- 『おしいれ』 作者:高那 雅 / 未分類 未分類
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全角3087.5文字
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原稿用紙約9.5枚
ボクの家には押入れがある。どこの家にもあるような、ごく普通の押入れだ。でも、ボクしか知らない秘密があるんだ―――。
ボクの父さんは、とても怖い人だ。すぐ怒るしすぐ殴る。ボクはそんなに悪い事をしたつもりは無いのだけれど、いつも叱られる。そして、叱られた後は必ず「ここで反省しろ!!」と言われて押入れに閉じ込められるんだ。押入れはとても暗くて、何にも見えなくて…。だからとても怖くて、誰かに助けてもらいたくていつも泣き喚くんだ。そうすれば、母さんか兄ちゃんか誰かが押入れから出してくれるかもしれないから―――。
でも、そういう時に限って誰も助けてくれない。だから、ボクは誰かが見つけてくれるまで膝を抱えて待ってるんだ。目を開けていても真っ暗で怖いから目を閉じて。目を閉じれば暗いのは当たり前だから、少しは怖くない。だから、そうやってずっと待ってるんだ。
そんなある日、いつもの様に押入れに閉じ込められていたボクはふと目を開けてみたんだ。目の端で何かが光った気がしたから。目を凝らしてじっと見ると、押入れの奥に人がやっと入れるくらいの小さな扉があった。その扉は少しだけ開いてて、そこから光が漏れていた。ボクは何だか凄く気になって、その扉を開けてみたんだ。そのとたん―――。
扉を開けたとたん、とても眩しい光が差し込んで、ボクは思わず目を瞑った。ようやく光に慣れた頃そっと目を開けると、そこは…そこは押入れじゃなかった。ボクは、押入れにいたはずなのに何故かとてもきれいな草原にいたんだ。
そこは、あたり一面に色とりどりの花が咲いていて、まるで夢でも見ているかのようだった。草原を見渡すと、ちょっと向こうに大きな切り株があって、そこに白い人影があった。その人影は、どうやらボクに気が付いたようでこちらに近づいてきた。
『―――こんにちは。柊(シュウ)くん。』
「何でボクの名前知ってるの?」
『君の事なら何でも知ってるよ。ずっと見てたから。…ねぇ、一緒に遊ぼう?』
近づいてきた人影は、ボクと同じくらいの年の白い服を着た男の子だった。彼はにっこりと微笑むとそう言って僕の手をとり切り株のほうへ歩いていった。
ボクは何だかよく分からないけど、これは夢なんだと思ってとりあえず彼について行った。
ボクと彼は、いろいろな遊びをした。かけっこをしたり、木登りをしたり、花や葉で王冠を作ったり…。彼と遊んでいると、嫌な事も全部忘れて心から楽しい気持ちになれた。ボクと彼は、遊びつかれて草原にごろりと横たわった。
「あ〜楽しかった!!こんなに楽しかったの久しぶりかも。」
『そう、よかった。』
「また、遊ぼうね。…また会えるよね?」
『うん。また、会えるよ。』
彼はそう言って優しく微笑んだ。ボクはその微笑みに安心して、何だかとても眠くなってきたんだ。だんだん瞼が重くなってきて、そのまま眠ってしまった。
気が付くと、ボクは元の真っ暗な押入れの中にいた。どうやら閉じ込められたまま眠ってしまったらしかった。目を覚ましたとたん、押入れが開いて光が差し込んできた。そこには兄ちゃんがいて、申し訳なさそうな顔を浮かべていた。ボクは、押入れから出るときに周りを見渡してみたけれど、あの扉はどこにも無くて、やっぱり夢だったんだと思った。
ある日、ボクはまた父さんに押入れに閉じ込められていた。いつものように目を閉じて膝を抱えて押入れが開くのを待っていたけど、この間みたいに目の端で何かが光った気がして目を開けてみたんだ。そこには、この間と同じように小さな扉があった。
ボクは、あれは夢なんだとばかり思っていたからとても驚いた。でも、この扉を開ければ彼に会えるんだと思って嬉しくなった。急いで扉を開けると、そこはやっぱり草原で、やっぱり向こうに切り株があって、そこにはやっぱり彼がいた。
『―――こんにちは。柊くん。』
彼はそう言って笑った。
「これは、夢じゃないの?君は何者なの?」
そう尋ねるボクに、彼はまた笑った。
『…ねぇ、一緒に遊ぼう?』
彼は質問には答えず、ボクの手を引いて切り株のほうへ歩いていった。ボクも深くは聞かずに、ただついて行った。
ボクと彼は、この間みたいにいろんな遊びをした。たくさん遊んで、笑って、そしてまた草原に横たわった。
『…ねぇ、柊くんはお父さんの事…好き?』
彼は、戸惑いながらそう聞いてきた。
「…好きだよ。すぐ怒るし、すぐ殴るけど。―――父さんは、ボクの事嫌いみたいだけどね。」
ボクは笑ってそう答えたけど、視界が歪んで見えてきたから慌てて下を向いた。
彼は、そんなボクの手に自分の手を重ねて優しく微笑んだ。
『柊くん。辛い事や悲しい事、いろいろあると思う。けど、柊くんが辛い時、悲しい時、僕はいつでも君の味方だ。君を守ってあげる。君はひとりじゃないよ―――。』
あれから何度か彼に会った。でも、どうしても彼に会いたくて自分から押入れに入っても扉は見えなかった。わざと父さんに怒られるような事をしても、やっぱり扉は見えなかった。扉が見えるのは、本当に父さんに怒られて、閉じ込められてる時だけだった。
そのうちボクも大きくなって、父さんに怒られても押入れに閉じ込められる事は無くなって、彼には会えなくなってしまった。それでも、嫌な事があるとあの時の彼の言葉を思い出して押入れに入った。そうすると彼が側にいてくれてるような気になれて、嫌な事が忘れられる気がしたから。彼が守ってくれてるような気がしたから―――。
あの時から、もう10年近くたった。オレは今日この家を出ていく。
すべての荷物をまとめて部屋を出ようとした時、ふいにあの押入れが目に留まった。もう押入れに入る事はなくなっていたけど、とても懐かしくなって、最後に彼に別れを言いたくて、オレは押入れに入ってみた。でも、あの扉は見えなかった―――。
オレは何だか眠くなって、そのまま押入れの中でうとうとと眠ってしまった。そして…彼の夢を見た。彼はあの頃のままだった。
『柊くん。…もうお別れだね。君は大きくなった。だから、もう僕が一緒じゃなくても大丈夫だよね。……僕も君に会えてとても楽しかったよ。ありがとう。もし……もしも、本当に辛くて辛くてどうしようもなくなった時は、また僕のこと思い出してね。本当に、今までありがとう―――。』
夢の中の彼は、そういうとオレに向かって手を差し出した。彼の手の中には、小さな虹色に光るガラス玉があった。彼は、あの頃と同じ優しい微笑みを浮かべてそのガラス玉をオレにくれた。―――夢はそこで終わった。
ふと目を覚ましたオレは、つい寝てしまったと頭を振り、眠気を飛ばそうとした。その時、オレは何かを手に握り締めている事に気が付いた。そっと拳を開いてみると、そこにあったのは夢の中で彼にもらった、虹色に光るガラス玉だった。
オレは、押入れから出て丁寧に戸を閉めた。そして、彼に最後の別れを告げた。
「ありがとう。さよなら―――。」
オレの頬を、つぅと雫が流れた。
家を出てたオレは、まっすぐと道を歩いていった。でも途中でふと立ち止まり、もう一度十数年の間住み慣れた家を振り返った。そして、握り締めたガラス玉を見つめ、また歩き出した。新しい自分の道を――――。
『柊くん。辛い事や悲しい事、いろいろあると思う。けど、柊くんが辛い時、悲しい時、僕はいつでも君の味方だ。君を守ってあげる。君はひとりじゃないよ―――。』
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■作者からのメッセージ
まだ小説を書き始めて間もない若輩者です。
辛口評価よろしくお願いします!!