- 『死合わせの蒼い鳥』 作者:貴支離徹 / 未分類 未分類
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全角4364文字
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原稿用紙約16.95枚
巻頭歌
真実は闇に包まれ 消えてゆく
虚実は光を浴びて 育ってゆく
願わくば
真実に光あらんことを
「君は知っているか?この世の人間全てが信じているものを」
不意に友人がそんな質問をしてきた。
まじめに考えるべきだろうか。否、考えるまでも無い。
私に拒否権はないのだから。
喉元に突き付けられた鋭利な刃物が、そのこと如実に語っていた。
だが先刻の問いは、難易度が高い。少し可能性を削いでおく必要がある。
「この世には無信論者というのもいるんだぜ。そいつらも含めてかい?」
「もちろんさ、そうでなければ“全て”などと言う言葉は使わない」
“友人”は即答した。そしてとても優しい声で付け加えた。
「別に僕は“答え”を求めているわけじゃない。
“考え”を聞いているだけさ」
もう迷っている暇は無い。
喉元で動かされている殺人道具が、私の決意を後押しした。
「兼好も云っていたが、世の中は常に無常と言うことだろう。
だから恐怖する。
どんなに幸せでも心内では、そのことを信じているから。
世に裏切られることを恐れているんだ。
裏切られると、今の私達の様な状態になる。
嗚呼、世は無常だ」
適当に言ったつもりだったが、言い終えてみると本当の事に思えた。
精一杯の皮肉を込めた私の考えに、彼は満足してくれるだろうか?
どうやら不満だったようだ。
彼の腕が大きく動き、その直後赤い飛沫が辺りに降り注ぐ。
四肢が大きく痙攣している。
血の雨は暫く止みそうに無い。
“友人”は何かを喋っていた。
「答えを教えてあげるよ。それは“自分が生きていると言う事”だよ。
例えばこの世界の全てに裏切られ、信じることが出来なくなった者。
彼らは大概自殺するね。でも“死”の方向に走ると言うことは、
自分の“生”を確信している者にしか出来ない。
つまり“自分の生”はちゃんと信じていたわけだ。
また、殺人鬼は獲物に対して、“殺す”と言う概念の基に行動するが、
これも同じ事で、対象の生を信じることによって、
“殺す”と言う概念が生まれる。これが殺人における基本的、
けれども絶対的なルールなのさ・・・・・・
・・・・・って、もう聞いてないの?
じゃあ辻樹孝介、折角御高説をしてやったんだから、
“本当の無信論者”になってみなよ。
何かが変わるかもしれないからね」
自分の名前が呼ばれたので、意識が戻った。
“本当の無信論者”がどんな者なのかは解らない。
もう知る必要は無い・・・・。
遠ざかって行く“友人”の足音。
「死んだね・・・」
暫くして私は動き始めた。
目の前で殺された、辻樹雫のに永遠の別れを告げて。
死合わせの蒼い鳥
1:さまよえる蒼い鳥
探偵は言った。「殺人には基本的かつ絶対的なルールがある。
だが、今回はそれが適応されていないようだ。
極めて稀な事件だよ、これは」
*****
今日、路上で死体を見つけた。
最近では珍しくないこの光景。
慣れてしまえば、どんなものでも綺麗に見える。
実際、アスファルトの灰色の上に投げ出された少女の手の青白さは、
私の美意識を満たすモノだった。
例えそれが、道徳的価値観に反するものであっても、
死の意外性より、美の独創性に魅入られた私の感覚に、
支障は無い。
ふと不審な点を見つける。
この少女はどうして死んでいるのだろう。
最近見た猟奇殺人と重ね合わせて、殺人と決めつけていたが、
死体に刺された後は無い。
絞殺された痕も無いし、毒殺にしては死に顔が穏やか過ぎる。
嗚呼、そういえば誰かが言っていたのはこの事なのかも知れない。
あのときは信じることが出来なかったが、
今ならその通りだと思える。
自分の“生”を信じられ無くなったんだ。
死人にくちなしだが、“無信論者”になったときの気分を、
是非聞いてみたいと思った。
私はまだ良識的な一般人でいたい。
打から警察に通報だけはした。
そして、彼らが着く前にここを去った。
*****
「あいつ辻樹孝介か?」
去っていく男の姿は俺の知っている奴と似ていた。
本当にただ知っていると言うだけで、
学生時代に一度同じクラスになった。
ただそれだけの事。
でも俺はあいつのことを良く覚えている。
恐らく一生忘れないだろう。
あいつは俺のことを覚えているだろうか?
何やら取り込み中らしく、電話ボックスの中で喚いている。
女がらみか?あいつは昔からもてたからなぁ。
三分後、カップ麺が出来るような正確さで奴が出てきた。
ボックスの前に立っていた俺を見て、かなり驚いている様だ。
軽く声を掛けてみる。
「よう、久しぶりだな」
*****
家に帰る道で、懐かしい顔に会った。
「よう、久しぶりだな」
「そうかな。ってゆうか君誰だっけ?」
「そう言うと思ったよ・・・
だがおまえの記憶は関係無いんだよ」
「・・・・?」
「たとえおまえが私のことを覚えていなくても、
私は良く覚えているんだよっ!」
本性を現した。
振り上げたナイフを止めることは出来なかった。
飛び散る血液。
殺人の瞬間を見るのは二度目だ。
ただあの時とは決定的に違うことがあった。
目撃者が悲鳴を上げている。
やがて遠ざかるその声。
私は走り続けていた。
もう悲鳴は聞こえない。
そう今度は私が殺す側だった。
雫を殺した“友人”を。
今は逃げたかった。
罪悪感が胸をえぐるこの苦しみから。
鳥のように、空に。
逃げたかった。
2:歪曲交差
「お茶です。宜しかったら召し上がれ」
少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そう言った。
差し出されたカップからは、良い香りが漂っている。
かなり高価な紅茶なのだと思われた。
一口含んでみる。
残念ながら血の味しかしなかった。
「申し訳ありません。先生は今外出されていて・・・
もう少しで戻ると思うんですけど・・・」
門が開く音がした。
お約束なタイミングで戻ってくれたようだ。
「御頭智(みずち)先生が帰られたのですか?」
一応尋ねてみる。
「えぇ間違いありません。
門の扉を開けるのは先生だけですから」
「えっ、じゃあ君はどうやってこの屋敷に入るの?」
私が見たところ、この巨大な屋敷には入り口という物が、
今開かれた(音がした)門の他に無いのだ。
私が疑問を浮かべていると、少女は再び笑みを浮かべて、
「それなら辻樹様はどうやってここに来たんですか?」
と訊いてきた。確かにどうやって入ったのだろう。
それと今、辻樹と呼ばれたが私は自分の名前を教えただろうか。
否、言った覚えは無い。
頭を抱えていると、彼女は語り始めた。
「入り口は門以外にもちゃんとありますよ。
ただしかなり捻くれた場所にありますからねぇ・・・。
あれは意図的に隠してあるんです。
しかも毎日その場所が代わるから厄介なんですよね・・・。
先生の口癖は、
“この位のものを見つけられないなら、クビにするぞっ!”
なワケで、私の生活がかかっているんですよ、
こんな下らない事に・・・」
少女は慣れた様子で語っているが、
語った内容は現実離れしている。
この屋敷はまるで“CUBE”だ、
そんな事を考えていると、
「おい霞くん。何故僕の紅茶を無法者に出しているんだ?」
酷く不機嫌な声で、話題の人物が姿を現した。
*****
「何言ってるんですか御頭智先生。
お客様は神様なんですよっ!
ちゃんとした御持て成しぐらいは・・・」
御頭智は“客?こいつが?”といった様子で、
「貧乏人が皆口を揃えて言う、
下らない倫理観に興味は無いな。
こっちは金が余りすぎて出来た暇、
それを潰す為の道楽としてやっているんだからな」
と言い放った。
「先生は可哀想です。人として・・・」
妙なやりとりが続く。
少し意外な所があったが、
御頭智という探偵の性格は予想通りだった。
そもそもこの様な人間でなければ、
こんな屋敷は造らない。
だが何故か私は、この探偵でなければこの事件は解けない、
そんな気がしていた。
「無法者に言われなくても、
この事件は僕が解く」
心を読まれた?否、偶然だろう。
「他の奴に解かせるものか・・・」
その呟きには明らかに憎悪が込められていた。
*****
「だが一応訊いておく、無法者の用件をな」
「先生その呼び方は止めましょうよ・・・」
先程から気になってはいたが、
“無法者”というのは何のことだろう。
勿論、言葉の意味が解らないわけではない。
言われる覚えが無いのだ。
「わかったよ。それじゃあ孝介、
用件は何だ」
*****
あらためて問われると、答に詰まった。
私は何故ここに来たのだろう。
人を殺して、
罰を恐れて、
罪から逃げて、
夜の闇を走って、走って、
気が付くとこの部屋で少女、
雫ちゃんと会っていた。
彼女は相当驚いた表情で、
「そちらの応接間でお待ち下さい。
差し入れを持ってきますから」
と言った。
思い返せば可笑しな話だ。
何故私は、怪しまれないのだろう。
普通なら、不法侵入で訴えられる立場なのに、
雫は何も訊いてこない。
御頭智も、まるで私の心を読んだような科白を言う。
これが彼女達のスタイルなのかもしれない。
*****
「実は用件なんてものは無いんだ」
私は唐突に口を開いた。
御頭智も雫も顔色を変えないので、続ける。
「私は先刻人を殺した」
流石に今の言葉には二人とも動揺した。
しかし構わず続ける。
「でも勘違いしないで欲しい。
匿って欲しいとかでは無いんだ」
私は一呼吸置いて告げた。
「ただ私が殺した男の正体が知りたい」
自分の中で導き出した答。
御頭智探偵事務所への依頼を。
*****
御頭智探偵は言った。
「私的意見だが、殺人事件には基本的かつ絶対的なルールがある。
だが、今回はそれが適応されていないようだ。
極めて稀な事件だよ、これは」
誰かが言った事と似ている。
「僕はまた後始末しか出来ないのか・・・」
これも誰かが言った気がするが、思い出せない。
ふと気付いた。
御頭智の表情が暗く沈んでいることに。
だが一瞬のうちに表情は変わって、
自らの手を差し出してきた。
私が何の事かと動揺していると、
「無法者め・・・」
と言われ、手を掴まれた。
「さァ孝介。行くぞ真実の舞台へ」
続く
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2003/09/11(Thu)18:04:15 公開 / 貴支離徹
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■作者からのメッセージ
ちゃんとオチがありますので、
暫くお待ち下さい。
叙述トリックなどもありますから
ちょっと解りにくいかと思いますが。