- 『+++ 旋風の出来る処 +++』 作者:日向未来 / 未分類 未分類
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限りある犠牲
引き金を引く
君に向け
僕に向け
可愛い嘘に騙されて
僕は君の夢を見る
「……離してよ」
自分の長い黒髪を引っ張られるような感触を感じ、風音は眼前の彩人に文句をぶつけた。彩人は、三つ編みにした髪の一部を名残惜しそうに解く。
「遊んでるだけですよ」
そう悪びれない態度はまだ可愛かった。彩人は風音の肩を抱き、囁く。
「抵抗しないお前も悪い」
「彩人――」
自分が遊ばれているのに苛ついた風音だが、拒絶することは出来なかった。
「イヤだったら突き飛ばしてくださいよ」
そのことばの瞬間――、ドガッ! ……これは、風音の拳が見事鳩尾に命中した擬音語である。
「何すんだよ、てめぇ……」
彩人はそう風音を睨む。しかし、風音にも言い分は在った。
「あんた、言ってることが違うだろ!」
狭い長屋の中で、和やかな景色には場違いの喧嘩を始めた。そのとき――、
「……お邪魔だった?」
長屋に入ってきた神楽が、一目二人を見て状況を判断すると、くるりと向きを変え、退場しようとした。その後姿を掴む者が――。
「待てよ、神楽!」
神楽の着物の帯をガシッと掴んだのは、風音だった。そして、早口に言う。
「あんたの兄貴が辻褄合わないこと言ってるんだけど? 何とかしてくれる?」
いきなり無茶な要求を突きつけられた神楽は、ムッと顔を曇らせる。
「兄上を華奢な僕に止めろと? 無理だよ、他力本願な人だね……」
「華奢、ねぇ……」
「女だからって容赦はしないけど?」
……全く、進歩がない二人だな。と、人のことをいえない矛盾した感想を持つ彩人。やがて、
「もういい! 彩人、ちょっと出かけてくるから、その猫何とかしといてよ!」
風音が折れ、長屋を出て行ってしまった。神楽は、彩人を見て言う。
「……やっぱり、お邪魔だった?」
「いえ、これはこれで楽しいですから」
笑顔で答える彩人。何故、こんな意味不明な兄と同居していられるんだろう、僕……。神楽は、自分の人生の不幸を嘆いた。しかし、神楽が彩人の逆境に負けずに反抗する。
「ふーん……。もっと軽くこなす人かと想ってたけど」
「こなしますよ。けど、風音相手だとそうもいかないみたいです。それがまた楽しいんですけどね」
彩人は余裕の笑みで答える。やはり、この兄には勝てないと悟った神楽は最後に皮肉を言って出て行こうと誓った。
「カッコ悪いね……」
しかし、彩人の意外な一言に、神楽は長屋を出て行けなくなる。
「うん……。カッコ悪いですよ」
兄上が……、あの唯我独尊の策士が……、そんなこと認めるなんて……。神楽は驚きで固まり、長屋を出て行くことが叶わなくなってしまったのだ。
「でも、カッコ悪くなれるのは風音の前だけなんですよ」
神楽は体の自由を取り戻し、彩人のほうを見る。
「冷静でカッコいい自分も好きですが、必死でカッコ悪い自分も好きなんですよ」
神楽は、自分には解らないことを言われ、頭の上に疑問詞を浮かべる。そんな神楽を見て、彩人はフッと微笑み、
「なんて、神楽にはまだ早かったですか?」
と茶化した。神楽は、もう敵わないと勘弁して、
「解んないよ。カッコいいほうがいいに決まってるよ」
と正直に言った。
そして、その回答に満足したように笑って、長屋を出て行く彩人の後姿を見ることしか出来ない、神楽だった――。
「風音――……」
暇になったからと、市場に出て緋杪とでも喋ろうか――と計画を立てて神楽は長屋を出た。しかし、数歩出たところで、風音に在ってしまったのだ。
「さっきはごめん」
「いーよ、別に……。あたしも大人気なかったし」
二人はそう笑った。そして、神楽が切り出す。
「風音……、兄上ってさ、やっぱりカッコいいよね」
少し驚いたような表情を見せた風音だったが、
「普段はカッコ悪いんだけどね……」
と笑って答えた。長屋の窓から、市場へ歩いていく彩人を見て、神楽はつくづく自分はガキだと改めて想った。
「なんか、惚気られたし……」
「あ、風音」
風音が神楽との会話を終えて、市場へ行くと、綺麗な布を買っている彩人に会った。その布が、太陽の光を受けてキラキラ光る。
「神楽と喋ってたんでしょう?」
なんで、知ってるんだよ……。と文句を言いたくなったが、
「ああ」
と短く答えて、話題を其処で終わらせようとした。しかし、彩人がそれを許してくれなかった。
「カッコいい俺もちゃんと見ててくださいね」
それだけ言うと、彩人は町の人込み中に消えようとする。風音は、
「いつも見てる……」
と小さく呟いた。その答えに、彩人は再び風音の処へ戻り、帯を掴んだ。
「風音、風音っ、今のもう一回言って!」
「あー、煩い……」
空は何処までも青く、風は音色を奏で続けていた午前のこと――……。
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2003/06/24(Tue)16:59:36 公開 / 日向未来
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