- 『不器用者の恋 1話』 作者:唯乃千衣 / 未分類 未分類
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 原稿用紙約11.2枚
 僕の家から彼の家までは歩いて3分。
 誕生日は半年違いの同じ学年。
 僕らが小学二年生の頃に蒸発してしまった海里の母親は僕の母の双子の妹だから、しょっちゅう我が家に預けられていた海里と僕は幼い頃からまるで兄弟のように育った。
 だからと言って、彼と僕が仲が良いかと人に聞かれれば、応えはNO。
 近くにいれば、お互いの悪い所も目に付くし。
 一緒に育ったからと言って、価値感が近しいとも限らない。
 僕とカイリに限って言わせて貰えば、価値感は正反対だ。
 だからこそ、偏差値の都合で同じ高校に入ってしまって以来、カイリは僕の、
 僕はカイリの人間関係に立ち入らない事にしていた。
 
 当然伝言や手紙を預かる事も極力しないのだけれども。
 けれども。
 「お願い・・・・します・・・・・」
 そういって、渡された厳重に封をされた真っ白い封筒ををもつ細い指、それにつながる、脆い左の手首に、眩しいほどに白い包帯がまかれていて。
 
 そして、その包帯が、カイリが目の前のまじめで穏かなクラスメイトと一緒に出かけたと言っていた翌日から巻かれていう物だと知っていたから。
 
 だから、断る事なんてできなかったんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 「嫌いなんだよ。こういうの。しかも自分で渡しに来ればいいのにわざわざ君に頼むのも気に食わない」
 昼休み、カイリが自分の喫煙場と勝手に決めている屋上へ続く踊り場で待ち伏せて手紙を渡した僕に、彼は鼻で笑ってそういうと、白い封筒の中をのぞきもせずに小さくひねりつぶした。
 カイリが、何を思っているのかなんて僕は知らないし、うわさに疎い僕は彼が彼女が別れたと言う噂を聞いてつきあっていた事実を知ったぐらいだから、具体的にどう言う関係だったのかも知らない。
 だから、口出しをするべきではないと知っていて。
 けれど。
 「手首に、包帯巻いてたよ・・・・・・」
 おそらくリストカットの傷の上に。そう思ったけれど、最期までは言わず、ポツリと、ただ事実を述べれば。
 「最悪」
 すがすがしいほどの楽しげな笑顔で相手は答える。
 「彼女に、何をしたの?」
 「合意の上でのセックス」
 いわれた言葉に、思わず眉をひそめる。
 それが、どう、いけないかなんて説明できないのだけれど。ただ。僕の倫理観にはいつも彼のすることはとても奇怪で忌むべきことにうつるのだ。。煙草を吸うことも。授業もサボる事も。夜中に町をうろつくことも、喧嘩も、男女交際に限らず何処か刹那的で自虐的な人間づきあいの形でさえ。
 自分が、この年齢にしては頭が固いということはわかってはいるが、一般常識と照らし合わせてみても、この従兄弟の行動は酷いように思う。
 「おきれいな、従兄弟殿はふまんだろうけど、合意の上だよ。」
 しかも相手から誘ってきたんだ、と、くすくす笑いとともに彼は幾分芝居がかってつぶやく。
 「そう、誘ってきたんだ。唐突に、一度も話たことのない僕に向かって”好きなんですなにも求めないから。付き合ってくださいなんて言いませんから。一度で良いです、だから・・・”」
 「だから・・・・・・?」
 「一度だけ、抱いてくださいって」
 「それで、抱いたんだ」
 おっとりとした真面目イメージのクラスメイトが、そんな事をいったと言う事に対しての驚きと、潔癖すぎると言われる自身のうちから沸いた嫌悪で、軽く息を吸いこんでからいえば。
 「抱いたよ。育ちの良い、だけどムカツク子だったから。」
 「ムカツクって…」
 なら何故抱いた。と、尋ねないのは答えがわかっているから。
 彼は気にいった人間には、決して近づかない。関わろうとしない。
 彼が親切にしたり、会話をしたり、傷つけたりする人間は何時だって、彼自身が「嫌いだ」「ムカツク」と思っているらしい人間ばかりだ。
 まるで。
 まるで、カイリ自身が、自分が誰かの事を大切に思ったり好きだと思う資格が無いとでも思っているかのように。
 又、同時に、どんなに嫌っている、見下げている人間に対してでも彼は、己が好かれる事を良しとしない。
 理由は解らないが、何故か彼は懸命に人に嫌われるように、嫌われるように振舞う。
 時に相手を傷つけて。
 時に自分自身を傷つけながら。
 
 「あぁいうのはムカツク、なんていうかね、馬鹿なんだよ、又は偽善者。何も求めないだなんて、そのどちらかだろう?生物として、何も求めないなんて不自然にも程があるじゃ無いか」
 
 一言一言、語っていくにつれて、だんだんと彼の顔に浮かぶ笑みは深まっていく。それが機嫌の悪さであり、同時に、何処か自虐に似た自嘲だと言う事を、僕は知っている。
 又同時に。
 傍から見て、慈愛に満ちた性格といい、やさしげな雰囲気といい、「理想の母親」と言っても良いような人だったカイリの叔母がいなくなって以来。
 彼が、必死で、それまで受けてきたおばからの愛情を否定するかのように、無償の愛だとか、母性愛だとか、そんな神聖視されているものを否定してかかっているのを知っていた。
 だから、カイリを責めてやろうと思っていた気持ちは、その台詞を聞いた途端に、半分は、どうして、今出さえここまで傷ついている弱い従兄弟の降る傷を抉るような事を言うんだと言う、クラスメイトに対する、責任転換に変わる。
 許せなくて。
 けれど、どうして良いか、わから無い。
 「それは、ありがとうというべきかな?同情ねぇ?母親に捨てられた哀れな生い立ちに今更哀れんでくれたのかい?」
 「そうじゃないよ。」
 「じゃぁなんだっていうんだい?」
 「僕は無償の愛を知っているから」
 「偽善者っぽいせりふだ。人を思いやる愛に、誰かの幸せを願う心に、無償なんてありえないと思うけどね?」
 「じゃぁ愛ではないのかもしれない けれど限りなく無償のそんな感情を知っているから」
 そういって、僕はカイリのまねをするようににこりと微笑んで見せた。
 「・・・・・・・・何をたくらんでいる」
 「カイリ僕は腹を立ててるんだ」
 「どうして?」
 「僕は僕にかかわるすべての人が傷つくのがいやだから」
 「だから?」
 「・・・・・・・無償の愛がなりえないというのならば、無償の思いといいかえてもいい。」
 「無償の思い?」
 「無償の思い、だよ」
 「・・・・・・・本当に、何をたくらんでいるのかね?」
 にこりと。相手は、やはりきれいに笑って見せるが、その目は少しばかりテリトリーを犯された獣のそれに似ていて。
 でも、やめてあげないのは、多分自分がこの従兄弟を半分にくんでいて、半分好きだからだ。
 「無償、というのが何も求めないということなら・・・・・・・・・。誰を傷つけても誰が傷ついても、自分が傷付けられても、
 なにがどうなってもいい、と。何も望まないということなら」
 「・・・・・・・・・・・・ことなら?」
 「そんな感情を持つ人はきっと何も恐れないだろうと僕は思う」
 傷つくことも。
 嫌われることも。
 否定されることも。
 だからきっと、思いつくままに好き勝手に振舞うだろう。
 「もし恐れるとしたら・・・・・・きっと唯一だ。唯一恐れるのは、自分が誰かに何かを求めることだけだ」
 「・・・・・・そんなに、腹が立っているわけですか?」
 言いたいことは分かったから、やめろ、といってくる瞳をむしして、僕は言葉をつむぐ。
 「カイリ、君そのものだろう?」
 
 無償なんて、世界で一番偽善的な感情を抱いているのは。
 
 「僕はそんなにきれいでも馬鹿でも無いよ」
 
 そう応えた海里の声は何時もどうりだったのだけれど、何処か泣きそうにその眉は歪んでいた。
 
 
 僕はそれを見たくなくて目を瞑る。
 そうしたら、脳裏に細い手首に巻かれた白い包帯が浮かんだ。
 あれを見た瞬間、自分はカイリを殴ってやろうと思ったのに。
 今回だけ出なく、頻繁にこの従兄弟を殴ってやろうとおもうのに。何時だって結局殴れないで、僕は嫌味の一つでこの従兄弟に意見するのを止めてしまう。
 これ以上、確りと彼と話せば、殴れば、意見すれば。それは彼の傷を僕が直視しなければ行け無い事を意味するから。
 
 それが逃げだと知らないわけでは無いのだけれど。
 
 
 
 
 
 
 傷ついても、それでも誰かのために己の傷を恐れない無償の愛。
 そんなきれいなものじゃなくて良い。
 
 ただ、目の前の傷だらけの従兄弟の半分で良いから、傷を恐れない、強さが欲しいと思う。
 例えば、無償の愛のような。
 
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2003/10/11(Sat)10:30:28 公開 / 唯乃千衣
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■作者からのメッセージ
 前に書いた話と登場人物は一緒です。
 痛みと不器用さを描けるような話にしたいなと。連作短編っぽい連載(なにそれ)にして見たいです。(夢は大きく)
 
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