- 『ファンタジー・サークル VOL.5』 作者:青井 空加羅 / 未分類 未分類
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4章 私の選択
日は沈み、病室の窓からは涼しいそよ風が吹き込んでいた。
鈴虫の鳴く代わりに彼の生命をつないでいる機械がピコンピコンと音を発する。
「より、リアルにゲームを近づけるためには常に変動し続けるシナリオが必要だったんだ・・・。」
男はうなだれたまま呻くようにつぶやいた。
「もともと彼にはある程度の知能はついていたわ。
リミット・ゲージを外さなくても彼が一定の動きだけを続ける、なんてことにはならなかったはずよ。」
「われわれの目指していたものはそんなものではなかったはずだろう!?」
政子は侮蔑の目を男に向けた。
「われわれの目指していたものは完璧なゼロから作られた意思を持った人格形成だった!
その・・・その完成が目の前にあったのに何故ためらう必要がある!?」
「自由意志を持ったものが何でもかんでも私たちの言うとうりにするわけ無いでしょ。
それは神の領域よ。」
神、という言葉を聞いた途端男は顔をゆがめ、憎むようなまなざしを政子に向けた。
「・・・神?そんなものを信じているのか?
君もやきが回ったな。私を否定する理由に困ったのだろう?
君も私と同じように完璧な人間の創造を望んでいた・・・。」
「・・・私は、違うわ。」
政子は唇をかみ締めた。
「・・・そんな、そんな、くだらない事のために、みんなを、自分の息子の命を危険にさらしたんですか?」
美久の肩は怒りでわなわなと震えていた。
「・・・オクト・パースラが暴走するとは考えていなかったのだ・・・。」
政子はフフンと笑った。
「実験段階でそれに気づかないなんて貴方も研究者失格ね。」
美久は椅子からがたんっと立ち上がった。
「研究者としてとか、そんなことじゃないでしょう!?」
二人はびっくりして美久の方を見た。
「反抗出来なかったら何をしてもいいとか、反抗する意思を持たないように制御するとか・・・おかしいよ?
こんなの・・・こんなの・・・人間のすることじゃないよ?」
「・・・。」
「・・・。」
「それに・・・さっきからお互いを責めてばっかりで、どうして彼を一生懸命救ってあげる事を考えないんですか!?
責任なんて・・・今考える事じゃないでしょう?」
美久の目からは再び涙が溢れていた。
政子は美久の方に歩み寄り、美久の肩を押し椅子に座るように仕向けると、美久に向かって優しく微笑んだ。
美久は意味がわからず政子の顔をみつめた。
さっきまでとは全然違う穏やかな顔だった。
「ごめんなさい。貴方の言うとおり、もめてる場合じゃなかったわね。
でも、彼を救う方法は無いわけじゃないのよ。」
「・・・え?」
彼は・・・助かる?美久の胸が再び高鳴った。
バタンッ
再びドアが乱暴に開けられる。
入ってきたのは・・・。
「おっ・・・お母さん!?」
「私が呼んだのよ。心配させたらいけないからね。」
政子は美久に優しく微笑んだ。
「美久ーーーー!!大丈夫だった!?」
美久の母はそう叫ぶと美久にぎゅっとだきついた後、美久の顔をまじまじと見つめた。
「こんなに泣きはらしちゃって・・・怖かったのね?」
「ちがっ・・・これは・・・。」
美久は母に事の次第を話そうとした。
しかし美久の母は何も言わなくていいの、と首を振ると
「お母さんが来たからにはもう大丈夫よ。さっお家に帰りましょう?」
「まっ待ってお母さん。私は・・・。」
「私も美久さんは帰った方がいいと思うわ。」
美久は政子の方を見た。
「あの、政子さん。」
「何?」
政子は美久の荷物をとると美久に手渡した。
「冴木君を助ける方法って何ですか?」
政子はぐいっと人差し指を立てると得意げな顔で言った。
「私がプレイヤーとしてゲームの中に入ってオクト・パースラを倒すわ。」
美久の目が大きく見開いた。
「そっそんな事が可能なんですか?
だって大魔王ってものすごく強いんじゃ・・・。」
「何も正直にLv1からゲームを始める必要は無いわ。
私はゲームを楽しむために入るんじゃないのだから・・・。
大魔王の設定Lvは45、ならば・・・。
私は50で中に入るわ。」
「・・・。」
「さっ美久。帰るわよ。明日は予備校もあるんだから・・・。」
「・・・。」
母にぐいっと腕を引かれた。
「・・・あの・・・、それ、私も一緒にいっていいですか?」
政子は驚いた顔をしたが、
「そう・・・。ありがとう。私も心強いわ。」
そういうとまた優しく微笑んだ。
驚いたのは母のほうであった。
「なっ何言ってんのよ美久!あんた、こんな怖い目あったっていうのに!
万が一のことがあってあんたも昏睡状態にでもなったらどうするのよ!それに予備校は!?勉強は!?あんた高校三年生なのよ!?」
「でも今はそれどころじゃ・・・。」
「それどころなもんですか!そこで寝てる人なんて関係ない!
お母さんはあんたの将来のほうがずっと心配だ・・・。」
「うるさーーーーい!!」
美久の声で病室がしん・・・と静まり返る。
美久の母はキョトンとした顔をして黙ってしまった。
「み、美久・・・?」
「ごめんなさい・・・お母さん。でも今は本当にそれどころじゃないの・・・。人に任せっぱなしになんて出来ない・・・私も助けに行かなきゃ・・・ごめんなさい・・・。」
政子は美久の母の肩をポンッとたたいた。
「私が美久さんの母親なら、気持ちよく送り出してあげるけど・・・。」
美久の母は政子の顔をきっと睨んだ。
「貴方にそんなこと言われたくないわよ!
・・・でも、仕方ないから美久の好きにさせてあげるけど・・・。」
美久の母は美久の両頬を手で軽く挟んだ。
「美久・・・。ちょっと雰囲気変わった?」
美久はきょとんとした。
「そう?気のせいじゃない?」
「美久さん。心の準備が出来たら、向かうわよ。赤平ブリッツ。」
美久はにこりと笑うとすくっと立ち上がった。
「準備なんて、とっくに出来てますよ。じゃ、さっそくいきましょう!」
美久はドアまでパタパタと走り、くるりと向き直った。
「政子さん?早くしてくださいね。先行ってます!」
美久は笑顔でそういうと走っていってしまった。
「・・・あの子、変わったわ・・・。」
呆然と口をあける母の肩を政子がポンッとたたいた。
「子供の成長を目の当たりにしたのよ。」
政子は満足げな表情で言った。
そんな政子を母が見つめて言った。
「・・・あなたも、子供がいるのね。」
「・・・一人。」
政子は腕を組んで答えた。
政子は孝史のほうに振り返った。
「じゃあ、行ってくるわね。」
「・・・ああ。」
男は座り込んだまま答えた。
政子はふうっとため息をつくと病室を出て行った。
病室には最後に二人が残った。
「それじゃ・・・私は帰って夕食の準備でもしようかしら。」
母はチラッと男を振り返った。
男は座り込んだまま動かない。
「貴方も、自分の息子なのにあんな綺麗なお姉さんに任せっぱなしなんて情けないわねぇ。」
男は眉間にしわを寄せていたがぽつりと言った。
「親の責任だというのならあれも半分は背負っている。」
母はびっくりして男を見つめた。
「あらあらあら、まぁ・・・。」
5章 ファンタジー・サークル
五百席以上並んだゲーム椅子に今はたった二人のプレイヤーが腰を下ろしている。
美久はヘルメットをかぶってこれからのことを考えていた。
コツン。
「まず、ゲームの中に入ってら、勇者のエルクとシルクを捜すわ。
もしかしたらオクト・パースラによって世界が変えられているかもしれないけど・・・。」
コツン。
「そうですね。勇者なら、きっと戦力になりますよね。」
キイッ。
ドアが開けられる音に思わず二人は振り返る。
「冴木君のお父さん!」
孝史は美久のすぐ隣まで歩いてきた。
「今更、ゲームを止めるつもりだなんて言うつもりじゃないでしょうね。そんなつもりなら・・・。」
「今更そんな事は言わん。」
即答すると孝史は美久の方に正面から向き直った。
「美久さん。」
「は・・・はい!?」
美久は大人の男の人にこんなに真剣なまなざしを投げられたのは初めてだった。
孝史は深々と美久に頭を下げた。
「・・・え?」
「・・・息子を、よろしくお願いします・・・。」
「・・・。」
政子がふっと笑った。
美久がにこっと笑う。
「・・・はい。戻ってくるときは三人です!」
ヘッドフォンから軽快な音楽が流れてくる。
美久の意識が深く、深くゲームの中へ沈んでいった。
ブリッツの中には人間が三人。
二人の意識はここには無い。
一人、残った男は天井を見上げ、ポツリとまたつぶやいた。
「・・・あの子、若いころの政子にそっくりだな。」
to be continue? or not continue?
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2003/09/28(Sun)02:43:30 公開 / 青井 空加羅
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■作者からのメッセージ
私がもし、この小説に宣伝文句を書くならきっとこうかくだろう。「平凡な毎日を過ごしてきた受験生、美久。そんなある時彼女は彼氏と一緒にゲームの中に入り大魔王に彼氏をさらわれてしまう。仲間の政子とともに再びゲームの中に入った美久を待ち受けていたものは!?」・・・こんな乙女チックに書きたかったんじゃないです涙。