- 『THE SYSTEM第1話、前編』 作者:新藤パラダイム / 未分類 未分類
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原稿用紙約25.05枚
緊急伝達事項
本日未明、当施設より脱走者が出た模様。早急に捜索し、発見しだい保護されたし。ただし、抵抗する場合及び保護するに際し、困難と認められる場合は「粛清」しても構わない。
なお、本個体には「システム」に必要不可欠で、きわめて重要な鍵が含まれているため、本件の直接的な指揮は国家保安部が執ることになる。本件は国家的な危機をもたらす恐れがあるため、くれぐれも内密に処理し、外部に漏洩することのないように。
エレナ地区特別犯罪人収容所所長
ロディー・バックムルム
−時代の推移の概要−
2030年、高度な物質文明を築き上げていた惑星、地球で歴史的な戦禍が起こった。
世界最大のモンスター国家フリーダムが突如として侵略戦争を開始したのだった。
各国はその複雑な利害関係のもとで二つの勢力に分かられた。すなわち、フリーダムに協力する国々と敵対する国々である。これによって、戦争は世界規模のものへと拡大していくこととなった。
5年後、ジパング(旧日本国)を中心とした敵対国側は、フリーダムの軍事拠点であった太平洋上の人工島フラットピアを陥落させることに成功する。
そこから総攻撃にでた敵国側はフリーダム首都アルカディアを攻略し、ココに史上最大の世界戦争は終結した。
以後、世界の復興はフリーダムなき後、その国際的地位を確立した東アジアの小国、ジパングの指導の下で行われることとなる。
だがそれは同時に、一国の独裁を懸念する過激なテロ集団の現出をも意味していた。
世界戦争後も領土分配に絡む民族間の紛争や、国土荒廃による飢え、医療の行き届かない閉鎖地区の発生、犯罪増加とスラム化。不安定な世界情勢の中でジパング政府はある計画を進めていく。後にシステムと呼ばれることとなる、ナノテクノロジーを用いた個人登録管理体制。全ての秩序を一手に握る支配、それによって国民を統制しようとした。だが、何処からか外部へ流れた情報が大きな抵抗勢力を生み出す。
ネオ・レジスタンス、最も過激な反政府組織がココに誕生した。
それから数年後、物語の始まりは、ある事件だった。
<1>
森の闇の中を駆け抜ける一つの影があった。男は脱走者だった。男は前方に見えている街へと向かっていた。そこに、彼の求めるものがあった。
しばらくして、男は走るのをやめた。森から抜けた男は、目の前に広がっている街の光景を見た。明け方の薄明かりに照らされた街は、どこを見ても新鮮だった。
「追っ手は、いないようだな。」
照間正路は独り言を言った。施設から逃げ出してはじめての朝だった。所長室からくすねた服はずっと山道を走り続けたためにくたくたになっていた。腕時計に目をやると、ちょうど朝の6時だった。
そこここの家々がきばらに電気をつけ始めている。街は、目を醒まそうとしている。その風景の中に、照間はいた。そしてそれに見とれていた。
「これが自由か。」
楽園だと思った。照間はまさに今、自由を身にしみて感じていた。
いつまでそうしていたのか、朝の光はその強さと輝きを増していた。一日が始まる。
「さぁ、俺も動き始めようか。」
手元に握り締めていたメモ用紙は、汗にぐっしょりと濡れてしまって、字がかすれている。だが、読む必要はない。用件は全て頭に叩き込んである。あとは・・・動き出すだけだ。
<2>
蛍光灯の人工的な光に照らされた会議室。壁にかけられたホワイトボードに何枚かの資料と写真が貼ってあった。その横に立っている男、簡易のパイプ椅子に座って資料を読んでいる3人の男、その後方で壁にもたれかかっているサングラスの女。部屋には不気味な静けさと緊張感が充満している。ボードの横にいる男、佐久間が口を開いた。
「今回の件を担当させていただく、国家保安部の佐久間です。ヨロシク」
椅子に腰掛けていた男の一人、佐久間から見て左端の男が言った。
「緊急事態だそうだが、詳しくお聞かせ願いたい。」
「今からご説明します。」
佐久間はボードの上の写真を指差して話し始めた。
「今回の事態はきわめて深刻です。逃亡者、照間正路はシステムにとって重要なファクターであり、彼に隠された情報は我々にとっては非常に有益なものです。」
真ん中の男が聞いた。
「具体的にどんな利益がある?あいにく我々はその男に関して何も聞かされていないのでね。」
「それは私も知りません。知っているのは上層部でもごく限られた人でしょう。」
佐久間が後ろの女に目配せした。
「ただ、この件に関してネオ・レジスタンスの動きが確認されました。」
「何故、彼らが?」
「彼らも照間の重要性を知っているということでしょう。」
「だが、どうやって施設から逃げた?」
右端の男が言った。
「施設の専属の医師、村沢仁が逃亡に手をかしていたようです。」
他の面々は無言だった。
「照間の動きは我々の協力者によって逐一報告されます。あなた方には各方面への圧力をかけていただきたい。」
「またおまえ達の尻拭いか。」
左端の男が口をこぼした。佐久間はそれを無視した。
「つい先ほど、照間の居場所に関する情報がもたらされました。彼は新藤と接触しようとしているそうです。」
「新藤だと?」
「問題だな。彼らの介入は事件を複雑化する恐れがある。」
男達は口々に意見を述べた。その時、後ろにいた女が口を開いた。
「そこで、私の出番というわけね。」
低く重い声だった。だがその声は部屋の中によく響いた。
「そういうことです。」
佐久間は女を見た。
「あなたの役割はわかっていますね。照間を保護していただきたい。」
女は口元をゆるませた。
「私がやるということは、命は保証できないけど・・・・。」
「構いませんよ。こちらに引き渡してもらえるなら、方法は問いません。」
「そう、なら話は早いわね。」
女がドアへ向かって歩き出した。
「まかせましたよ。」
佐久間の呼びかけに女が答えた。
「私を誰だと思っているの。」
佐久間はこの女が常に見せる、自信に満ちた態度が気に入っていた。
「それにしても・・・。」
「なんですか?」
「その場か丁寧な話し方、なんとかならないの。」
「性分ですから。」
佐久間はあくまで事務的に言葉を返した。女が部屋から出て行った。それを確認すると佐久間はみんなに告げた。
「今日はこれで解散です。ご苦労様でした。」
佐久間はそういってからホワイトボードの資料を外しだした。彼女なら、与えられた任務を失敗することはないだろう。
契約は交わされた。
<3>
照間は今、運命のドアを開けようとしていた。村沢から手渡されたメモに記されていたホテルの302号室。照間はそのドアの前に立っていた。
最初、照間は意外に思った。村沢から聞いていたネオ・レジスタンスの規模はかなりのものだった。多くの政治家や一般人、知識人が参加しているらしい。そんな組織を束ねるリーダーが、こんな普通な見栄えしないホテルの滞在しているとは。
だがそれもよく考えれば当然のことだ。反体制という組織の性質上、そのリーダーが命を狙われることも多々あるだろう。とうことは、リーダーが一ヶ月に留まるのは得策とはいえない。だから、あえて目立たないこのような場所にいるのだろう。
照間はドアをノックした。その音が胸の中で反響している。
新藤という男は、俺にいったいなにを示してくれるのだろうか。俺があの施設にとらわれていた理由を、知っているのか。あの施設、エレナ地区特別犯罪人収容所は、極刑を宣告された犯罪者や、政治的な思想犯を主に取り扱うところだという。ならばなぜ、俺はあそこにとらえられていたのだろうか。その謎に、少しでも近づきたかった。
しばらく待っても、ドアの向こうからの返事はなかった。もう一度、今度は強くたたいた。だがなんの応答もない。
照間は意を決してドアノブに手をかけた。ひんやりとした感触が手に伝わった。そしてノブを回した。カチャという音がしてドアが開いた。鍵は掛かっていない。一歩、部屋に足を踏み入れた。人の気配は、ない。そのままゆっくりと進んで部屋を見回しても、誰もいない。
テーブルと、それをはさむようにある白いソファ、部屋の隅にあるテレビは主電源が切れている。
照間は更に部屋の奥まで進んだ。クローゼットを開けてみたが、そこには服が一着も掛かってなかった。窓はカーテンがぴったりと閉められている。照間は勢いよくそのカーテンを開いた。まぶしい光が部屋いっぱいにさした。照間は目を細めた太陽の強い日差しが、彼の視界を一瞬だけ奪った。
次の瞬間、目の前のガラスが砕けた。高速の何かがほほをかすめる。バラバラと飛び散ったガラス片が照間にかかった。照間はとっさに身をかがめると、ほほに手を当てた。その手に血がべっとりとついていた。
狙撃をされたのか。照間はかがんだまま様子をうかがった。次の狙撃はこなかった。照間はゆっくりと窓枠から頭を出して、辺りを覗いた。まどから見える数々の見物に目を凝らす。怪しい人影は見当たらない。が、立ち上がろうとしたその時、左前方のマンションの4階の階段の踊り場に、一人の女がいた。
女の手にはスナイパーライフルが握られている。その銃口が明らかにこちらへ向いていた。だが、逃げられない。全身が硬直して動かない。狙撃手は引き金に手をかけた。
弾が発射された刹那、照間の体が後ろにぐっと引っ張られた。照間はそのままカーぺットに横倒しになる。その頭上を通過した銃弾が、部屋の壁にめり込む。
「大丈夫か?」
照間を助けた男が言った。彼が新藤だった。照間は新藤の顔を見た。彼の顔は施設にいたときに村沢から見せてもらった写真で知っていた。が、今の新藤は写真の中の穏やかな表情ではなかった。緊迫した顔で新藤が言った。
「ココは、もはや安全ではない!」
新藤が肩をたたいたので、照間は飛び起きた。
「行くぞ。駐車場に私の車がある。」
そう言ってすぐに、新藤は部屋の隅へと身を身をかがめながら走った。そしてそこにあったスーツケースをつかむとドアへ向けて駆け出した。照間は急いでそのあとを追った。
ドアを開け放つと、新藤は赤絨毯の敷かれた廊下を走り抜けていく。照間は息を切らしながらそのあとを追った。騒ぎを聞きつけた宿泊客の一人がドアから顔を覗かせた。が、猛スピードで走ってくる二人の男を見て、すぐに部屋に引っ込んだ。
二人は階段を駆け下りてロビーへ出ると、ホテルの正面を玄関へ向かった。ホテルマンが大声で呼び止めた。
「お客さん宿泊代を!」
照間は後ろを振り向いたが、またすぐに走り出した。
ホテル正面にある広い駐車場に数台の車が停められていた。新藤は一番奥のグレーのワゴン車へと向かうと、鍵を取り出して運転席のドアを開けた。
照間はさっきの方角を見やった。ココはあの位置から絶好の狙撃ポイントになる。と、狙撃手はまだそこにいた。照間はさっとそばにあった赤のスポーツカーの陰に隠れた。ふいに、狙撃者の攻撃が再開された。鋭い一撃がスポーツカーのフロントガラスを粉々に吹き飛ばした。新藤が助手席を開いた。
「早く乗れ。」
照間は助手席に滑り込むとドアを閉めようとした。そこへ、二発目が放たれた。それはドアを貫通しコンクリートの地面にぶつかって散った。照間はすぐにまたドアに手をかけて今度はしっかりと閉めた。そのまま新藤は車を急発進させた。
<4>
狙撃手を振り切った後、新藤はハンドルに手を置きながら静かに語りだした。
「今日は大変だったな。あいさつが遅れた。新藤隆治だ、よろしく。」
新藤はそのまま話を続けた。
「君の脱走とともに、世界は大きく動き出すだろう。今まで抑圧され、滞っていた物が強い潮流に押されて流れ始める。つまり、社会全体の構造の再建築が始まるということだ。そのときに必要なのが、君の存在だ。」
新藤はずっと前を見据えていたが、その目に映っているものは、ただの景色でなく、何か重要なもの用に見えた。
照間の困惑は、ますます膨らんでいった。
「俺になにをしろというのですか?十数年も施設に閉じ込められ、社会から隔離されていた俺に、いったいどうしろと?」
一度沸き起こった疑問は、度を増して照間のの思考を塞いだ。暗い一本道を明かりもなく歩いていくような気分だ。そんな照間の考えなどなど見透かしているように、新藤は言った。
「人は過去と共にある今日の日々を生きる。それがつまり歴史となる。そして歴史の正誤を判断するのが未来だ。全ての未来は過去から繋がる」
「過去?」
そんな言葉は照間の心には虚しく響くだけだった。
「俺の過去はひどく暗いものだ。閉鎖的で、重いもの」
だが、思いをめぐらすうちに照間はふと、あることに気がついた。
「おれには・・・過去の記憶がほとんどない」
確かに、考えてみれば不思議だった今までそんなことを考えもしなかったが、おれには15歳くらいまでの記憶が一切なかった。
「あんたは知っていたのか、おれのことを。」
「私はその質問に対して多くを答えることはできない。」
それは返事だった。照間は肩透かしを食らった気分だった。
「私はただの反体制組織の一人だ。全てを知る立場にはない。しかし、これだけはいえる事件の発端は君の生い立ちにある。答えは、君の過去に隠されているということだ。君がやるべきことだ。私は、そのバックアップ程度しかできないが。」
「どうすればいいんだ。」
「今は体を休めることだ。今晩我々の組織の会合がある。そこで、これからのことが決まるだろう。」
照間は会話の真意を掴み損ねていた。冷静な判断を下すには、まだ時間がかかる。今日は一度にいろんな事が起こりすぎていた。
それっきり、二人の会話は途切れた。照間は過ぎ行くオフィスビル群と、そこへ照りつける太陽を見ていた。街を行きかう人々は、今日もまた、いつもと変わらぬ生活を送り、いつもどおりに眠りに就く事だろう。それが彼らの日常だから。
照間は施設のことを思い出した。
エレナ地区特別犯罪人収容所ーそこは一般の刑務所とは明らかにその性質を異とする施設だった。そこへ運ばれてくる者たちは皆地下の監獄で長い年月を過ごし、その日々の中で照間自身よく解らない実験の被験者となる。そして不必要になった者は容赦なく葬られていく。その施設に照間はいた。
3年前
「ジェン、こっちだ。」
照間は施設の中で知り合ったジェン・パトリキに声を掛けた。今は1日の中でたったの2時間だけある自由時間だった。
「おう、マサ調子はどうだ?。」
ジェンは照間の座っているベンチに走ってきた。そこは屋外にあるバスケットコートの前だった。何人かの囚人たちが歓声をあげながらバスケットボールをプレイしていた。照間はその脇で小説を読んでいた。
「まぁまぁだよ。」
照間が言うと、ジェンはベンチにどさっと座った。照間は2ヶ月ほど前にこの体格のいい男と知り合った。ジェンは何につけてもポジティブな男で、とても犯罪者には見えなかった。そのことについて聞くと、ジェンは自分はホームレスだったと答えた。ある日、突然政府の人間に拉致されてここに連れてこられたらしい。
「マサ、お前はバスケやらないのか?」
「俺はこうやってるほうがいい。スポーツは苦手でね。」
照間は軽いやりとりの中で、始めて芽生えた友情のよさをかみしめた。ジェンは欠けがえのない友達だった。
「ところで知ってるか?」
ジェンがささやき声で言った。
「また施設の連中が変な実験をやってるらしいぜ。きのう、俺の知り合いのニックがやられた。あいつ、今日は寝込んでる。あいつら一体何をしたんだ。」
ジェンは膝をバンと叩いて立ちあがった。
「俺は死なねえぞ。」
ジェンは言った。その影が、この日はやけに薄く見えたのを、照間は今でも鮮明に覚えている。
次の日から、照間はジェンの姿を見なくなった。そしてある日、照間は別の囚人からあることを聞いた。彼の目の前で、ジェンは口から粘液質も物体を吐き出しながら倒れたらしい。そしてすぐに、防護服に身を固めた施設の職員が現れたジェンをどこかへ連れて行ったそうだ。照間は脱走を企て始めた。しかし施設のゲートは厳重に守られていて簡単には逃げ出せない。そんな時、照間は施設の専属の医師、村沢と知り合った。
それは定期的にある健康診断の日。照間はX線やレントゲン写真などの検査の終わった時に、一人の医師に呼びとめられた。その男は村沢仁だった。
「君はなぜここにいるんだ?」
村沢の問いは照間は、
「分からない。」
とだけ答えた。本当のことだから仕方なかったが、村沢は不思議そうな顔をしていた。
それから二人はよく話をするようになった。そしてあの日、村沢は照間に驚くべきことを語った。
その日は朝から雪が降っていた。その日の自由時間に、俺は村沢に呼び出された。
村沢はひどく疲れた顔していた。
「話ってなんですか?」
照間は村沢がそんなに思いつめた顔をしているのを見てことは今までなかった。
「ここで話すことは、絶対に誰にも言うな。」
照間は村沢のきつい眼差しに思わず頷いた。
「君は、ここで行われている実験について知っているのか?」
「全然。ただ危険な実験であることは分かりますよ。」
村沢は一息ついてから語りだした。
「現在の医学では、治療困難な病気は数知れない。ガン、エイズなどはその代表だろう。更に近年でも年間200種を超える新種の病原菌が発見され続けている。これらが人類にもたらす危険は計り知れない。だが、それら全てを、たった一つの方法で完治されるとしたら。しかも薬や外科手術は一切必要ないそれらは過去の出来事となる。このナノ・マシンが完成すればない。」
村沢は手元にある一枚の設計図を照間に見せた。人工的な六角形の外観、照間はそれがなにに使われているものか見当もつかなかった。
「ナノ・マシンはまだ開発途中だ。ここでの犠牲者はほとんがこれの実験に使われている。万能の治療法確立のための尊い犠牲だ。表向きはそうなっている。」
そしてその後、村沢はより衝撃的な発言をした。村沢は重そうな口を開く。
「照間、君は利口だから僕の言うことは理解できるだろう。今から言うのは真実だ。」
村沢はじっと照間を見ていた。
「仮にナノ・マシンが完成し、量産されたらどうなるか。いや、量産する必要は無い。この微細なマシンは自己増殖し、細胞レベルで損傷を修復することが可能だ。このマシンはその小ささゆえに血流に乗って超高速で動き回ることができる。DNAの螺旋構造をチェックして、エラーが発生した場合、つまり細胞がガン化した場合、即座にその細胞のDNAを再プログラミングする事もできる。そうなれば人間はいかなる苦痛からも逃れられることになる。更に言えば、不老不死すらも夢ではなくなる。これがナノ・マシンの利点の一つだ。」
「まだ何かあるんですか?」
村沢の話は突拍子も無いものだったが、その顔は嘘をついているようには見えなかったし、わざわざそんなことを言う必要もない。
「この研究は、もうひとつ、闇の側面をもっている。人体に注入されたナノ・マシンは、受信機としての役割も果たす。」
「受信機?」
「そうだ。人体にはいったナノ・マシンより発せられる信号を人工衛星でキャッチし、その位置を寸分も違わず知らせる発信機としての機能、それを開発することが、目下の優先事項になっている。さらに、この管理体制下では、反対=即抹消という政治が可能になる言うことを忘れてはならない。ナノ・マシン端以内の構造を自在にいじれるがゆえに、諸刃の剣ともなりえる。」
一通り言い終えて、村沢は黙り込んだ。
時間は多くの謎が解けていくのを感じた。
まず、施設に送られてくるものの素性だ。極刑を宣告された者、政治犯、ホームレスなど、どれも社会から消えても誰も気に止め無い人々だ。政治はそれだの被験者を使って無残な計画を推し進めているというのか。
そのとき照間は真実の重さを始めて知った。
未知なる物に触れるのは勇気がいることだ。この先になにが待つのか、そして、ドコへ行き着くのか。あふれんばかりの不安感に押しつぶされそうになりながら、照間は目を閉じた。今まで起きた出来事がフラッシュバックされる。だが、それらもずぐに薄らいでいった。昨日から寝ていなかったせいだろうか急激な睡魔が照間を襲った。そのまま深くシートにもたれかかると、照間はすぐに眠りに落ちた。今はただ、安らかな眠りが欲しかった。
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