- 『紅の森 第一章「海」T』 作者:森々 / 未分類 未分類
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 「海ちゃん、元気出してね」
 俯いたまま動かない「海」に、叔母さんは優しく声をかけた。
 「これからは叔母さんの家で一緒に暮らしましょう。その方が海ちゃんも空ちゃんも楽だろうし、叔母さんも安心できるわ」
 「空」というのは海の二歳年下の弟で、現在は14歳の中学二年生である。
 海は俯いていた顔を少し上げると、叔母さんの方を見もしないで言った。
 「結構です」
 「海ちゃん・・・遠慮しなくていいのよ?」
 叔母さんは少し戸惑った表情で言った。彼女は本当に心から海を好いていて、下心など無しに海の力になりたいと思っていた。
 海は持っていたハンカチを強く握り締めると、勢いよく立ち上がって再度言った。
 「結構です」
 戸惑う叔母さんを置いて、海は部屋から出て行った。
 
 海は都立高校に通う16歳。
 一昨日学校から帰宅する直前に、教師から両親の死を告げられた。
 原因は交通事故。信号を無視して飛び出して来た若者を避けようとして電柱に追突し、目撃者からの通報によってすぐに病院へ運ばれるが1時間後に死亡。飛び出した若者の方は軽症で済んだ。
 海は学校からそのまま病院へと向かうが、着いた時は既に両親が息を引き取った後だった。
 弟の空は海から電話でソレを知らされた。
 震えた声で話す海に空は何も言わず、ただ黙って頷くだけであった。
 
 「空」
 中庭向きの縁側に座りながら、空は本を読んでいた。
 海に気付くと空は読んでいた本を閉じ、姉の顔を見上げながら言った。
 「叔母さんたちは?」
 「今みんなのお昼御飯作ってる」
 海は空の隣に腰を下ろした。
 「あんた何で本なんか読んでるの?」
 「だってやることないし。部屋の中にいたってみんなが慰めてきてウザイし」
 そう言いながら空はまた本を読み出した。
 空は海よりも10cm背が高いため、並んで座るとかなり差が見える。
 海は暫く何も言わずにいると、不意に空の肩に寄りかかった。
 「なに?」
 空は本から目を離さずに言った。
 海は少し微笑んだ。
 「叔母さんが一緒に暮らそうって」
 「ああ、言うと思った。海はどう思う?」
 「私は別にこのままでいいよ。父さんたちの思い出が詰まったこの家から離れたくないし」
 「同感だな。それに・・・」
 空は本を閉じて、肩に乗っている海の頭に凭れた。
 「俺はあの人のこと好きじゃないから」
 気だるそうに言う空に、海は微笑んだ。
 
 「あんた達、どういうつもり?」
 振り返ると海と空の従兄弟「楓」が、腰に手を当てて仁王立ちしていた。
 楓は海と同い年の気の強い女の子で、叔母さんの一人娘である。
 「どういうつもりって・・・なにが?」
 海が聞くと楓は恐ろしい形相で言った。
 「同居の話を断ったことよ。折角お母さんが誘ってあげたのに」
 「同居しようがしまいが私達の勝手のはずよ。叔母さんには有難いと思うけれど」
 「勝手ですって?」
 楓は眉間の皺をより深くして、海に詰め寄った。
 「まだ学生の身で何ができるっていうのよ。これからどうやって暮らしていくつもり?水商売でも始めるつもりなの?まぁ顔だけがあんたの「ウリ」なんでしょうけど」
 大きな瞳にサラリとした漆黒の髪を持つ海は、学校でも一番の美女である。
 そんな海を楓はよく思っていなかった。
 「体を売ったら一体いくらになるでしょうね」
 「いい加減にしろ」
 鋭く有無を言わせない口調で空が言った。楓はビクっと反応して、空の方に向き直った。
 「な・・・なによ、中学生のくせに」
 「それ以上海のことを悪く言うな。いくら楓姉でも許さない」
 空の目は真っ直ぐに楓へと向けられていた。楓は目を逸らすことができず戸惑った。
 そして一瞬泣きそうな顔をすると、振り返って海を睨みながら怒鳴った。
 「なによ!いつもいつも海のことばっかり!シスコンもいいところだわ!」
 顔を真っ赤にして目には涙を浮かべながら、楓はドタドタと走り去っていった。
 
 「・・・色男」
 「なんのことだよ」
 「まぁいいわ。樺ってくれてありがと」
 海は立ち上がって庭へと出た。
 見上げると青い空が広がっていた。海は「無情だな」と思った。
 「でも本当にこれからどうしよう」
 空は本を膝に戻しながら言った。
 「金のことか」
 「それもあるけど・・・他にも色々問題は山積みよ」
 「悲しみにも浸ってられないな」
 「そんな暇はないわ」
 海は軽く笑った。
 海も空も「悲しみ」は確かに持っていた。泣き叫びたいほどの「悲しみ」を。
 「私・・・頑張るわ」
 海は空に聞こえないように呟いた。
 空はもう本を読んではいなかった。
 
 
 
 
 
 
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2003/10/26(Sun)00:04:31 公開 /  森々
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■作者からのメッセージ
 長く続きそうです・・・(泣)頑張って書きますので、よろしくお願いします。