- 『紅の森 第一章「海」U』 作者:森々 / 未分類 未分類
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葬儀の翌朝。海は酷く体調を崩していた。
起きようとする心に身体がついて行かない。
ダルイ・・・頭がイタイ・・・
暫く布団の中で蹲っていると、不意に和室の襖が力強く開けられた。
そこには学ラン姿で口にパンを銜えた空が立っていた。
海がいつまで経っても起きてこないので心配して様子を見に来たのだが、目の前に蹲る海の姿を見て空は慌ててベッドへと駆け寄った。
「どうした?具合が悪いのか?」
「うん・・・ちょっと風邪ひいちゃったみたい・・・」
海は弱々しく答えた。
空はそんな海を抱きかかえる形で下に下ろすと、ベッドから敷布団と掛け布団を持ち上げて畳の上に敷いた。
「ベッドより床で寝た方がいい。慣れた畳の方が安心するだろ」
海はコクンと頷いた。喉が痛くなってきたので、極力声は出したくなかった。
「この所色々忙しかったからな。疲れが溜まったんだよ」
海は両親の事故の日から昨日までの間、休み無しに活動していた。
通夜・葬儀の準備から僧侶への御布施や心付けといった細かいところまでも、海は殆ど一人で遣って退けた。
『これからは私がしっかりしなくちゃ』
昔から責任感の強い海は、先のことを考えて「人の助けは借りない」と心に誓っていた。そのため弟の空にさえも一種の壁を築いていた。
「ごめんな。俺がもっと手伝えていれば・・・」
空は目の前に立つ海に、申し訳なさそうに言った。
「俺があの時もっと海のことを見ていれば・・・楓の妨害を撥ね付けていれば・・・」
「楓ちゃんはあんたのことが本当に好きなのね」
海は微笑んで言った。
栗色の短い髪を掻きながら、空は苦々しそうに答えた。
「違うよ。楓姉は一人っ子だから、からかえる相手が欲しいだけなんだよ」
空は楓に「良い感情」は抱いてなかった。
海は片手で口を押さえてクスクスと笑うと、目の前の空の胸に身体を預けた。
空は一瞬身体を硬直させた。
「楓ちゃんは悪い子じゃないわ・・・ただ少し人より不器用なだけなのよ」
海は楓を「嫌い」ではなかった。
昔からその容貌のお陰で多くの人から疎遠されてきたため、楓の自分に対する感情にも初めから気付いていた。
投げつけられるキツい言葉の本音も見えていたし、意地悪な素行も全ては空への恋心からくる嫉妬だということも海は分かっていた。
「海は本当にお人好しだな」
空は半ば厭きれた風にぼやいた。
それを聞いて海は微笑むと、空から離れて畳に敷かれた布団へと潜り込んだ。
「あんたもそろそろ行かないとヤバいんじゃない?」
ハっと気付いて左腕の時計を見ると、空は慌てて部屋を飛び出して行った。
そしてボロボロの学生鞄を片手に「行ってきます!」と叫ぶと、大急ぎで靴を履いて学校へと出掛けて行った。
『あの時俺がもっと海のことを見ていれば・・・』
「そんなことないよ、空」
海は呟いた。
『疲れが溜まったんだよ』
そんなことないよ 空
だって私 誓ったんだもの
あの日・・・父さんと母さんが死んだ日 誓ったんだもの
「誰の助けも借りない」って
だからあんたが謝ることなんてないんだよ
私が一人で決めて 一人で行ったことだもの
親戚の皆からかけられる「コトバ」も
楓ちゃんから投げつけられる「コトバ」も
全て私に向けたモノだから・・・あんたには関係ない
全て私が受け止めるから・・・あんたは自由に笑っていればいい
空が笑っていてさえくれれば それで私は充分なの
だから笑っていて お願いだから
「・・・空だけが大切なの」
海は天井を見上げながら呟いた。
そして厚い布団を被りなおすと、ゆっくりと眠りに就いた。
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2003/10/26(Sun)16:55:45 公開 /
森々
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■作者からのメッセージ
第二弾です。何だかやっと本題に入れるような気がします(笑)。
ちなみに空は栗色の髪で海は漆黒の髪です。空は母親の血を多く受け継いでますから。