- 『伝えたいことがあるんだ。1』 作者:苑生あつき / 未分類 未分類
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 1.一時的勝利
 
 「再婚する」
 は?
 ちょー待てや。
 あたしはそう突っ込みたい気分で、目の前の父親をまじまじと見つめた。
 幼稚園の子に「おじさんの顔を描いてみなさい」って言ったらこう描くぞ、ってな具合の、ごくごくありきたりの中年の顔。面白くとも何ともない。その顔に、ひどく真面目な表情を浮かべている。
 つまり、本気だってことデスカ?
 あたしは、苦労してフォークに巻いたたらこスパゲッティがぼとぼとと皿の上に帰還するのを、どこかお空のてっぺんにいるような気分で眺めていた。
 「いや、前以ておまえに相談しなかったのは悪いと思ってる。だけど・・・その、なんだ。父さんはな、瑛子に、ええとその再婚を考えてる女性に会ったときにだな、この人だと思ったんだ。向こうもそう思ったらしくてな、あ、あのその人も再婚なんだ。その、だからな」
 ああ、なんか父さんがぐちぐち言いながら、人が苦労して作ったたらこスパゲッティをこねくりまわしている。ちょっと、食べるなら早く食べなさいよ。たらこスパは冷めると不味いのよっ。
 そうして夕飯の心配をしつつも、あたしの思考は星のかなたに飛んでいた。
 再婚?
 あたしの辞書にはそんなコトバ、ないわよ。
 サイコンって、他になんかあったっけ? 再建って字もあるけど、ちょっと違うよねえ。
 ってことはやっぱ、再婚って、あの再婚ですか?
 んな驚くことじゃないじゃないかって言うかもしれないけど、アナタ、じゅーぶん驚くべきことですよ。
 そりゃ、うちには母さんがいないし、別に父さんが再婚してもおかしかないわよ。ずっとお母さん一筋だと思ってたお父さんが、急に再婚を決めて娘に反対される、何つーのはドラマや漫画のセオリーだもんね。その辺に転がってる話よ。
 だけどね、そーゆー場合、お父さんがかっこよくなきゃ話は始まんない。
 お父さん、って言うからには結構年くってても、中年のこう、渋さが出てるかっこよさとか、そういうものがあるお父さんじゃなきゃ。間違っても、うちの髭親父にゃ役不足だ。
 なのに、なんで?
 「・・・ほとり、聞いてるか?」
 「んあ?」
 我に返ると、父さんの顔が目の前にあって、あたしは思わず椅子ごと体を引いた。正直言って、親父の髭面のどアップは見ていて気持ちのいいもんじゃないからね。
 そんなあたしに怪訝そうな目を向けながらも、父さんは咳払いをして続けた。
 「だからさ、その、再婚はもう決めたことだから、もうやめることとかは無理なんだが、このことに関しておまえの気持ちと意見とか、そういうのをじっくり聞きたいなと・・・」
 へえーぇ。ほおーぉ。
 なぁーにが、じっくり聞きたいな、だ。再婚はもう決めたことだぁ? ざっけんなよくそ親父。何もかも勝手に進めておいて、そんでいまさらご機嫌とりかよ。
 心のボルテージが最低を振り切ったあたしは、実力行使に出た。
 フォークに巻ける限りのスパゲッティを巻いて、口にほおばったのである。
 「みゃ、あひゃひほひひゃほもーひょこりょはあっひぇほ、ほーひめはんへほ」
 「わかった、わかった。負けた」
 勝った。
 あたしは勝利の笑みを口もとに漂わせて、もひゅもひゅとたらこスパをほおばった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2.リアリティ
 
 不満げな父さんをリビングに残し、あたしは自分の部屋のベッドに身を投げ出した。このベッドは、あたしがまだちっちゃい頃に買ってもらったやつだ。大きくなっても使えるようにって、なんと大人用のを買ってもらった。だから、その頃のあたしにはとてつもなく大きく思えて、まるで自分がお姫様になった気分だった。
 もちろん、それは幻想だ。
 あたし自身が大きくなるにつれて、ベッドはちっちゃくなっちゃったし、そもそもあたしはお姫様になれるような可愛い性格と家を持ち合わせてないってこと、むなしくなるぐらい思い知らされた。
 それでもあたしはまだ、その他愛のない夢の欠片に縋っている気がする。
 目覚めたらお姫様になってやしないか、どこか別の世界の別の国からお迎えが気やしないか。
 ここは、自分の世界じゃない。自分のいるべき場所は、どこか他にある。
 ―――幻想だ。それも、ひどくくだらない。
 あたしは枕に顔をうずめた。
 とどのつまり、人はトクベツになりたいだけなんだ。
 たとえ自分のいるべき世界があったって、そこで住人Aなら意味がない。誰かにとって必要な、意味のある、特別な存在でなければならないのだ。
 でも多くの人は、自分が大勢の中の一人にしか過ぎなくて、それはもうどうしようもないことだと気づいてしまう。そんな自分に絶望して、でもそのまま生きていくしか他にすることもなくて、むなしくてむなしくてたまらなくなる。
 たまに新聞の隅にかかれている、自分で自分の時を止めちゃった人たちなんかは、その絶望を抑えきれなかったのかもしれない。けれどほとんどの人はこの世にバイバイしちゃう勇気なんか持ち合わせてなくて、だから今、あんなにたくさんの人があふれてる。
 ばかみたい、だ。
 もともとトクベツじゃない人が、トクベツになろうとしても無駄なのに、それでもあがく姿は、なんて醜いんだろう。
 あたしが今直面してる親の再婚だって、世間ではよくある話だ。その辺に転がっている、ありきたりなストーリィ。
 あたしはこんなに悲しいのに、むなしいのに、その悲しいやむなしいは、ちっともトクベツじゃないのだ。
 ばかみたい。
 あたしはごろんと寝返りを打った。
 でも、どんなにごろごろしても、どこをむいても、あたしには背を向けられない。
 ちっともトクベツなんかじゃない、あたしからは逃げられない。
 
 
 
 To be continued...
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■作者からのメッセージ
 とっても軽い、コメディタッチで書いた作品。お気に召したら幸いです。