- 『後部座席』 作者:静馬 / 未分類 未分類
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パワーウィンドウを下げれば、草の木の緑の匂いがムッと流れ込んでくるような、そんな山の中を1台の車が走っている。道は狭く、山の斜面に生える木々と、ガードレール脇に生える木々とがトンネルを形成している。
だが、暑い夏の日、張り切った太陽は、涼し気な木々の間からも積極的に光を投げかけ、その中でも上手く後部座席に入ったものが、サキの小さい頭を撫でて行く。サキは先程からその度に頭を動かし、それを見るタローがくっくっと聞こえるか聞こえないぐらいの声で笑っている。
小さな兄妹はこのドライブにもうとっくに飽きていた。
タローはリュックサックからチョコレートの菓子を取り出し、その1つを手に取ると、袋を破ってサキの口に入れてやった。サキは可愛い口をもぐもぐと動かし始めたが、ふと不安そうに前を向いた。
前に座る大人がまた言い争いをしていた。今日はこれが3度目。兄妹の両親は2人に解らない話で口論をしていた。
タローが小さい欠伸を洩らすとサキも真似し、そしてサキはまた前を向くのだった。今度はタローも前を向いた。
やはり父の左手は母の膝の上にあり、その手は母の細い指に弄ばれている。しかし母の後ろにいるサキにはあれが見えないのだ。
タローはおいでと言って自分の膝を軽く叩いた。サキは眠たそうに頷くとタローの方へ体を倒しながらにじりよってきた。その時サキはちらと両親の手を見たようで、タローの方を振仰いだ。
タローは膝の上にある妹の頭を撫でながら言った。
──もうすぐ着くからね。
サキはうんとだけ言って静かになった。
「なあ、久し振りの休みだぜ。あいつらだけでももう大丈夫だって。俺がガキの頃は恵美と二人で行ったんだってば」
「しつこいわね、まだ言ってるの」
「だいたいさ、もう1人欲しいって言い出したのはお前の方じゃねぇか。だから今日はてっきりそういうもんだと思ってたのによ。いてっ」
「いい加減にしなさいよ」
「ん?」
兄妹の父親はバックミラーを覗いて微笑んだ。その様子に気付いた母親も後部座席を振り返って微笑んだ。
タローはゆっくりと夢の中に落ちていくところだった。
──起きたらおじいちゃん家かな。
最後にそう思ったままタローは静かに寝息を立て始めた。タローの顔の上を光が横切り、タローのまぶたがぴくりと動いた。
終
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■作者からのメッセージ
なんつーことはない日常の切り取りですが、同じ車内にあってもそこにある大人と子供のギャップみたいな物を書いてみました。