『Canvas』作者:秋月 ゆきの / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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容量6634 bytes
原稿用紙約8.29枚
              貴方は期待されるという重圧に耐えられますか       



                    Canvas


霜の降りた朝。誰もいない桜並木。霜に反射して足元はきれいな光の粒がある。変わらない桜並木を見ている。 
3月の後半なのにまださくらは咲いていない。
いつもと変わらない通学路。
ただ今年は少しさくらが咲くのが遅いだけ…… 
「おはよう。つばめ」
後ろからの突然の声に少し驚いた。 
けれど美紀とわかって少し嬉しかった。
「おはよう」
「学校遅刻しちゃうよ」
時間がなかったのに気付いてもそれは後の祭り。
知らぬ間に美紀は走って先にいる。 
後を追ったが到底追いつけはしなかった。
校門の門が閉まる。美紀は先についているようだ。 
全速力で走った。 
全速力と言ってもほかの人は普通に走ってるようものなのだが……
門を通り最後の階段を登る。 
今日は間に合いそうだ。靴を変え、廊下を走る。 
途中先生に注意されたがそんなことは気にしていられない。
教室に着いて…… 何とか間に合った。 
通学カバンの中に入れていた物はそのまま。
まずは朝読書の準備をしなければ……
準備が出来てから先生が来たのは運が良かった。
朝読書が始まって…… 
何十回と読んだ小説に目を通す。 ただ時間が過ぎていってくれればよかった
少し経ってから先生がいなくなるとクラスが騒がしくなる。 
「ねぇつばめ。 今日部活こないとヤバくない」
美紀が聞いてくる。
私は読書をやめ美紀と話した。もともと読書する気はなかったが……
「つばめ。アンタだけだよ。絵が出来てないのは」
「わかってる。 わかってるんだけど…… 」
そう言ったもののいい考えもなかった。描きたいのは決まっていたけれど…… 
何度も何度も描いても私のキャンバスは真っ黒いまま…… 
何度も何度も色を塗っても真っ黒いまま……
時間がない…… 描かなくてはいけない。
でも…… 焦ると描けない。 
じっくり対象物を観察する時間もない。
しかし悪戯に鉛筆を走らせてもいい絵は描けない。
「んも。アンタは一番大切な絵を任されているんだよ。 それに部長でしょ。 もっと頑張らないと」
美紀に励まされたのはいいが、私はその期待がイヤだった。
何で私なんかの絵に期待をするんだろう…… 
それがいつも重圧になっている。 
すると先生が帰ってきた。 ほとんどの人は自分の席に着く。
イヤなものははやく来る。 まさに今日もそうだった。
一校時の国語はただ古典の教科書を読んでいるだけ。
二校時も三校時も四校時も給食の時間もただなんとなく過ぎていく。
授業の内容などまったく覚えていない。
ただ時間が過ぎただけのようだった。
そしてただなんとなく学校が終わり部活へ向かう。
美術室のドアを開けてもそこに待っているのは新入生の教室のホールに飾る一m×一mの大きなキャンバス。
私はその絵を任されていた。
構図は出来ている。でも描けない。 色も塗れない。
私は絵が描けなくなった。周りは皆出来ている。
それを見ると何故か自分の絵が駄目に見える。
(こんなんじゃ駄目……)
キャンバスに消しゴムをかける。 二日かけて描いた構図だったけれどためらいも何もなかった。
「あの…… 消すのはやめた方がいいですよ」
突然の声に私は驚いた。 誰かと思って振り返るとそこにいたのは美術の先生だった。
私の学校には美術の先生は二人いた。一人は美術部の先生。 二人目は去年三年生を担当していたこの先生。
私はこの先生がいる事は分かっていたが、話をした事はなかった。
まあ分かっている事と言っても苗字が的場という事だけだが…… 
「えっ…… あの…… 消すのをやめる…… 」
「そう。消すのをやめる」
すると私の消していた絵を奥のほうへ持っていった。
一体何を考えているかはわからない。
「ちょ ちょっと何するの」
「貴女はどうせこの絵を消してしまうのでしょ」
「そ…… そうだけど。 それはアタシの絵なんだよ。 アンタには関係ないでしょ」
ついついアンタと言ってしまった。 そのことで怒られるかもしれない。
「貴女はあまりにも周りのことを気にしすぎていませんか」
苦し紛れに言ったのか。 それにしてはイヤな所を突いてくる。
周りには誰もいない。 それだけが運のいい所だが…… 誰にもこんな姿は見られなくない。
「それは…… そんな事はない。ただ私の絵が駄目なだけ…… 」
ついに嘘をついてしまった。 もうこれ以上は描けないという出来だった。
「貴女はあまりにも堅苦しくなりすぎてるのではないですか」
本当にイヤだ。 心に閉じ込めていたことをどんどん暴いてくる。
もう話したくない。 確かに堅苦しく考えていたかもしれない。
確かに周りを気にしすぎていたかもしれない。
しかしそれを認めたくはない。 適当に理由をつけてこの場をしのぎたかった。
「私はこれ以上描けないの。 それ以上でもそれ以下でもないの。 もう私は描きたくないの」
苦し紛れの反論だった。 私もそんな事は分かっていたけれど…… 
この場をしのぐには少し間違っていても言わなくては……
「貴女は逃げています。 絵を言うものから逃げています」
まじめな顔で言った。少し怒っているのかは分からなかったけれど…… とても怖い。
「何でアタシが逃げてるのよ」
もうこれは反論でも何でもない。 自分自身を否定したくはないだけだった。
「いいえ。 貴女は逃げています。 絵が下手と言っているのは逃げているだけ。貴女は本当にそれでいいのですか」
「…… 」
もう何も言えなかった。 私だってそう思ってる。
「貴女は…… 絵を描く楽しさを忘れているのではないのですか」
「え…… 」
いきなりの事だった。 私も考えたことのなかった事だった。
私はただ絵を描いていただけだった。
「貴女だってあるはずですよ。絵が楽しかったことが。もっと楽にして」
「でも…… 私はあんなに大きな絵を。 一番大切なものを任されているの。 楽になんて出来ないの」
私は初めて本当の事を言った。期待に耐えられず、期待が重圧に感じていた。
「絵は…… 楽しく描けば自然と楽しい絵に、悲しい気持ちで描けば悲しい絵になるのだよ。貴女が任されているのは入学式のための楽しい絵。嬉しい絵。そうなんじゃないですか」
その言葉に私は何か忘れていたものを突かれたような気がした。 
「アタシ…… 何か忘れてたみたい」
自然とこの言葉が出た。
「楽しんで絵を描くこと。 気楽に絵を描くこと。 美術部の部長として。 みんなより下手な絵は描きたくない。みんなよりうまい絵を描かなくちゃいけない。 そう思って…… いつもいつもみんなの期待を背負って。 もうそれがイヤだったの」
何かしら私は楽になった。 すると先生も少し笑っていた。 少し恥ずかしかった。 ずっと隠し続けてきたことだったから。
「確かに期待される事は大変なことです。 でもそれから逃げてはいけません。 重圧を感じるのはあたりまえです。 しかしそれを乗り越えてこそ一番貴女が成長するのです」
「はい」
私は後はキャンバスに向かうだけだった。 今まで描いたことのないような構図がある。後は色を塗るだけ……
空を見上げれば飛行機が一つ。
 飛行機雲をつくりながら飛んでいた。やっと春がここにもやって来た。 
そんな感じだった…… 









入学式。 新たな期待と不安に満ちた新入生。 
それをホールで待っている大きなキャンバス。
朝。 美しい日が出たばかりの朝。 草は春の陽気で美しく伸び、 桜並木には美しい季節外れの雪。さくらの雪が舞っていた。
2004-03-20 11:07:18公開 / 作者:秋月 ゆきの
■この作品の著作権は秋月 ゆきのさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここには初めて書かせていただきました。
今回の小説ですが、私的にはちょっと描写が足りないよな気がしました。 
では皆様の厳しい感想をお待ちしております。
この作品に対する感想 - 昇順
自然にお話が進んでいってとても読みやすかったです!これからも,がんばってください!
2004-03-20 17:41:21【★★★★☆】柚紀かなめ
ありがとうございます。 これからも頑張っていきたと思います。
2004-03-22 23:18:28【☆☆☆☆☆】秋月 ゆきの
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。