『DARK OF NIGHT -I hope...-』作者:ゆるぎの 暁 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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深い深い闇の中。
ただ一つの光なく、一つの隙間もない真暗闇。
そこにある唯一は、風にざわめく植物の小さな囁きばかり。

そんな場所に何やらとつとつと
不思議な音が混じり合い、何も存在しなかったその場所に
一つの人影が現れる。
その人影はただ闇を帯び、さながら死神の如く
闇に浮かぶように存在を誇示していた。

唯一、服は白い。
しかし、その姿は――。
全ての者を唖然とさせる、闇の美貌。
闇色の髪と瞳と、その顔立ち。
その造形はまるで造られたモノのように、美しい。
その姿は青年のそれ。彫像のように完璧な体。
だが、
全てを見通すような
闇色の瞳が男を人とは違う・・何かでは?と彷彿させる。

男はその唇を動かす。

「 …さて、僕の愛しの人は今何処にいるのかな? 」

その闇色の容姿に似合わない、感情あふれる声で男は嬉しそうに言葉を紡ぐ。

まるで『人間』のように。

男は笑みを浮かべる。


――パチン…。


何かが弾けるような音が辺りに響き渡る。
そして、
その音が辺りに響き渡ったと同時に…先ほどまでの暗闇が嘘のように消え失せる。


そう。
それは、
まるで魔法のように―――――。

頭上より遥か上に存在する、陽の光が燦々と男のいる場所にも平等に差し込む。
男は眩しそうに目を細めながら、愛しそうにその光をしばらく見つめていた。
そして、ゆっくりとその瞳を伏せる。

小さく口が動く。しかし言葉は聞こえてこない。
その動きは、“呪”を唱える時特有のものである。
人間でいう『魔術師』と呼ばれる者が使う。

だが、不思議な事に。
男が唱える“呪”は、人間の唱える“呪”と異なっていた。
それは、
いわゆる“始まりの言葉”と云われる、
現在では使われていない遥か彼方に忘れ去られた言葉。その欠片であった。

「 …東に15キロ、か。 随分移動したみたいだね 」

男は独り言をつぶやきながら瞳を開き、軽く辺りを見回す。
そして次の瞬間――――男は消えた。
まるで其処に存在しなかったかのように、その場から男は消えた。
その場所に残ったのは緑豊かな植物と、あたたかな木漏れ日。
それだけだった…―――――――。
               
*******

昼であるにもかかわらず、薄暗い森の中。
一人の旅人が木陰で休んでいた。
ぼろきれ同然の布をその身に纏っている為、旅人の容姿は見えない。
だが、くるしげに呼吸を繰り返すその姿は痛々しい。
見た様子では怪我をしているようには見えないが、
旅人は苦しそうに自身の体を抱きしめるようにして横たわっていた。

――カサッ
その場に、植物がこすれあう音が響く。

旅人はピクッと手を震わせ、素早い動きで音なく体を起こす。

――ガサガサガサ…ッ

手元に置いておいた武器である剣を手に握り締め、旅人は樹に身を寄せる。
呼吸を止め、旅人の手が剣を抜きかけた、その時――――――。

「 …久しぶりに逢うのに、気配で僕だと察してくれないのかな? 君は 」

呑気とも取れるその声は、どこで聞いたことのある口調だった。
旅人は背後を静かに振り返る。
そこに、微笑みながら立つ男の姿があった。闇色の美貌を湛える、あの男である。
旅人はその姿を確認して、不機嫌そうに体を硬くする。
まだ手には剣が握られている。
それを見て、男はふざけるように肩をすくめる。

「 おやおや、随分僕は嫌われているようだ。
 …君は苦しいクセに、どうしてそう意地っ張りなんだろうね?
 別に僕の前でまで、そんなモノをかぶっていなくてもいいのに…ね 」
男はしゃがみこみ、旅人の姿を覆う布を取り払う。

パサッ。布が地面に落ちる。

そして、旅人の姿があらわになる。

驚くべき事にその姿は、
布を取り払った男と同じ闇色の美しさを持つ、14、15歳ほどの少年だった。
ただし旅人は、男より愛想は良くないようではあるが。
少年は、胸を苦しそうに抑え、精一杯呼吸を繰り返す。
しかし不機嫌そうにその顔を歪め、男を睨みつける。
その瞳には、男に嫌悪を示す光がちらついていた。
強く睨まれながらも、男は余裕の笑みを絶やさない。

「 ああ。 そういえば、まだ“戒”を解いていなかったね?
 喋りたくても喋れないはずだ。 今、解いてあげるよ 」

男はそう言って口の中で“呪”を呟き、
旅人に掛けた何重もの“戒”を時間をかけて慎重に解き明かす。

――――・・ガチャンッッ

“戒”の解除により不意に少年は、体を弛緩させる。
呼吸も正常に戻る。
持っていた剣が手から抜け落ち、地面に転がる。
少年はしばらく体の状態を確認してから、男に向かって言葉を放つ。

「 …助けは要らない、と前にも言ったはずだ。 いい加減俺に構うのはやめろ。 “ネイヤ” 」

気だるそうに少年は髪を掻きあげる。

その様子を見つめながら、ネイヤは首を横に振る。

「 それは聞けないね。 僕は助けるよ。 君が死なない程度に、ね 」

冷えた瞳で男を見つめながら、少年は口の端を歪める。
そして、心の奥底にひめたモノを吐き出すように言葉を吐く。

「 …俺を生かして、何の意味がある?
 俺を“戒”で縛りつけてまで生かして、お前に何の得がある?
 お前は愉しいか?俺が生きている事が。
 愉しいんだろうな? 俺が苦しんでいる様が。
 だが、お前の遊びにつきあっていられるほど、俺は愚かじゃない。
 ……いい加減、俺に構うのはやめろ…っ! 」

最後の言葉が悲痛なほどに響く。

拒絶より願いが込められたその言葉は、悲鳴にも聴こえた。


その少年の悲痛な願いを聴いても、ネイヤは喉を震わせながら笑みを零す。


「 …そんな事、叶えないよ。
 君は僕が戒めを解いたら、すぐにでも死ぬつもりなんだ。
 そんな事を…僕が許す訳がないじゃないか? そんな呆気なく死なせない。
 ……君は解かっているクセに言わせるのかな?
 …君は逆らえないんだよ。 ・・この“僕”には。 ねぇ…“廉夜”…? 」

ネイヤは廉夜の顔に手で触れる。

その行為に廉夜は唇を噛みしめながら、無言で睨みつける。

逆らえない。ネイヤの言葉にもその行為にも。
それが本当で真実である事を、むざむざと教えられる。
それが無性に悔しく、哀しい。

「 …睨みつけたって無駄だよ。
僕の意志は変わらない。
君の意志以上に、僕の意志は固いのだから 」

その言葉に偽りはなかった。
ネイヤの深い闇の瞳は、揺るぎない意志を感じさせた。
廉夜はネイヤから視線を外し、近くの雑草を見つめる。

「 …俺はお前の戒めに逆らえない。 それは事実だ。
けど、お前は俺の中までは干渉できない。 俺自身を縛る事は出来ない。
俺はお前のためになんか生きてやらない。
俺は俺のためにしか生きてやらない。 …それだけは言っておく 」

自分に言い聞かせるように、廉夜は言葉を噛みしめる。
その様子に、ネイヤは安堵の表情を見せる。
そして廉夜の顔から手を離す。

「 …あえて逆らうつもりなら、それでいい。君はそうやって意地を張るのが趣味のようだから 」

その言葉に廉夜は反抗する。

「 意地なんて張ってない。 お前が気に食わないだけだ、“腐れ神” 」

言葉が悪いのは承知の上だが、ここまで来るとある種すがすがしい。
ネイヤは苦笑する。

「 ……“腐れ神”はないと思うけどね、廉夜?
 “闇の神”であるこの僕に対して、それは酷だよ。
 君を守護する神にそれはないだろう? 」

廉夜は平然とした様子で言を継ぐ。

「 うるさい。 お前は“腐れ神”で充分だ。
 “変態”と呼ばれないだけでも、ありがたく思え 」

ネイヤは神を愚弄する勇気ある、ひねくれた廉夜に笑いが込み上げる。

「 こんなに親身になって人間を助ける神族なんて
 普通いないのだから、感謝してくれてもいいと思うけどね? 」

廉夜はキッパリと言う。

「 お前みたいな神は存在自体がありえない 」

ネイヤは涙を流しそうになるほど笑いをこらえる。
あまりにおかしくて、声も出ない。

これほど率直にネイヤに文句を言うのは、廉夜を除いて3人しかいない。
そして人間で、これほど率直に言う者は、廉夜しかいない。
気づけば、この廉夜に随分長い間、関わっている。
廉夜の生のほとんどをネイヤは見つめていた。

廉夜は
その闇を秘める容姿により人々に畏怖され、幼少の頃より…孤独だった。

まだ年端もいかない頃に、小屋に閉じ込められた。
両親からも隔絶され、愛情も受けた事がない。
顔すらも覚えていない。
人々は誰一人として廉夜の内面を考えもせず、ただその容姿にのみ羨望と嫉妬を寄せた。

闇の神の供物としての価値しか見出されず、感情を誰にも吐露できない。

それで生きのびるには、どれほどの苦痛か?
想像しなくとも分かるだろう。
それでも廉夜は生きた。毎日が冷たい地獄だった。

そんな廉夜にネイヤは接触した。
人間になぞ興味はなかった。出会ったのは偶然だった。
しかし気づけば会話をし、触れあうようになった。

その苦しい生を生きのびようとする、小さな子供に愛しさを覚えた。
切なくなった。
そして、惹かれた。

神と人間の時の流れは違う。
人は呆気なく死んでしまう。
神は永遠とも思える時を生き続ける。
もう存在自体が別格である事を、ネイヤも廉夜も当然知っている。
それでもこうやって関わりを持つのは…やめられなかった。
いや、廉夜はもしかするとやめたいのかもしれない。

この15年の時間は、廉夜に苦く悲しいものだった。もちろん楽しい事もあった。
しかし、「楽」よりも「苦」があまりにも多すぎた。
死にたくなるのは、当然なのかもしれない。
しかし、ネイヤは廉夜に死んでほしくなかった。
悲しみと苦しみを抱えたまま、その若い命を散らせてほしくはなかった。
彼は生きなければならない。
その手に幸せを掴んで、そして天寿をまっとうしなければならない。

そう。これはエゴだ。神である僕のエゴ。

愛しい人に幸せになってほしいと願う、最大にして最悪のエゴ。

神がこのような行為をするのは間違っているのかもしれない。

それでも、信じたい。

廉夜を幸せに包む、誰かを。

その人物が現れるまで、僕は守りつづける。

廉夜が壊れてしまわぬように。その日まで待ちつづける。

たとえ軽蔑されても拒絶されても、僕は……



―――――…守りつづける。 このひねくれた人間を、その日まで…―――――


…Fin?
2004-03-11 00:21:57公開 / 作者:ゆるぎの 暁
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■作者からのメッセージ
初投稿です。
これから時々来るかもしれません。
どうぞよろしくお願いします。
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※この話のジャンルはファンタジーです。
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