- 『欠片となって降る記憶』 作者:LOH / 未分類 未分類
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私は父様母様、それからライと、いろいろな話を静かに話した。
とりあえず、父様たちは私が記憶をなくしていることをもう一度確認してから、記憶をなくす前のことを話した。
なにを聞いても他人の思い出としか思えない出来事を、私はただひたすら聞くだけ。
口にはださないが、父様も母様も思い出話で私の記憶を取り戻そうとしているのがわかる。
そんな必死な両親の姿に、私は答えようと毎晩眠れない頭と目を働かせて思い出そうとした。
だがダメだった。
暗闇の中を灯す雪のように、記憶の欠片は一向に積もる様子もなく降りつづけるだけ。
昼間はお姫様として、目覚めた事を祝して他国の王が開くパーティ。
煌びやかなドレスを纏って、オエライさんと作り笑顔で握手を交わし、同じような会話をする。
夜は太陽の香りを思い浮かべさせる寝具をかぶりながら痛む頭を抱える。
そんな日が、もう一週間過ぎた。
父様も母様も、だいぶ親なんだと思えてきた。
でもそれは、表面だけのもので……恋も知らない幼子が男の子を好きだと思い込むような…。
ライは相変わらず優しくしてくれているが、やはり悲しさを隠していた。
ライの方も、私が頼り切っている事がわかっているのだ。
悲しい顔を私に曝して、心配させてはいけないと思っているのだろう。
私はいつか、記憶を取り戻す事ができるのだろうか?
今の状態では、取り戻したときの喜びさえもとても想像ができない。
「ニイセさん、ライは何処にいるかな」
毎朝服を着せてもらう事に慣れた私は、落ち着いた声で聞いた。
「庭園の方にいらっしゃるのではないでしょうか。シラン様、最近ライラック様と居られる事が多くなりましたね」
ふふっとニイセさんは最後に、着せたドレスの埃を払うように撫でた。
「えぇ。……ライといると、なにか安心するのよ。これが向こうの負担になり兼ねないけど…」
「とんでもありません! きっとライラック様も嬉しく思われていますわ。はい、終わりました」
私は礼の言葉を発し、ニイセさんが部屋からでていくのを見送った。
ミラーに全身を映し、同じ姿形をするもう一人の自分の身なりを確認する。
自分に微笑みかけながら、さり気なく笑顔のチェックを済ませてから部屋を出た。
両足を急がせながら、長く続く廊下を庭園へ向かう。
高いヒールを履いていながら足音が聞こえないのは、毛が長い赤い絨毯のせいだ。
その毛に足をとられて転ばないよう、小走りながらも気をつける。
「おはようございます、シラン様」
「あ、アルセダさん、おはようございます!」
角からきれいに洗われた食器をもったアルセダさんに、私は通りすがりに挨拶を交わした。
「そんなにお急がれて、どこに行くのですか?」
「ライを探しているの! きっと庭園ね!」
もう二十メートルほど離れたアルセダさんに、後ろ向きに走りながら返事をする。
私に優しく微笑む顔が、視界の端に入った。
なんなのだろう。
私がライの名を発するだけで皆いやにニコニコと……。
どうやら私とライは余程皆に気に入られていたらしい。
しかし、そんなに私達の仲が元に戻るほど嬉しいのだろうか。
外に続くドアを勢いよく開けると、溢れんばかりの太陽の光が私を包み込んだ。
なんて爽やかな朝なんだろう。
普段なんとも思わない朝が、今日は驚くほど爽やかに感じる。
暖かい春の太陽の日差しに、温風を感じる。
見渡す限りに植えられ、毎日手入れをされたたくさんの緑の香り。
更には……ヴァイオリンの音色……?
「え……?」
少し物音させればわからないほどだが、確かに聞こえる。
何処から……こっちからかな…。
微かに聞こえるその音だけを頼りに、右へ左へと忙しく移動する。
やっとのことでたどり着いたのは、庭師くらいしか入ったことがないような花園。
本当にあまり人が踏み入れる事はないのだろう。
芝生は元気よく太陽に向かって伸びている。
正に『秘密の花園』のようだ。
ところで、あのヴァイオリンの正体は誰なのだろうか。
ふと右を向くと、葉の隙間にライの顔が途切れて見えた。
「ラ……」
やっと見つけられた嬉しさに名前を呼ぼうとしたが、辛うじて自分で抑えることができた。
今此処で名を呼んでしまえば、きっとライはヴァイオリンの音を止めてしまうだろう。
そして、いつもの笑顔で、私を迎える。
これは何の曲だろうか……聞いたことがないから、オリジナルかもしれない。
それにしても、ライがヴァイオリンを弾けるとは初耳だ。
今まで忙しくて弾く暇がなかったのか、もしくは私の知らないところで弾いていたのか。
どちらにせよ、美しい音色だ。
ライの笑顔そのものを音色で表現しているようだ。
優しくて柔らかで……どこか元気なさを隠している、包み込んでくれるような……。
曲調が哀切だ。
ライと視線がぶつかった。
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2003/11/09(Sun)10:09:10 公開 / LOH
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■作者からのメッセージ
あと2回ほどで終わるかもしれません。
はぁ…と私でさえも溜息をつくほど長いのですが、すみません…。
それより、布団を寝具と呼ぶのには無理がありますね。でも布団じゃぁイメージに合わないかと…。