- 『ファンタジー・サークル VOL.9』 作者:青井 空加羅 / 未分類 未分類
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原稿用紙約10.6枚
『お兄ちゃん・・・。ごめんね・・・でも泣かないで』
シルクはハーティンの頭をそっと撫でた。
肉体を持たないその手はしかし空しく宙を描く。
『美久ちゃん』
ハーティンが唐突に美久を呼んだ。
「何?」
美久はハーティンの横に並んだ。
『シルクに・・・用があるんでしょう?聞かなくていいの?』
弱々しい、絞り出すような声だった。
シルクは美久をじっと見つめ、口を開いた。
『私に残された時間は短い。私の知っている事を全てお話します』
シルクは全てを理解しているようだった。
『わたしはある時大魔王にさらわれたのです。でもそれは政子さんも知っていることで、私が自分の意思を持ちはじめたのは大魔王の城の中でした。
そしてすぐに大魔王に殺されたのです。
私がこれから貴方たちに告げる事を彼は恐れたからです。
私はこのことを貴方たちに告げる前に消えるわけにはいきませんでしたから、こうしてゴーストとしてここまで逃げてきたのです。』
「それって?」
美久はたずねた。
ハーティンも顔を上げシルクを見ていた。
シルクは淡々と続けた。
『それこそ、大魔王が仕掛けたたった一つの大マジック・・・。あなた方を欺くため、彼は自分の命を一つの剣に封じ込めたのです。
そしてその剣を箱にしまいもちろんその箱にも魔法をかけ城の中に隠してしまったのです。』
三人は息を呑んでその話を聞いていた。
『大魔王はその剣で倒さない限り死ぬ事はありません。そしてその箱は魔法の鍵がないと開く事はないのです』
政子が口を開いた。
「その鍵は何処にあるのかしら?」
シルクは政子の方を見た。
『鍵は青い鳥が持っています。でも、あの鳥は普段はその姿を隠していますから・・・』
『それじゃ、見つけるの難しいね』
ハーティンはさじを投げた。
『お兄ちゃん。ふざけないの。どうしても見つけてもらわないとみんな困るのよ』
意外にも妹はしっかりしている、と二人は思った。
「メーテルリンクの青い鳥・・・」
美久がぽつりとつぶやいた。
シルクがぱっと顔を上げた。
『そのお話を知っているのですね!?なら大丈夫。貴方ならきっと大魔王を倒せる・・・。徹君もエルクも城の中にいます』
「エルクが!?」
美久の顔がぱっと明るくなった。
「もう徹君助けてもらってるかもしれないわね」
政子も微笑を浮かべた。
『いえ、それはないでしょう』
シルクは即答で言い放った。
『それでは・・・もうそろそろ私もいかなくちゃ・・・。お兄ちゃん・・・またね・・・』
ハーティンは無理に笑いながらもひらひらと手を振った。
「待ってシルクさん。貴方には聞いてほしいの。オクト・パースラを倒しても私たちが戻ったらこの世界は・・・」
政子は悲痛な顔でいった。
『ええ、それも知っています。必ずそうしてください。私もお兄ちゃんも覚悟は出来ています。
唯・・・一つだけ約束してほしいのです。』
「何でもするわ」
それは政子たち研究チームが出来るたった一つの罪滅ぼしだった。
シルクは微笑んで、
『もう二度とこんなゲームは作らないで・・・。私たちに意思なんて与えないで。それだけです・・・では』
シルクの体がより透明色を帯びてきた。
政子は涙をこらえるので必死だった。
「シルクさん」
シルクは優しく美久に振り返った。
「次、生まれ変わるときは、人間になれるといいね」
『はい・・・』
シルクは歯を見せてにこっと笑うとふっと突然消えた。
『シルク・・・』
ハーティンはまだ空を眺めていた。
第7章 カオス・キャッスル
薄暗い部屋の中、突然彼は目を覚ました。
頭ががんがんした。腕と足が縛られている事に気づく。
頭につけたヘルメットから彼はまだゲームの中にいるらしいことに気づいた。
部屋の中を見渡すと、薄気味悪い像が置いてあったり、鎧があったり、本があったりとどうやらここは倉庫の中のようだった。
みんなほこりをかぶっていた。
何とかこの縄を解かなくちゃな・・・と彼は思った。
ふと部屋の中で違和感を放つ樽が一つ。
「これだけ埃かぶってない・・・。新品だ」
彼はこの樽を両足で蹴ってみた。
ゴンッ
『ひっ』
「えっ?樽の中に誰かいるの?」
『・・・いません』
助かった!!と彼は思った。
「いいから出てこいよ。俺困ってるんだ」
もっと激しく樽を蹴り、急かしてみた。
『いっ嫌だ!!お前ゴブリンだろ!?おっ俺を食う気だろ!?へっへーんだ!出るもんか!』
「おっ俺がゴブリンだって?」
徹は一度ゴブリンを見たことがあった。
ひどい言われようである。
「・・・出てこないならここにある剣で一突きにしてみようか?何回目で当たるかな・・・」
もちろん彼にそんな事は出来ない。両手は縛られたままである。
『わっわわ!わかったよ!ただ絶対俺を食うなよ!』
「くわねぇよ」
彼は笑顔で出てくるものを迎えた・・・ハズだった。
「え!?・・・おっお前・・・」
『何だよ・・・。ゴブリンじゃねぇじゃねぇか。びびらせやがって・・・』
赤いマントを羽織り、腰には立派な剣を下げている。逆立った茶色い髪のこの少年。
「えっエルク!?」
『名前まで知ってんのかよ・・・。まいったなぁ。俺ももうボケ始まったのかなぁ・・・』
「・・・俺はゲームの参加者なんだけど・・・」
エルクは徹の縄を解いていたが、
『おお!なるほど!で俺を知ってると!はっはー。そーかー。よかった、俺まだボケてない』
扱いやすそうな奴だと徹は思った。
縄は解け徹はすくっと立つとズボンの埃を手でたたいて落とした。
「で、伝説の勇者様が樽の中で何してたんだよ?」
エルクの顔が引きつった。
『おっ俺を勇者だって・・・!?勘弁してくれよ!』
「どっどういうことだよ・・・。だってチラシには・・・」
『ああ・・・昔はね。もう止めちゃった。てへ』
徹の意識が一瞬遠のいた。
『聞いてくれ。俺も昔はそりゃ我ながらヒーローだと思うくらいに勇敢だったさ・・・。でもある時、俺はもっと様々な考え方を手に入れたんだ・・・。そして俺は気づいたんだ。俺は勇者であるべきではない、と』
彼は辺りを物色しながら、
「ふーん。何で?」
『・・・敵を見ると脚が震えちゃうんだ』
「・・・それは向いてないかもな・・・」
徹は何かの箱を見つけた。
「おい、エルク。これなんだよ?」
『兄貴、人使い荒いなぁ・・・ってこれ、大魔王の箱じゃん!!』
徹(とおる)はエルクを見つめた。
『何だよ、知らないのかよ。この箱の中にはさ、唯一大魔王を倒す方法の剣が入ってんのさ。でも鍵がねぇなぁ』
「ん?この鍵穴の横の青い鳥は・・・?」
『それがヒントだよ。青い鳥が鍵を持ってるってこと』
徹は箱をじっと見つめた。
「メーテルリンクの青い鳥か・・・」
『シルクって子から聞いたんだよね。かわいい子でさ。兄がすっげぇ怖くて強いんだけど。死んじゃったんだよ。あー思い出しても泣けるよ・・・』
「で、お前なんでここにいたんだよ?」
『お前・・・俺の思い出ばなしにゃ興味ねぇのかよ・・・。ま、いいか。街からシルクがさらわれた時さ助けに行くのは俺だって話になったんだけどさ。俺いやだって言ったのに街のみんなが無理矢理・・・』
エルクの目が潤んできた。
「もういい。で、お前この箱持てよ」
『え!?重そう・・・ってまさか大魔王を倒すつもり!?』
エルクの瞳が大きく見開いた。
「じゃなきゃ、戻れそうもないし。これならLv関係なさそうだしな」
徹は箱をエルクに押し付けた。
『やっやだよ!ゴブリンに追われた後は大魔王なんて!俺、帰る!』
徹はエルクの腕を強くつかんだ。
「俺がお前にリボンをつけてゴブリンにプレセントしてもいいんだぜ?」
『いい〜〜〜!?』
エルクは涙目になっていた。
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2003/10/06(Mon)00:08:13 公開 / 青井 空加羅
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■作者からのメッセージ
エルクは絶対勇者にしたくなかったのでいろいろ考えたらナイスキャラになってくれました。書いてて楽しかったです。とおるは久しぶりの登場でした。