- 『街角』 作者:みるる / 未分類 未分類
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全角1847.5文字
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原稿用紙約5.95枚
サチは美容院にいった。3年伸ばしていた髪を切るために。
もう、腰まで届きそうだった髪を切るために。
いつもの美容院は何だか気が引けて、知らない、初めての店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ。」
「当店は初めてですか?」
「今日はどうなさいますか?」
一通りの会話を済ませて椅子に座る。シートを首にかけられる。
「ずいぶん思い切りましたね」
「ええ、もう、シャンプーが面倒で…」
嘘。サチは目線を下に、雑誌に目をやった。
失恋したからなんて今時言えないじゃない…私って結構古い女かな。
自分がちょっと笑えた。
サチはちょうど髪を伸ばし始めた3年前に知り合った彼と別れた。
原因は彼の心変わり。仕方ない。繋ぎ止めれなかった私にも非がある…自分でも驚くほどあっさり承諾して別れた。
なのに…彼への想いが日増しに膨らむ自分がいる。
私は未練があったのか?サチはそんな自分を女々しいと嫌悪した。笑顔で別れたはず、何で今ごろこんな気持ちになるの?寂しさから?私って寂しさに負けるような性格?
2-3日自分を責めていた。
唐突に「髪、切ろう」と思った。軽い気持ちで。
シャリッと音がして背中にスルスルと髪が滑り落ちていくのがわかった。一瞬ギクッとしたが、すぐに小さなため息に変わった。
「長い髪が好きなんだ」
彼の言葉を思い出していた。
あの頃、サチは久しぶりに髪を伸ばそうとしていたとこだし、彼が好きならこのままにしておこう。そのくらいの気持ちだった。
時々二人で寝ていてふと浅い眠りの中で髪を撫でられていた。
ふわふわと大きく綺麗な彼の手がサチの髪を優しく掴んでまるで遊んでいるかのように指に通して毛先まで滑らす。サチは寝ているふりをして暫く彼の『遊び』の中で幸せを感じ取る。そしてあまりにも甘い、夢と間違うような心地よさにまた深い眠りにつく。
サチが一番好きな時間であり、秘密の時間だった。
あいつは起きてるの気づいてたのかな…今ごろそんな事考えたって仕方ないのに…
サチの髪がサラサラと床へ落ちてゆく…
「…雑誌、お取替えしましょうか?」
「え?あ、はい…」
最後の占いのページでずっと止まっていたのに気がつかなかった。ほとんど眺めているだけだった。
ずっと彼の事を考えてるなんて…未練どころじゃないじゃない、何であの時、別れ話の時ああもあっさり承諾したのかしら…プライド?意地っ張り?
ぐるぐるとそんな事ばかりが頭をよぎる。サチは何だか情けなくて今にも涙が出そうなのを堪えていた。
「すいません、申し訳ないんですげどお手洗い…」
「あ、どうぞ。こちらです。」
シートだけ外してもらって、タオルは首にかけたままトイレに入った。切ってる最中一度も前の鏡を見ていなかった。トイレの鏡を見ると切りかけの、少し湿った髪。もう、肩にも届いてない。
「情けない顔してるわ、私…」
はらりと短い髪が一束洗面所に落ちた。
椅子に戻ってまた切り始める。
鋏の音を聞きながらサチは考えつづけた。
髪のように切ってしまえばそれまで。また伸ばしたくなったら伸ばせばいい。切りたくなったら切ればいい…か。
さっきとは逆に、目の前の大きな鏡に映る自分を、どんどん短くなる髪型をぼんやり見つめながら繰り返し心で呟いた。
伸ばしたくなったら伸ばせばいい。切りたくなったら切ればいい。
そしてそれを決めるのは誰でもなく自分自身なんだと。
「シャンプーします。」
シャンプー台に導かれて仰向けになる。顔にタオルが掛けられてシャンプーが始まる。
気持ちいい…
彼が髪を撫でている場面を思い出しながら、もう私の髪に彼の指が絡む事はないのだと確信した。
シャンプーが終わって、仕上げのブローとカット。
その頃にはサチの髪は汚れも傷みも枝毛も見当たらない、まるで新しい髪だけのような、艶々と軽やかなショートヘアになっていた。
「お疲れ様でした。」
大きな手鏡を渡されて後ろ髪を確認させられたが、ろくに見ないで
「これでいいです。ありがとう。」と言った。
精算して店を出た。
もう暦では秋だがまだジリジリ暑い夕暮れだった。
「でも何だか気持ちいい。頭も軽い…」
軽くなったのは髪型だけではないような気がした。
髪を切ったことも彼と別れたことももう後悔していない。
いつも切ったら後悔するのにな…
指先で前髪を梳かしながらサチは微笑んだ。
「明日、会社行ったらみんな聞いてくるんだろうな…」
いろんなものを美容院に切り落として少し早い足どりでサチは雑踏の中に溶け込んで行った…
END
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■作者からのメッセージ
特にコメントはありません(笑)
書くものはジャンルとか関係なく書いてます。
書いてる当時の精神状態が反映されるので、明るいか暗いかのどっちかです(苦笑)
亀執筆ですがよろしくお願いします。