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『アウトボイルド 第二話』 作者:桃次郎 / 未分類 未分類
全角2333.5文字
容量4667 bytes
原稿用紙約7.5枚
 とにかく、全部で十三人。それだけだった。・・・・・・と思っていた。
「・・・・・・なにやってる」
 後ろからかけられた声。今でも背筋が凍るほど、冷たい声だった。
 その男の声に、取引中の奴らが振り返った。
「なんだ、てめぇら!」
 若い男が叫んだ。
 俺たちは逃げようとした。一発の銃声が鳴り響いたのは、その瞬間だった。
 外国人たちが慌てて何か叫んでいた。俺は怖くて、膝がガクガク震えていた。
 その銃弾は、日向さんの腹にめり込んでいた。俺たちに声をかけた男が放ったものだった。
「兄貴!」
 取引現場で叫んだ若い男が、走りよってくる。俺は逃げた。心臓が破れそうなほど走った。乗ってきた車などには目もくれず、ひたすら走った。
 気がついたら、俺は自分のアパートで、蒲団を被っていた。
 出頭したのは、あの若い男だった。
 日向さんは次の日、死体で発見された。
 俺は悔やみきれなかった。あのとき、何とかして日向さんを連れて逃げられれば、あるいは助かったかも知れない。少なくとも、俺が逃げたときはまだ息があった。そんな日向さんを置き去りにして、俺は逃げた。
 これが頭の中に走るノイズの原因だった。
「マスター、勘定」
 少々安い勘定を払って、俺は外に出た。腕にかけられた金無垢のロレックスを見ると、時計の針は十一時を指していた。このロレックスは、浮気調査の報酬だった。調査の結果、旦那の浮気が発覚したおり、その旦那が大事にしていたこのロレックスを、成功報酬としてもらった。・・・・・・その夫婦はすぐに離婚した。
「・・・・・・神崎。久しぶりだな」
 喫茶店『ノワール』から出たところで、ふと声をかけられた。
「・・・・・・長田・・・・・・」
 そこに立っていたのは、引退したと噂されていた情報屋の長田だった。
「久しぶりにお前の名前を聞いた。知り合いからな。お前もとうとうヤキがまわったな」
「なんのことだ」
 俺が言うと、長田は少し悲しげに笑った。
「・・・・・・探偵稼業があまりに退屈なんで、今度は殺し屋にでもなったのか?」
「・・・・・・なにを言っている」
「ふっ、まぁいいさ。その稼業で欲しい情報があったら、なんでも相談しな。お前だったら、昔のよしみで安くしとくぜ」
 それだけ言い残し、長田は右手をヒラヒラさせて、背中を向けた。
「おい、長田。お前、情報屋は引退したんじゃなかったのか?」
「したさ。・・・・・・だが所詮、俺やおまえの息ができる場所は、この世界しかねぇってことだ」
「お前と一緒にするな」
 俺が言うと、長田は再度、手をヒラヒラとさせ、俺の視界から消えた。
 それにしても、長田はなにを言っていたのだろうか。
「・・・・・・殺し屋?」
 俺は呟いた。
 殺したいと思った奴は、何人もいた。しかしそれを実行したことは一度もなかった。別に殺れなかったわけではない。殺らなかっただけだ。
 長田が言ったように、俺は・・・・・・いや、俺たちは、もう普通の世界に戻ることはできない。命がけのスリル、興奮。これはまるで中毒だ。俺たちと同じ世界で生きる人間は、ほぼ全員がこの中毒にかかっている。
 抜けた奴らもいる。だがそいつらは、ほとんどがまた戻ってくる。長田のように。
 パチンコにでも行こうと思ったが、やめて事務所に引き返した。長田の言葉がやけに頭に残る。
「殺し屋」
 長田の耳に入ったということは、俺の名前がどこかで一人歩きしている。
 事務所に入ると、電話の呼び出し音が響いていた。
「・・・はい、神崎探偵事務所・・・・・・」
「・・・・・・」
 無言だった。
「もしもし?」
「・・・あんたが神崎か」
 かすれたような男の声だった。聞き覚えがある。
「そうですが・・・あなたは?」
「・・・なんで木塚を殺った。誰に頼まれた・・・・・・」
 覚悟を決しているような口調だった。
「なんのことですか。私は人殺しなどしませんよ」
「ふざけるな! ・・・・・・殺してやるからよぉ」
「それは脅しですか? ここは探偵事務所ですよ。この電話の内容は録音されています。まず間違いなく脅迫罪になるでしょうね・・・・・・」
 言ったところで電話は切られた。録音しているというのは、もちろん嘘だ。探偵事務所にそんなものは必要ない。
 恐らく今の電話は、関東三田村連合会の牧野だ。千葉のスナックでその声は記憶している。
 しかしこれはどういうことだ。牧村は、木塚は俺が殺ったと思っている。長田にしても・・・・・・。
「・・・長田・・・・・・」
 いずれにしろ、長田がなにかを握っているのは間違いない。
 簡単な身支度を整え、事務所のドアに織り込みチラシを挟んだ。カギは掛けない。
 サングラス越しに軽く辺りを見渡し、『ノワール』に入った。
「いらっしゃ・・・・・・」
 言いかけたマスターが、不思議そうに眉間に皺を寄せた。
「また腹が減ったのか?」
「いや、そうじゃない。俺はしばらく身柄をかわす。悪いが、定期的に事務所の前へ行って、挟んであるチラシを見てくれないか。落ちていたら連絡をくれ」
 俺は財布から十万の束を三つ取りだし、レジの前に置いた。
「・・・それは構わんが・・・どうした」
「なにか厄介なことになってるらしい。・・・長田を探す」
「長田を? 奴が絡んでいるのか」
 俺は頷いた。
「一週間ごとに携帯を変えるから、その時は俺から連絡を入れる。・・・頼んだぜ、安藤」
 この「安藤」というのは、マスターの名前だった。もちろん、本名ではない。
 マスターの顔つきが変わった。俺が「安藤」と呼んだからだ。記者をやめて以来、初めてのことだった・・・・・・。
                          ・・・つづく・・・
2003/09/30(Tue)11:07:58 公開 / 桃次郎
■この作品の著作権は桃次郎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
題名の「アウトボイルド」とは、アウトローとハードボイルドを掛け合わせたものです。感想をよろしくお願いします
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