- 『屠所の羊の最後の悪戯 中編』 作者:星月夜 雪渓 / 未分類 未分類
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 原稿用紙約4.2枚
 
 
 
 「―――で? お前の能力ってのは、例えばどんなのだ?」
 
 数日経ったある日、男は看守から差し出された冷え切ったスープを啜りながら訊ねた。少年は暫く黙った後、かちゃん、とスプーンを皿の中に置き、気だるげに応えた。
 
 「そうだな・・・・・・例えばこんな感じだな。ちょっとこっちの方に手、出せる? 鉄に阻まれて無理か?」
 
 「いや。できるけど」
 
 男はできる限り牢獄の出口である鉄格子にへばりつき、隣の方へと目一杯腕を伸ばした。ごそごそと音がし、次の瞬間掌に何か冷たいものが当てられ、男はそれを握って腕を元に戻した。
 男の掌には、金色に輝く掌のよりも少し小さめの鉄板が在る。きらり、と光る薄めの鉄板。それには何か言葉が刻まれている。
 
 「・・・・・・? これは一体?」
 
 裏は何も書いていない。ただ、平坦な金があるだけ。表がわに返して、改めて刻まれている文字を凝視した。
 
 「それ、此処に来る時に隠し持ってきた一番のお気に入りの記憶。持ってくるの苦労したんだぜ? あの看守の手を逃れたんだからな」
 
 「ふぅん・・・・・・そういわれればなんとなく神々しいな。―――此処、なんて書いてあるんだ? 俺学が無いから理解(わか)んないぜ」
 
 学があっても、おそらくは読めないだろう。それは、この世界の文字ではない。少年は少し笑いを含んだ声で男に言う。
 
 「それ、学があっても読める奴は居ないよ」
 
 男は目を見開いた。
 
 「なんだって? じゃあ、この文字は何なんだ?」
 
 「そうだな・・・・・・『精神世界の言葉』ってとこか」
 
 「精神世界? なんだそりゃ」
 
 「人間の脳の中に在る神経が作り出す潜在する世界。本人ですら、その世界が何なのか、どういう仕組みになっているのかなんて理解りやしねぇ。俺も俺の精神世界がどうなってるのか理解らねぇもん。
 ただ、それを知る手がかりは『夢』なんだとよ。夢で見た世界が、自分の精神世界なんだってよ。
 で、その世界の言葉が――――」
 
 「これってわけか」
 
 男は溜息混じりに鉄板を見つめた。自ら輝くそれは、どんな金目のものよりも高いのだと、少年は付け加えた。しかし、読めないのではどうしようもない。男は鉄格子に張り付いて鉄板を少年に返した。
 
 「で、俺の能力ってのは、その精神世界の一部を盗むって事。盗まれた記憶は無くなるから、盗まれた奴はその盗まれた部分のことはすっかり忘れちまうって事。俺は出来ないんだけど、もっと凄い奴はその空白の部分に捏造した記憶を入れちまうっていう話だ」
 
 「ふぅん・・・・・・なんだか恐ろしいな」
 
 「そうでもない。その捏造するってのは流石に恐ろしいと思うけど、盗む程度だったら・・・・・・」
 
 かつん、と隣から鉄板が落ちた音が響く。
 男は、残った小さなパンを口の中に放り込んだ。もう昼時だというのに、まだ寒い。夜よりはましだと思うが。
 
 「それで、俺のこの能力をどう脱獄に生かそうっての? 記憶を盗むだけじゃあ、どうにもならないと俺は思うけどね」
 
 「・・・・・・どうしようかね。使えそうで使えねぇって事か」
 
 男はごろりと軋んだベットの上に寝転んだ。
 
 
 死刑執行当日まで、あと9日。
 
 
 
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2003/09/17(Wed)17:34:27 公開 / 星月夜 雪渓
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