鳴いてはみたが、少女の黄色い長靴と、赤い雨傘は遠ざかるのを止めなかった。
赤い雨傘はくるくると回って、雨にかすむ空間へと消えていった。
愛しているから態度で示す、それが僕の愛し方。
愛しているけどなんだか照れて……、それが俺の、愛し方。
それそれ形は違うけれど、
俺とお前じゃ違うけれど、
愛しているって気持ちは、僕も君と同じ。
……俺だって、そんなこと分かってるよ。
だから、それぞれ示そうよ。
だから、それぞれ示すんだ。
――――――――――僕らの愛の示し方。
ふと目を覚ますと、しとしとと雨の音が聞こえていた。
(そろそろご主人起こさなきゃ……)
僕は比較的大きな体をのそりと動かし、ソファに寝ているご主人のもとへ向かった。
ちらりとかおるの様子を伺うと…まだ寝ている。かおるはいつものようにたんすの上に寝ていた。
(……あいつは高いところ、好きだよな)
そう思って、小さく頭を振ってから部屋の真ん中に視線を戻した。
ご主人が横になってる臙脂色のソファは、僕がここに連れてきてもらったときから変わらずリビングのど真ん中にある。
6年前…そう、こんな雨の日。夏も終わり、秋の寒さが身にしみて感じられるようになった頃から、変わらずに。
「ヴォフ、ヴォウ…クゥ〜ン」
のし、とご主人に手…じゃなくて前足を乗せ、頬の匂いをくんくんと嗅ぎ、ご主人を起こしにかかる。
(ごしゅじ〜ん、10時になったら起こしてっていったのご主人でしょうが……)
前足でぺしぺしとご主人の肩を叩いてみる。
……反応ナシ。
「ヴォウヴォウ、ヴォン」
仕方ないから耳元で大きく吠えてからご主人の上に完全に乗っかってご主人の上を歩いてみる。
「う、んん〜……さやか〜」
やっと目を覚ましたのか、ご主人が僕の名前を呼んで、喉元をわしゃわしゃとなでる。
さやか、とはまぬけなご主人が、僕の事をオスと分からずに最初につけた名前だ。
オスだと分かった時も、まぁいいか、でこの名前のまま僕は育った。
「ヴォン、ヴォン」
そんなご主人、今日は車の免許を取りに行くんだって張り切ってた。
……ご主人の事だから、きっと、まどろみの中でそんなことは覚えていないんだろう……
(しっかりしてよね)
これ以上吠えてもご主人が起きる見込みは少なかったし、かおるがたんすの上で爪の出し入れを始めたのも怖かった。
仕方ないから古新聞受けからご主人が嬉しそうに貰ってきた車のチラシを銜えて持ってきて、目の前に被せてあげる。
(頼むから思い出して)
祈るようにご主人を見つめる。
ご主人はそんな僕と、チラシを見て……みるみる顔色が変わっていった。
僕を押しのけるようにして慌てて起き上がると、その辺に干してあったジーンズとYシャツを取って着替えている。
「ありがとな、さやか。教えてくれて助かった。かおる、起こして悪かったな。」
ご主人は言葉だけは落ち着いてそう言ったけれど、かなり焦ってる。だってYシャツのボタン掛け違えてるもん。……気付いてないし。
それでもなんとか用意を終えたようで、その辺にあった鞄を抱えると、急いで玄関に向かう。
(うっせぇなぁ……)
朝からさやかがオンオン吠えるからうるせったらねっての。
おかげで俺は睡眠を阻害された。
寒い雨の日の、どうしようもなく辛い夢から、解き放ってくれたのはありがたかったが。
騒音の出所をじろりと睨む。俺の視線の先には、ソファで寝ている主(あるじ)と、乗っかって吠えているさやか。
さやかが吠えてる原因は間抜けな主のせいらしかった。
起きないなら寝せときゃいいものを、必死になって起こしにかかって……もう。
主、昨日帰ってきたの遅かったからな。眠たいのも無理ないだろうよ。ゼミの研究、早朝からぶっ通しで深夜になってやっと終わったって言ってたじゃないか。主も眠い時には休ませないと、ぶっ倒れられたら俺らを誰が養ってくれるんだ。
俺だってさやかだって、主が拾ってくれなかったらそれまでの命だった。今更誰が面倒見てくれるんだよ。この物好き以外の、一体誰が、さ。
人が昔の事思い出してる間も、さやかは容赦なく吠え立てる。
(くそう、まだ吠えるか……俺の右ストレート食らわせて黙らせるっきゃねーな)
右前足の爪を出し入れさせて準備体操を済ませると、せっかくたんすの上で気持ちよく寝そべらせていた体を仕方なく持ち上げる。
そして、ソファへの第一歩としてたんすから飛び降りた次の瞬間。なぜかさやかが吠えるのを止め、主の元を離れた。
(殺りそこねた……)
イライラが募るだけ募って、ぶつけるところが無くなった。こういうとき余計にイライラする。
さやかはチラシを銜えて戻ってきて、主の顔に被せる。さすが犬だよな、さやかも。
(アレは主が嬉しそうに持ってきた車のチラシだ。俺と、さやかと主で一緒にドライブ行く為にはレンタカーじゃ無理だから、免許とって、中古で良いから車買いたいって言ってた)
……俺らは別にいいのに、主はいっつもそうだ。
チラシを見せられた主、さすがに気付いたみたいだな。慌てて着替えてるが……
(ボタン、掛け違えてやがる)
こういうときは流石に溜息がでる。俺らの主なのにかっこ悪い。
でも、それが俺らの主だ。
「ありがとな、さやか。教えてくれて助かった。かおる、起こして悪かったな。」
呆れて眺めていたら、こちらにも視線をやって小さく笑う……言葉だけは落ち着いていたが、次の瞬間どたばたと走って玄関に向かう主。
(気をつけていって来いよ)
リビングから少しだけ顔を出したら、主と目が合った。こういう一瞬が一番気恥ずかしい。
主を見送ってるって、主にばれた瞬間。
俺は主に背を向けてしまった。まるで気の無いふりをしてリビングに戻るが、なにもかも見透かされてるようで参る。
「ヴォウ」
僕はご主人の後につい玄関まで向かい、ご主人が玄関を出て行く瞬間に、吠えた。
ただ吠えた訳じゃなく、挨拶。
(いってらっしゃい、ご主人。気をつけて)
ご主人はひらりと手を振ると、僕の後ろのリビングに視線をやった。
きっと、いつものように見ているんだ。……かおるが。
一緒に行ってらっしゃいって言おうよ、って、何度誘っただろう。
”俺は猫だ、犬みてぇな真似はできねぇ”
いつもそういって、無理に誘うと磨いでとがった爪を出し入れして僕の目の前にちらつかせる。それでも、殴る気が無い事は分かっていた。
かおるは要領悪いから、タイミング逃してるだけかもしれないけど。
誘っても誘っても行ってらっしゃいってしようとしない。犬と猫ってやっぱり違うんだろうなって、思いはじめた頃だった。
ご主人の視線が、リビングにも向いていることに気付いたのは。
僕がどんなに急いで振り向いても、見えるのはかおるのしっぽだけ。
そっけなく、しゅるんと動いたしっぽが、リビングのドアに隠れる瞬間。
ご主人は、「まいったね」と僕に視線を投げかけ……
(ちがうよ、かおるもご主人の事、好きなんだよ)
瞳でそう訴えかけると、分かってるよ、という風に一つ頷くのだった。
かおるの、何気ない愛情の示し方は――僕にはもどかしく思えるけれど――不器用で、せつなくて、すごく良かった。
まっすぐじゃなくても、気持ちって伝わるものだなって思ったんだ。
「じゃあ行ってきます」
ご主人は微笑んで、僕とかおるに手を振った。
いつも、こうして出かけるんだ、ご主人は。
「じゃあ行ってきます」
きっと主は微笑んで、俺とさやかに手を振っているだろう。
雰囲気でも分かるが……主はいつもそうやって出かけていたから、今日もきっとそうだ。
かおるの愛情の示し方はカッコいいって思うけど、僕にはやっぱり出来ないや。
さやかの愛情の示し方は、まっすぐすぎて気恥ずかしい……俺には、無理だ。
だから僕らは……俺らは……
それぞれの方法で、今日もあの人を愛している。
「お前、こんなところでどうしたんだ」
雨の中赤い光を見送った後、何時間くらいしてからだったろう。
ご主人の声が聞こえて。
冷たい雨の中からだがどんどん冷えていくのを自覚してから、そうたたないくらいだったと思う。
「うち、来るか?」
返事を求めずに、ご主人は僕を抱え上げた。
もう駄目だと思っていたら、だんだんと体が温かくなってきたんだった。
気付いたら、僕の傍らにはかおるが横たわっていた。
「さやか、かおる、一緒に暮らそうな」
一軒家に一人住んでいたご主人は、僕らに名前を与えて……。
そして、何故か悲しげに微笑んだ。
それでも、僕は嬉しくて、あまりに嬉しくて、甘えた声でくぅん、と鳴いた後、線香の香りのするご主人の鼻先をぺろりと舐めた。
そうして暖かいかおると、暖かいご主人と、僕と、一緒のところで暖かい生活を始めた。
赤いイメージが遠ざかってかなりの時間が経過した頃だった。
俺は小さな体を水溜りに横たえ、うつろな瞳で空を見上げていた。そこに…さやかをつれた主の姿を認めた。
「どうしたんだ……大丈夫か? 息は、あるな」
温かい手のひらは、先ほどの別れを、裏切りを思い出させて嫌だった。
なのに俺は噛み付くことも引っかく事も出来ずに、主に抱え上げられたのだ。
冷たかった俺の体温はさやかの体温の一緒に上がっていった。
さやかと一緒にこの臙脂色のソファに横たえられて、とても暖かかったのを思い出す。
「さやか、かおる、一緒に暮らそうな」
主の目には、悲しみが宿っていたように思う。
黒い服と、白いネクタイで、俺らをぎゅっと抱きしめた腕の力を覚えている。
……俺は、思った。主は俺を、俺たちを捨てる事は無いと。
それが分かって初めて、俺は小さい声でみゅう、と鳴いた。
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2003/12/05(Fri)03:48:54 公開 / 君影清光
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■作者からのメッセージ
2つの視点から綴った文章なのですが、読みにくさがあれば指摘していただきたいです。
恋愛小説じゃなくてすみません(笑