- 『「引き出しの中」』 作者:カニ星人 / 未分類 未分類
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全角1647文字
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原稿用紙約5.2枚
香菜子は顔色も変えずにそのまま引き出しを閉めた。
二時間目の教室。騒がしい小学生達の授業。そんな普通の毎日の真っ只中だった。
しかし今、確かに自分の引き出しの中は平凡な日常とは違っていた。
何? 今の。吸い込まれるくらい深くなってた。学校の机の中が?
黒いもやが奥深くまで続いていた。ブラックホール。
そうだ、アニメで見た。タイムマシンの入り口なんかの時空の流れの出口は、引き出しに現れるのだ。
香菜子はピクリともしないまま頭の中をめまぐるしく働かせ、そう確信した。
開いてしまったんだ。
自分の引き出しに、時空の流れの出口が。
きっとこの中に飛び込んだら、もっと遠い遠い他の時代に飛んで行ってしまうに違いない。
そして放り出されたが最後、その出口は二度と開かずに、自分はその世界に取り残されてしまうに違いない。
目を見開いて、手をかけたままの机を見つめる。誰にも見つかってはならないと思った。
チャイムが鳴って、休み時間になった。香菜子はじっと動かずに、もちもちした手で引き出しを押さえている。何か飛び出してくるかもしれない。
自分の後ろを活発な男子なんかが通り過ぎるときは、本当にぎくっとして、冷や汗をかいた。見つからないように、怪しまれないように、早く休み時間が終わってくれればいいと思った。
次の休み時間はどうしよう? トイレにも行けないな。どうしてもこれを見張っていなくちゃ。危険だし、と思って一人責任を感じる。心の奥には、誰にも見せたくないという独占欲があった。
幸い香菜子はあまり目立つほうではなかったので、ずっと席についていても誰も疑わなかった。大人しく、いつも一人でいた。
ガラッとどらを開けると同時に「ほら席について」と言いながら担任の教師が入ってきた。
チャイムが鳴って、三時間目が始まったのだ。
とりあえずこの休み時間は助かった。と思って肩に入りっぱなしだった力を抜いた。そのとき、
「はい教科書出して」
と担任の教師が言い、あっと気づいて香菜子は焦る。三時間目の授業の教科書は、引き出しの中なのだ。
置き勉、て奴。二時間目のは持ってきてたのだけど、他の教科はずっと置きっ放しだったのだ。
まずい。自分が教科書を出していないことに気づかれてはならない。
無理やり開けられたら、大騒ぎになる。
うつむいて祈る。”どうか私に気づきませんように”
「七原さん、教科書は?」
頭の中が真っ白になった。しいんと教室が静かになる。
「教科書を出しなさい」。担任の女教師が言う。クラス全員の視線が香菜子に刺さる。前の方の席の生徒は振り返ってまで見てる。七原さん、なんて言うから。
「どうしたの?」畳み掛けるように言い、歩み寄る教師。香菜子は焦った。ただ引き出しを押さえる手を強めるしかなかった。
教師がすぐ隣に立った。「七原さん、教科書はどうしたの?」上のほうから声をかける。
香菜子は泣きそうになりながら必死に机を掴む。まだ二時間目の教科書が乗っている。
「机を開けなさい」教師が命令する。真っ青な顔の香菜子が首を振る。
教師が引き出しを掴む。びっくりして、すぐに負けじと泣きながら押さえる。
だが大人に勝てるはずもなく、無残にもガタンという音を立てて引き出しは開いてしまった。香菜子はひっとしゃくりあげた。
「まぁ、忘れたのね」とあきれた様子で教師が言った。
机はからっぽだった。
「忘れたならそう言いなさい。嘘をつくんじゃありません」
引き出しは元に戻っていた。愕然とした。そんなはずはないと思った。
「忘れてません。時空の中に行っちゃったんです」
一瞬誰もが固まった。香菜子の精いっぱいの反論だった。
確かに昨日机の中に入れていったし、さっき時空の流れの出口が開いていた。だから、教科書はその中に吸い込まれてしまったんだ。
クラス全員が大笑いした。教師も馬鹿にしたように笑った。何人かの女子が、さも意地悪そうに笑っていた。
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■作者からのメッセージ
描写が少ないのですが…淡々としたイメージにしたかったので。
よろしくお願いします。