- 『自分を信じて』 作者:まつ / 未分類 未分類
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『修也…変わったね。私が好きになった修也じゃ、ないみたいだね』
そう言って家を出て行った由美。
……今、僕の前にいる由美。
“修也…変わったね”
分かっていた。自分が1番よく分かっていた。由美がどんどん好きになるたびに、不安や嫉妬心が強くなった。由美のせいで、僕は僕が分からなくなったんだ。
あの日もまたそうだった。由美が見知らぬ男と歩いているのを街で見かけ僕は気が狂いそうになった。頭に血がのぼり、胸の辺りがザワザワしだした。
そして極めつけには、自分でさえ由美とその男がお似合いなんじゃないかなんて考えてしまった。
『…へ?』
『だから、私も』
『…本当?』
『うん。私も、北島くんのこと好きだよ』
高校の卒業式の日。マドンナと言われていた由美に僕は駄目もとで告白した。何の取り柄のない僕が告白するのもどうかと思ったが、自分の気持ちをこのままにしておくことは出来なかった。フラれるならしっかりフラれてやろうと、そう思った……が。予想を反し、なんと由美は自分も好きだと言ってきた。ドッキリかと思って辺りを見回したほど、僕のなかでは驚き過ぎる回答だった。
『…図書室』
『…へ?』
『図書室。前、私が委員の仕事で本の整理してる時、北島くん手伝ってくれたでしょ』
『…あ、う、うん』
『すごくね、嬉しかったんだ』
『…そう…』
『えっと…覚えてない?』
そんなことあるわけない。なんたって僕は、あの時由美を好きになったのだから。
由美は、覚えてくれていたのだ。
『…手伝います』
忙しそうに働いている女の子見つけ、俺は手伝おうかどうか迷った。まったく知らない女の子だったし、それに少し人見知りだったし。でもここは男として手伝うべきだ、と意を決して臨んだ手伝いは、僕の中で達成感以外の、何か別なものまで生み出してしまった。
それが由美との出会いだった。
由美と両想いとやらになってからは、大学こそ違うものの本当に楽しく過ごしてきた。会わなかった日は欠かさず電話をした。笑い声を上げながら何時間も話をしたこともあった。大学の帰りにお互いを待ち伏せしたり、待ち伏せが重なって迷子になってしまったりしたこともあった。
起こること全てが新鮮で、そして嬉しくて、僕らはいつも笑っていた。
僕はどんどん、由美を好きになっていった。
なのにどうして、目の前の由美は笑わないのだろう。
どうしてこんなに、冷たいのだろう。
由美が出て行った後の抜け殻のような部屋の中に、静かにその電話は鳴った。
『…はい、北島…』
『修也さんですか!?』
『はあ、そうですけど…』
『由美が、由美が…!!』
『…由美が、どうかしたんですか?』
『由美が…』
“交通事故に遇いました”
ドアを放り投げるように開け階段を駆け降りた。バイクのエンジンを鳴らし、言われた病院まで疾走する。
“逃走していた強盗犯の車が、横断歩道を渡ってた由美に直撃して”
アクセルを踏み込み、更にスピードを出す。
“意識不明の…重体なんです”
玄関前でバイクを乗り捨て、僕は病院へ駆け込んだ。
受付の女性に、体を乗り出して由美の場所を聞く。
『お、大川由美は!!大川由美はどこですか!!』
由美は救急治療室にいた。赤いランプのついた重苦しい部屋の前に、由美の家族や友人らが固唾をのんでソファに座っている。
『あ…北島修也さんですか…?』
電話してくれただろう女性が、僕に気付いてやって来る。
『由美は大丈夫なんですか!?』
『今この中に…先生たちが全く出てこないから、全然分からなくて…』
その時、自動ドアの音と同時に術衣を着た医者が出て来た。座っていた人たちが一斉に立ち上がり、その人に駆け寄る。
『先生!!由美は…由美は大丈夫なんですか!!』
そしてその人はその質問に、こう返答した。
『最善を尽くしましたが…』
「初めて、喧嘩したよなあ」
冷たくなった由美の頬をなでながら、僕は由美に語りかけた。
僕の顔はちゃんと、微笑んでいるだろうか。
「…由美は、嫉妬したことに怒ったんじゃないよな。自分のことを信じてなかった僕に怒ったんだよな。…分かってないの、僕だった」
『なあ…由美、なんで僕のことが好きなんだ?』
『へ?』
『…僕みたいななんの取り柄もないやつと、どうして付き合ってるんだ?』
『修也?修…』
『街で一緒に歩いてた男の方が、いいんじゃないの』
パチン、と音がしたかと思うと、由美は涙を浮かべて僕の頬をたたいていた。
『どうして…?』
『……』
『どうしてそんなこと言うの…?修也は私のこと、分かってなかったの…?』
『そんな、』
『分かってないよ!私のことも、修也自身のことも…何も分かってないよ』
『…分かってないのはそっちだろ!!』
『修也…変わったね。私が好きになった修也じゃ、ないみたいだね』
カチャッとドアが開き、見たことのある男が入って来た。
あの、街で由美と並んで歩いていた男だった。
「北島さん」
「…なんですか」
「少しお時間、いいですか」
「…今は、ここを離れたくありませんから」
僕は手を組んでうつむいた。由美以外の人と話をしたくなかった。
「……僕と由美さんは、大学時代の友人です」
「……」
「僕は由美さんが好きでした」
「……」
「この前、由美さんと会いました」
「…何が言いたいんですか」
「……由美さん、あなたの話ばかりしていました。今付き合っている人はすごく素敵な人だ、自分を信じる真っ直ぐな人だ、と」
「……」
「大切な人なんだと、そう言っていました」
「……」
「それだけです」
「…どうして」
「……」
「どうしてそんなこと、僕に言うんですか」
「……僕も、真っ直ぐに生きてみたいですから」
そういってそいつはドアを開けると、静かに去って行った。
“今付き合っている人ね、すごく素敵なの!”
“絶対に自分を疑わない人。自分をしっかり持ってて、真っ直ぐな人よ”
“大切な人なの”
由美があいつにそう言っている姿が浮かんだ。優しい目で、きっと由美は語っただろう。
“大切な人なの”
気付くと僕は、いつのまにか叫ぶように泣いていた。
「由美…由美ぃ…どうして置いてっちゃうんだよ…どうしてだよ…!!」
悲しい時の中で僕はとても強く、強く由美を抱きしめていた。
ずっとずっと、抱きしめていた。
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2003/12/04(Thu)20:48:12 公開 / まつ
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■作者からのメッセージ
はっと思いついた作品です。どうしてこんな話をはっとしたのか……
私も未だに、分かっていません。