- 『平和な世界に魔神はいらない』 作者:にゃあ!? / 未分類 未分類
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原稿用紙約18.85枚
「というわけで、この時代に俺達は必要ないんだ。分かったか? 」
木陰から刺す陽光を見つめながら、彼はさっき気付いたばかりのヒゲをユラユラと揺らす。
見ると、向かいには石造りの椅子、剥げかけた黄色のペンキがまだら模様を作っているあたり、使い古された事を物語っているが。
それに座りこんでウンウン唸っている長髪の女学生。
顔にはまだ幼さが残っているが、それでも「子供」と言ったら怒られそうだ。
ようするにそれぐらいの年代だろうと彼は推測する。
ここ、「オーデ・ペレス魔術院」の青い制服を着たその学生は右手をはっと、前にやる。
丁度「ちょっと待った!」という姿勢になるが、まぁ心情もそのままだろう。
「えーっと、ゴメン。よく分かんない。」
その予想されたセリフに彼はまたやれやれと、前足で顔を洗う仕草をする。
彼の今の姿は、他の人が見れば百人中百人がこう答えるだろう。
猫だ。と。
その猫であるところの彼はその黒い毛並みを撫で回しながら答える。
「だから、元々俺達『魔神』ってのは、人間達が争い続けて自滅する前に出てくるんだよ。どうしようも無くいがみ合う人間達に共通の「敵」ってやつを作り上げて、結束を促すんモンなんだっての。結構強引だけどな。」
「ふ、ふ〜ん…。」
あ、コイツ分かってないなどと内心で思いながら彼は続ける。
「だから! 今の人間の世界は平和そのものだろ?たいした戦争も起こっちゃいないし、280年前に起きた「統一戦争」とその後の「禍」以降は連合政府がちゃんと機能してる。分かるか? そーゆーばっちり世界平和を俺達が乱してどうすんだよ。」
「あの、乱さなきゃ駄目なんじゃないの? 魔神って。」
「アホか!? 俺達が好きで世界を恐怖のどん底に叩き落してるわけねーだろ! 俺達は世界を構成する「霊子」ってやつで創られてんだ! つまり俺達は世界の一部分なんだよ!自分で自分の首締めて楽しいわけねーだろ! 」
「う、まぁそうだけどさ。」
額に冷や汗などたらしながら女学生は脱力する。
がっくりと肩を落とし、ポリポリとバツが悪そうに手を頭にやると、ポツリと呟いた。
「でさ、何で…。」
「あん? 何だよ今度は。」
生返事を返しつつ彼は舌を使って前足の毛並みを揃えたりしている。
「何で猫なの? 」
ふと、毛づくろいを止めると彼はボンヤリと陽光を眺め始めた。
「さーなぁ? 多分その必要が無いんだろ。」
「さっきの敵の役割ってやつ? 」
そうだ。と前足でビシっと彼女を指す。
「俺が前に出た時はなんか体長10メートルぐらいの無駄にデカイ化け物だったな。最後の最後まで復活しなかったくせに、土壇場で復活してな。当時の勇者だか光の戦士だか知らねーけど。そいつらに秒殺されたよ。」
「うわー弱いんだねぇ、君。」
「うるせーな。それで世界は平和でめでたしめでたしだ。確か…ありゃ何千年前だったっけか? 」
へー、と感心したように学生は納得しかけたが―――。
そこでふと、疑問に当たる。人差し指をこめかみに付きながら首を傾げる。
「じゃあ何で出て来たの? 」
「てめーが無理矢理呼び出したからだろうが! このボケがっ!! 」
猫であるところの「魔神」は力の限り叫んだ。
グラウンドでは他の授業をやっている男子学生たちがトラックを走り続けていた。
それを横目で見ながら彼女は、いや〜とわざとらしく苦笑。
「でも、図書館の中で「必殺! これぞ史上最悪の暗黒禁呪。3分で出来る魔神召喚法! 」とかあったら実践してみたくなる乙女心って…えーっと、分かる? 」
「必殺してどうする! っつーか俺3分で呼び出されたのかよ!? 」
「うん。」
「頷いちゃったよ!? 」
と悶える彼を尻目に彼女はカバンの中から一冊のオドロオドロしい本を取り出す。
ご丁寧に表紙にはきっちりと髑髏のマークが書いてあるが、それがいかにも胡散臭い。
それをパラパラとめくりつつ、しおりをはさんである所でページを止めた。そのしおりがウサギマークという事について、彼はとりあえず無視しておくことにする。
「ふむ。これによると…君の名前は魔神マックスウェル。属性は炎。その巨大な魔力から他の魔神をも支配下に置く「王」の立場で、現在確認されている魔神の中でも最上クラスの存在。約2000年前の「バフ戦役」おけるデッドライン上で滅する。好きなものはタバスコ…。」
「ちょっと待て。最後のタバスコってなんだ。」
という猫。魔神マックスウェルは細目で抗議するが、それを気にせずに彼女はポンと本を閉じる。
ふぅと一息。
「タバスコ好きなんて変わった猫ね? 」
「知るか!? 俺だって初めて知ったぞタバスコ好きだなんて! 」
「またまた〜。」
「って人の話聞けよ! あぁ! 止めろ! ネコジャラシで俺を誘惑するのは止めろ!! 」
と、彼女は近くに生えていたネコジャラシをフラフラとマックスウェルの前で振ってやると、猫の本能がさせるのか「にゃーにゃー」と飛びつく。
飛びつきながらも、マックスウェルは負けじと言い返す。
「俺だって知ってんだぞ! てめーの名前はエルサイア・リーデン! 魔術院の成績は中の下! 魔術関係はトップクラスのくせに体術関係は最下位争いやってるらしーな! 」
「なっ!? 」
と、彼女、エルサイアも驚いた声を上げるが、それでもネコジャラシは止めない。
当然、じゃれ続けながらマックスウェルは、わははーと笑い声を上げる。
「てめーの霊力で召喚されたからな! 言わばてめーの一部が俺の中に封印されてんだよ! そうでなきゃ猫の俺と人間のてめーが話せるわけねーだろうが! 」
「ひ、卑怯者ー。」
「わははー、これで五分と五分だな! っていうかネコジャラシ止めろ! 」
「あーもう、ウリウリウリウリウリ。」
「あ! くそっ、高速化しやがったな!? 意地悪ぃぞコンチクショウ! 」
叫びながらも両足でふにゃふにゃとネコジャラシの残像を追いかける。
(ったく、平和な時代に召喚されちまったから魔力も格段に下がっちまってるな。)
むきになったエルサイアのネコジャラシを捉えることも出来ないのだ。
なんだか、涙が出てきそうになるがそれはグッとこらえた。
「でもさぁ。」
と、不意にエルサイアが口を開く。
「君たち魔神が出てくると、必ず「英雄」ってのが出てきて君たちを倒すよね? 」
「ん? それがどうかしたのか? 」
ピタっと止めるとここぞとばかりにマックスウェルはネコジャラシに飛びつく。
バシィッと両手でキャッチすると、やっと落ち着く。
エルサイアは、やや表情を落としながら考え込む。
「でも、平和な時にそういう人達が出てこないよね。何でだろ? 」
「それこそ、役割の問題だろうが。こんな時代に「英雄」なんぞいた所で意味がねーだろうが。」
「じゃー君たちが出てきた時に都合よく表れるのもおかしいじゃない。あたし達は魔神じゃなくて人間だし…。」
そのエルサイアの言葉にふと、足を止める。
そこで一つ深いため息を吐くと。
「お前、人の話聞いてたか? 」
「何よ…。」
「俺達は人間達を結束させるためにお前達を襲うんだ。全滅させるわけじゃねーんだよ。いいか? 俺達が出れば、それに対抗するための存在が出てくるに決まってるじゃねーか。」
「じゃー、その「英雄」ってのも君たちの同類なの? 」
それにがっくりと肩を落とす。
やれやれと大げさに呟いてから、ひょいっとエルサイアの肩に飛び乗った。
うわわ、と驚く彼女を尻目にマックスウェルはその肩を前足でポンポンと叩く。
「てめーら人間も俺達と同じ世界の一部じゃねーのか? ま、俺達よりかは複雑な精神構造持ってるみたいだけどな。」
「…あ。」
予想外の答えに呆けたような表情をするエルサイアに苦笑しつつ。
「要するに俺達とてめーらは作用と反作用みてーなモンさ。持ちつ持たれつ…てのはちょっと違うか。」
にゃ〜と一声鳴く。
肩に乗ったマックスウェルの頭を撫でながらエルサイアも微笑で返した。
なんとなく、魔神も大変なんだなーと、よく分からない納得の仕方ではあったが。
そして、
校庭から耳をつんざく爆音が響くのはその数瞬後だった。
ガァァン!!
という至近距離で落雷したかのような音と衝撃が校庭を中心に炸裂した。
突然だった。
だが、現在は晴天。周りには避雷針も設置されているはずだし、まさか校庭のど真ん中に落雷が発生する確率などほぼ皆無に近い。
つまり。
(自然災害じゃねぇ! )
バッとマックスウェルはエルサイアの肩から飛び降りると四本の足で着地する。
「しまったー! 」
と叫んだのは後ろのエルサイアだった。
片手であの胡散臭い魔導書を持ちながら頭を抱えている。
「君を召喚した時の方陣がそのままだったんだ! 」
「アホか!? 普通に放置してたらデッドラインで魔神が発生すんだぞ! 召喚の初歩だろうが初歩! 」
「だ、だって、体術の訓練が始まってたし、後でいいかなー…なんて。」
「な・に・が! いいかな〜だ! 仮にも俺を呼び出したんだからな! そんな強力な方陣をそのままにしてたら、他の「雑」な奴が出てくるに決まってるだろうが! 戦争でも起こしてーのか!? 」
「うう、ごめん〜。」
そうこう言ってると、その落雷の中心から一匹の犬のような生物が巻き上がった砂埃の中からボンヤリと浮かび上がってくる。
落雷に驚いたのか、それとも、「それ」の魔力に気付いたのか、さっきまで走っていた男子学生が蜘蛛の子を散らすように四方に散らばっていく。
慌てたようにエルサイアはマックスウェルの隣に座り込む。
「で、でもこの時代だと魔神は出てこないんじゃ? 」
「それとこれは別問題だ。お前達の言う「魔神」てのは二種類ある。」
「マジ!? 」
「俺がさっき言ったのは、俺みたいに意思を持った魔神「真魔」。そして今召喚されたのは…。」
言っている間に、その獣が姿を現し始める。
四本の鋭い爪と灰色の体躯。突き出された牙は何者をも切り裂くと言ってはばからなさそうだ。
タテガミを震わせながらその獣は遠吠えを上げる。
「ウ、グギガガガガガアアアアア!! 」
「ただ、人間を襲うためだけに呼ばれた物達。「雑魔」だ! 」
「うわ、なんか非常に強そうだし! 」
「奴らの役割は「襲う」の一言だけだ。魔力の減退はほとんど無いな。」
やれやれ、と静かに言うと、マックスウェルはトコトコと校庭の方に歩いていく。
ちょっと、と慌てたようにエルサイアは呼び止める。
「まさか、あいつと戦うつもり? だって今の君ってば猫じゃん! 」
「猫って言うな! 」
振り返って抗議するが、もう校庭では魔獣がその力を解放しようともがいている。
それにもうんざりとする。
かつては配下であったモノも、あのようになってしまえば「敵」以外の何者でも無くなってしまった。
「ったく、厄介な事をしてくれたよ。ま、「元上司」としては、その辺りキッチリしねーとな。」
「ちょ、ちょっと! 」
今度は振り向かずに、マックスウェルは小さな身体をヒョコヒョコと動かしながらその砂煙の中に消していった。
目の前には自分の数十倍はあろうかという巨体がある。
その目は殺戮に満ち、今にも自分を食いちぎろうかという次第だ。
だが、その殺気にも特に彼は動じなかった。
むしろ、淡々と歩を進める。
「魔神が…。」
「グギギアアアッ!! 」
瞬間、魔獣がその爪を一直線にマックスウェルに振り下ろす。
その、小さな身体を叩き潰しかねない一撃は、しかし。何故か彼に届く前に空中で静止していた。
魔獣の瞳の色が変わる。殺戮から困惑へ。
そしてマックスウェルはその視線を魔獣に向ける。
壮絶な、赤の瞳だ。
思わず後ずさる魔獣に静かに声をかけた。
「魔神が平和な時間を乱してどうする? 」
完全に動きを止めた魔獣の爪にちょこんと前足を乗せる。ごく、優しくだ。
「平和な世界に俺達はいらねーんだよ。」
「グ、グガアアアアガギガアア!!!! 」
キンッという甲高い音が走った。
そして、魔獣の巨躯は唐突に、それを覆い尽くしてなお余りある炎に包まれ。
「じゃあな。また会おうぜ、俺達が必要とされた時にでも…よ。」
瞬時に爆砕した。
「でも、君ってこれには弱いのよね〜。」
「だからネコジャラシは止めろって言ってんだろうが! 」
先日の魔獣召喚事件から一週間後。
実にそれは、単なる落雷事故として処理されていた。ただ。
「でも。いくら魔神の王ったって、校庭壊すのは駄目よね〜、減点1。」
前と同じ、日差しが眩しい。剥げたペンキの椅子に腰掛けつつ。ネコジャラシをマックスウェルの目の前でフラフラさせる。
見れば、校庭の真ん中には奇妙なクレーターのようなものが出来上がっているのだ。異様な光景としか言い様が無いが。
「うるせー! あれくらいの被害ですんだのを光栄に思え! っていうかまず俺を召喚すんじゃねぇ! 」
「えー。だってあたし送還の仕方分からないから戻せないのよね〜。」
と、そしらぬ顔でこの「魔神」に笑いかける。
にゃー! にゃー! と飛びつく魔神にすんでのところでネコジャラシを渡さない。
「とりあえず、平和な時代に来た君は―――。」
さっと、ネコジャラシを放り投げる。
にゃー! と飛んだところで、エルサイアはひょいっとマックスウェルの小さな身体を抱き上げた。
うお! と叫ぶ前に彼女は口を開いた。
「平和な時代に来た君は「あたしの友達」。それが役割。オーケー? 」
「……。」
マックスウェルの動きが止まる。
柔らかく注がれる陽光の下。
平和な時代のいらない魔神。
彼は、少しだけ、表情をほころばせると、ジタバタと暴れ始めた。
「うるせー! ネコジャラシをよこせーー!! 」
あわあわと慌てるながらも決して離そうとしないエルサイアの腕の中で。マックスウェルは暴れ続けた。
そうしないと―――。
――涙が出そうだったからだ。
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2003/11/07(Fri)02:25:24 公開 / にゃあ!?
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■作者からのメッセージ
初めまして。にゃあ!?と申します。
悪役って大変ですよね。とか思って書いてみました。難しいですよねぇ小説って(汗