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『冒険したい!(第二話:2人の期待とへっぴり腰の兄の悩み)』 作者:インフィ / 未分類 未分類
全角2951.5文字
容量5903 bytes
原稿用紙約8.85枚
とてつもない勢いでソレは襲ってきた。2人はお互い左右に避け、なんとかその初撃をかわしたかのように見えたがファムは右腕を負傷していた。
抑えている左手からは血がしたたり落ちる。そしてそのまま松葉杖を落とし、その場に倒れ込む。突然襲ってきた何かの正体は鋭い爪を持った大きな腕だった。その腕から繰り出された初撃は二人の丁度間にあった大木の一部を破壊していた。
リックはおそるおそるその凶暴な腕の持ち主を見る。黒い毛で覆われた2メートルを越える大きな体。全てを切り裂いてしまいそうな鋭い爪。森で一番の力を持つ熊の一種『ハウンドベア』。
自分達を襲ったものの正体がハウンドベアだったことにリックは戸惑いを隠せなかった。力はあるが、おとなしいハウンドベアが人間を襲うなんて信じられなかったからだ。
しかしそんなことを考えてる暇は無い。ハウンドベアがその大きな体を倒れているファムの方に向け、息を荒立てながらじりじりと近づいてくる。
「まずいな・・・これじゃ避けられない。」
ファムは右腕を抑えながら地を這い敵との距離を縮めようとするがうまく動けず、逆に、そんな獲物を慎重に見据えながら一歩一歩ゆっくりと近づいてくるハウンドベアとの距離が縮まっていった。
10メートル・・・7メートル・・・6、5、・・・3・・・その時だった。
「こっちだ!」と言うリックの大声が森中に響く。その手にはピンポン玉程の石が握られていた。
ハウンドベアは一瞬だけリックの方を見たが、すぐに視線を倒れているファムに戻す。
リックは持っていた石を投げた。それはハウンドベアの後頭部に当たり、巨大な熊は体ごとリックの方に向きを変える。
ファムの表情が強張った。
「バッカヤロォォォ!逃げろ!」
満身創痍の体で力いっぱい声を出す。ただし、その願いはあまりにも無謀だった。それでもそう叫ぶしかなかっのだ。
だが、遠目から見たリックの表情を見てファムは驚いた。


(笑ってる・・・)
信じられない不思議な光景だった。たかだか10歳にも満たない子供が自分の倍ほどもある熊と対峙して笑っているのだ。
小さな体こそ震えてはいるが、その瞳の輝きはその巨大な熊の体が近づいていくほど増していく。
それを見ていたファムの顔は頭の中を急速に埋めていくある思いと共に笑いの形を作った。そして思わず感じたものを口に出した。
「参ったな。ここで俺達が死ぬ気がしない。」
今の状況でそんな事を感じている自分は非常識で不謹慎な人間だと思ったが、心からそう思った。
そして・・・熊の動きが止まった。


木々がざわめく。リックの周りだけを急速に風が吹き、とりまいていた。その風の力を受けて土がゆっくりと上昇していく。森に生きる動物達はリックを見守っている。その光景はまるで、森全体がリックを生かそうとしている様に見えた。
その光景を見たファムの頭の中を期待と興奮が埋めていく。これから起こるであろう奇跡を、一刻も早く見たくてしょうがなかった。
だが森中に響きわたる一発の銃声が、そんな思いを遮る。
ダァーン!という銃声と共に、巨大な熊は倒れた。
銃声のした方向を見ると、ライフルを構え、体中を震わせて立っている腰の引けた青年の姿がそこにあった。その顔は青ざめている。
熊はどうやら麻酔弾を撃たれた様だ。さっきまでの凶暴さが嘘のように、すやすやとおとなしく眠っている。
「兄ちゃん!」と言うリックの声と共に
「よ、良かったあ・・・・」と言って青年はその場にへたり込んだ。
「あ〜あ。」と言ってがっかりした表情のファム。もう腕の傷の事は完全に忘れていた。
「あと少しで何か起こりそうだったのに・・・」
青年は安心した表情した表情を一転させ、恐ろしい形相でリックを睨みつけて怒鳴った。
「馬鹿!この時期にハウンドベアの縄張りに入るなってあれほど言っただろ!出産期のハウンドベアの縄張りに入るなんて死にに行くようなもんだ!」
リックは自分のした事の重大さに気付いた。何度も言われていた事を忘れ、自分だけでなくファムまでをも死なせてしまうところだった。事実ファムは右腕を負傷していた。
リックは心から反省し、もう2度とこんな失敗をしてはいけないと思った。
「ごめん・・・ごめんなさい。」
そう言って俯いたままのリックを見てファムが口を開く。
「リックを連れ出したのは俺なんだ。あんまり責めないでやってくれよ。」
青年はファムの方に視線を向ける。
「あなたは・・・村の広場でよく見かける・・・」
そう言うと、ようやく倒れこんでいるファムの右腕から血が流れている事に気付いた。
青年はすかさずポケットからハンカチを取り出し、傷口にきつく巻きつける。
「痛っ、あ、ありがとうお兄ちゃん。ところで、あんた名前はなんて言うんだい?」
青年はあわてて答える。
「あ、申し遅れました。僕はリックの兄でロカ・ルーザーと言います。おじさんは?」
余裕のある口ぶりで喋っていたファムも、その言葉を聞いてむっとする。
「あんた微妙に失礼な奴だな・・・。『おじさん』はファムって言うんだ。ふん。ところでロカはどうしてこの森に?」
「この先に僕達の母親の墓があるんです。僕は毎日そこに行ってて・・・。でも良かった。偶然見つけられて・・・本当に良かった。」
そう言うロカの表情は安堵に満ちている。しかし、先ほどの不思議な光景を目の当たりしたファムは、いまだ俯いているリックに聞こえないように小声で囁いた。
「リックは笑ってた。巨大な熊を目の前にしながら。何かを楽しむように。」
そう言ってファムは思い出して笑った。何故か嬉しくてしょうがなかった。だが、それを聞いたロカは、対象的に何かを焦っている表情になる。
そしてリックに「ファムさんを村の医者の所まで送りなさい。」と言うと、さっさと森の奥に消えて言った。
「何か悪いこと言ったかな?」
そう言って立ち上がろうとするファム。近づいたリックの小さな手がそれを助けた。
「ぷっ。くくく・・・。」
村に着くまでの間、ファムの笑顔が絶えることはなかった。


先ほどの森からさらに奥、森を熟知してる村人の一部しか通る事の出来ない危険地帯。そこを更に抜けると、それまでの険しい道が嘘のように、とてつもない自然がそこにあった。
太陽の光を浴びた泉はきらきらと光り、泉の周りには様々な小動物が集まり、さらにその周りを大きく囲む黄緑の葉をめいっぱいにつけた木々が彩っていた。それは見るものを魅了する、究極の自然と言ってよかった。
その中央、泉のすぐそばに一つの墓がある。ロカはその目の前に立っていた。
『マディ・ルーザーここに眠る』その文字を太陽が照らす。
「母ちゃん。俺どうすればいいんだろう。リックはいつか村を出ていきたいって言い出すことはわかってるんだ。最近ますますそんな思いを現すようになったよ。それにあの父さんの血が流れてるんだから。だからこそ心配なんだ。ねえ、母ちゃんならどうするの?あいつが旅に出たいって言ったら・・・。俺は分からないよ。母ちゃんとの約束は一体どういうことだったのかな。」
ロカは俯く。
「リックには・・・『本当の事』を言うべきなのかな。」
目をつぶった。そこには幼い頃の、何も信じられなかった頃の自分の姿があった。
2003/11/25(Tue)21:14:27 公開 / インフィ
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/4353/
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■作者からのメッセージ
早くも第二話です。お楽しみください。(楽しめる作品であれば本当に嬉しいです;)
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