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『28機目の男』 作者:棗 / 未分類 未分類
全角1195文字
容量2390 bytes
原稿用紙約3.85枚

黒崎という男がいた。
時は第二次世界大戦の真っ只中。人々が苦しい暮らしを強いられており、彼は軍の中の『少尉』の位についていたが、あまり良くない暮らしをしていた。
少尉は本来、国から一つの部屋を授かって生活できるが、そんな贅沢が出来ない時代だ。彼の部屋にはもう一人、同じ少尉の井上が住んでいた。
井上は豪快で明るい人柄で、黒崎とも仲が良かった。
また、二人は周りが驚愕する程のヘビースモーカーで、黒崎は一日に煙草の箱を二箱、井上は四箱開けていた。
二人は、気の合う仲間同士だったのだ。

ある日、アメリカ軍の飛行機がこちらに攻めて来た。
上部からは、「B29が20台、その防衛の飛行機が10台いる」という判断がされ、黒崎と井上を含め、総勢28機の飛行機で対応する事になった。
B29は、破壊の威力が凄まじいが、移動に関してはあまり優れていない。28機もいれば充分だと思ったのだろう。
黒崎たちは、上空2000mを飛んでいた。
すると、1000mの辺りを飛ぶ敵軍の飛行機がだんだんと見えてくる。
「編隊を崩すな!」という隊長の命令が聞こえて来る。さあ本番だ、と皆気を引き締めて臨んだ。
しかし、黒崎たちはその数に愕然とした。
肉眼で見ると、その飛行機の大群は、30台どころではなく、50台、60台を超える程の数だったのだ。
俺達はここで終わりだ。きっと、誰しもがそう思ったに違いなかった。

だんだんと敵軍に近づいていく。いよいよ、相手からこちらが見えてきたか、という時だ。
黒崎の隣を飛んでいた井上が、突然すっと右手を挙げたのだ。
「お互い頑張ろうな」というサインだと思った黒崎は、にこやかに右手を挙げ、そのサインに応えた。
すると井上は、きっと前方を向いた。黒崎も油断禁物、即座に前方を見る。
その瞬間だった。
井上の飛行機が、凄まじい加速で、真っ直ぐ下へと飛んで行ったのだ。
仲間達は唖然とした。そして、井上の飛行機は、敵機の爆撃を受けて、跡形もなく消えてしまった。
しかし敵軍は、まさか飛行機がそんなに唐突に落下してくるなどという事は、計画に入れていない。たちまちに編隊は崩れ、味方同士でぶつかり合い、次々に自滅して行ったのだ。
その隙を見て、黒崎たちは27台で帰ってくる事が出来た。

「奇跡だ!」黒崎たちは歓喜した。
しかし、いつもなら騒ぎの中心になるはずの、あの男がいない。
28機目の、あの男が、黒崎たちの軍から欠けていた。

あれから数十年、黒崎はすっかり老き、現在80歳になろうとしていた。
昔の記憶など、ほとんど薄れてしまっているが、その事件と井上の事だけは、いつでも鮮明に思い出す事が出来るという。
もう、彼は煙草を吸えない。
煙草の煙の中に、井上の笑顔が、粉砕された英雄の飛行機が、見えるのだという。
黒崎の親友、ヘビースモーカーの井上。
彼は、栄光の28機目の男として、そして一人の英雄として散っていった。
2003/11/15(Sat)22:17:55 公開 /
■この作品の著作権は棗さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
一旦シリーズの方を中断し、このような短編を書かせていただきました。
これは祖父から聞いた実話で、あまりに衝撃的だったので、小説にしました。
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