『藤岡さんと山岡くん 1』作者:朝倉 英 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約11.61枚





「えー明日から我が高山中学も夏休みに入るわけですがーーーーー」

炎天下の中、校長先生の演説は延々と続く。
宿題の事だとか、お祭りでのかつあげ注意だとか、旅行のことだとか毎年決まり切った事を言う。
生徒達もこの長い話しにうんざりで、何名かへたりこんで担任の注意を受けている。
いい加減日射病にでもなるというものだ。
教師達は丁度公舎の日陰で待機のため、生徒の気持ちが分からないのかもしれない。

ぐらり、と視界がゆがんだ。足下がおぼつかなくなりおもわず前のめりになる。
あっと思ったときには前列の人に身体ごとぶつかって、地面に倒れ込んでいた。

「やだ、藤岡さんがぶつかってきた。きしょーい。」

気を失う刹那、前列の女子がそう言ったのが聞こえたような気がした。







薬品のにおいがする。
目をあけると教室と同じ天井が見えた。
視線を下ろすと少し黄ばんだカーテンが自分の寝ているベッドを囲んでいる。
カーテンをめくると、その音で保健室の太田先生が振り向いた。

「藤岡さん大丈夫?朝礼の時に貧血で倒れたのよ。朝ご飯ちゃんと食べてきたの?」

太田先生に強い口調で尋ねられ、私は疎んだ。

「食べて…来ませんでした。」

そう言うと太田先生が大仰な溜息をついた。
この先生のオーバーリアクションは有名だが、目の当たりにするとやはり緊張する。
「最近の子はねぇ、ダイエットというとまず朝ご飯を抜くのよね。
まぁ、時間が無いだの朝はお腹が減ってないだのいう子が殆どだけど。藤岡さんは今日だけ?」

「は、はい。」

そう答えたがそれは嘘だった。
実はダイエットの為にここ2週間は朝ご飯を抜いている。
しかしここでそう言おうものなら太田先生のお説教が始まるだろう。

無難な答えを返した私は、もう大丈夫だから帰ってよしと太田先生に言われ保健室を出た。
ピロティーの時計は12時をさしている。
今日は午前中の終業式だけだからもうみんな下校したのだろう。
廊下は静まり、きゅっきゅっと私の上履きだけの音が響いた。

私のクラスがある2階まで来た時、教室の中から話し声がした。
声からして私のクラスの美人3姉妹と呼ばれる沖田・久米・吉永だ。
もちろん姉妹ではないが、3人ともが美人でいつもつるんでいるところからそう命名されたのだ。
扉に近づくと話し声は鮮明に聞こえた。



「今日、朝礼の時に藤岡さんブッ倒れたよね。」
「そーそー、びっくりした。どーんってぶつかってきたの。」
「あんたそん時『きしょーい』って言ったでしょ。あれ絶対本人に聞こえてたって!」
「えー別にいいしー。藤岡さんさ、ちょっとやせろって感じだよね。普通恥ずかしくて学校こようなんて思わないよ。」
「あ、倒れた理由、糖尿病だって聞いたよー。」



きゃははっと、けたたましい笑い声が起こる。
彼女らの話題は昨日のテレビ番組に移っていったが、私の頭の中には先程の言葉が渦巻いていた。

『やせろってかんじ』
『糖尿病だって』

ひどい、ひどいひどい。
影であんな事言うなんて。

私はそこにいられず元来た廊下を走りだした。
涙が溢れて、眼鏡が曇る。
重い体はあっという間に悲鳴をあげ、肺がきしんだ。

「……うっ、うぅぅ……っ」

力無くくずおれ、私は階段の踊り場で声を押し殺してむせび泣いた。




「あのさ…………。窓閉めていい?」
すんすんと鼻をすすっていると、後ろから話しかけられ私は飛び退いた。
そこにいたのは違うクラスの山岡くんだ。
小学校が同じだったので顔と名前くらいは知っている。
しかしなんで彼が今、こんな所に…。

「あぁ、俺週番なの。そこの踊り場の窓閉めないといけないんだよ。」

そう言いながら、彼は手際よく窓を閉め、鍵をかけた。
私はというと早くその場を去りたい一心で、立ち上がろうとしていた。

「藤岡さ、ここで何してたの?」

どき!と心臓がなる。
泣きやんでからだいぶ時間がたつから、ばれない事をただ願うのみだ。

「目と鼻、真っ赤。」

ばればれだったらしい。
私は顔中を真っ赤にしてきびすを返した。
もうからかわれるのはごめんだ。
教室にあの美人3姉妹はもういないだろう。
カバンをひっつかんで家に帰れば、それからは長い夏休みがはじまる。
人と会わなくてすむし、アイスをかじって閉じこもろう。

頭でそう言い聞かせながら、早歩きで教室に向かった。

「なーなー、なんで泣いてたん?いじめられたん?」

山岡が同じく早歩きで後を追って不躾な質問を繰り返す。

「…関係ないじゃん。」

わたしが無愛想にぼそっと返すと、山岡ははしゃぎだした。

「わー、俺ら4年ぶり位にしゃべったよぅ。ほら、覚えてない?
低学年の時、俺らひまわりの水やり当番で同じだったじゃん。」

にこにこと害のない笑顔を向けられた私は、足が止まった。

そう、そういえば小学生の時はよく山岡と遊んだ。
あの頃は私も友達がいたが、身体の小さかった山岡は遊び相手がいなかったらしい。
ひまわりの水やり当番をきっかけに、夏休み中2人で遊んでいたのだ。
夏休みがあってからは、ぱたりと遊ばなくなったが…。

「…だから何?そんな昔の事、覚えてんのあんたくらいじゃないの?」

どうにも昔の事が思い出されて恥ずかしくなった私は、憎まれ口をたたいた。

「うっわー、冷てーな!そんなんだと嫌われるぞー。」



……山岡は軽口で言ったつもりだろうが、今の私にその言葉はこたえた。

私が天の邪鬼なのは分かっている。
最近、太ってきたことも。
人付き合いが下手だってことも。

この性格を直したい。
それは1人では出来ない事。
だけど私には友達がいない…。

堂々めぐりなのだ。
こんな性格だと割り切りたくないのに、変われないもどかしい。

「ふ、藤岡泣いてんの?おいおい、どうしたんだよ泣いてたらわかんねーよ!」

涙の間から山岡のあたふたする姿が見えて、少しほっとした。



教室に戻り、朝の貧血と美人3姉妹の件を山岡に話した。
話しが終わる頃には、山岡は怪訝な顔をしていた。

「ひどいな、そんな事いうなんて。」
「でも仕方ないと思う。私が太ってるのは事実だし…。」

私がそう言うと山岡が悲しそうな顔をする。

「違う。人の身体的な事は言ったらいけないんだ。おかんが…いや、母さんに昔からそう教わってる。…でも、藤岡はそう言われて認めるのか?」
「うん…。」

そっかと言って、山岡は乗り出した身体を元に戻した。

「これから私どうしよっかなー。」
「何かしたい事あんの?」

そう言われて考える。

「別に…。なんかもう考えるのしんどいよ。転校したい…。」
「ばっか!」

またしても山岡が身を乗り出した。椅子が倒れそうだ。

「お前あんな口の悪い3姉妹にあれだけ言われて何も言い返さずに逃げんのか。」
「え…?口悪いの?」
「おうよ、あいつら口開けばいつも誰かの悪口ばっか。じぶんのこたぁ棚上げだよ。俺は他人の事ながらこんなにくやしいのにさ。…お前、ホントにいいの?」

いいわけない。すごくくやしかった。
見返したい…。

「見返したいって…思った!」

そうこなくちゃなっと、山岡がガッツポーズをした。
そして自分のカバンの中からノートと筆箱をとりだした。

「え、なになに、何するのよ。」
「まぁ見てろ。」

鉛筆でタイトルの欄にでかでかと、

『夏休み 藤岡改造計画 減量への道』

と書き記した。

「きったない字…。減量?ダイエットの事?」
「藤岡、お前今体重何キロ?」

私は筆箱で山岡の頭をはたいた。

「あんたいきなり失礼。」
「ってぇー…。んだよ、もうカミングアウトした仲なのにー。そんじゃ、目標43キロなー。」
「ど、どっからそんな目標体重が!」
「3姉妹の沖田の体重。」

山岡がさらりと言って驚いた。
そして何故知っているのかと胸が少し焦げ付いた。

「勘違いすんなよ、沖田が勝手に自慢したの聞いただけ。」
「勘違いなんてしないっての。」

可愛くない返事の仕方に自分でもウンザリだが、男子と話すのは久し振りだから勘弁して欲しい。

「お前塾行ってる?」
「行ってないけど…山岡は?」
「俺も行ってない。まだ中1だしな。となれば話しは早い、明日の朝9:00に俺ン家に来いよ。あと朝飯はちゃんと食ってこい。」
「えぇ!?」

いきなりの申し出に私は驚いた。

「持ち物は水とジャージとタオル!姉貴直伝の減量方法があるからな。よし決まり!」

そう言うやいなや山岡は荷物をひっつかみ、疾風の如く教室を出た。
私に反論の暇を与えさせない気だったのだろう。
だけど私だって覚悟はしているのだ。
ドアから顔をだして、

「雨でも嵐でも絶対行くからね!」

と山岡が廊下の角を曲がりきる前に言ってやった。




その夜。

「お母さん、しまっておいたジャージ何処かなぁ。」

タンスをあさっていると、母は驚いたような顔をしている。

「どしたのよ、バザーにでもだすの?」

見当はずれの台詞に私はがっくりと肩から力が抜けた。
母を座らせて、私はしっかりとした口調で言った。

「実は私ね、いままで自分のこと太ってるってすごく気にしてたの。
そしたら相談にのってくれる人がいてね、その…体重落とすのに付き合ってくれるっていうの。」

母がはっと顔をあげて私の顔を見た。

「そんな、若いのにダイエットだなんて…。身体を壊すわ。今だって朝ご飯抜いているじゃない。」
「うん、ご飯はちゃんと食べる。それに激しい運動はしないらしいし大丈夫だよ。」
「でも…ねぇ。無理にやせなくったて今のままでも頑張れるでしょ?」

母はまだ渋っているようだ。だけどここで引くわけにはいかない。

「それって、太ってるけど頑張ればいいやーっていう前向きどころかネガティブな考えだよ。私は、やせたいの。見返したい相手がいるの。」

母の目を見て、私ははっきりと言った。
母の目が、細められる。

「お母さん、あんたのそんな気力に溢れた顔、中学に入ってから初めて見たよ…。
あんたの気持ちはよく分かった。応援するから、途中で挫折なんて恥ずかしいまねはするんじゃないよ!」

肩をバシバシと叩かれる。
父や弟がなんだなんだと集まってきたが、母が「女の子の秘密よぅ」と言って追い返した。
明日が待ち遠しい。
今夜は眠れるか心配だ。      




      
                     →→→→→2につづく







2004-03-20 05:16:56公開 / 作者:朝倉 英
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■作者からのメッセージ
少し暗いテーマですが、続きも楽しく書こうと思います。
ご意見・ご感想お待ちしています。
この作品に対する感想 - 昇順
おもしろいですねぇ。これからどんな減量方法をするのかとか、最終的に彼女はどうなるのかな〜って思っています。これからもがんばってください!
2004-03-20 13:37:23【★★★★☆】トミィ
この話面白いです♪痩せるために頑張ろうといている藤岡さんと、それに付き合う山岡くんの関係がなんだか気になります!これからも頑張って書いてください!!
2004-03-20 20:24:03【★★★★☆】怪盗ジョーカー
ふむ、初めて読ませて頂きました。ストーリーの構成に関しては全く問題なしです。ダイエットといえば、女性なら誰もが気になって仕方のない問題。男の僕にはあまり分からないかも知れないですが、このダイエット作戦が、暗かった藤岡さんを強くしてくれるものだと期待しています。文章表現にもっと磨きが掛かれば、さらによいものになるんではないかと。
2004-03-20 21:08:13【★★★★☆】BEDA
計:12点
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