- 『葬儀屋(ゴミの町) 2』 作者:クク / 未分類 未分類
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 次の朝、アリスは朝違和感を感じ目を覚ました。体を起こしてみると、不愉快な臭いが鼻を突く。違和感の理由はこの臭いのようだった。しかし、部屋を見回しても、昨日眠りについた時となんの変わりもない。
 
 「マーくん……何かが変だ……」
 
 アリスが独り言のように呟くと、その布団がもぞもぞと動き、操り人形が顔を出した。すべて木製の人形で、緑のシルクハットが特徴的なその人形はベットに座っているアリスの膝の上に腰を下ろす。
 
 「ものすごい臭いですな。」
 「うん………」
 「窓の外、ドアの向こう全てから異臭が。」
 
 そう口にするなりマーくんと呼ばれたその人形は窓辺に歩いてゆき、そのカーテンを開け放った。
 
 「う……」
 「こ…これは……」
 
 それを見た瞬間アリスは声にならない声を上げ、マーくんは自分の目を疑った。窓の外に広がるのは町の姿だった。しかし、それは昨日までの美しい町ではない。町中にゴミが散乱し、その周りにはハエが、上空にはカラスが飛び回っていた。変わらないのはアーチを描き虹を作る噴水のみ。噴水だけは綺麗にそのままの形を保っていた。
 
 「何故こんなことに……」
 「マーくん、宿の人に聞いてみようか……」
 
 アリスはマーくんを無造作に掴み、ビットを起こさないよう気を配りながら、部屋を出た。
 階段にもゴミは積まれ、そのゴミ袋からはなにかが漏れたのだろう。心なしか床はぬるぬるしていて、滑ることこの上ない。そんな階段を手すりに縋るようにして降り、やっとのことで食堂へたどり着いた食堂も生ゴミが散らばり、洋服が散乱していた。机の上には昨日の夕飯の残骸がそのままになっており、虫がその周りを飛び交っている。
 アリスが、傍へと飛んでくるハエと格闘していると、その宿の女主人が台所から顔を出した。ちらりと見えた台所の中の様子は食堂の比ではない汚れ方のように見える。
 
 「おはようございます。よく休まれましたか?」
 「あ…はい……あの……」
 「すみません、食事の用意ができますまであと30分はかかると思いますので…お部屋の方で休んでいて頂けますか?」
 
 普通の宿で普通に接客する女性だった。その足下にはゴミが散乱していた。
 
 
 
 「もう嫌!!!!何この町!!!ゴミゴミゴミゴミ!!!ゴミだらけじゃない!!!」
 
 三日目、アリスはビットの叫び声で目を覚ました。悲しいことにゴミの臭いに免疫がつき、その臭いで起きるということはなくなってしまった。
 
 「ビット…五月蠅いよ……」
 「だって、ありえなくない?どうやったらこんなにゴミだらけになるのよ?たった二日でよ!?」
 「ある意味感動だよね。昨日寝た時よりもまた増えてるし…」
 
 アリスは窓の外へ視線を移す。昨日よりも当然のようにゴミは増えていた。ゴミ袋が絨毯のように広場に詰まっている。ゴミと比例して虫やカラスの数も増え、三日前の町と同じものとは到底思えなかった。しかし、それでも町の中央の噴水だけは澄んだ水を流し続けている。
 
 「感動してないでよ……これじゃ恐くて部屋の外に出られないわ…」
 「ご飯は?」
 「此処の物口にするくらいなら携帯食料食べるわよ。」
 「じゃあ僕もそうしようかな…」
 
 アリスは自分のベットの横に立てかけてある真っ黒の鞄を開け、携帯食料を取り出す。固くてお世辞にも美味しいとは言えないようなその食料をそれぞれのベットの上で口にする。
 
 「折角美味しい物にありつけると思ったのに。これじゃあまたこの前に後戻りよ!」
 
 ビットは半ばヤケになりながら、岩のように固い食料をかじった。
 
 「この前?」
 「アリスが先に行っちゃって、この町にたどり着くまでよ。この町の周りの状態知ってる?」
 「いや……」
 「ゴミよ。この町と同じ…いや、此処より酷いかも。ゴミだらけ。その中を私は歩いて来たんだから…一人でよ?地図もなく…よ?」
 
 ビットは力無く食料片手にそのベットへ倒れ込んだ。ベットがギシギシ音を立てる。横たわったままの状態でまた食料を一かじりした。
 
 「疲れたわ…」
 「お疲れさま。その中で男の子と会ったでしょ。鸚鵡を連れた小さい僧侶の…」
 「あぁ…会ったわね。少し挨拶したくらいだけど。」
 「その子に聞いたんだけど、この町はとにかくゴミが酷いって。ゴミに埋め尽くされて足の踏み場もなくて…ゴミの上を歩くなんて経験はあそこじゃないと出来ないかもって笑ってた。」
 
 アリスは食べる気がしないその岩の様な食料を手の中で転がしながら呟いた。
 
 「おかしいと思ったんだ。此処に来た時はそんな感じしなかったんだけど…」
 「結局その子の言う通りってワケね。ねえ、もうこの町出ない?もうこんなの嫌!!」
 「駄目。探し物が見つかってないし…それに、四日後何が起こるのかも気になるし。」
 「言うと思ったわ…最悪……」
 
 ビットはベットに広がる自分の金髪を手櫛で梳き、しばらくしてまた眠りについた。アリスは部屋の机に向かい、本を読みふけった。
 
 
 四日目、町のゴミの絨毯は二層になった。五日目、ついに部屋のドアが積み重ねられたゴミによって開かなくなった。その間、二人は部屋から出ることなく、缶詰状態で過ごしていた。ビットはひたすら寝、アリスはひたすら本を読みふける。
 そんな生活に変化が起きたのは六日目の朝だった。その日二人は宿の女主人の声で目を覚ました。
 
 「旅人様!!旅人様!!!!」
 
 外からの声にアリスは窓を開け放った。むっとくる外からの異臭にアリスは微かに顔をしかめ、ビットは遠慮なしに鼻をつまむ。女主人は三層ほどになったゴミの絨毯の上に立っていた。
 
 「荷物を纏めてこちらへ、ついてきていただけますか?町に残っていては危険ですので!!」
 「危険??」
 
 アリスとビットはお互い顔を見合わせ、首をかしげた。
 
 「この空気の方がよっぽど危険だと思うわ。」
 「……でもまぁこの町に居るのも明日までだし…」
 
 行ってみようかとアリスは部屋の奥の自分のベットの横の鞄を開けた。いろいろ入っているその中から機械製の羽のような物を取り出す。
 
 「飛ぶの?」
 
 ビットが鼻をつまんだ状態のままくぐもった声でアリスに問いかける。
 
 「だってドア開かないし…」
 「まあそうだけど。」
 
 羽を背中にしょい、大きな黒い自分の鞄を手に、マーくんを掴むのは忘れずに。全部手に持ったところで自分のベットのあたりに忘れ物がないかさっと確認し、アリスは部屋の窓から飛んだ。
 
 「ちょっと!待ちなさいよ!!アリス!!」
 
 叫びながらビットは近くにあった自分のポシェットを掴み、机の上に置き去りにされたアリスの愛読書をその中に無理矢理詰め込んだところで、躊躇することなく二階のその部屋の窓から飛び降りた。鼻をつまむのは忘れずに。先に飛んだはずのアリスを空中で追い抜き、ビットが先にゴミの上に着地する。それから遅れること数秒、アリスもまた地に足をつけた。
 
 「忘れ物よ。」
 「あぁ…すっかり忘れてた……」
 
 アリスは着地してまず手渡された本を見つめ、少し首を傾げてから鞄の中にそれを詰め込んだ。ついでに自分の背中にある羽を降ろし鞄に押し込み立ち上がる。
 
 「よろしいでしょうか?」
 「あ…はい……」
 「では行きましょうか、着いてきてください。」
 
 にっこり微笑んでから先を行く女主人に、アリスとビットはまた顔を見合わせてからついてゆく。
 
 「あの…一体何処に行くんですか?」
 
 ビットの問に、女主人は前を向いたまま答えた。
 
 「避難ですよ。あぁ…お客様に不便な思いはさせませんわ。」
 「……避難?」
 「えぇ、明日この町は水に覆われます。この状況を洗い流してまた新しい町に生まれ変わるのです。」
 「??」
 「明日になればすぐにわかりますよ。」
 
 女主人は前を向いたままにっこり微笑んだようだった。
 
 「さぁ、着きました。この中です。」
 
 女主人は広場の中央の噴水の前で立ち止まった。昨日まで絶えず澄んだ水を流し続けていた噴水はその水を止めていた。そして、その前には人一人がやっと入ることができるような穴が口を開けている。
 
 「今日明日はこの中で生活して頂きます。中に入って階段を下りてすぐの右の個室…101号室をお使いください。」
 
 鍵はこちらになります…そう言ってビットに華奢で美しい飾りの鍵を手渡す。
 
 「では、私はまだやり残したことがありますので。どうぞおくつろぎください。」
 
 一礼して女主人は足早に宿へと戻っていった。その姿が宿の中へ消えてからビットが鍵を見つめそっと呟く。
 
 「変な町。」
 「うん……ねぇ、ビット…先に部屋に入ってて。気になることがあるから。」
 「このゴミの中に残るの?町も変だけどアンタも相当変だわ…」
 
 呆れたように眉をしかめ、手を腰に当て、アリスを見やりため息を一つもらした。アリスはその蒼い瞳をまっすぐ見返す。
 
 「まあいいわ。私先に部屋行ってるから。」
 
 バイバイと手を振り、狭いわね…私入れるかしら…などと呟きながらビットはその穴の中へすんなり入っていた。アリスはそんなビットに静かに手を振り返し、ビットの足音が聞こえなくなったことを確認してからカタカタとうるさく口を開け閉めする派手な操り人形を顔の前に持ち上げる。
 
 「さあ、マーくん、一体何のつもり?僕もこの臭いからはやく逃れたいんだけど?」
 「気になることがあるんだからしょうがない。」
 
 その無表情な顔に怒りが込められているアリスに、マーくんは飄々と言い放った。その木製の表情が心なしか笑っているようにも見える。
 
 「さっき空を飛んだ時おもしろい場所を見つけたのだよ、アリス着いてきてはくれまいか?」
 「僕が嫌だと言っても連れてくくせに……」
 「よく解ってるな。ではついてきなさい、アリス。」
 
 マーくんはアリスの腕の中から飛び降り、器用にゴミの上を歩いて行く。アリスは素直にその後ろすがたを追いかけた。
 
 「此処だよ、アリス。」
 「……此処のアップルティーはおいしかった……ホットサンドはどうか解らなかったけど。」
 「ホットサンドは絶品だったさ。」
 
 さあ入ろう。マーくんに後押しされアリスはその店に入った。初日に入った古びた喫茶店に。
 
 「お邪魔します…」
 
 短く挨拶し、この前座った窓際の席の一つ隣の席へと腰を下ろし、この前と同じように向かいにマーくんを座らせた。。予想はしていたが、そこも椅子はガタガタいい、机の脚は何度か折れたのを修理した後があった。しかし、久しぶりにすんなり椅子を引く感覚に自然と頬が緩む。ゴミが積まれないその床は古いながらも綺麗だと言えた。
 
 「ちゃんと掃除してある……」
 「来た時一番きたなかった場所が今では一番綺麗だとは…おもしろい場所でしょう?」
 「うん…そうかもしれない。今日こそホットサンドを食べよう……すみません、アップリティー二つとホットサンドウィッチ一つ。」
 
 この前と同じようにコーヒーカップを片手に新聞を読んでいた店のマスターはアリスの声を聞きつけ台所へと消える。
 
 「……聞こえてるんでありますか、アレは??」
 「大丈夫だよ。この前もそうだった……出てくるまでに三時間はかかったけど。」
 
 アリスはゆっくりと瞳を閉じた。
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■作者からのメッセージ
 このような長文を読んでくださってありがとうございます。
 やっと題名のサブタイトルと結びつきました。
 実はもうラストまで仕上げてたりするのですが、長くなりそうなので切ってしまいました。
 あと一回で完結しそうな感じです。