- 『存在という名の存在』 作者:藍葉 / 未分類 未分類
-
全角786文字
容量1572 bytes
原稿用紙約2.55枚
―誰かに望まれて生まれてくると言う事は、何と幸せな事だろう。
暢(トオル)は不意にそんな言葉を思い出した。遠く遠く昔に聞いたコトバ。自分の言葉ではない。友人の瞭(アキラ)の言葉。瞭はとても不思議な友人でありました。
不意にその姿を目の間に現したと思えば、消える。まるで夏の陽炎の様に曖昧で不確かな存在でありました。当然存在しているのですが、その存在と言う言葉自体があやふやになるほど、彼は透明なのでした。
彼は、暢が泣けば涙を流し、暢が笑えば微笑むのです。それは、本当に本当に、哀しそうに、幸せそうに。
彼の存在は、誰よりも誰よりも、透明であり、何よりも何よりも物を映すのです。喩えるなら鏡、それもマジックミラーの様に、己の存在は表に出さない、鏡なのです。
彼は美しく、聡明であり、且つまるで一つの芸術作品のように洗練されているのです。しかしながら彼は自分と言うものを何ももっていないかのように曖昧だったのです。
彼の事をその腕に抱いてもまるで水を掌で掬うかのような、幻でも抱いているのかと思えるほどに、自分を表さないのです。何度確かめても、抱いていると言う実感があやふやなのです。
彼は、自分は望まれていない存在なのだというのです。
だから、透明でいようと思ったのですか。
彼は透明なのです。
けれどその存在は曖昧であり、且つ確固たるものでもあるのです。暢は彼の事を想い、その存在を感じる事の難しい、身体も、心も求めているのです。強く強く求めるあまりに彼の存在は、透明で曖昧であったその存在は。
昏い昏い奥底に封じられている彼という存在は今はまだ手を掴むほど、けれど、あやふやではなくなりつつある事は確かなのです。
―誰かに必要とされ、求められ、新たに生まれゆく事は、何と幸せな事なのだろう。
今、隣にいる彼は、とてもとても幸せそうに微笑み、コトバを零すのです。
-
-
■作者からのメッセージ
…小編というか、掌編。短いですよぅ。