- 『君の夢が叶うように』 作者:Be / 未分類 未分類
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全角2519文字
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原稿用紙約8.7枚
何処まで歩いても、ただ荒れ果てた台地が広がっていた。
それでも俺たちは歩いていかなければならなかった。戻ることなど出来ない。故郷は、既に「奴ら」の手の中だからだ。
「……もう少し。もう少しだ。もう少しで街に着くはずだ。そこに行けばきっと、奴らに怯えることも無くなる」
俺は、背中に負ぶった唯一人の相棒にそう告げた。
「ほんとに?ほんとに着くの?ほんとに安全なの?もう襲われない?野菜を食べてもいいの?」
「ああ、ほんとだ。野菜なんて普通に食べていいんだ」
俺が背負っている少女は、弱弱しい声で、だけど、希望を確かに含んだ声で呟いた。
彼女はもう歩けない。
今はもう無いであろう故郷で、奴らに襲われて両足を失ったからである。
奴ら。それは見たことも無い怪物だった。
いや、今まで嫌というほど見てきたものだ。それが突然、反乱を起こしたのだ。
奴らは唯の植物だった。植物は意思を持たず、ただ光を得ようと天に向かって伸びるだけのものだと思っていたのに。
奴らは突如動き出し、街を、動物を、人を捕食し始めた。それは言葉に出来ないくらいに悲惨な光景だった。
異様な速さで成長し生き物、無機物など無差別に捕らえ、食虫植物のように大きな口を広げて租借する。街は奴らが動き出してからほんの数時間で壊滅した。
「くそっ」
悔しさに歯をかみ締めた。たかが植物ごときに、全てを奪われるなんて。なぜ、こんなことに。
運良く奴らの手から逃れた俺は、同じく生き残った一人の少女を発見して、こうして植物の無い荒野をずっと歩いているのだ。
何日も、何日も。
「ねえ、お腹すいた」
少女が言う。
「……もう少しの我慢だ」
もう少しで街に着く。そう言いはじめて何日がたっただろう。
街を逃げ出す時に持っていったなけなしの食料も既に底をつき、ここ何日かはただ雨水だけを飲み続けてきた。彼女も俺も既に限界かもしれない。
「……私、夢を見たの。奴らに襲われたとき、ずっとずっと幸せに暮らしている私自身の夢」
「…そうか」
奴らは生き物を捕らえる時に、幻覚作用のある花粉を出す。花粉を吸引した生き物は、ありあえない程の快感と共に幸せな夢を見るのだ。そうやって、骨抜きにした生き物を奴らは捕らえる。街が数時間で落とされた原因だ。
「もう…私、だめかな」
突然、彼女がそんなことを言い出した。今までずっと明日を信じてきた彼女がだ。こんな状態でも、助かることを疑わなかった強い少女が。
「何言ってる。街に着いたらゆっくり休める。水も飲める。何でも食える。野菜だって食えるんだ」
「うん…」
俺が励ますと、彼女は俺を掴む手に少し力を加えた。
か弱い力だった。
「…私ね。街に着いたらお店を開きたい。料理のお店。おいしい料理を作って、たくさんの人に食べてもらうの。それでね、たくさんの人が『おいしい』って言ってくれるんだよ」
「ああ」
素敵な夢だと思った。
叶えてやりたい。きっと叶えてやろう。
街に着いたら、俺も彼女の夢の手助けをしよう。彼女は足が不自由なんだ。俺の夢なんてその後でいい。
「きっとできるさ。俺も手伝うからさ」
「手伝う?どうして」
信じられないほど軽い彼女が、少し動いて言った。
「だって、君は歩けないだろ。そのままじゃ夢を叶えられない」
「そうだけど。どうしてあなたはそんなに他人に親切にできるの?街を出る時も…初対面だったのに」
「そんなもの関係ないよ。ただ、人が困ってるのにその時助けなかったら後で俺が後悔する。それが嫌なだけ」
「……ありがとう」
彼女は、俺の背中で五文字の礼を言う。その声は小さかったけれど、とても大きな気持ちが入っているような気がした。街から連れ出したこと、今まで歩いてきたこと、これから歩んでいくこと。その全てにありがとう、と。
「私ね、あなたが手伝ってくれるのなら、夢を叶えられそうな気がする」
「…ああ」
その言葉に少し照れくさくなって、俺は彼女を背負いなおして歩くペースを上げた。
「…少し眠くなっちゃった。ちょっと寝るね」
そう言うと、彼女は静かになって俺の背中にかかる重みが増したような気がした。
俺は彼女が落ちないようにしっかりと持って、広い荒野をあても無く進んだ。
その先に街があることを信じて。
それから、二時間ほどが経った。彼女はいっこうに起きる気配が無い。
少し不安になり、俺はゆすりながら声をかけてみた。
「…おい。なあ。起きてくれよ」
なかなか起きないのでゆすり続ける。
「おーい。おいってば……おい、まさか…」
俺は、嫌な予感がして彼女を背中から下ろしてその様子を見てみた。
すると。
「…ん…着いたの?」
彼女は目を擦りながら俺に問いかけてきた。
ほっ、と安堵のため息をつく。
「…いや、もうすぐ着くからもう少し寝ていていいぞ」
「…分かった」
そう言うと、彼女は再び目を閉じて寝息をたてはじめた。
俺は再び彼女を背負い、何も無い荒野を歩き出した。
それから何時間歩いただろうか。
今、俺の目の前に街の明かりが見え始めていた。
「街だ…」
街。街が見える。
ずっと目指していた街。ずっと欲しかった希望。
あそこでこれから新しい生活が始まる。彼女の夢を叶える事が出来る。叶えてみせる。
もう植物に恐怖することも無い。
やっと、辿り着いたんだ。俺たちのスタート地点に。
「なあ、起きろ。街だぞ。街が見えたぞ。これでやっと傷を癒せる。水が飲める。飯が食えるんだ。なあ……」
ふと、気づいた。
背中のあまりの軽さに。
その身体のあまりの冷たさに。
そして、その硬い感触。
俺は、背負った少女を振り返って見た。
「あ……ああ………嘘、だろ…」
何でだろう。
何で俺はこんなものを背負っているのだろう。
これは何だ。ただの服を着た腐った女の子の死体じゃないか。
俺は、背にぶら下げたその骸を地面に落とした。
「あ、ははは…そうか……」
もっと、早く気づけばよかった。
希望なんて残酷なものを与えてくれて、どうも有難う。
そういえばそうだったっけ。
「奴ら」の花粉は幸せな夢を見せる、って。
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■作者からのメッセージ
またしてもバッドエンドです。
理系の僕が書いた文なので表現力に乏しいですね。
最近学校の卒業研究が忙しくなってきました。このページにあんまり来れなくなるのが残念です。