『under the horizon』作者:境 裕次郎 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約7.93枚

 沈みゆく水平線が見たい。
 そう思った僕は、小さな町の果てにある骸骨鉄塔に上ることにした。

 
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 小一時間程かけて上りきった裏山の更に二、三十メートル上にある鉄塔の天辺。
 夕暮れが大きな影を僕に向けて描いていた。
 鉄塔の周囲に張り巡らされてあった金網はいつからか役立たずで、何故かグシャグシャに錆付いて壊れている。
 星し降る夜に隕石でも降ったのか、と思ってしまうほどに見事な壊れ方だった。
 もし、その通りだとしたらロマンチックだ。
 僕は鉄塔に上るために、手ごろなボルトに右手をかけた。
 ギシギシ、と耳障りに無機質な音を僕の体に響かせて軋むボルト。
 鉄塔が立てた悲鳴みたいだ、と思うのはありきたりだろうか?
 僕は額に汗を浮かべながら、必死で上る。
 リトルクレイジークライマー。
 時折足と手を鉄骨にかけたまま休み、また上る。ただひたすら、無我夢中に上る。
 どれぐらい経っただろう。
 下を見れば暗闇が口を開けて僕を追いかけ、上を見れば夜の星空が僕を誘(いざな)っていた。
 風が汗で張り付いたシャツの下から体温を奪っていく。
 ぶるり、と小さく震えて最後の一息にとりかかった。
「っしょ」
 小さな掛け声と共に体全体を両腕で持ち上げる。  
 丁度、薄雲に隠れていた月から光が舞い降り、天辺を照らしていく。
 次第に金属の光沢を失って剥がれ落ちたペンキ跡が、闇に浮き彫りになっていく。
 僕はその上に片足を伸ばして寄りかかり、とうとう天辺に上り詰めた。

 背後を見下ろすと、途轍もなく高いところに来たのだなぁ、と改めて実感。
 自分の身長二十個分も上に来れば、見渡せる俯瞰風景は地上とまったく違っていた。
 額に浮き出た汗を拭うと、ジャリッと砂が擦れるような音がする。
 掌を見ると、真っ黒に汚れきっていた。
 更に全身を見下ろすと、月明かりの下でさえ分かるシャツの上に黒く引っ掻かれたラウドマーク、擦り切れたジーンズの裾が見て取れた。
 空を見上げ、目を閉じる。
 僕は此処に居る。
 この小さな町で誰よりも高い場所に立つ僕。
 僕は此処に居る。
 誰にも届かない場所に立つ僕。
 僕は次の瞬間にさえ、此処に立っている。
 目を開ける。
 飛び込んでくる、星空。
 僕はへたり込んだ。
 上り詰めた達成感が此処まで来た、という緊張の糸を解かせた。
 目を遠くにやると、ポツポツ所々に灯る民家の灯。
 少なすぎて、どれが自分の家なのか分かってしまう。
 そんな現実感は此処にはいらない。
 水平線のそのまた向こうの闇に溶け込んじまえばいい。
 
 暫くすると、灯りは一つ、また一つ消え、夜の帳が世界を覆っていく。
 へたり込んだ鉄骨から足をブラブラ宙に揺らしながら、止め処も無い時間を僕は過ごすことにした。
 
 水平線 ―― the horizon

 いつしか好きになっていた一言葉。
 其れはただ、初めて英語の辞書を引いたときに目に留まった一言葉。
 水平線=horizon。
 何処か遠くの違う世界の上に広がっていて、僕らに何の関係も無く、空と同配色を湛えて其処に在り続ける存在。
 誰もが知っていて、誰もが眺めることができる存在。
 
 だけど、ねぇ。
 
 生きている僕のコトは誰も知らないのに、どうして陽炎で朧で、本当に其処にあるのかどうかも分からない、追い駆けても追い駆けても追いつかないもののコトは、皆知っているんだろう。
 矛盾していると思わないか?
 いや、そう考えてしまうことこそが矛盾なんだろうか?
 『無い』ものの答えを探すと言う事。
 『無い』ものに答えなど無い。
 でも『答えなど無い』というコトも答えの一つだ。
 此れは恐らく矛盾。 
 だから探さなきゃならない。
 何を? 
 
 矛盾の答えを。
 
 馬鹿馬鹿しい。
 僕は溜息一つに出来損ないの思考を織り交ぜて、三寸先の闇に向けて吐き散らす。
 吐き散らした先に溶け込んだ夜明けの光は未だその姿を見せない。
 できればこのまま夜明けなんてこない方がいい。
 夜明けがこなければ、太陽を見なくてすむ。
 太陽は翼を焦がすから。
 僕たちの夢見る翼は焦がされて、無くした時に大人になってしまうから。
 僕は夢を見ていたいから。
 翼を無くしたくないから。
 だから夜明けなんて来なくていい。
 ずっと水平線の下に隠れて出てこなければいい。
 
 星の海はより一層輝きを増す。
 それにつれて、浮かんでは消えるメランコリックフィロソフィー。
 矛盾だらけで、意味も無く、断片(フラグメント)は浮かんで消える夢想と思想。
 普段辿り着けない場所に来たんだ。
 一人ぼっちの世界に偽りは介在しない。
 なら、偽りをかき消した先に残る、矛盾だらけの真実を見据えれば自然とこうもなろうさ。
 
 最早、理由も理屈も答えですらない。
 感性だけで形成された、僕だけの世界。
 其れが此処にある。
 誰も居ない鉄塔の天辺――誰からも見えて、誰にも見えない場所に。
 千と一夜を越える水平線のように。
 
 さて、夜明けの時間だ。
 世界の果てが白み始める。

 僕は大きく伸びをすると、鉄骨の上に立ち上がった。
 今日が始まればまた僕の翼は溶けていく。
 残り少ない、青春の残り火を灯しながら。
 大人になるために溶けていく。

 大きく息を吸い込んで深呼吸。掌を朝焼けの光に捧げる。
 血塗れていた。
 大人になりたくない。
 誰かの記憶の片隅に残り続けていたい。
 そんな僕は衝動ゆえか、はたまた確信をもってか。
 手っ取り早い方法を選んだ。 

『親殺し』

 男の子は父親を殺してもいいんだよ。
 名台詞と共に振りかざした金属バットは父親の即頭部を叩き割った。
 駄々漏れになった血液と、母親の悲鳴を後にねぐらを飛び出した僕は今、最後の最後の最期の仕上げに入る。

 大人になりたくない。
 誰かの記憶の片隅に残り続けていたい。
 沈みゆく水平線が見たい。
 
 言葉通りさ。
 
 翼を広げるように両手を掲げ、太陽に背を向ける。
 
 そして
 
 何も無い場所へとゆっくり後ろ向きに堕ちていく。
 堕ちていく風に優しく見守られながら。
 ほんの一瞬だったけれど、僕は見た。
 あぁ、綺麗だ。
 オレンジ色に染まった水平線が沈んでいく。
 オレンジ色に染まった水平線に沈んでいく。
 僕は朝に降る星だ。
 
 さぁ!!
 
 Go to under the horizon


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 今日も物静かに町を見守る骸骨鉄塔。
 時折、流れ星を落とす骸骨鉄塔。
 其処からは水平線が一望できる。
 周囲の金網は流星の衝撃でグシャグシャ潰れて、役目なんて果たしはしない。
 さぁ、上ろうぜ。
 さながら其れは天国への十三階段。
 行き先は自分次第さ。
 未来に展望が無いなら帰ってこれないだろうな。
 未来に希望が在れば帰ってこれるだろうさ。
 まず、上るだけの想いと決意がなきゃ駄目だろうけど。
 そんなものはほんの一握りだけでいい、手にして上れ骸骨鉄塔。
 
 沈みゆく水平線が見たくなった、その時は。

2004-02-24 00:23:44公開 / 作者:境 裕次郎
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■作者からのメッセージ
新たなる境地に達しようと努力するものの、中途半端で、しかも失敗に終わってしまいそうな雰囲気を醸し出しているかな、と(汗 ま、でも小説なんて紆余曲折、その先の『人を感動させる』境地に至るのが目的ですから。失敗は成功の元。あしたはジョー(言い訳
 続きものの続きもロクに書かず、ショートばかりに手を出している場合でもないんですが、書いてみるとなかなか面白くて止められないんですよねぇ(苦笑 ただの自己満足に終わりそうな面もありますが、読んでいただければ嬉しいです。
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