- 『ストロベリー・キス』 作者:宣芳まゆり / 未分類 未分類
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全角2676文字
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原稿用紙約9.25枚
「ねぇ,山猫さん.キスして.」
コタツの上に,教科書や参考書を広げているにもかかわらず,彼女には学習しようという気はないらしいです.
「お断りします.」
同じコタツに入りながら,私は丁重に彼女に言いました.
「なんでよ!?」
むっとして彼女は言い返します.
「そうですね.1.私はロリコンではないから,2.私は子供の誘惑に乗るほど馬鹿ではないから,3.あなたの鉄拳が怖いから,のどれかでしょう.」
「何よ,それ.」
シャーペンを持ったまま,彼女はむくれてしまいました・・・.
あ,申し遅れました.
私の名前は山根と申します,・・・決して山猫なんて本名ではございません.
27歳の大学院生です.
ちなみに彼女は17歳の高校生でございます.
恋愛に対して,好奇心や興味の方が先走る年齢なのでしょう.
「この前つきあってって言ったときに,いいよって言ってくれたじゃない!?」
確かに,そうです.
「それとこれとでは,話が違いますよ.」
まだまだ幼い彼女に,手を出すつもりはありません.
彼女とは,ある事件をきっかけに知り合ったのですが,しかもありがたくないことに殺人事件です,事件が解決した後も,たびたびこうやって私のアパートに押しかけてきます.
そうそう,実は彼女はその事件を担当した刑事さんの娘さんだったのですよ.
「じゃ,この問題を教えてよ.」
と,今度は私の鼻っ面に,参考書を押し付けます.
「物理,山猫さんの専門分野でしょ.」
はい,そうです.
私は,大学で理論物理を専攻しております.
「古典力学の問題ですね・・・.正直簡単すぎて,研究者としてやる気が起きないのですが・・・,」
ニュートンは尊敬しておりますが・・・.
「それなら,どんな問題なら喜んで解いてくれるの?」
ますます機嫌の悪くなった様子で彼女は聞いてきます.
「そうですね,誰にも分からない,誰も答えを知らない方程式なら,解いてみたいですね.」
それは,研究者としての欲ですね.
そういえば,冷蔵庫に・・・,
「イチゴ,食べませんか?」
「へ?」
彼女は素っ頓狂な声を上げました.
私はいそいそとコタツから出て,台所の方へ向かいます.
「お好きでしょう,イチゴ.」
これで,彼女の機嫌が直ってくれるでしょう.
「え?イチゴなんて嫌いよ.」
あれ?
「この前,イチゴのアイスをおいしいと言って食べていたじゃないですか?」
せっかく奮発して,ハウス栽培の高いイチゴを買ってきたというのに・・・.
「だって,あれはイチゴじゃないもん!イチゴは形が嫌なの,あの黒いぶつぶつが,気持ち悪いの.」
眼をつぶって食べたらいいのでは,と思いますが・・・.
「仕方ありませんね,一人で食べます.」
私は冷蔵庫からイチゴのパックを取り出しました.
「食べたことはおありなのですか?」
パックから取り出したイチゴを洗いながら,私は尋ねました.
「無い!」
彼女は自信満満に答えます.
食べず嫌いですか・・・,私はため息をつきました.
「未知の領域に手を出さないと,科学は発展しませんよ.」
「私は,科学者にならないもん!」
はぁ,そうですか・・・.
しかしこれ以上彼女の機嫌が悪くなると,いつ怒りのローキックだの往復ビンタだのが飛んでくるのか,分かりません.
そう,あのとき・・・,私ががたいのいい男を指差して,「あなたが犯人です!」と叫んだときに逃げ出した男を,彼女は追いかけて一瞬でのしてしまったのです.
さすが,刑事の娘です.
いつか,親の職業と子供の戦闘能力の関係を,グラフにプロットでもしてみたいものです.
「イチゴよりも,私を食べてくれたらいいのに・・・.」
・・・・・・・・・・・・・・・.
・・・・・・・・・・・・・・・.
・・・・・・・・・・・・・・直球ですね.
思わず,イチゴを洗う手が止まりましたよ.
「科学者にならないのなら,なぜうちの大学の理工学部志望なのですか?」
皿にもったイチゴを持って,私はコタツに戻りました.
「え?だって,山猫さんと同じ大学に行きたいんだもん.」
「そんなことで,大学を決めないでください.」
私はけっこう充実した研究生活を大学で過ごしております.
彼女にも有意義な大学生活を送ってほしいのです.
すると,彼女はなぜか傷ついた顔をして,そっぽ向いてしまいました.
「山猫さん,私のこと好きなの?」
涙ぐんだ横顔で彼女は聞きました.
「好きですよ.それより,イチゴを食べてみませんか?」
高かっただけはあって,甘くておいしいです.
「食べない!!」
彼女は私の顔をぎっとにらんで,再び横を向いてしまいました.
「イチゴ・・・,」
私は横を向いた彼女の唇に,イチゴをあてて言いました.
「食べたら,キスしてあげますよ.」
「え!?」
彼女は驚いて,私の方を向きました.
その彼女の柔らかな唇に,イチゴをうりうりとあてて,戸惑う彼女の顔を観察します.
真っ赤なイチゴと,桜色の彼女の唇・・・.
どちらが,より甘くておいしいのでしょうか.
この難解な命題に対する解を,誰か教えてくれませんか?
「じゃ,じゃぁ,食べるから・・・,ちゃ,ちゃんとしてよ!」
真っ赤になって,彼女はせいぜい強気に言い張ります.
誰にも分からない,誰も答えを知らない方程式.
解いてみたくなるのは,男の性でしょうね.
彼女が口を開けて,イチゴを口に入れようとした瞬間,私はイチゴを彼女の口から奪い,一口で食べてしまいました.
「え!?」
彼女が非難の視線を私に送ります.
しかし,文句は言わせません.
彼女の意外にきゃしゃな背中をしっかりと抱き,唇を塞ぐ.
あれほどせっついていたくせに,抵抗をする彼女を抱きしめ,離さない.
「・・・イチゴ,おいしかったですか?」
すると,腕の中で彼女は真っ赤になって答えました.
「は,初めてのキスなのに,なんてことをするのよ.」
「未知の領域が一度に二つも経験できて,よかったじゃないですか?」
ついでに,イチゴもいっぱい食べてください.
なんせ,高かったのですから.
「や,山猫さんのばかぁ!!!」
火花が散りました・・・.
どうやら,彼女のアッパーパンチが私の顎にクリティカルヒットしたようです.
「ご,ごめんなさい!山猫さん.」
薄れゆく意識の中で,彼女の謝罪する声だけが聞こえました.
・・・いいのですよ,私の子猫さん.
あなたという未知に触れて見たいと思ったときから,なんとなくこの展開は予想していましたから・・・.
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■作者からのメッセージ
Senyoshi Mayuri。現代ものラブコメディです.
普段,ファンタジーばかり書いているので,これはなかなか新鮮でした.
しかし,私が書くとどうしても男性の方が強引ですね・・・.