- 『白刃 第二話』 作者:Mackey / 未分類 未分類
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全角3228.5文字
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原稿用紙約11.85枚
「由布様〜!聞きましたよ〜!」
ふすまの向こう側から、由布以上に元気のいい声が聞こえてきた。
“入ってもいいですか?”と聞かれ、由布はクスクスと笑いながら“ダメ”と答える。
「ごくろうさま。藍」
藍と呼ばれた少女は、にかっと笑って、由布の傍に夜食を差し出した。
だいだい色の着物の裾をひきずりながら、その場にちょこんと正座する。
綺麗な黒髪を高く結んだ、由布と同じくらいの少女だった。
由布はひとり自室の縁側に腰掛け、雨に濡れた月を見ていた。
今はもう夜中。
華やかな夕食の宴も終わり、由布は自分の部屋にこもっていた。
昼間とは対照的な庭園の幻想的な世界に、由布は何時間も見入っていた。
「由布様、嬉しくないのですか?」
藍は、由布の最も仲の良い仕えである。
年齢が近いということもあるが、由布は藍の心が好きだ。
彼女は、由布が落ち込んでいるときにきまって現れるのだった。
そして、今由布が1番欲しい言葉を残してくれる。
「この上なく嬉しくないわ」
由布の苦笑いを、こんな天気にはもったいない満月が照らしだした。
「どうしてです〜?待女達が騒いでますよ。いい男って」
藍は、廊下で雑談している待女達の真似をしてみせた。
そのおどけた仕草に、由布は苦笑いを微笑みに変える。
「……確かに、急過ぎる話ですよね」
ものまねを終え、藍が静かに言った。
「……あたしは、高嶺のひとり娘よ。だから、結婚しなくちゃいけないことはわかってる。でも、相手くら
い自分で選ばせてくれたって……」
「あの方が1番由布様に合っていると思いますよ」
“え?”と、由布は藍の顔をみた。
藍は、にこにことこちらを見ていた。
「あたし、由布様が本気であの方を嫌がっているとは思えないんです。あの方はお強いし、刀の腕も一
流らしいですよ。誰でも最初から仲良くなれるわけではありませんし……」
「とにかく嫌なの!!」
由布の叫びが、藍の話を遮った。
藍は驚き、体をびくっと震わせる。
「わたしはずっと父上と母上と藍と屋敷のみんなで暮らしていきたい!結婚なんてしたくない!」
「由布様……」
由布は半分ヒステリックになっていた。ありったけの感情を藍にぶつける。
「わたし、16になるまで絶対結婚しないんだから!」
「由布様!殿が悲しみます」
“殿”という言葉をきいて、由布は少し冷静になった。肩を軽く震わせて、唇を噛みしめる。
だが、今まで吐き出してきた言葉は戻らない。
「……由布様、辛いときは、いつでもこの藍に言ってくださいね。出来る限り、由布様のお傍につかせていただきます」
藍は静かに部屋を去っていった。
――結婚?
冗談じゃない。わたし、まだ子供よ。
いつまでも父上や母上といっしょに暮らしたい。3人だけでいい。
それにあの人、何か……怖い。
「俊。どうかね、この屋敷は」
ほどよく酒がまわり、黒い肌に赤みを浮かべた竜駕が言った。
ここは竜駕の個部屋。
広さは畳六畳ほどしかないが、わずかな照明が独特の雰囲気をかもし出している。
殿しか使う事の許されない、特別室だった。
その竜駕の隣には、昼間のあの男がいた。
竜駕が言った、由布の夫となる男。
「初め、驚きました。こんな立派な屋敷がここらにあったものかと」
どんどん杯を飲み干してゆく竜駕とは反対に、俊は真紅の杯に口をつける事は無かった。
「はっはっはっはっは……。おまえは面白い事を言うな!この屋敷なんぞちっぽけなものだ……!?」
豪快に笑ったと思えば、今度は“うっ”と口を押さえてその場にかがみ込んでしまった。
酒には相当弱いのに、意地を張って飲みつづけていたからだ。
俊は慌てて外の仕えを呼ぶ。
何をしていいのか分からなくなった彼は、その者達に断り、その席を外した。
俊は、静まり返った廊下を歩いていた。
先程荷物を運んだばかりの、自分の部屋へ向かうつもりだった。
ほとんどが雨戸でかたく閉められていて、あたりを照らすものは何もない。
自分の感覚と、周囲の音がたよりだった。
しばらく歩くと、ずいぶんと明るい所にでた。
――雨戸が開いている。
ふいに雨音が強まった気がして、左に広がる庭園を見やる。
だが、見たくないものを見てしまった気がした。
しとしとと降り注ぐ雨の中、ぼんやりと浮かぶ満月。雨に濡れているようだった。
俊は、瞼を細めた。
すぐに、目を背けた。
同じ頃、由布は縁側に腰掛けたまま眠りにおちていた。
同じ運命に関わる二人を、月の影が静かに見守っていた。
「……う……ま……由布様!」
「はぁ……い?」
のそのそと身を起こすと、太陽の光が目にさしこんだ。不愉快な衝撃を受ける。
低血圧な由布の最も苦手とする、朝だ。
再び、由布は布団の中を探った。
「由布様!起きてくださいまし!」
和やかだが激しい声が、由布の耳に入った。
「……誰?」
目を擦るが、視界はぼやけたままだ。
「藍です!由布様!百合重様がお待ちですよ!」
そそくさと着替えの準備をしながら、藍は由布の布団を剥ぎ取った。
「母上が……?」
「おはよう。由布」
朝の桧の間に、凛とした声が響いた。
文字通り桧で囲われた部屋とは、かすかに漂う桧の香りがよく、ときおり茶会に使う部屋だった。
「おはようございます。母上」
今日も一段と色鮮やかな着物を羽織った由布が、台座に座る女性に言った。
天窓から吹きこむ風に、彼女の艶のある黒髪が微かに揺れる。
意思の強そうな瞳が見えた。
「今日、刀の稽古はお休みですの?」
「ええ。由布と一緒に、殿を見送ろうと思ってよ」
赤い紅をのせた唇が、にっこりと笑んだ。
彼女は、由布の母、この屋敷の后。
名を、百合重という。
噂通り、殿の護衛顔負けの刀の使い人。
その勝気で冷静な性格で、屋敷を放任している殿の代りを務める存在となっている。
由布も、彼女にだけは抵抗出来ない。
24という若さとは思えない、貫禄と威厳を持ち合わせていた。
だが、由布への愛情はためらうことなく注がれている。
「殿はまた遠征へ?」
由布がそう問った。
「勢力が落ちないうちに出直すのよ。そして、俊殿も護衛としてついていらっしゃるわ」
「俊……?」
由布は、思いっきり怪訝な表情をした。
誰だろう。そんな名前、聞いた事が無い。
だが、なんとなくあまりいい感じはしなかった。
「何を寝ぼけているの。あなたの婚約者よ」
「あ……」
そうだった。今思い出した気がする。
たしかあの男の名を――伊吹俊といった。
俊。
何て、孤独に満ちた響き――。
「さぁ、表へでましょう。殿がお待ちよ」
由布が庭園と繋がった門へ出ると、100ほどの屈強な兵たちがそれぞれ、馬にまたがっていた。
その光景に、由布は少しだけ、恐怖を感じた。
この人達は――みんな、剣や弓を持っている。
そう考えただけなのに、背筋がぞくぞくとした。
「どうした?顔色が悪いぞ」
朱色の縄を結びながら、鉄の鎧が光る竜駕が由布に問った。
由布は、反射した光に軽い眩暈を覚えた。
「いいえ。大丈夫です。父上、お気をつけて」
「……ああ」
何かを含んだような沈黙を含め、竜駕の様子は、昨日とは大分異なっていた。
「殿、兵の用意は整いいましたが」
しばらくすると、そう声がかかった。
「――出発しよう」
軽く息を吐いて、竜駕は馬にまたがった。
他の兵とは違う、上等な白馬だ。
由布は、竜駕がどこか別世界の人になったような気がした。
いつも自分に笑いかけてくれる父とは違う、凛々しい表情。
「殿。俊も連れていくのでしょう?この子にひとめ会わせてあげては?」
馬に乗り、目線が高くなった竜駕を、百合重は眩しそうに見上げて言った。
その百合重の言葉に、由布の体が動いた。
「いや……。俊にはもう、相手の陣地の下見に行ってもらっている」
「よほど信頼しているのね。俊を」
百合重は、そう言って笑った。
由布も、何故かつられて苦笑いをした。
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■作者からのメッセージ
かなり未熟な文章ですが、読んでくださった方、ありがとうございます!感想いただけたら本当に嬉しいです。