- 『二人を繋ぐ時計』 作者:Be / 未分類 未分類
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原稿用紙約11.6枚
その博物館には、ちょっと変わった壁時計が展示してあった。
その日、僕は大学のサークルの仲間と博物館にやってきていたのだった。
僕の所属しているサークルは、古い文化、古い言葉、古い物を愛好する人たちが集まって出来たサークルで、時々、こうやって博物館や骨董市を回っている。
だが、今日はいつもと少し違っていた。
確かに、古いものを展示してあるという部分に相違ない。だけど、それら全てが何かしらオカルトめいた噂を持つ、いわくつきの代物だという。
今僕らの目の前にあるそれも、そういった不思議な伝承があるのだという。
「ね、マコト。キミはどう思う?この時計」
そう言って、僕の顔を上目遣いに覗き込んできたのは、同じサークルに所属する、同じ学年の女の子で、名を文歌(アヤカ)という。肩まで伸びたサラサラの髪は、少し茶色く染めてあって、顔は小さく変わりに目が大きく可愛い。背は高くないが、いわゆる地方限定アイドルといった感じで学内では評判である。まるで、僕とは違う世界の住人のようにいつも思っていた。
けれど、彼女はそんなことは全く気にした風もなく、むしろ誰よりも僕と親しげに話してくれる。そんな彼女に少なからず好意を覚えていたのは事実だった。
「うーん、どうかな。僕、あんまりそういうの信じない方だから」
「ふーん。そうなんだ。へー、この時計って、造りは全く普通のはずなのになぜか逆回転に回っていたんだって。凄いね」
凄い、と彼女は言うけれど、僕にはそれは別に何ともない事に思えた。逆周りの時計なんて簡単に作れる。現に、床屋や美容室にある時計なんか客が鏡ごしに読みやすいように、初めから反転しているものもある。
「その時計に興味があるのかい?」
文歌がその時計を熱心に見ていたものだから、博物館の関係者らしき人が僕達に尋ねてきた。
「いえ――」
「はい!本当に逆に回っていたのかなって。だとしたら、不思議ですよね〜」
面倒になりそうなので僕は追い返そうとしたが、人懐っこい彼女はその人と話を始めてしまった。
去ろうにも彼女を置いて行く訳にはいかず、僕はどうしようもなくそこに立っているだけだった。
「実はね、その時計はもともとは私の家にあったものなんだ。でも、私が生まれたときにはもうこの時計は止まっていてね。私も動いていた所を見たことがないんだよ」
「そうなんですかぁ」
二人はあれこれとこの時計について話し始める。
「ねぇ、文歌。もう行こうよ――」
僕は、しびれを切らして言った。けれど、文歌は全く聞いていないようだった。
「この時計、ちょっと触ってみてもいいですか?」
「文歌!」
この女、何て事を言い出すのだろう。博物館の物を触ってもいいですかなんて。
「これかい?うーん。一応展示物だから、大事に扱ってくれればいいけど」
しかも、なぜかOKが出てしまった。
文歌は嬉しそうに「やったー」と飛び跳ねて、その時計に手を伸ばした。
僕は、呆れてため息をつきながらそれを見ていた。次の瞬間。
「あっ!」
文歌が手を滑らせ、時計を落としてしまった。
「危ないっ」
僕は慌てて手を伸ばすと、その時計を地面ギリギリでキャッチした。
「ふう……」
時計の無事を確認すると、安堵の息を吐いた。
カチリ。
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ…
「…えっ?」
何か音が聞こえる。その音源を捜してみるが、どう考えてもそれはこの手に持つ時計からだった。
秒針が動いている。
左回りに回っている。
「そんな…文歌、これ見てよ」
僕は、近くにいる文歌にその時計が動いているところを見せようと呼びかけた。
だが、いくら待っても返事がない。
顔を上げると、そこにあるはずの文歌や、博物館の人の姿もなかった。
それどころか、見る見るうちに博物館が新しくなり、無くなり、街すらも無くなり、その場所は無何有の土地になってしまった。
「え…?」
急な出来事に頭がついていけなかった。
気がつくと、僕は乱雑に立ち並ぶ木々や雑草が生い茂る、大自然の真っ只中に一人で立っていたのだ。
両手には、あの時計を掴んだままである。しかし、その時計は既に止まっていた。
「どうなってるんだ…どこだよ、ここは?」
僕はわけも分からず、辺りを見回した。…何も無い。
ただ、自分ひとりだけが広大な平原に寂しく佇んでいる。それは普段からは決して想像がつかない故に実感が沸かず、ただ呆然とするしかなかった。
「誰?」
突然、何処からか声が聞こえた。僕は再び辺りを見回すが、やっぱり誰も居ない。
「ここよ」
声は、頭上から聞こえてきた。上を見ると、木の枝に誰かが座っている。逆光でその姿は見えない。
その誰かは、身軽に木から飛び降りると僕の目の前に立って笑った。
「また人を連れてきたのね。いらっしゃい」
「あ…文歌!?」
その人は、文歌そっくり…というより、どう見ても文歌だった。だが、先程から言動がおかしい。僕は、これは夢だという答えに行き着いた。だったら、全てに説明がつく。
「その時計、私のだったの。あなたが生まれるずっとずっと前のものよ」
「そ、そうなの…」
「長い年月使われていてね、私の知らない時代から、この子は時を逆に刻むようになったんだわ。私のところに戻って来ようとしてね。それで、本当に時間を逆行するようになったのよ。条件付で」
「条件…?」
「私、好きな人が居たのよ」
「はあ…」
条件の話をしていたはずなのに、文歌に似た夢の中の女の子は自分の話をし始めた。
「その時計は、その人から誕生日に貰った物なの。それはそれは大事にしてるわ。死ぬまで大事にするつもり。でもね」
女の子は、いままでで一番の笑顔になると、サラリとこんなことを言った。
「その人、死んじゃったの」
僕はそれに衝撃を受けた。文歌の顔で、そんな酷い事を言われてはショックだ。なぜこの子はそんなことを言うのだろう。
「その人の事は、今でも好きなの。大好き。もう、他の人なんて好きになれないくらい」
だったらなぜ、と思ったが、僕は言及することが出来なかった。だって、もしかしたらそれが彼女なのかもしれないじゃないか。強く、ただ強く、辛くてもまた笑うことが出来る少女なんだ。
「だから、あなたみたいな人が時々やって来るのよね」
「え?」
僕は、その言葉の意味が分からなかった。
「似てるの。そっくりなの。あの人に。その時計が連れてくる人は、いつもそう。その子、私の為にあの人に似てる人を未来から連れてくるのよ」
「そ、そうなんだ…」
「でも、あなたは今までで一番あの人から遠い、かな」
「うん、そりゃあそうだろうね」
そんなの、当たり前だった。
「…もしかしたら、その時計は本当に彼の生まれ変わりだけを連れて来ているのかもしれないわね」
「…そうかもね。ところでさ、僕って帰れるのかな?今までにこんな事ってあったんでしょ?」
「帰れるわよ。すぐにね。この子はすぐに正しい時を刻み始めるわ」
彼女が言うとすぐに、時計はカチカチと音を立てて右回りに回り始めた。
「…ほら。もうすぐお別れ。もしかしたら、また会えるかもね。私の生まれ変わりと、だけど」
「うん。きっとすぐ会える気がするよ。…ね、教えてくれないかな。君の名前」
「私……私は、アヤカ」
「アヤカ……うん、また会おう、アヤカ。僕は、マコト」
「マコト。そうね。生まれ変われるように努力してみるわ」
僕は苦笑した。それは、努力でどうこうなる問題ではない。
「じゃあね」
「ん。じゃあね」
乾いた挨拶だった。それが、その時代に僕らが交わした最後の言葉。
「……ト……マコト!」
文歌の声が聞こえる。どうやら、僕は夢から覚めたようだ。
「アヤ…カ…?」
「マコト…?よかった…」
後で話を聞くと、僕は落ちた時計を受け取った直後に気絶したらしい。それに、不思議なことに時計が逆周りに動いたのを見た人は居なかった。
思えば、あれも僕の見た夢だったのかもしれない。
あれからずっと文歌は僕の看病をしてくれていたという。彼女には心配をかけた。今度、デートにでも誘ってやらないといけない。
それにしても、夢にまで文歌が出てくるなんて。
もし、あの夢であった出来事が本当ならば、僕と文歌は大昔に出会って恋に落ちた仲なのか、なんて思ってしまう。そして、その考えがばからしくなって少し笑った。
でも、僕は信じていよう。僕らはあの時から二人の時計を刻んでいるんだって。
「マコト、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。それより、アヤカ」
「なに?」
「また会えたね」
「?」
約束通り、僕達は出会えた。
ただ、僕は女の子に生まれ変わっちゃったから恋人にはなれないけれど。
きっと、友達としてこれから永久に付き合っていくから。
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■作者からのメッセージ
展開速いです。
しかも微妙にハッピーエンドじゃありません。
すいません。