- 『とある短編』 作者:山羊 / 未分類 未分類
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全角5311文字
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原稿用紙約16.35枚
そいつの家庭はとても裕福だった。
別に、すごい大金持ちだとか、家が広くてベンツが3台あるとか、そういう裕福ではなかったが、暖かい円満な家庭だった。
そいつはそれが普通なのだと思っていた。誰もが、そんな家庭で暮らしていると信じていた。いや、疑うきっかけがなかっただけかもしれない。
◆
「ひっく・・・・うぇっ・・・・・」
ある冬の、夕暮れ時。男が公園の隣を横切ると、止まったままのブランコにうつむいて座り、泣いている少年がいた。男は黒いコートを翻し公園へ入ると、ブランコの側まで来てひょいっと少年の顔を覗き込んだ。
「どうした、ボウズ?」
「・・えっ・・・ひっく・・・・」
突然声をかけられた少年は驚いて一瞬顔を上げたが、泣き顔を見られたくないのか懸命に泣くのをこらえようとしている。
「よしよし。泣いててもいいからこれを見てみな?」
少年の頭をぽんぽんと叩きながら、男は握った右手を少年の目の前に出す。と、何をしたのか、ぽん、と右手から小さく赤いバラが現れた。
「・・・・・・・・・・」
あっけにとられた少年は、口を半分開けたまま、泣くのも忘れて唖然とバラを見つめている。それを見た男は笑いを漏らし、少年の頭に手をやったまま、続いて言った。
「おっと?鳩さんが心配だってよ?」
「え?」
質問したのも束の間、少年の頭にやってた手には鳩が乗っていた。首をキョロキョロとせわしく動かしている伝書鳩だ。それを見た少年の顔は、みるみるうちに明るくなっていく。
「すげぇ兄ちゃん!」
「そうだろう。兄ちゃんは魔法使いなんだ」
男はそう言うとにやりと笑い、ポケットから黒いスカーフを取り出してそれをひらひらと少年の前で振った。
「さてさて、タネもシカケもないただのスカーフでございます」
そう言いながらスカーフをひらひらさせていたのだが、ある一振りでスカーフはたちまち黒いステッキに変わった。少年は子供らしい興味深々な瞳で、男の行動に見入っている。男はその様子を満足そうに見ながら、少年の前で少しマジックを続けた。
◆
小学校の学級会の時だった。そいつは初めてこの世に差がある事を知った。主に南米あたりの貧民を見たのが最初だった。
そいつが受けたショックは多大なものだった。映像を見ただけではとても信じられない心持ちでいた。
ひどく自分の周りが狭いように思え、同時に自分のいる環境が少し怖くなった。
あまりに差が見えない環境に、盲目的なところがあると気付いたのかもしれない。
しかしまだ幼いそいつは、よくわからない恐怖心を抱いたまま毎日を過ごした。
◆
「ところでどうしたんだボウズ?そろそろ話してくれよ?」
鳩を肩に乗せたままトランプをパラパラと手で操っていた男は、不意に少年に声をかけた。すると明るくなっていた少年の顔はとたんに曇ってしまう。あげく、こんな事を言い出してしまった。
「・・・お前なんかに話したってわかるもんか」
呟いて、再びうつむいてしまう少年。そんな少年を見、男は少し困ったように鳩と目を合わせてから少年の前にしゃがんだ。
「なんで兄ちゃんに話してもわからないと思うんだ?」
「へらへらしてる兄ちゃんみたいな奴に、話したって無駄だよっ!」
どうしても話したくないのか、はたまた本当に男がへらへらしているのがいけないのか分からないが、少年は強くそう言い放って体を強張らせてしまう。
無駄だと言われても、そろそろ陽も暮れる上に、この辺りは夜になると治安が悪くなる。そう考えるとこの黒い格好の男も十分に怪しいが・・・・・。
「ふむ。兄ちゃんがへらへらしてるのは、こういう事なんだ」
男はそう言いながら持っていた黒いステッキで、自分の前の地面に丸を描いた。少年の前にも同じくらいの丸を描く。
「これは、兄ちゃんとお前の心の大きさだ」
「・・・・・・・・」
少年は相変わらずうつむいて黙っているが、足元に描かれた自分の丸と男の前に描かれた同じ物を見比べているようだった。その様子を見てから、男は続けた。
「みんなの心ってのはおんなじ大きさなんだ」
言って、少し離れたところに同じような丸をいくつか描く。少年は少しずつ顔を上げ始めた。聞き入っているのでうつむく事への執着が薄れてきたのだ。
「でも今のお前は・・・・」
男は少年側の丸を半分以上塗りつぶすようにステッキで地面の土を薄く掘った。それを見た少年が訝しそうに男の顔を見る。男は構わず続けた。
「ほら、悲しい事があったからこれだけ固くなっちゃったんだ」
そして顔をあげて少年の顔を見ながら塗りつぶした丸をコツコツ、と叩く。それから自分の丸をステッキでさして言った。
「兄ちゃんは悲しいことも辛いこともないからこのままでな?こうやって白いままだと・・・・・」
言いながら男は自分の丸が少年の丸に重なるように描いていく。そして重なったところの少年の円で、塗りつぶしてあるところを丁寧にならした。
「こんなふうに誰かの固いところを柔らかくしてあげれるんだよ」
◆
そいつは祖父の事が好きだった。両親が嫌いなわけではなかったが、なぜかおじいちゃんっ子だった。
祖父は少し名の知れたマジシャンだった。優しく、ユニークな老人で、いつも人を喜ばせていた。
ある日、そいつは祖父に頼んで海外の仕事に一緒に連れて行ってもらった。その時の仕事はアフリカの難民たちのために開くマジックショーだった。
日本では見た事もない程痩せた人々、親のいない子供、あばら屋。
思わず目を背けたくなるようなそいつの気持ちとは裏腹に、祖父は晴れやかな笑みと共にマジックを始めた。
窪んだ彼等の目は、祖父の手から繰り出される魔法を見て輝いていた。どんなに痩せていても貧しくても、瞳は幼い子供のように綺麗だった。
そんな不思議な光景から、そいつは目を離すことができなかった。
◆
「白いままでいるためにいつもへらへらしてるの?」
少年が不思議そうに男の顔を見つめながら聞く。男は軽く頷いてからステッキを少し振りつつ、笑って、言った。
「それに兄ちゃんは悲しい事も辛い事も嫌いだからな」
そんな事を言いながら、男は立ち上がって肩に乗っている鳩をなでている。
「僕・・・・・」
不意に、少年が口を開いた。男はそれを聞いて、再びその場にしゃがみこんだ。
「ん?」
「ママとケンカしてきたんだ・・・・。もう絶対家に帰らないって言って出てきた・・・」
話す内にまた泣き声が混じってくる。男は再び少年の頭をぽんぽんと叩きながら、溜め息混じりに言った。
「そうか・・・・・・。それじゃあママもさぞかし悲しくて、心が固くなっちゃっただろうなぁ?」
「何で?ママは僕の事嫌いなんだよ・・・・だからいつもあんなに怒るんだ・・・」
うつむき加減に話す少年に、男は再び地面をさしながら話し出した。
「なぁ・・・もし、兄ちゃんの心が固かったら、こうなったときどうなると思う?」
コツコツ、と男はステッキで地面を叩く。さっき丸を重ねて土をならしたところだ。少年はそれを見て首をかしげている。
「兄ちゃんの心が固かったらな、両方とも固くて絶対こんなふうに合わないんだ。弾いてしまってな」
男は近くにあった小石と小石をぶつけて見せた。少年はそれを見て小さく頷く。
「でもどっちかが柔らかければ、こんなふうに・・・・」
いつの間にかステッキをスカーフに戻していた男は、そのスカーフに小石を落として見せる。ふわっ、と小石はスカーフに包まれた。
「いつもはこうやってママは受け止めてくれるだろう?今日はきっとママも何か悲しい事があったんだよ」
「・・・・・・・・・・・・うん」
スカーフをステッキに戻しながらそう言う男に、少年はこくん、と頷く。
「よし、じゃあもう暗くなるから帰ろうな?ママも心配してるぞ?」
そう言って男は立ち上がって少年に手を差し出す。少年は少し男を見上げると、再びうつむいてしまった。
「・・・・・・・・・・・・うん」
そのまま、しばらく経っても少年は立たない。男は苦笑しながら、再びその場にしゃがんだ。肩の鳩は居眠りを始め、陽はもうかなり傾いている。東の空はもうほとんど真っ暗だ。
◆
祖父は言っていた。それは遺言にも等しかったが、その声は凛としていて、そいつの耳には鮮明に残っていた。
『人々の心は全て同じだけど、今の人々は病んでいてそれを忘れている。そんな心を、わたしは夢を持たせて治していきたかった・・・・・。それも今回が最期になるかもしれない・・・』
そいつの顔をなでながら、仕事に行く格好で祖父は言っていた。きちんと理解していたわけではなかったが、いつもと少し違う祖父の顔を、そいつはじっと見つめていた。
祖父は続けた。
『押しつける気はないが、もしわたしの生き様に何か感じてくれたのなら、病んだ人々をわたしに代わって・・・・・』
最期の言葉は、少しずつ小さくなっていった声で発せられたが、鮮明に覚えている。
同時に、祖父の穏やかな笑顔も、目に焼き付いている。
◆
「そうだなぁ。やっぱ固い心にぶつかっていくにはちょっと怖いよなぁ・・・」
男は頭をかきながら、目の前のうつむいている少年へ言った。しばしそのまま、少年はいっこうに頭を上げる気配を見せない。そっと男は少年を仰ぎ見、それからコートのポケットに手を突っ込んだ。
「よし。それじゃあ兄ちゃんがいいものをやろう」
「・・・・?」
子供といわず、人はプレゼントという言葉に弱い。少年も例外ではなく、少し顔をあげて男の手の方へ目をやった。と、ポケットから出された手には何も掴まれてなく、男はその手をそのまま少年の目の前に持っていった。
「さぁ、何が出てくるかな?」
「?」
相変わらず不思議そうな顔をする少年ににやりと笑ってみせた後、男は突然手から一枚のカードを出した。
「!」
何もなかった男の手から突然出てきたカードに、少年は思わず驚きの表情で返す。それには構わず、男はカードの表を少年へ向けた。
「いいか?このカードには兄ちゃんの心の『勇気』ってのが入ってる」
「勇気?」
「あぁ。怖い事に挑戦しようとするいい心の事だ。こうやって手に持って、勇気が出ますようにってお願いすると、何故か不思議。みるみる内に勇気が沸いてくるんだぜ」
少年は興味深々な瞳でカードをしばらく見つめていたが、やがてそれを受けとった。男の言っている事は怪しさ極まりないが、さっきから不思議なマジックをたくさん見ている少年にとっては怪しくもなんともなく思えたのだ。
「ママ怒ってないかな?」
カードを手に握り締めるように持った少年は、不安げに男を見る。男は自信満々、とでも言うような顔をしながら肩をすくめてみせた。
「今頃すごく心配で、きっと心は悲しい気持ちでいっぱいだぞ?」
そう言いながら男は立上がり、さっきもしたように少年に手を差し出す。少年は、今度はすぐに男の手を取った。
片手に、ハートのエースを握り締めたまま。
◆
大きくなってから、常に笑っている事の難しさを知って、人の笑顔を引き出す事の難しさを知った。
そいつは祖父の残した言葉を理解した時から、生きてゆく時間の使い方を決めた。
アフリカで祖父の仕事を見た日、その日にもらったハートのエースはまだそいつの宝箱に入れてある。
固い心を柔らかくする勇気を、そのカードからもらう為に。
◆
「睦月ー!学校休んだくせに、そんなとこで何やってんだ?」
少年を見送った後、男が公園で一人薄暗くなった空を見上げていると背後から声がした。学校の制服を着た女生徒が公園の入り口に立ってこちらを見ている。男は振り向きざまに手をひょい、とあげながらそっちへ向かった。
「よぉ、二人とも遅いお帰りだな」
「八木、今日はどうしたんだ?女を見る為に一日も休んだ事のないお前が・・・」
不思議そうな顔をして返して来たのは大柄な女だ。部活帰りなのだろう、トレーニングスーツを着たままでスポーツバッグを肩に下げている。
「いや?ちょっとしたやぼ用さ」
男は少し肩をすくめ、女に返した。続いて、もう一人が男を仰ぎ見る。小柄な、赤い髪の女だ。
「朝、花束買ってってただろ。女に貢ぎに行ってたんじゃないのか?」
「やだなぁ暁。朝から俺の事観察してた?」
「ばっ・・・・誰がてめぇなんか!」
「はっはっは。私も知ってるぞ。花屋のとなりに美味しい肉まん屋があるからな」
「そっかそっか〜。魄罹も暁も可愛いなぁ〜。もてる男はツラいぜ」
「だから違うって言ってんだろ!聞け!」
やがて3人の影は遠のいて行く。また明日はいつもの学校生活がやってくる。
一年に一回、男は必ず遠くへ行った。花束を持って、祖父の墓へ。
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■作者からのメッセージ
投稿してみました・・・(緊張)
友人の小説に出るキャラの、短編ものです。
こんな感じで完結ものを載せてもいいのでしょうか??(汗)
それともリレー風じゃないと駄目なのでしょうか・・・???