『言霊』作者:石田壮介 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約3.24枚

 はじめに

 ある有名人がある男と結婚した。
 当時その有名人はトップアイドルで、一方ある男というのは、一
介のヒラ社員である。それが結びついた経緯はよく記憶していない
のだけれど、旦那さんが口の一つも聞かない内から、飲みの席で酔
っ払った勢いに任せ、「俺はこいつと結婚する!」と言ったらしい。
彼はその有名人の大ファンで、同僚もその事を知っていたから、笑
って小ばかにしていた。彼自身も記憶になく、気にも止めなかった。
ところが、なんやかんやとミラクルが起こり結婚してしまった。こ
れはまさに不思議と言わざるを得ない。
 人間には言葉を現実にしてしまう能力がある。僕がそれが本当に
存在すると信じ始めたのは、21の頃の事だ。僕の友人に角田徹と
言う男がいて、その男は早稲田大学の法学だった。早稲田だから、
がり勉なのではないかと想像されがちだが、愛想の良い社交的な奴
だった。それでいて、ずば抜けたIQの持ち主だった。友人の友人と
言う繋がりで知り合って、気があったのでよく一緒にいた。そして
ある時、僕はその能力を目の当たりにしたのである。
 飲みの帰りだった。酷く酔っ払って、桜木町の駅前の広場で酔い
を覚ましていた。目の前を男女二人が仲むつまじく歩いていくのが
見えた。それを彼が呆然とした眼差しで見据えながら、
「あれは、今すぐ破局するんだ」
 と言った。
「馬鹿な」
 僕は苦笑した。何故なら、視線の端に差し掛かった頃に口付けを
しているのが見えたからだ。そして、現在も腕を組んでいちゃいち
ゃしている。今にスキップでもせんばかりの勢いで、みなとみらい
に向かっていた。それが今すぐ別れるなんて、想像すらできなかっ
た。遊歩道のエスカレーターを上っていく時、
「誰が破局するんだ?」
 と皮肉を言った。彼は答えず、薄笑みを浮かべていた。酔っ払っ
ているせいだなと僕は思った。しかし、次の瞬間に目を見張った。
エスカレーターの頂上へ着いたかと思うと、唐突に女が平手打ちを
浴びせ、下りのエスカレーターを駆け下りたからだ。おろおろと追
いかける男に見向きもせず、桜木町の駅へと消えていった。
「な、言ったろ」
「どうして、解ったんだ?」
「超能力!」
 僕が丸い目をしているのを愉快に感じて、彼は大笑した。そうし
て、その後続々とやってくるカップルを、ただの知り合いでここで
別れるだの、エスカレーターの右側の方に乗るだの、果ては今日海
を見ながら男は告白すると言って尾行までして、その予想が悉く寸
分も違わずに的中するのに驚いた。彼は、俺には世間を思い通りに
する力があるんだよと言った。信じざるを得なかった。
 しかし、彼は自殺してしまった。暑い夏の夜だった。彼は遺書に、

 世の中は、思い通りに、なり過ぎだ

 と一句、荒々しく筆ペンで書き付けてあったそうだ。警察が僕に
一編の原稿用紙を渡してくれた。表紙を見ると、石田壮介、君へ捧
げる・・・、と書いてあった。


2004-03-16 03:15:29公開 / 作者:石田壮介
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