- 『青春小説「卒業証書」後編』 作者:中山金太郎 / 未分類 未分類
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全角4491.5文字
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原稿用紙約23.3枚
親父から、
「今度の日曜日に遊園地に連れて行ってやる。」と言われ、
幼稚園中を自慢して回り、
日曜日の夕方に、
クシャクシャの競馬新聞を片手に泥酔して帰宅。
即大イビキをかく親父を、
恨みがましい目で睨みつつ、
今朝早くおふくろが作ってくれた握り飯を
涙で塩味を濃い目にしながらパクつき、
頭の中で明日の朝、
友達に披露しなくてはならない作り話を
組み立てていた幼児の頃から、
気まぐれで買ったジャンボ宝くじ。
正月早々する事も別段無いので
新聞の当選番号を眺めていたら、
なんと1等の六千万円が大当たり。
鉛筆を三百万本買おうか、
秘境の砂漠地帯を
練馬地区ほどの面積買ってみようか、
色々悩んだ挙句、
『144分の1・量産型ロボット和尚』を
近所のプラモ屋に百万体注文してから、
引き換えカウンターに行くと、
実は見間違いで
持っていた宝くじの番号は
1等の当選番号と
惜しくも20098番違いだったという
ごく最近に至るまで、
ぬか喜びには慣れていたハズの、
この僕でも、
今回の急な落差には諦めが付かず、
無駄な抵抗を続け、
その全てに対して再逆転どころか
次々とダメを押されていく。
「引っ越すって、一体何処に?」
「ブラジル。」
・・・・・・。
「でも、いつか帰って来るんでしょう?」
「一生。」
・・・・・・。
「いつ日本を発つの?」
「明日の朝。」
・・・・・・。
「お元気で。」
ガチャン
受話器を置き、ベッドに寝転び、
再び天井を見上げていると、
ついさっき高橋に電話をかけようか、
佐藤さんに電話をかけようか迷っていた時よりも、
ぼんやりとして見える。
きっと涙が溢れているのだろう。
放心状態という奴からか、
僕は独りで自作の歌を口ずさんでいた。
「♪ちっちゃな頃から負け犬で 五歳でチワワにTKO
焼きソバパンが好きなのに アジフライパンばかり食べていた
僕は負け犬 いつも負け犬 昆虫採集カナブンばっかり〜♪
二ば〜ん!
♪ちっちゃな頃から負け犬で 七歳で二歳に判定負け
夢は何かと聞かれたら 送りバントのような暮らし
僕は負け犬 いつも負け犬 長男なのに名前が三郎〜♪
三ば〜ん!
♪ちっちゃな頃から負け犬で 八歳でホテルで寝小便
ガリ勉メガネに憧れて 拾ったメガネを磨いてた
僕は負け犬 いつも負け犬 アンコ玉の白い玉噛んじゃった〜♪
♪〜〜〜〜〜〜〜
七十八ば〜ん!
♪ちっちゃな頃から負け犬で 十一で胸毛が生えてきて
クラスでトップがプレッシャー カミソリ当てたら血がドピュー!
僕は負け犬・・・・♪
♪〜〜〜〜〜〜〜
♪〜〜〜〜〜〜〜負け犬で 突然貰ったラブレター
よせばいいのに男前
僕は負け犬 いつも負け犬 初心を貫き電話した〜♪
百二十八ば〜ん!
♪ちっちゃな頃から負け犬で 大好きだったよ佐藤さん
私も田中君が大好きよ ハッピーエンドと思ったら
僕は負け犬 いつも負け犬 明日ブラジル引っ越すんだとよ〜!
百二十九ば〜ん!
♪ちっちゃな・・・」
プルルルルルル・・・
プルルルルルル・・・
延々と続く、
作詞作曲:僕、歌:僕with僕バンドの
『負け犬の詩』を中断させたのは、
電話のベルだった。
「もしもし、田中ですけど?」
「あの、僕with僕バンドのボーカルさんですか?」
電話の声は女の子だ。
一体どうして?
鳩が豆鉄砲を食らったような顔の僕に、
さらに追い討ちがかかる。
「さっきからずっと聞いてるんですけど、
その曲、ヒットしませんよ!」
電話の声と同じ声が、微かに窓の外から聞こえる。
驚いて窓から身を乗り出すと、
こちらを見上げるようにして、
高橋が立っていた。
僕に声を上げるスキを与えず、
高橋は片手に持ったPHSで続ける。
「私、先輩にフラレちゃったのに、
諦めきれないで押しかけちゃいました。
何度も呼び鈴を押そうとしたんですけど、
勇気が出ないで戸惑っていたら、
電話のやり取りが聞こえて、
切れたと思ったら先輩の歌が聞こえて来て・・・。
先輩!
その歌、ちっとも良くないですよ!!
私も先輩に手紙書いただけで舞い上がっちゃって、
結局手紙貰えなかったけど、
ぬか喜びだったけど、
負け犬なんかじゃないですから!!
好きになって良かったと思ってますから!!
ここまで来て良かったと思ってますから!!
やれるだけの事しましたから!!
後悔なんてしてませんから!!
先輩、
私が先輩の事好きになったのは、
どんなに負けていても、
どんなに残り時間が少なくなっても、
全力でドリブルして全力でシュートする。
そんな先輩を見ていたからです。
諦めない先輩を見ていたからです!
その歌、この後アップテンポになりますよね?
ううん、アップテンポにして下さいね。
おやすみなさい。」
高橋はそれだけ言うと、
クルリと後ろを向いて
しばらく黙って、走り去ってしまった。
「泣いていたのかな?高橋。
泣き虫のクセにいい格好しやがって。
全力でドリブル、
全力でシュート。
当たり前じゃないか。
佐藤さんが見ていたんだから当たり前だ。
好きだったんだから。
♪ぼっくっはっまっけっいっぬっ〜
アップテンポか。
うまく行かないな。
♪ぼっくっはっまっけっいっぬっ
♪僕は〜負け犬〜!!
・・・・なんかになりたくない!!」
僕は勢いに任せて階段を駆け降りると、
家を飛び出した。
「♪僕は負け犬なんかじゃ終わらない!絶対終わらない!」
デタラメなメロディーで、
同じ歌詞を繰り返し歌いながら突っ走る僕。
徐々に明るくなっていく東の空が、
『負け犬の詩』を歌っていた時間の長さを
物語っていた。
「♪せめて〜十番くらいで〜止めておけば良かったなぁ〜♪」
後悔の念すらもアップテンポの曲となって、
夜明けの街に響き渡る。
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
『負け犬の詩』改め、
『負け犬じゃ終わらないダンスミックス』にのって疾走する僕。
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
やっとの事で、
佐藤さんの家に到着した。
が、時すでに遅し。
佐藤さんの家には、
人影も、自家用車も、表札も無く、
既に引き払った後だった。
「♪ぼ・・・く・・・は・・・ま・・・け・・・い・・・ぬ・・・」
だんだんとスローダウンする曲調。
だんだんとうなだれていく僕。
その時、地面と平行になろうとする僕の前に、
ピンクのリボンが揺れた。
実際には、どこからともなく運ばれて来たピンクの桜の花びらが、
僕の前に舞い降りたのだ。
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
僕の中で止まりかけたメロディーが倍速で回転し始めた。
と同時に、
僕の両足も高速で動き出した。
「♪ブラジルに行くという事は〜成田空港から飛ぶハズだ〜!」
僕は脇目も振らず全速力で走り出すと、
入り口のおじさんを振り切り、
首都高速に駆け上がり、
高速バスのクラクションにも耳を貸さず、
長距離トラックの幅寄せにも動じる事無く、
東関東自動車道に雪崩れ込んだ。
成田目指してひた走る僕に驚いて事故が多発。
ラジオの交通情報が一斉に僕の歌声を流し、
電光掲示板には
『田中渋滞5キロ』の文字が躍った。
およそ6万コーラス目にして、
成田空港のロビーに着いた。
が、またしても時すでに遅し。
佐藤さんの乗った
成田発リオデジャネイロ行きは、
タッチの差で出発した後だった。
僕は出せる限りの力を振り絞り、
空港の出発ロビーにディスプレイされていた、
直径5メートルのブロンズで出来た
地球のオブジェを持ち上げると、
向こうに滑走路が見えるガラスの壁目掛けて
ダンクシュートを放った。
ガッシャーーン!!
粉々に砕け散ったガラス。
アスファルトの地面にめり込む地球。
ビュービューと吹き込んでくる風。
口々に「アンビリーバボー」だの「クレイジー」だのを
連発するアメリカさん。
僕はガラスの亀裂から滑走路に飛び出すと、
声高らかに歌った。
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
四方八方から航空警備隊の皆さんが、
僕を捕まえるためにやって来る。
それでも僕は歌う事をやめない。
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
僕の声が、だんだん高くなっていく。
ワンフレーズ歌うたびにワンオクターブ。
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
既に僕の声は人間の可聴範囲を超え、
高周波の域に達している。
いつもなら爆音に包まれるハズの滑走路から、
音という音が消えた。
僕の口から発せられる超高周波が計器を狂わせた為に、
空港にいる全ての旅客機が、フライトを取り止めたのだ。
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
「♪僕は負け犬じゃ終わらない!絶対終わらない!♪」
もはや僕を止めなければ、10万人の足に影響が出る。
航空警備隊が僕に飛びかかろうとしたしたその時!
東の空を、真っ黒な影が覆った。
百万羽、いや一千万羽はいるであろう、
おびただしい数の鳥の大群である。
僕の努力が実った。
今の僕に出来ること。
それは出来る限りの努力で、
出来る限りの高周波を出し、
出来る限りの鳥を集める事なのだ。
スズメ、
カラス、
ダルマインコ、
ワシ、
トンビ、
ホロホロ鳥、
ラムフォリンクス、
始祖鳥。
ありとあらゆる色とりどりの鳥類が僕に群がり、
僕を空中に持ち上げた。
そして、
虹色の飛行船となった僕を
コアとする鳥の群れは、
東の空へと旅立った。
今、僕は無人島にいる。
鳥という奴は案外飽きっぽいもので、
日本を発ってしばらくして、
太平洋のいい感じに陸から遠い所で
グループは解散してしまい、
その後、カジキマグロの背中に乗ってみたり、
名も知らぬ遠き島より流れてきた
ヤシの実と一緒に流れてみたり、
鯨に丸呑みにされたり、
潮吹きに乗って脱出したり、
幽霊船を目撃したり、
白魚を踊り食ったり、
時々サメにイジメられたりしながら、
直径2メートル、
お椀を伏せたような形で、
てっぺんにヤシの木一本という、
このオーソドックスな無人島に辿り着いた。
アゴからヒザの辺りまで伸びたヒゲから察するに、
多分、取り返しのつかない年月が経過しているのだろう。
僕は時々考える。
「今の僕に、出来る限りの事は何だろう?」
なぜなら、
そうでないと、
佐藤さんを好きになってしまった事を
後悔してしまいそうな、
今日この頃の僕なのです・・・。
完
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2003/11/26(Wed)16:19:38 公開 / 中山金太郎
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■作者からのメッセージ
長くなっちゃった・・・
青春サイコーですね