- 『泣いては、いけない。』 作者:唯乃千衣 / 未分類 未分類
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 原稿用紙約6.5枚
 泣くためにはもう少しの理解が必要なんだ。
 
 
 喪服なんて持っていないから、葬式には制服で出た。
 深いグリーンのブレザーに付いた金の釦と胸元のエンブレムが回りの大人達の喪服の中でやけに鮮やかで居たたまれないような気分になった。
 
 親類が一人死んだ。
 2つばかり僕より幼く、ある年まで兄弟同然に育ち、そして仲のイイ友達であった。
 気の強い子で、強い故に脆い人だった。
 自ら命を立った理由を僕はしらない。
 建前の理由は聞いたのだけれども、何処か雲を掴むような言葉で語られて、今一ぴんとこなかった。
 
 遺書は無かったと聞く。
 マメに付けられていた日記は本人の手で燃やされていた。
 最近はお互いに忙しく、盆や暮れに親族一同で会った記憶しか無い。
 電車で2時間半。定期のおかげで方道420円でいける。高校も最終学年の自分が、会いに行こうと思って行けない距離では無い。けれど僕は会いに行かなかったのだ。幼い頃から気難しい子で、膝を抱えて、泣いて無い、泣いて無い、泣かない、泣くわけが無いと、言いながら泣くような子で。大丈夫、元気にやっている、なんて言っているからと言って、必ずしも「大丈夫」ではありえない子だと知っていたのに。
 それなのに。
 どうして、会いに行かなかったのかと思う。
 自殺するほど悩んでいたのに、力になってやれなかったのか、とも。
 彼が亡くなる一週間前に電話で少しばかり話したけれど、僕は全く彼の苦しみにはきづかなかったのだ。
 
 やりきれなくて、ため息を一つ付く。
 
 火葬場の待合室で、その音は思いのほか大きく響いて少し驚いた。
 同時にあまり沈むわけにハイか無いとも思う、一番辛いのは一人で彼を育て上げた叔母やあるのだろうし。それを差し引いてもここにいる全員が辛いのだ。自分ばかりが苦しみを外に出すわけにもいくまい。
 そうおもうのだけれども、湧きあがってくる感情に耐えられず、又ため息を付きかけて、僕は待合室をあとにした。
 
 春先の曇りの日、風は冷たい。火葬場を出てすぐのベンチには、同じブレザーを来た先客がいた。
 「・・・・・・・・・・何をしているかと思えば・・・・・・」
 「1本いるかい?」
 「未成年、だと思うんだけど・・・・」
 「そうだね、成人したら2年は禁煙しようと思ってるよ?」
 くつくつ、と笑われて、とりあえず吸うといい、と箱ごと投げてよこされる。ラッキ−ストライク。今回は似合わないのを吸っているな、と思いながら手の中で弄ぶ。
 「吸わないなら。返しなさい・・・・そんなに弄繰り回されると煙草がだめになる」
 「身体に悪いから止めたら?この機会に」
 「知るか・・・・・・とりあえず返せ」
 「美味しい?」
 「美味しいと思うよ。不味い時は吸わない。」
 「僕は美味しく思え無いから吸わない事にするよ」
 「ため息が付けるよ?」
 「・・・・・・・・・・・・・?」
 「煙草を吸っている時だけだよ。人前で、気にせずため息が付けるのは」
 ついでに、煙が目にしみた、なんて泣き方もある。そう言って、目の前の従兄弟はあくまでも美味しそうに煙草をくゆらせる。
 綺麗に吐かれた煙は、ユルユルと空に登っていく。
 それを思わず視線で追えば、火葬場から上げる煙が人、一人燃やし尽くしているにしては余に少ないのが目に止まった。
 「本当に、死体を焼いてるのかな?」
 「焼いてなかったら、詐欺だね」
 「2時間で焼けるんだっけ・・・・・・」
 「昔の人は丸一日かけて焼いたらしいけどね」
 
 かすかな沈黙。
 
 「ねぇ・・・・・・・どうして、死んだんだろう」
 「死にたかったからだろう?」
 「どうして、だろうね」
 「不幸だったからじゃ無いかな?まっすぐな気性の子だったしね。彼は不幸な事に、生きる事や自分自身に妥協できないから死んだんだと僕は思うよ」
 「妥協?」
 「妥協。」
 「偉く哲学的な事をいうんだね」
 「”自殺”なんて所詮自己満足。その理由づけを出来るのなんて哲学だけだと僕は思う」
 「そうか・・・・・・よくわから無いな。ただ純粋に悲しい・・・・・しんで欲しくなかった」
 「幸せなんだよ、君は。だから不幸な人間に傷付けられるんだ」
 「傷ついてるのかな?」
 「自分でわから無いのかい?」
 「傷ついてるかもしれない・・・・・・・」
 「泣く?」
 「煙草は吸わないって決めてるんだ」
 「そう・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「馬鹿だ・・・・・・・」
 「今更だ。自殺なんてするのは馬鹿で残酷な人間に決まっている」
 「不幸な人間じゃなかったの?」
 「不幸で残酷で馬鹿で阿呆で純粋で優しくて大人に成れない人間だ」
 「君じゃ無いか」
 「僕は優しく無い」
 
 
 
 
 拾った骨は思いのほか小さくて、なんだかそれが人間だった事が信じられなかった。
 夕飯はオニオンスープにして、煙草の煙が目にしみない従兄弟に玉葱を切らせた。
 食後に再度、煙草を渡されたけれど僕は吸わなかった。
 
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2003/10/02(Thu)22:24:33 公開 / 唯乃千衣
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■作者からのメッセージ
 はじめまして、読んでくださってありがとうございます。
 無機質な感じにしたかった、のであえて登場人物の名前を出していないのですが。わかりづらいでしょうか……