『私の周りの人たちは 上・中』作者:隆斗 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約12.28枚
 母が離婚した。原因は父の暴行と、姉に手を出したことだった。この事を知ったのは今日の朝だった。普通に目を覚ました私は、階段を降り、キッチンへと足を運ばせた。キッチンには泣き崩れている母と、窓の近くで跪きながらただ空を見上げている姉がいた。そこに父の姿は無かった。
「お父さんは……?」
私の声に反応する姉。
「それ、……誰?」
振り向いた姉の顔は、青白く、目は凄く腫れていた。姉は立ち上がり、私に近づき言った。
「ねぇ。愛(まな)は、あの人にやられた?」
母は姉に近づき、後ろからギュッと抱きしめた。抱きしめられた姉は、思い切り泣き出し、昨日あったことを叫んだ。
「ねぇっ!聞いてよ!あいつ、私を犯したのよ!!わかる??ねぇ!!あんたにこの事、この気持ち、わかる!?あいつは娘に手をだしたのよ!!ねぇ……分る……?」
まだ8歳の私には「犯す」という言葉が分らなかった。
「お姉ちゃんしんどいのよ……。愛は上に行ってらっしゃい……」
姉を抱きしめたまま、母は震えた声で言った。私は自分の部屋に戻り、すぐさま辞書を開けた。
「おかす」・犯す、侵す、冒す。全てを読み、一番姉の言っていたことと繋がる文をもう一度読んだ。

――決まりを破る。してはならないことをする。――

してはならないこと。私は分らないまま、ずっと過ごした。


 あの日から一年経ったある日。母が再婚相手を家に連れてきた。もちろん私と姉の了承を得てだ。姉は父に犯されてから男の人が怖くなり、あまり学校に行けないでいた。でも、中学受験で女学院へ通い、楽しい生活を送っていた。姉は、お母さんの選んだ人なら、と快く言ったものの手は凄く震えていた。私はその手を握り心配すると、姉は私の頭を撫でた。その時ベルが鳴った。
「来たわ」
母は玄関へと足早に向かった。姉と私は緊張しながらそっと覗き込んだ。
「遅かったわね、道に迷った?」
「大丈夫だよ、少し用意に手間取っただけだから」
「さ、入って」
母の後ろにはグレーのトレーナを着た背の高い男の人がいた。私たちはすぐに行儀良く椅子に座った。姉の手は汗でベトベトだった。
「冴、愛」
母は私たちの名を呼びながらドアを開け入ってきた。
「こんにちは」
私が見たところ、35・6歳ぐらいに見えた。とても紳士っぽくて、優しそうだった。私は椅子から立ち上がり、こんにちは、と挨拶をした。姉は座ったまま小さい声で挨拶した。ふと視線を下ろすと、後ろに男の子がいる。といっても私よりも年上だ。きっと姉と同じぐらいの歳だろう。
「秋夫、挨拶して」
秋夫。男の子は、照れながら後ろから出てきた。
「こんにちは」
「冴、愛。秋夫君はあなた達のお兄ちゃんになるのよ」
「いつから?」
私は母に聞いた。母は冗談っぽく笑って、今日から、と言った。
「お母さん」
姉が口を開いた。
「何?冴」
姉はお兄ちゃんの歳を尋ねた。
「僕は、15です」
姉との年の差に私は驚いた。身長もさほど高くも無いのに、3つも上だった。お兄ちゃんは姉に近づき、よろしく、と言いながら手を出した。姉は顔を上げ、手を出した。
「よろしく……」
お兄ちゃんは驚いた顔をして、涙を目に浮かべた。変に思った姉は首をかしげた。お兄ちゃんは袖で目を擦り、ゴミが入った、と笑って言った。
 その日の夜は、姉の誕生日を祝った。本当は明後日が誕生日なのだが、明後日母は仕事で出来ないらしい。だから今日になった。
「お父さん」
私が何気なく言った言葉に、男の人は涙を流した。
「どうしたの?何で泣くの?愛、悪い事した?」
男の人は顔を振った。
「何だい?愛ちゃん」
「お父さん、名前何て言うの?」
家に入ってから一度も聞かない男の人の名前は、俊充だった。男の人の名前を知ると、それから私は俊充さんと呼ぶようになった。
「どうしてお父さんって呼ばないの?」
母の質問に正直に答えた。
「お父さんじゃないもん。俊充さんだもん」
母は笑いながら、そして俊充さんも笑っていた。
 その後は、ケーキを食べて楽しく過ごした。


 母が再婚して、3年目、おかしな関係が出来た。
姉と、兄。二人が恋人になった。中学1年の私は、性教育を学校で受け、姉と兄のしていることが分った。私と姉の部屋は隣同士で、壁が薄いのか知らないが音がとてもよく聞こえる。全く、迷惑だ。
 姉は女学院を卒業して変わった。男に興味を持つようになった。あんなに怖がっていた男に……。きっと兄が家に来たからだ。兄は、よろしくと言ったあの日から、毎日姉の部屋に行っては、楽しそうに笑っていた。姉も、楽しそうに喋っていた。私は、兄が嫌い。私にちっともかまってくれないから。もっと、平等に扱って欲しいものだ。でも俊充さんは違った。たまに出張で何処かへ行くと、必ず帰りにはお土産を買ってきてくれた。もちろん3人ともにだけれど、私のが一番高価な物のように見えた。だからと言って、俊充さんを好きになったりしない。一番すきなのは、お父さん、一番私のこと構ってくれた。何でか分らないけど暴力も私にだけはふらなかった。だから、お父さんが一番好き。そんなことを考えながら姉の部屋から聞こえる音に耳を傾けていた。ベッドがギシギシ鳴る音や、息が荒いのも分った。私も誰かとするのかな……。なんて、考えながら私は眠りに付いた。

翌日兄は泣いていた。俊充さんもそこにいた。だれもが入れない空気が漂っていた。姉は、いつも通り朝早くに家を出て学校へ行っていた。
「お母さんがお亡くなりになったそうなの……」
前の母親か。私は泣いている兄を見てバカバカしく思えた。その時私は、いつか忘れたけど、兄の部屋に入った事を思い出した。壁の色は私の部屋と一緒で薄いクリーム色。後は全部黒かった。机も、ベッドも、タンスも、クローゼットも……。机の上には、姉とそっくりな女の人の写真が飾られてあった。誰だろう……と思ってジッと見ていたら、兄が入って来て取り上げられた。追い出された。今思ったら、あの写真の人は母親だったのかもしれない。実際、私と姉の母の事を、一度もお母さんと呼んでいない。私も同じだけれど。きっと、忘れられなかったのだろう。私は少し、兄を好きになった。朝食を食べ終えた私は、お弁当を鞄に入れて、学校へと向かった。兄はその日、学校を休んだ。

 夕方、兄は部屋に閉じこもったままだと、俊充さんが言っていた。お昼もろくに食べず、とても母は心配していた。
「ただいまー」
姉が帰ってきた。俊充さんは玄関に行き、姉に今日あったことを伝えた。せめてご飯を食べてもらえるように、姉に説得してもらえるよう頼んだのだ。姉は兄の部屋へ行った。母と俊充さんから見たらいいキョウダイかもしれないけど、私は恋人って事を知っていたので、二人きりになることを心配した。


「秋夫……」
冴は、ベッドにうずくまっている秋夫に声を掛ける。秋夫は写真を持って、ジッとそれを見ている。
「今日、智子が死んだんだ」
「そう……」
冴は秋夫のお母さんの名前を知っていた。そして、秋夫とお母さんの関係も知っていた。冴はベッドに腰を下ろすと、秋夫に言った。
「ご飯食べて、ってパパとママが言ってたよ」
「いらないよ……俺。もう、いらないよ……」
秋夫は泣いた。
「冴……ゴメン。やっぱ、違ったんだね。冴は、智子じゃなかったんだ。代わりってやっぱいなんだね。似てるけど、違うんだ……」
冴はそんな秋夫を見て、泣いた。
「代わりじゃなくていいから、智子さんの代わりじゃなくていいから、でも妹じゃなくて、女として見て」
冴はそういうと、部屋から出て行った。


夜、兄は部屋から出てきて、ご飯を食べた。


 今日は私の学校の参観日だった。授業は数学だった。数学の先生はお婆さんで、とても可愛らしい人。授業の進む速さはどの教科よりも遅いけど、この学校は数学だけなら県トップだった。
「はい。じゃあ次の問題を……続木さん解いて」
授業開始から10分ほど、変域の問題で私が当てられた。数学が得意なわたしにとっては簡単な問題だった。黒板の前に立ち、粉の付いたチョークですらすらと答えを書く。無表情の私に皆が拍手をする。そのまた後ろに立っている保護者もざわつく。
「すごいわねー、うちの拓なんて……」
「可愛らしい子ねー」
「続木さんてお姉さんもいたわよね。とても綺麗な娘さんだそうよ……」
窓側にいた俊充さんは、ニコニコしている。
「愛ちゃんすごいね」
隣の席の柏原和喜(かしわばらかずき)ちゃんが私に話し掛ける。彼女は、勉強はできないが、美術と音楽だけはこの学校で一番の成績を持っている。声楽部に入っている和喜ちゃんは、いくつものコンクールで賞をとっている。結構自慢の友達。
「そんなことないよ」
苦笑いをしながら席に着くと、後ろの梶原一樹(かじはらかずき)がシャーペンで机をつつきながら言う。
「へっ!そんなこと言って、自分が一番だと思ってるくせに」
「梶原!!」
先生に怒鳴られた梶原一樹は、ふんっ、といって黙った。彼はいつもこうだ。何かと私につっかかっては先生に怒られ黙る。それをいつも見ているのは和喜。可愛らしい表情で笑うのだ。名前が一緒でたまに間違えるときもあるけど、二人とも嫌いじゃない。それと、和喜は一樹が好きだから、私は彼を嫌うことができない。和喜は大切な友達だから。
 授業が終わり、皆自分の親の元へと駆けつける。笑っている子もいれば、恥ずかしくて怒っている子もいる。私は……無表情だった。
「愛ちゃんのお父さんって……」
和喜は私の母が離婚、そして再婚した事を知らなかった。
「あー、うん新しいお父さんなんだ」
普通なら困った顔をするだろうが、和喜は違っていた。なぜなら和喜も私と同じような家庭で育っているから。
「どう?新しいお父さん。私は前のおじさんのほうがいい顔してたと思うけど」
いつもの優しい笑顔で私に問いかける。
「うん。私も前のお父さんの方が好きだけど、まぁ、どっちでもいいかな?」
「何よそれぇ、変なのっ」
変な話で盛り上がり、俊充さんは気づかないうちに帰っていた。

「ただいま」
いつもどおりに帰宅した。玄関にはいつもどおりじゃない母が立っていた。
「愛、こっちいらっしゃい」
すこし怒ったような、泣きそうな顔をしていた。私はすぐに自分の部屋に行ってパソコンをいじりたかったのを我慢して、母の部屋へと足を運んだ。
「愛。お父さんに謝りなさい」
母は真剣な顔をして私に言った。俊充さんは自分の部屋で(母と俊充さんは一緒の部屋で寝ていない)テレビをみていた。母の部屋に行くときにドアの隙間から見えたのを覚えている。
「俊充さんどうかしたの?私何かした?」
母は立ち上がって
「自分で考えなさい!」
と言って部屋から出て行った。自分で考えなさいと言われても分らないものはしょうがない。私は自分の部屋に戻りパソコンの電源を入れた。メールを確認すると受信箱に一通届いていた。一樹からだった。

――月曜日、お前に用事あるから昼休みに屋上来て。――

なんともシンプルなメールだった。返信しなくてもいいと思ったので私はそのまま閉じた。一樹がこんな(いつものメールはふざけていておもしろいのだ)メールを送ってくるのは凄く珍しい。どうしたんだろう……。
 晩御飯のとき、空気は重かった。いつもと変わらないハズなのに、何処か重かった。私はこの場から抜け出したい一心でご飯をいつもより早く食べ終わった。食器を流し台へと運び、自分の部屋へと戻った。階段を上ろうとしたときに母の声が聞こえた。

――あの子、俊充さんが誰か分ってないから……――


2004-03-07 17:38:19公開 / 作者:隆斗
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■作者からのメッセージ
今回は、複雑な家庭環境を描いてみようと思いました。
感想、指摘、などなど、よろしくお願いします。
途中でタイトル変えるのはどうかと思いましたが。

読んでくださると嬉しいです。
この作品に対する感想 - 昇順
なんとも刺激的な作品・・・これもひとつの個性でしょう! 隆斗さんのスタイルでこれからもがんばってください
2004-02-29 10:49:01【★★★★☆】風
新しい家族っていうのは溶け合うのが難しいと思います。。自分の家庭も昔それに似ているので、追憶しますね。。複雑な家庭環境を書くのは難しいと思いますが、頑張って続きを書いてくださいね!
2004-03-08 14:35:37【★★★★☆】葉瀬 潤
計:8点
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