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『疑似恋愛シンドローム』 作者:鳥野栖 / 未分類 未分類
全角2599.5文字
容量5199 bytes
原稿用紙約8.5枚
疑似恋愛シンドローム

〜どんなに好きになったって、私にはアンハッピーエンドしか用意されていない。
それならば、自分で作ってしまうしかないでしょう?〜



「咲久埜(さくの)」

 恭平(きょうへい)の声がして、ふと私は振り返った。

 物静かな裏路地に、人の気配は全くない。
 あえて言うならば、毛並みが悪くみすぼらしい仔猫がこちらを睨み続けていたけれど。
 まあ、大きなどんぐり眼は可愛いといえなくもない。
 けれど、私はどちらかと言えば犬派だったし、それ以前に猫という生物は昔から苦手だから。
 いや、むしろ嫌いと言ったほうが近いかもしれない。万に一も無いとは思うものの、いつ情に絆されるかわからない。小動物 は生き残る最善の(卑怯な)道をよく知っているから。係わり合いにならないうちに、立ち去らなければ。

「おい、咲久埜」

 ……重症だ。私の恋煩いも相当なものらしい。恭平の声がまた聞こえるだなんて。

 サーモンピンクのロングマフラーを巻きなおし、かじかんだ手指に息を吹きかけつつ、進行方向へと向き直る。

「おい、コラ。無視してんじゃねェぞ」

 幻聴ではなかったらしい。
 恭平の声を――普段より多少甲高いものの――紡ぎだしているのは、私の絹の靴下に噛み付いている汚らしい茶色の物体らしい。

 私は驚くでもなく、なりゆきを察した。

(ようするに、また失敗だったのね。今度こそは成功したと思ったのに)

 猫は噛み付いたまま、離れようとしない。このまま引きずって歩くこともできたけれど、死なせてしまったら全て台無しになってしまう。仕方なく私はそれの首根っこを掴み、目線が合うように持ち上げた。

「まぁ、すごい。きょうび、猫が喋れる時代になったのね」

 抑揚のない声で呟くと、猫は私の顔を引っかこうと爪を立て、腕を振り上げた。が、空振りに終わる。私が咄嗟のところ放り投げたからだ。しかし敵もさる者、しなやかに着地し、私をキッと睨みつけた。

「言いたいのはそれだけか?」

「ええ。それでは達者で暮らしなさいな」

「惚けんじゃねェ。俺をこんな体にしたのは、お前だろ!?」

「まあ、いやらしいセリフね。恭平のえっち。年頃の殿方はこれだからイヤだわ」

 言った途端、仔猫は目を光らせる。
 鼻息が荒いわよ? はしたない。

「よーく、分かってんじゃねェか。俺が誰なのかよ」

「あら、何のことかしら?」

「それがどういうことかは、お前が一番よく分かってんだろうが!」

 そうね。よーく、わかってるわ。

「今朝。俺に何を飲ませた」

「何って……栄養ドリンクよ。言ったでしょう」

「ああ、そうだな。で、俺はこんな姿になった、と」

「うまくいけば、そんなことにはならなかったのよ」

 仔猫が間合いを詰める。おそらく、私を怯えさせようとしてるんだろうけれど。
 無駄よ、恭平。あなたが、そんな姿で居る限り。

 私が屈しないと分かったからだろうか。恭平は小さな首をだらんと垂らして、小さく呟いた。

「お前、何が望みなんだよ……」

「望み? あなたは私の望みを叶える、覚悟があるの? それなら、言ってさしあげてもいいけれど」

 真剣な眼差し――その中に怯えの色があったことは見逃せなかった――で私を見上げる恭平。
 ごくり、と唾を飲み込む音でも聞こえてきそうね。

「私、赤ちゃんが欲しいの」

 途端、恭平は私から目を逸らし何も言わず、廻れ右をした。そのまま、元からただの猫であったかのように歩いてゆく。
 けれど。
 逃がしはしないわ。

「逃げるの、恭平?」

 恭平の首根っこを掴む。自然と口元に笑みが含まれるのを自覚した。
 猫は、私は知りません、とでもいうように、可愛らしくミャー、と鳴いてみせる。

「もう一度、言った方がいいかしら?」

 私は、恭平を見つめた。

 目をそらされる。

 それでも私は彼の瞳をまっすぐに射抜く。

「私ね」恭平の体を抱き寄せ、軽く目を閉じた。私の意図を悟ったように、恭平が腕の中で暴れる。

 小さな爪が、私の頬を引っかいた。一拍置いて、傷口から熱いものが吹き出るのが分かった。この位の痛み、どうってことないわ。彼を手に入れられない、胸の軋みに比べれば。

 私を傷つけてしまったことに驚いてか、恭平の抵抗が控えめになる。それを見逃す手はなかった。

 そのまま、小さな獣の口に唇を押し当てる。数拍の後、柔らかな毛並みは消えうせ、繋がった部分から、彼の体温を感じた。

 いつだって、魔法を解くのは、お姫様のキスでしょう?

「恭平の赤ちゃんが欲しいの」

 体を離し……、私はまた失敗してしまったことに気付いた。

「どうして、女のままなのよ。ひどいわ、恭平」

「酷いも何も!」肩までの黒髪を揺らして、恭平が叫ぶ。「俺は元から女だ! この変態!」

 いつものことだけれど。セーラー服、似合ってないわよ、恭平。

「別に、私、変態なんかじゃないわ。だから……本当、残念」

「だったら何だって言うんだよ。いつもいつも、俺に付きまといやがって!」

「恭平が好きなの。別に私は女が好きなわけじゃないわ。恭平じゃなかったら、何の価値もないの。男だとか、女だとか、そんなの二の次だもの」

 ただ、あなたが男の方が、展開が速いでしょう。それだけのことでしかないわ、性別なんて。

「俺は恭平じゃねェ! 恭子だって何度も言ってるだろ?」

 

★☆★☆★

 

 そこで、夢は醒めた。

 顔を上げ、周りを見渡す。見覚えのある、本棚。独特のカビくさい本の香り。どうやらここは図書館らしい。

 館外持ち出し禁止の分厚い本を枕にして、眠ってしまっていたようだ。

「何だよ、起きたのか? 寝てる間にも、にやにや笑ったり、面白くなさそうに眉間に皺、寄せたり。一体どんな夢見てたんだか」

 向かいの席には、愛しい人の姿。
 私は、彼をまっすぐに見た。

「別に。ただ、恭平が男だったらな、って思ってただけよ」

「またその話かよ……」

 呆れ顔で、それでも恭平は軽く微笑んでくれた。

「私、絶対に諦めないんだから」

「はいはい、そうだなー。帰るぞ。さっさと帰るぞ」

 恭平は面倒くさそうに、右手を差し出した。

 私は、迷わずに彼の手を取る。

 いつか、本当に叶えてみせるんだから。

 私は、さっきまで枕にしていた分厚い本――黒魔術辞典を、そっと学生鞄に忍ばせた。

 

2003/09/05(Fri)00:55:11 公開 / 鳥野栖
http://s1.buttobi.net/sumikano_oheya_t/index.htm
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■作者からのメッセージ
二度目の作品投稿になります。
前向きなのか、後ろ向きなのかわからない努力、楽しんで頂けたら幸いです。
それにしても。季節が合っていませんでしたね。
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