『涙-繋がりの狭間、哀しみの底- 第零話〜第七話』作者:彌蒼狂藍 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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第零話

「あなたにわかるわけないでしょう」
「そんなこと…」
「わかるとでもいうの?わかりもしないくせに!あなたなんかにわかってたまるもんですか!生まれてみたら父親はとっくの昔に死んでいた!母親はあたしのせいで育児ノイローゼになってあたしの目の前で自殺した!あたしはこれまで泥水啜って生きてきたの!親も居て恵まれた環境に生まれていままでのらくら幸せに生きてきたあなたなんかにわかるわけないでしょッ!」
 喉を嗄らして叫び、目の前の彼女は泣き続けた。
「僕は、」
「もういい!」
 叩きつけるようにそういうと、彼女は走り去った。
 義務的なものを感じて腕をのばし、それは彼女に届くこともなく下ろされた。
「僕は………」
 空は蒼くなかった。今にも降り出しそうな重い灰色。
 ただコンクリートの上に散らばるゴミくずと、彼女の蒼いワンピースだけが写真のように目に焼きついていた。

第一話

「春ー」
 香乃が言ったのは季節ではなく弥生のあだなだ。
 弥生は3月、ということで誰かが呼び始めてこうなった。冬でも春、夏でも春。重い花粉症の人は恨みがましく弥生を呼ぶ。
「何さ」
「ちょっとちょっと、あれみてみ?」
「え?」
 香乃が指差した窓の外を見てみると、外には
「うっそ」
 積もった雪に溶け込んで見えにくいが、まだ12月だというのに白梅が満開だった。
「キレーだねー」
「ねー」
 普通に声を出してしまってから今はまだ授業中だということを思い出す。
 教卓で睨み付ける現国の女教師にへらへら笑いを返し、シャーペンを握り直して机を睨んだ。
 と、
「キャアアアアァァァァァァァァアッ!!」
 後ろのほうの席の女子が黄色い悲鳴をあげた。
「吉田さんどうかしましたか?」
 黒板を向いていた教師が振り返る。
「あ…………あれ……ああ……あ、あれ………ッ」
 がくがく指を震わせながら指差した先にはさっきの白い梅。
 窓をあけて外を覗き込んだ教師は、
「いやああぁぁぁあああぁぁぁぁぁあああああああッ!!」
 吉田さんより大分大きな悲鳴をあげてぶっ倒れた。

第二話

 三分の二が窓に駆け寄り、残りの殆どが教師に駆け寄り、そして数人の女子が吉田さんを揺さぶった。
「どうしたの!?何見たの!?」
「あ…あた……あたあたし………」
 弥生が人を押しのけて窓の外へ身を乗り出すと、……
 騒ぎを聞きつけて隣の教室で授業していたおばさん先生がドアを開けた。
「何!授業中は静かにしてなきゃ駄目でしょ!松野先生もちゃんと叱ってくれなきゃ」
 声はそこで途切れ、
「どうしたの……?」
 腕を下ろした。
 隣のクラスから数人野次馬が教室を覗き込む。
 チャイムが鳴り始めた。

 弥生が見た窓の外には、真っ白い梅が満開だった。そしてその下の雪が紅く染まり、黒く長い髪の毛が見えた。
 誰かが校内持ち込みは校則違反の携帯を開き、警察に通報した。
「うちの学校の梅の下で………人が、死んでます」
 
 雪は白く、梅も白く、ただ血だけが紅だった。

第三話

 何日間か、自宅研修らしい。
 何も知らない生徒達は騒ぎたて、吉田さんと松野先生が事情聴取されたとかされないとか、あれは殺しらしい、あれは自殺らしいなどなど、様々な噂が飛び交った。
 ただ弥生は覗き込んだ事件現場で、血だらけになって呆然としている少女をみかけた。顔面蒼白で、これまた血のついたテディベアを握り締めてがたがた震えていた。
 着ていた制服は多分、近所の幼稚園のものだろう。
 ひよこさんの名札がやけに印象に残った。どうしてかは、知らない。自分が同じ組だったのかもしれない。弥生は昔その幼稚園に通っていたから。
「春、早く帰んないと刑事さんにつかまっちゃうよー」
 香乃がやけに楽しそうに、もしかしたら捕まってみたいと思っているのかもしれない、と思うほど楽しそうに言って、弥生は我に帰って踵を返した。
 そこで人が死んだというのに、明日から休みだと知って生徒達の声は明るい。
 どうかなあ、これって。そう思いながら弥生も、自宅研修に喜んでしまっていた。
 そこで人が死んだというのに、そんな罪悪感を感じながら。
 いつのまにか日が照り空は蒼く、雪を溶かしていった。

第四話

「本日午…頃……で…………けいさ…………た少女を保護……」
 バスの後部座席で隣の人が聞いているラジオが途切れ途切れに耳に入る。
 多分さっきの事件のものだろう。
 弥生は手に持った定期を弄びながら流れていく景色を眺めていた。まだ4時前。普段だったらショートホームルームか掃除をしている時間帯だ。学校を出たのは2時過ぎだったが、なんだかんだでこの時間になってしまった。
「明日…天気は…のち……予想最高……度……低………これか……ん寒……」
 ニュースを流していたラジオが、今度は天気を予報し始めた。隣の人は周波数を変え、FMなのか雑音が酷くなる。
 弥生は定期をポケットに突っ込み文庫本を取り出し、そのままうとうとと船を漕ぎ始める。
「次はぁー終点ーです。ご乗車ーありがとうございましたー お忘れ物ー落し物ーなさいませんようお気をつけ下さい」
 間延びした運転手の声が聞こえ、慌てて定期を取り出し立ち上がる。
 バス停のすぐそば、歩いて10歩ぐらいが弥生の家だ。
「ただいまー」
 ローファーを揃えてその際定期を落とし、定期を拾おうとして頭をぶつけさすりながらリビングに入っていく。
「おかえりー」
 母親の声がして、ついでに弟が
「姉ちゃんなんでこんなに早いんだよ!」
 嫌悪感たっぷりにのたまった。

第五話
 
「おかーさんニュース見た?」
 弟を無視して母親に話しかける。
「あー見た見た。あれでしょ、あんたの学校でなんかあったんでしょ?」
「そう。だから今日早いん」
 テーブルの上の、たぶん今日の夕飯であろう唐揚げをつまむと母親に奪われ、それはそのまま母親の口に放り込まれた。
「っと自分でとってよー」
「子供は夕飯まで指くわえて見てなさい」
「どーゆー親ー?」
「こーゆー親ー。」
「ちょいちょい姉ちゃん!ここわかんないんだけど」
 弟が会話に割って入った。
 弟が手にしているのはコントローラーであり、つまりはゲームで、そのゲームは先月発売の弥生はとっくの昔にクリアしたRPGだ。
「レクスの街?」
「そう」
「そこねー、えーと何だっけ、北北東の馬鹿でかい屋敷のおばあさん、あれにあー、何だっけほらあれ、そうそうオーディスの魔鏡あげればゲート開くから」
「どーもー」
「ちょっと啓、手伝えって言ったでしょうが」
「今いいとこなんだよー」
 啓は弟の名前だ。本名、東 啓太。
「けーたー、おねえちゃんがやっといてあげるからおかあさんのおてつだいしなさい」
 小さい子供をあやすような言い方をする弥生に啓太はとりあえずそのへんにあった電池(単二)を投げつけた。
「おねえちゃんっつったって2歳しか違わんだろうが」
 実際図体は啓太のほうがでかい。
「ほれほれはよせんとあんた達の夕飯とりあげるわよ」
「もー早く啓手伝いなさいよー」
「あんたも手伝うの!」
「えー」
 弥生の頭に今度はキュウリのへたが飛んできた。
「つべこべ言わずにとっととほれキュウリ切ってお皿につけて!」
 コントローラーを握ったまま啓太がはっと背筋を伸ばす。このまま行くと包丁を投げかねん。あれはそういう親だ。
「ほれほれ」
 啓太の所に飛んできたのは菜箸。危うく頭に突き刺さりそうになるのを慌てて避け菜箸を拾い、セーブしてから電源をブチっと切って台所へ菜箸を投げ込む。
「っだーッ!もー啓ちゃんやめんさいー!」
 聞こえたのは弥生の声だ。どうやら母親は回避したらしく、
「はいはい啓は洗濯物取り込んで雨戸閉めてらっしゃい」
 夕飯の手伝いじゃなかったのか。

第六話

 啓太が雨戸を閉めるべく窓を開けると、
「「あ」」
 窓の外にいた幼児と目が合った。窓の外は隣の家との間に少し間隔があり、やたらめったらにプランターなどが置かれている。
「お前こんなとこでなにやってんの」
「あれ」
 その幼児が指差したのは……なんというか。
「………何、アレ」
「ねこさん」
「まあそうだけど」
 ……なんというか、死んでいた。
「死んでる?」
 ぐちゃぐちゃだから見ればわかるが一応。
「うん」
「あとで埋めてやれよ」
「うん!」
 嬉しそうに頷いて玄関に回り、少し経ってからゆっくりとドアが開いて閉まる音が聞こえた。
 その間に啓太は雨戸を閉め終え一度リビングに戻る。
「おねーさーん」
「あらお帰りこうちゃん。さっさと着替えてらっしゃい」
 年少さんのおきがえぐらい手伝ってやれよ。
 「こうちゃん」は紛れも無くこの家の子供ではない。ある日突然なんの前触れもなく平和なような平和じゃないような東家に連れてこられた、言ってしまえば孤児だ。
 母親が話すところによると、まああまり信用できなくて突然ひょっこり「こうちゃん」の両親が顔をだすことも有り得るのだが、交通事故だかなんだかで亡くなって色々あったらしくその辺の詳しい説明ははしょられたがとにかくうちで引き取ったらしい。
 弥生達の母のことを「おばさん」と呼んでぶん殴られ、いや啓太が慌てて止めに入ったが、今ではおねえさんと呼んでいる。

第七話

「おねえちゃーん」
 「ちゃん」は弥生で「さん」は母だ。というわけで今度は弥生が振り返る。
「なあに?こうちゃん」
 啓太が幼い頃から、本人はあの姉とあの母じゃ誰でもこうなると言い張るが、ふてぶてしかったためか弥生はこうちゃんの面倒を良くみる。ま、他人だから可愛く見えるのかもしれない。
「あのねー、おそとにねこさんがいたよー」
 幼稚園の黒いくせにファンシーなおはなのついた鞄を弥生に預け、黒い制服を脱ぐ。着替えといっても上着を取り替えるだけの話だが、年少さんにとってはこれがキツイ。袖に腕を通すのに一苦労して、ジッパーをあげるのにもう一苦労。というか、結局弥生がやった。
「ねこさん?」
「うん。あのねー、あのねー、えーとえーと、ほらほらあれ、このまえ絵本にいたの、なんだっけ、み………」
「三毛?」
「それ!みけねこさんがいたー」
「ふーん」
 パーカーの帽子に弥生の筆箱が入っていた。
「あー!!」
「う?」
「ちょっとコレあたしの筆箱ーっ!こうちゃん隠したのー?」
 慌てて弁解。
「ちがうもん!」
「おかあさーん?」
「ん、それアタシ」
 結構包丁さばきが良い。まな板が叩かれるタンタンという音と共に母が答えた。
「どーゆー親よー!」
「こーゆー親よー。」
「なんでこんなことすんの!?」
「置きっぱにしとくのがわるい」
「はー!?だからってこうちゃんのパーカーに隠すことないじゃん!」
「それは偶然」
「ナニソレ!」
 言い争いは続き、
「ぼくおにいちゃんとあそんでくる!」
 慌ててこうちゃんが逃げ出した。
2004-03-28 19:52:42公開 / 作者:彌蒼狂藍
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■作者からのメッセージ
一部修正。
感想、アドバイス等ありましたらお願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、風(ふう)というものです。みなさんからはかぜさんと呼ばれていますが。アドバイスとしては「・・・」は三点リーダーといって(だよね?)二つ一組で使うらしいです。僕は普通の本屋にある小説で一つで使っている小説を読んだことあるので一つでもいいのかなと思いますけど。表現の仕方がかっこいいですね「重い灰色」や「青」を「蒼」と表現するところなんかが♪ 続きがんばってください
2004-03-10 11:43:04【★★★★☆】風
はじめまして!すごく表現のしかたが上手いですね!
2004-03-13 15:24:37【★★★★☆】ニラ
どうもです!私、表現がニガテなので、こういう表現がとってもお上手な作品を見ると…うう、落ち込みます。表現がとても適切かつステキ!続き、期待してますね!
2004-03-16 22:25:19【★★★★☆】ハルキ
拝見させてもらいました!こういう感じの物語は何気に好きです。人が死んだり血が出たり(変態ではありません、笑 人が叫ぶ場面というのは自分も書きたいのですが、どうも自分のはほのぼの系になりガチなので憧れます。それと血だらけの少女。そういうのもかなり……(ぇ それと少し思うのですが、「!」や「?」のあとには一マス「おまえ? だれ?」みたいに空けた方が良いと思います。しかし、続も拝見させて頂きます故、頑張ってくださいな!
2004-03-17 21:42:53【★★★★☆】神夜
レス返しです。 風さん:私が使ってたのは三点リーダじゃなかったのですが、とりあえず直してみました。1つ2つでは表現しきれないところもあるのでたくさん使ったりもしていますが。表現誉めていただいてありがとうございます。 ニラさん:表現、私なんかはまだまだですが、上手いといっていただけて嬉しいです。
2004-03-18 17:17:04【☆☆☆☆☆】彌蒼狂藍
レス返し続き。 ハルキさん:表現はやっぱり小説とかたくさん読むと身についてくるかと思います。私も全然まだまですけれど;続きも是非読んでくださいね。 神夜さん:アラ、お仲間(爆)一マス空けるのはあまり好きではないので使っていません。空けたほうがいいかなあ、とも思いますが…。続きも読んでいただけたら嬉しいです。がんばりマス。
2004-03-18 17:20:03【☆☆☆☆☆】彌蒼狂藍
はじめまして!読ませていただきました!個人的に、かなり好きな作風です。ストーリーテラーですね!表現も見事ですが、セリフの”間”がとても好きです。応援してます!
2004-03-25 18:33:12【★★★★☆】小都翔人
計:20点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。