『「知らぬ間の女神」 序章〜第ニ章』作者:冴渡 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角29050.5文字
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原稿用紙約72.63枚
 ・・序章・・

 氷野悠子はゆうゆうといつもの通学路を歩いていた。氷野は今年高校ニ年生になった。
「うーむ、このままでいいものか…。」
 氷野は悩んでいた。本当にこのままでいいのか。
「駄目よ!このままじゃ!いい恋しなきゃ!!」
 天に向かって手を伸ばし叫んだ。
 氷野の悩みとは、恋のお悩み。“お”を付けたところで、たかが恋の悩み。しかも、相手がいるわけでもなく、悩みとしてはそう深刻なものではなかった。
「でもねぇ、たまにはトキメキたいじゃない?」
「あのさぁ、道端で独り言を連発するの止めてくれる?」
「あっ、鳥羽ちゃーん。」
「鳥羽ちゃーん、じゃないわよ。本当に怖いったらありゃしない。」
 鳥羽玲菜、氷野の唯一無二の親友である。ショートカットのあっさりさっぱりタイプで、かなり好感のもてる人物。過去に変態呼ばわりされることが数え切れない氷野のそばに、優しく(?)傍にいてくれた人物だ。
「まったく。何やってんのよ。とにかく、学校行こうよ。」
「ウィー。」
「…ショッカー?」
「ウィー!」
 ショッカーらしかった。

 氷野は二年B組のドアを開けて学校に入った。
「ぐっもーにんえぶりわーん!」
「おっ、変態ゆーこ。」
「そこっ!人を変態扱いしないっ!」
「あははっ!悠子は変態以外の何物でもないじゃん。」
「そっかなー…?」
「いや、もうみんなあんまり褒めないでよ。」
「鳥羽ちゃんまでーーーっ!!ひどいよーっ!!」
「冗談、冗談、泣かないの。」
 どっ、と笑いが教室中に広がる。氷野は教室内へ鳥羽に支えながら入った。
 氷野が入った後、隣のクラスの女子が呟いた。
「いいわね、B組は。あんなに仲良くて。楽しそう。」
「うん。そーだよね。羨ましい。」
 二年B組は他のクラスもうらやむ仲のよさだった。
 それはひとえに変態氷野のおかげでもあるのだが、氷野本人は残念ながら気がついていない。
 クラスメイトたちはみんな、氷野のおかげでまとまってきたのだった。
「ところで、皆さん。今日は大変素晴らしいことがありました。」
「なんだよ。鳥羽。急に改まって。」
「静粛に!」
「……。」
「なーんと、この変態悠子に恋心の芽生えが!」
 いっせいに教室はざわめいた。
「だっ、誰に!?」
「そっ、その気の毒な人間は誰だっ!?」
 これにはたまらず氷野も口を挟む。
「ひどいなぁ!」
「静粛に!それはまだいません。しかーし!我がクラスの変態、氷野悠子をもとの 人間に戻すチャンスである!いいか、なんとしてもこの女が恋に落ちるような人間を!」
「イケニエ?!」
「生贄なのねっ!?」
「ま、そういうこと。」
『氷野悠子に生贄を!』
 一気に黒魔術的状態に変化した教室はエロイムエッサイムが数日間流れ続けたとか、続けてないとか。
「もー!やめてよっ!私は普通に恋するのっ!普通に自分で選ぶんだからっ!!」
「氷野―、お前じゃ無理だよ。」
「うるさいっ!黙ってて!!」
 肘鉄を食らった男子生徒は一人保健室へと運ばれていった。氷野は運ばれていく男子を見ながら、バレエの足取りで歌い始めた。
「わったーしの、すってーきな相手はどこ〜?」
 そしてそのままくるくると回りながらどこかに消えてしまった。
「ねー、鳥羽。どうすんの?」
「まー、とりあえず男紹介してやってよ。」
「ま、あれだけの美人ならきっと一人や二人できるだろーよ。な、鳥羽。」
「そうなんだけど、あれがなかなかねぇ。」
 実を言うと、氷野悠子は美人だった。
 あくまで“だった”である。
 初めは“姫百合の君”などと意味不明なあだ名がつけられていたものだ。髪は肩より三センチ下まである。
 色は白く、手足は長く細い。初めのうちは大胆な男子諸君に迫られ、告白され、げた箱には恋愛小説にしか見られないようなびっちりのラブレター。
 氷野は一時期ノイローゼ状態になり、自殺まで考えるほどに疲れ果てていた。
 苦しむクラスメートを見て立ちあがった一人の女がいた。女の名は知ってのとおり鳥羽玲菜。クラス全体をあおり、男子生徒を脅し、氷野を数々の男どもから守りぬいた。
 心が安定してきた氷野は今までのノイローゼの後遺症がかなりあり、変態になってしまったが、自殺までには行かなかったのが幸いと言うべきか。
「ま、可哀想でもあるよね。」
「確かに。俺たちもあのころは無茶したもんだったなぁ。」
「そーゆー輩のせいでああなっちゃったんだから!前は男を見るのだって嫌がってたのに。」
「そうだな。確かにそれを考えると、チャンスかもしれないな。男の名誉挽回ってやつ?」
「ほどほどにね!!!」
「ふぁーい。」
 鳥羽に厳しく突っ込まれて、肩をすくめて男子生徒は呟いた。

 そのころ教室を飛び出した氷野は、一人外へ出かけた。氷野は以外と不真面目だが、テストの点数だけはなぜか良くて、いつも先生から怒られるのをうまく逃げていてた。
「はぁ。素敵な人、落ちてないかなー。」
 とかいいながら、ドブを覗きこむ。
 ドブに落ちているような男が欲しいのか。
 トン、と目の前に壁が急に出来て、よろけた氷野はドブに落ちそうになった。
 ところが、氷野を引き上げ、変わりに壁が落ちていった。
「あ。」
 ドブに落ちずにすんだ氷野はドブを見下ろした。
「あのー、大丈夫ですかぁ?」
「…何とか。手を貸してくれないか?」
「は、はぁ。こんな手でよろしければどうぞ。」
 手を伸ばすと、大きな手が氷野の手にかぶさった。男は手を借りながら、深い一メートルはあったドブを抜け出した。
「ありがとう。じゃ、これで。」
「あ、あの、お名前を…!!」
「…カイト。」
「カイトさん、ありがとうございました。」
「いや、気にするな。じゃあ。」
 カイトは走り去った。まるで風のような人だった。
(カイト…海に斗と書くのかしら…?)
 氷野は少し、手が熱く感じた。
「分かった!これが運命の出会いってヤツに違いねぇ!」
 なぜかシャキシャキ江戸っ子の話し方になりながら、氷野は高校に走り戻った。

「皆の衆ーっ!聞いておくんなやしっ!!」
 勢い良くドアを明けると、ズラッと目の前に男が四人。
「ふふ、どーお?私のオススメくんよ?カッコイイでしょう?」
「甘く見るな!これは、俺の唯一見とめたカッコイイ男だ!いいヤツだぞぉ?」
「なによ、こっちこそ可愛い部門Nо.?の男よ!!」
「甘いわ。こっちはなんと先輩よ!かっこいい先輩ほど素敵なものはないわ。頼れるわよ?」
『どうだ?!』
「ごめん!興味ない!」
「…。」
 数々のNо.?と呼ばれた男たちは、あまりの一言に化石し、連れてきた側も凍った。
「ちょっ、ど、どういうこと?もう男には興味ないってこと?」
「うん。あるいみでそういうこと。鳥羽ちゃん、もらってけば?」
「いらんわっ!ところで、どういうこと?」
「もう運命の相手に出会っちゃったんだもの。私、彼にきめたの。」
「で、相手の名前は?」
「海斗。」
「で、携帯電話番号は?」
「知らない。」
「じゃあ、住所は?」
「知らない。」
「じゃー家の電話番号。」
「知るわけないじゃん!」
「だーっ!じゃあ、郵便番号はっ!?」
「知らないっ、ていうか関係ないじゃん!」
「だー!もう全然だめ!そんなんじゃ意味ないよっ!」
「い、意味なくないよっ!きっとまた会えるもん!運命の人なんだから!」
「運命だか何だか知らないけどさぁ、そんな王道少女漫画みたくうまく行くわけないじゃん。今度会えるのは、一年後か、それとも二年後か。」
「うう…。」
 鳥羽の一言に胸が深く傷ついた。
「で、でも、きっと…!」
「きっと会える?運命の人だから、とでも言いたいんじゃないでしょうね?!」
「そ、そうですけど…。」
「悠子は恋愛をなめてる。運命の人だからって迎えに来てくれるなんて思ってたら大間違いよ!それは、ただの自己中心的で、自分の事しか考えてない、世間知らずのすることよ!いい?恋愛ってものはねぇ、お互いが努力して始めて生まれるもんなの!」
「うう…。」
「まったく、あんたはまだ恋愛初心者なんだから、もっと自然にこう、出会える相手と恋愛してみたほうがいいのよ。それが、まさか見ず知らずの人を好きになるなんて…。意外と惚れ易いタイプなの?」
「知らないよぉっ!」
「いい?本当にその人のことが好きなら、今度あったら絶対離さないつもりでいなさい!根性で出会いを起こすのよ。見かけたらすぐに走ってぶつかっちゃえばいいんだから。これも、典型的だけど。」
「でもぉー…。」
「でも、じゃない!初恋はあたって砕けるぐらいが丁度いいのよ。」
はいこれ、と言って鳥羽は氷野に本を渡した。
「な、なにこれ…?“鳥羽的恋愛偏差値”?」
「そ、それは恋愛で困ったときの対処法。ま、これが基礎って感じの本だよ。」
 本といっても、小さなメモ帳をホッチキスで止めてあるだけの代物だが。
「あ、ありがとう…。」
「礼には及ばないわ。ま、会おうにも、会える確立は低いわね。第一、海斗って名前しかわかってないんじゃ、何もできないし。」
「……。」
「ま、諦めることも考えるべきね。もしかしたら妻子持ちかもよぉ〜?!」
「そ、それだけは、いやぁーーーーっ!!」

 真っ白になってしまった氷野を連れて、鳥羽は帰り道を歩いていた。
「もう!いい加減に戻ってよ!危なっかしくて危険極まりないよ!」
「…会えるのは、一年後か、ニ年後か…。」
「もう!こんなんじゃ横断歩道も渡れない!歩道橋いくよ!!」
「しかも…妻子持ち…。」
「それは、“かも”って話し!!」
「…恋は薔薇色、灰色、抹茶色…。」
「意味わかんない!」
「……?…。」
 歩道橋の丁度真ん中に来たあたりで、氷野は足を止めた。
 何かを見ているようだった。
「何?何かあったの?」
「あ…あれ…。」
「あの人?あの走ってる男の人?!」
「う、うん。あれ、あれよ。」
「あれって、自称“運命の人”?!」
「そう!運命の王子様!発見!発見!」
 氷野はいきなり歩道橋の手すりに足をかけた。
「ちょっ、危ないっ!やめなさーいっ!!」
「鳥羽ちゃんが言ったのよ!“見つけたら走れ”って!」
「そ、それ要約しすぎ!そんな感じでってことよ!」
「今を逃したら、一年後か、ニ年後かも知れないんだよ!?」
「いや、意外にもっと会えるかもよ?!」
「妻子を持つ前に私が妻子になってやる!」
「は、早まり過ぎだーっ!!」
 ドタバタと走っていく氷野の後を追い掛けながら鳥羽も男、海斗を追い掛けることになった。
「ちょっと、早まるなぁーっ!!」
「ね、でも、いい男でしょ?」
「ま、それなりには。」
「でしょ?でしょーっ!!」
「はしゃぐなっつーの。」
 今までこんな速度で走る氷野を見たことがなかった。
 鳥羽は恋のパワーとはこんなにも恐ろしいものだな、と痛感した。
「か、海斗さーんっ!!」
「!!」
 海斗は振り向いた。驚いたように目を見張り、さらに速度を上げた。
「逃げられるっ!もしかして、妻子持ち?!」
「んなもん知るかぁっ!ちょっ、と、早いって、私…。」
 鳥羽は外見はスポーティーでも、中身はバリバリの文系なので息がもう切れいる。
「鳥羽ちゃん、ありがと!こっからは一人でいくよ!」
「あ、あんたっ、だいじょうぶ、な、のっ!?」
「多分。これもあるし。」
 氷野はさっきもらったばかりの小さなメモ帳を胸ポケットから出した。
「まったく、がんばりな、さ、いっ!!」
 呼吸で声がまったく出なくなり、鳥羽は立ち止まった。勢い良く走り行く友人の姿がどんどん小さくなっていくのを見て、気づかないと思いつつも手を振った。
「無茶はしないでよ。」
 鳥羽は氷野の恋が上手く行くことを願った。
 相手の男には悪いと思いつつも。

 そのころ、まだまだ二人の追いかけっこは続いていた。
「ちょっと待ってくださいっ!海斗さんっ!」
「…。」
 振り向きもしなくなった海斗は一人ひた走る。続くように氷野も走った。
 人通りが少なくなってきたところで、海斗は立ち止まった。
 氷野の息は上がっていなかった。
「海斗さんっ!!」
「君は、あのドブのときの人だね?」
「はい!そうでーすっ!」
 覚えていてくれた嬉しさに、跳ねあがって喜んだ。
「ここから先は危険だから、ついてこないでくれないか。僕はやることがあるんだ。」
「……。」
 危険だから逃げてくれ、という親切な言葉に氷野はどうするべきか迷った。
「な、何が危険なんですか?」
「と、とにかく危険なんだ!もう、僕を付けまわすのは止めてくれないか。」
「つ、つけまわしてなんかいませんっ!」
「じゃあ、追いかけっこはもうここで終わりだ。」
 迷惑そうに言われて、それでも引き下がるわけにはいかない。ここで分かれたら一年後か、ニ年後か。
「じゃ、携帯番号を!」
「持ってない。」
「じゃあ、住所を!!」
「教えられない。」
「せめて郵便番号を!」
「それも、同様に教えられない。」
「…。」
 さらに困ってしまい、どうしたらいいものか、過去の記憶を引っ張り出してみた。
(うーん、確か鳥羽ちゃんが何か言ってたなぁ。何だったっけ…?)
 記憶を引っ張りだしている間も、海斗は何かをしきりに言っていた。
(そうだ!思い出した!“体でぶつかれ!”だ!)
 またしてもかなり要約されていた。足を一歩下げると、一気に走りこんだ。
「ちょっ、わっ、うわぁっ!」
 ぶつかる、というよりも抱きつく形になってしまい海斗は暴れ出した。
「あ、あのっ、ちょ、ちょっと!!」
「お願いーっ!せめて名前を全て教えてくださーいっ!!」
「駄目だってば!もう、帰りなさい。迎えが…。」
「迎え?」
 やはり妻子持ちなのかと思いつつ聞き返すと、海斗は天を仰いだ。
 つられて氷野も天を仰ぐ。
 同時に、急に曇り空になり、雷鳴があたりに鳴り響いた。
「そう、迎えです。もう、来てしまう。近くにいると巻き込まれる心配があります。早く、ここから避難してください。」
「いーえ!もう離しません。一生傍においてください!」
「な、なにを!?」
「味噌汁だって毎朝作りますからぁー!!」
「は?!」
 海斗が聞き返すと同時に、雷鳴が強く鳴り響いた。
 雲が揺れる。
 大きな穴が雲に開いた。
「む、迎えが…。」
 必死に氷野を引き離そうとしているものの、氷野の根性は素晴らしく、死んでも離そうとはしなかった。
「一緒に行きますってば!!」
「止めなさい!そんな、不幸になるぞ!?」
「不幸になんかなりませーんっ!!」
 雲に開いた穴から、太陽の光のような神々しい光が一斉に盛れる。眩しくて目は開けられなかったが、決して掴んだ袖を離そうとはしなかった。
「は、離しなさい!」
「離しませんっ!」
「ああっ!」
「きゃっ!」
 二人が同時に声を上げるとともに光は二人を強く包み込んだ。

 そのまま氷野は意識を失った。

 勢いよく目覚めると、氷野は森の中にいた。しかも、たった一人で。一体ここがどこなのか、氷野にはまったく分からなかった。
 しかし一つだけ分かっていることがあった。彼はどこかにいる。一年後に会うかもしれない、二年後に会うかもしれない。でも、会える確立は高くなったのを確かに感じていた。
 それはただ単に、氷野が彼の袖の欠片を持っていることから来る根拠のない自信だったのかもしれない。
 それとも、これからの何かが、氷野に影響を与えていたのかもしれない。
「さーてと、彼を追いかけに行きますかっ!!」


     これが一番初めの出会い。

     彼女の幸せで、

     彼の不幸な出会いの始まり。


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 ・・第一章・・

わったしは〜ゆーちゃん♪
恋して〜迷う〜♪
根性だけの〜女子高生♪
      (○っちゃんCMより)

    なーんて歌ってる場合かぁっ!!


見事な一人ツッコミをいれつつ、氷野裕子(ひの ゆうこ)は足を進める。愛しの海斗様に置いて行かれ、どこか知らない森の中。
こんな孤独な仕打ちってない。
「くっそぉ…私が世界制覇した暁には、孤独禁止法を出して独り身の男女を支援することを誓う…!」
世界制覇してそんなアホな事に労力を費やす王はいない。
「さて…とにかく、森を出たいなぁ…。」
歩いて早何時間たっただろうか。腕の時計が正確ならばもう五時間はたっている計算になる。
「疲れた…。女子高生は根性はあっても体力は無いんだ…。」
へたへたとその場に座り込んだ。
ん…?どこからともなくいい匂い…。
本当ならそろそろ夕食のはずの腹は、音を立てて鳴いた。
「お腹へったぁ…。」
いい匂いのする方へと足を運ぶ。
ため息交じりに大きな木を一本越すと、一瞬にして森から抜けた。
「あれ…?」
少しの違和感を覚えたが、目の前のご馳走を見るとそんなものは一瞬で吹き飛んだ。
人のよさそうなおばさんが近寄ってきた。
「あれ?可愛い女の子がいるよ。珍しい、異国の子かい?」
「まぁ、そんなモンです。ところで、ここは何処ですか?」
「可愛そうに!迷子かい?!ここはねぇ、聖地の門とも呼ばれる“星見塔”(ほしみとう)と呼ばれるところだよ。」
 へー、というと同時に腹の音が鳴り響く。慌てて腹を隠すものの、目の前のおばさんは軽やかに笑う。
「まぁ、とにかく食べなよ!今は星見祭だからね。」
 何か煮物をよそって出してくれた。日本でいう、おでん…に近い。とりあえず、食べながらも話を聞く。
「で、星見祭のために人が集まってきてるの?それで、星でも見るの?」
「そうさ。星を見るためにここに来てるんだよ。」
「へー、でもまた結構明るいから、星なんて見れないのに…。」
おばさんは不思議そうな顔で氷野を見た。
「アンタ、星を何だと思っているんだい?」
「へ?だから、空にある…」
「バカだねぇ。あの星とこの星は全然違うよ。」
「へ?」
「そうか…異国から来たんだったねぇ。それじゃあ、知らなくても仕方ないね。教えてあげるよ。それがアタシの役目でもあるからねぇ。」
おばさんは少し笑い、それからゆっくりと話をしてくれた。

いいかい?アタシたちにはねぇ、星があるんだ。
星が?
そうだよ。星さ。アタシたちの中には星がある。空に瞬くように綺麗で眩しい星がね。その自分の星を見にくるのさ。
見てどうするの?
国王になるのさ。
国王に!?
そう、国王。女王もいらっしゃるがね。先日、先の国王様が退位を申し出になられたんだよ。それは、国王様が自分の星の輝きを失ってしまったから。
星が輝きを失う…?
そうさ。星は永遠に輝き続けるものではないんだよ。悲しい時、辛い時、苦しい時、そういう時、星は弱り光は小さくなる。そして、死ぬ時、罪を犯した時、光は消える。国王様は苦しみに耐えきれず、星のが弱くなってしまってね…。
じゃあ、新しい国王様はまだいないの?
そう、それを決めるために人々はここに集っているのさ。自分の星の光を見に。自分の輝きが新王にふさわしいであろうか、それを見定めに来たのだよ。
それって、個人でわかるの?
国王陛下は、国王陛下になられる前に、ここに一度来ておられる。その時、ここから一つの剣を抜いていかれた。
剣?
そう、剣を。この“星見塔”の最上階には“剣の死所”と呼ばれる場所があってねぇ。そこには何千何万という剣が“死んで”いるのだよ。
剣が、死ぬ?
そう、主を失った剣は死に、そしてここに戻ってくるのさ。剣の戻り方は様々でね。死んだ持ち主の身内が返しにくる場合もあれば、川から流れ着く場合もある。知らぬ間に戻ってきている場合もよくあることさ。剣はここで次の主を求めて眠りつづける。自分にふさわしい、と思う相手に心を委ねるのさ。
心を“委ねる”。
そう。剣はその人の星の力に反応する。だから、何千何万とあっても一つの剣も手に出来ない豪傑の男もいれば、剣を戻しに来ただけのか弱い女が剣を手に入れることもある。そしてその剣を持って、聖地へ行くのさ。
聖地?
そう、聖地“星秤鏡”(せいしょうきょう)
聖地に入る条件はただ一つ。ここで剣を入手すること。だからここは通らなければならない、“聖地”への“門”なのさ。
聖地は、ここ“星見塔”から見えるあの山。そこへ行くためには様々なモノが必要になる。仲間。力。道具。金。色々あるが、その中で一番大切にしなくちゃいけないものが何か、わかるかね?
…命?
惜しいねぇ。命ではないんだよ。それは、剣だ。剣を大切になさい。剣は自分の半身なのだから。物理的にも剣が折れてしまえば先には進めないからねぇ。だけど、それだけじゃない。剣には様々なモノが込められているのだからね。大切になさい。
だから剣を大切になさい。
 
話し終わると、おばさんはふぅ、と息を付きいた。
そして、こんなに話すのは何年ぶりかねぇ。と笑った。
おばさんの語るこの世界の物語に、“これって一体何なんだろう…もしかして、夢オチ?!”などと全然話の内容とは関係の無いことを感じつつ頷く。
「へー、いいねぇ。面白そうだから引いてみようかな…。」
「引くって、おみくじじゃないんだから…。」
「でも、人生何事も経験、経験!もう、夢なら何でもやっとかなきゃ!」
「…夢?」
「あ、いやいや、それはこっちの話で…。とにかくっ、やるだけやっとかなきゃ!」
力んで振り向くと、後ろから馬車がすごい勢いでやってくる。
馬車、と言っても引いているのは馬ではない。下半身は馬、上半身は鹿というなんとも面妖な動物だ。
止まるだろうと思い、見ていると止まらずこっちに突っ込んでくるではないか!!
「わ、わ、あぶなーい!!」
避けることも出来ず、ただうずくまると痛みはなかった。
―――いや、止まっている。馬車(?)は目の前で止まっていた。
「無礼者!そこをどけ!」
見てみれば、なかなかのナイスガイ。
――あらいやん。素敵じゃないの。
氷野は思わず頬を染める。
「何ゴトですの?ワタクシ、先を急いでますのよ?」
馬車の中から出てきたのは、お蝶婦人ばりの縦ロールゴージャス美女!しかも、ナイスガイを何人もはべらせて。
「何?!この小汚い娘は。貴方、さっさとワタクシの馬車の前からおどきなさい!」
「何言ってるのよ!ここは、道路じゃないわ!歩道よ、歩道!人が歩くところだっての!どくのは貴方の方よ!」
「何言ってるの、ワタクシがこんなところ歩けるわけが無いじゃないの。」
「歩けるわよ!足があるのに歩けないヤツがいるとすれば、それは幽霊しかないっ!」
「まったく、庶民はこれだから困るのよ。ワタクシ、急いでますの。女王陛下のイスがワタクシを待っているんですわ。」
失礼、オホホホ、と笑うと素晴らしい綱さばきでうまく氷野を避け、歩道を通っていく。
「大丈夫かい?あれはねぇ、オホーク家の第二十五代後継ぎさんだよ。自分勝手なので有名でねぇ…。」
「おばさん、私分かったわ。」
ドキ、としておばさんは真剣な表情の氷野の顔を見た。
「あの人の馬車を引いていた動物。あれは馬と鹿の混合なのね。そして上に乗っているあの女はバカ。素晴らしい。素晴らしいわ。これほどまでに生き様を表現している人が今だかつていた?!それにしても…」
氷野は怒れる顔をして続ける。
「もしここで引かれたりして誰かが死んだらどうするのかな。全く、自己中な人だな。そんな人が王になったら…」
「…。」
おばさんは黙ったまま話を聞いている。
「おばさん、私決めた!」
「そうかい、そうかい。」
おばさんは嬉しそうに頷く。真剣になってくれたのだと、おばさんは感激中だ。

「私、女王陛下になって、ナイスガイ独占禁止法を出すわっ!!」

おばさんはドタッ、と倒れこんだ。

「わぁっ、おばさんっ!大丈夫?もう年なんだから、しっかりしてよ。」
 そうだね、と笑いつつ、おばさんは立ちあがる。
「まったく…変な子だよ。孫にもそんな事言われたことないのにねぇ。」
「そう?随分な孫ねぇ。一発か二発、殴っといたら?」
「おやおや、それはいい手かもしれないねぇ。」
明るくおばさんは笑った。
「とにかく、早く並んでおいで。まだ遠くの人たちは来ていないけど、明日にはこの行列が二倍になってるだろうから…。」
「にっ、二倍?!それはいけない!早く並ばなきゃ!」
 慌てて星見塔へと走る氷野に、おばさんが後ろから声をかけた。
「ほら、これを持っておゆき。」
振り向きざまに、袋を渡された。
「これは…?」
「アンタ、何も持っていかないつもりかい?それじゃあ、死んでしまうよ。多分、この分なら星見塔の“剣の死所”に着くまで二日、って所かねぇ。」
「ええぇっ?!二日ぁっ?!」
「そう。だから食料と毛布、貸してあげるよ。それがアタシの仕事でもあるからね。」
「本当?!ありがとう!ちゃんと戻ってくるね!」
「ちゃんと帰ってくるんだよ。」
「うんっ!あ、そうだ!私の名前、言ってなかったよね!私の名前は氷野…」
 言葉を遮るように、おばさんが人差し指を立てて唇にあてた。
「異国から来た子、一つだけ言っておく。それ以上名乗ってはいけないよ。アンタの国ではそれが普通だったかも知れないが、ここでそれは名乗っちゃいけない。」
「ど、どうして…?」
「上の字(あざな)には体が表れ、下の字には心が表れると言う。体とは、体つまり自分の生まれてから持つようになったもの。心とは、心臓つまり生まれながらに持っているもの。言葉っていうのは、力を持つ。名前はその最も顕著に表れる部分でねぇ。体や表面ならいい。だが、心までは知られちゃいけない。それは、相手に心を委ねることになる。自分が信じられると思った人にだけ、下の字を教えてあげなさい。安易に口にしてはいけないよ。」
「分かった。」
「それに、アタシに名前なんて言っても意味がないよ。アタシはいつも星見塔に来る人たちにこうして鍋をふるまい、歓迎し説明する役目でねぇ。沢山の人がいつも通っては過ぎていく。その何百何万という人の名前なんて、覚えていられないんだよ。」
「それじゃあ、来る度に名乗るよ。良かったら、おばさんの名前も教えてくれない?」
「…名前か。そんなもの、とうの昔に忘れちまったねぇ。」
「そっか。思い出したら、教えてね!じゃあ、行って来ます!」
大きく手を振って、氷野は長くつながる列の方へと走っていく。
後ろ姿を見ながら、おばさんは笑う。
「本当に変な子だねぇ。」
それからまた煮物をぐつぐつと煮て、次の訪問者のために準備に取りかかった。


「うっわ〜、すごい行列…。本当にこれくらいなら二日はかかるなぁ。」
二日間も暇なんて他の人はいったい何をしているのだろう、と不思議に思っていると、一人の男性が氷野に声をかけた。
「よぉ、姉ちゃんどっから来たの?見かけない民族衣装だけど…。」
「これは、民族衣装じゃなくって、制服って言うんですよ。」
「ふーん。で、どっから?」
「日本っていうところです。」
「ニホン…聞いたことねぇなぁ。きっと、とんだ田舎から来たんだな。」
確かに、私の住んでいたところは田舎だったなぁ。
周囲は田んぼの広がる見渡しのすごくいいところ。
「はい。だから、始めてのことで慣れなくて。」
「どうしてまた、姉ちゃんみたいなのがこんな場所に?」
「とりあえず、あみだくじだって、引いて見なきゃわかんないでしょ。だから。」
「なるほど!星試しってワケか!いいねぇ、姉ちゃん気に入ったよ。名前を聞いてもいいかい?」
「えぇ。私は氷野。貴方は?」
「オレかい?オレはアキノさ。よろしく。」
「アキノさんはどうしてここに?」
「そりゃあ、国王陛下の席が空いてるっつー話だからな。夢はでっかく国王陛下で行こーつー話だわ。」
「へぇ。で、どこから来たんですか?」
「まぁ、十四日間ぐらいかかってここまで来たなぁ。」
「じゅ、十四日?!遠いところからわざわざここまで…?。」
「まぁ、それぐらいの根性がなくてどうやって王様になるっつーんだよ。」
「まぁ、確かに…。」
「だろ。一ヶ月かかってくるヤツらもいるんだから、まだマシな方だろう。」
「そこまでして王様になりたいんですか?」
 アキノは、敬語はナシで行こうぜ、と笑った。
「まぁ、オレは興味本意ってのもあるがな。だから、アンタにだって気楽に話し掛ける。だが、気をつけろよ姉ちゃん。」
「へ?何に?」
「初参加だからな。知らないんだろうがここは希望と欲望が入り混じった、汚い世界の入り口だ。ここで剣を得た瞬間から、そいつは次の王候補だ。ってことは、ライバルになるっつーことだ。ライバルは少なければ少ない方がいい。違うか?」
「そうだけど…。」
「だろ。ま、別に命を奪うわけじゃあない。剣を折ればそれで済むことだ。剣は一端折れちまうと、元には戻らない。星見塔で与えられる剣は一つだけだし、代わりはきかない。王様選抜大会、参加資格を永久に失うわけだ。」
「だから、剣を大切にしろって言うのね。」
「そうさ。王になりたいんだったら、の話だがね。」
「星見塔の剣と、普通の剣とは違うの?」
「あぁ。全然違う。剣が“生きて”ないんだ。」
「生きてない?」
「そう。星見塔の剣は主を選ぶって話は知ってるよな?」
「うん。聞いた。」
「だが、普通の剣は主を選べないだろ?その違い。」
「じゃあ、見分けはつくの?」
「雰囲気でな。」
「なんとなく、ってこと?」
「違う。確信だ。それが星見塔の剣であれば、自分の持っている剣が共鳴する。ほんの小さな共鳴の場合もあるし、強い共鳴の場合もある。」
「その違いは?」
「さぁ。とにかく強い場合は縁があるっていう事になるんだよ。嫌な意味でも、良い意味でも。」
「ふぅん。」
「勉強になったか?」
「うん。新しい事ばっかりで、頭が追いつきそうにない。」
「まぁ、次第に体で覚えるさ。焦るなよ。」
「そう?アキノは良い人ね。親切だし。」
「さぁ、分かんねぇぞ。もしかしたら、親切なフリしてアンタを騙そうとしてんのかもよ?」
「それはない…と思う。」
「対した自信だな。根拠は?」
「何となく。」
「勘かよ。まぁ、でも実際そんなもんだよな。」
ケラケラとアキノは笑った。
氷野は、周りを見渡しある事に気づいた。
氷野のように若い女性は、極端に少なかった。
基本的に周りにいるのは、男性だ。若い青年が鎧を着て立っていたり、ヒゲを長く伸ばした、ムキムキマッチョな老人がいたりとにぎわしい。
その時、氷野は明らかに周囲とは違う空気を持っている人に気づいた。
男なのか、女なのか、性別は分からない。だが、空気が違う。全身を長い服で覆い、杖にかかる手が、若い人の手ではなく老いて痩せた手をしていた。
瞬間、視線が絡み合った。
氷野は体中が強張るのを感じ、さっと目をそらした。
あの人は、一体何者なんだろう…。
もう一度見てみたとき、そこにその人はもういなかった。

女性でもいるのは、鎧に身を包んだ中年女性や、どこかのお姫様…ん?!
あのナイスガイに囲まれた女は、さっきのオホーツク家代何十代の強引、自己中、勝手の最悪三拍子そろったお嬢様ではないかっ!
思わずじっと見てしまう。いつみてもナイスガーイ。素敵すぎ。
「ちょっと、そこにいる汚い小娘。さっきもお会いしたわね。」
「あー、オホーツク家のお嬢様、どうもどうも。」
「誰がオホーツクですかっ!ワタクシは、オホーク家第二十五代後継ぎ、マリアよっ!」
うわー、私マリアってネーミングがあんましすきじゃないんだけどなぁー。などと言ってはいけない。
「へー。そうなんですか。すいませーん。」
ヘラヘラと笑って誤魔化す。これは、私の処世術でもある。
「ふんっ、アンタここにいるってことは、国王を目指しているのよね?」
「え、別にそういうワケでは…。」
「でも、残念ね!もう決まっているもの。国王になるのは、ア・タ・シ。この、オホーク家第二十五代後継ぎ、マリア様に決まっているんですからね!」
オーホッホッ、とマリア様とやらは笑う。
高笑いが似合う縦ロールお嬢様。
「そりゃー、素晴らしいこってす。」
「早く諦めてここからお帰りになったら?」
オーホッホッホッ、とマリアお嬢様は消えていった。
「何がしたかったんだ、何が。」
「ああいうバカは、毎回いるもんだ。気にすんな。」
「気にしてないです。」
「おい、アキノ。ずいぶん可愛い子捕まえたなぁ。」
「何人聞きの悪いこと言ってんだよ。」
「この人たちは…?」
「あぁ、こいつらはオレの友達。ここで知り合ったんだ。」
「へぇ。そうなんですか。」
「コイツ、案外悪いヤツだから、気を付けなよ、お嬢さん。」
「は、はぁ。」
「何を言うかっ!こんなに真面目で優しいのは、オレくらいだぞ!」
「よく言うぜ」
大きな笑いが漏れ、それを聞いていた人たちからも笑いがこぼれる。
その夜は、アキノと氷野、そして仲間数名と一緒に眠らせてもらった。
おばさんに貰った袋から毛布を出し、体に巻きつけてねる。
火がパチパチと音を立てて静かに燃えている。
暖かい。
氷野は眠りにつくとき、アキノの仲間たちと話していた事を思い出した。

ところで、気になっていたんですけど、剣って一本しか得られないんですよね?
そうだよ。
じゃあ、どうして“毎回”とかそういった言葉が出てくるんですか?一本しか貰えないのなら、毎回来る必要性がないじゃないですか。だって、剣が貰えなかったらそれでお終いなんじゃないんですか?次きたところで、何も変わらない。
オレらは、前回不合格組だったのさ。
不合格組?
そう、剣を与えられなかった。
え?与えられるチャンスは何回もあるんですか?
そう。君は田舎から来たからあんまり知らないんだね。詳しく話してあげるよ。
お願いします。
この世界には 蘭(ラン)、籐(トウ)、蓮(レン)、菫(キン)、葵(ギ)、桜(ヨウ)、椿(チュン)、楓(フウ)の八つの国がある。
星の力っていうのはね、人によって力の“色”と“輝き”が違うんだよ。
輝きがあるのは知ってます。でも、色…?
剣が生きてるのは知ってるよね?
はい。
剣は生きるために、あるモノを食べなきゃいけない。それは、何だと思う?
…まさか、星の輝き…?
そう。星の力。剣はそれを食べて元気になったり、病気になったりするんだよ。
病気になるんですかっ?!
あまりに星の輝きが弱まるとね。錆びたり、鞘から抜けなくなったりするんだ。それを私たちは“死腐”(シフ)と呼んでいるよ。
死腐…。
剣はその人の色を見てその人を選ぶと言われている。おっと、だからといって剣に目があるわけじゃない。剣は感じるんだ。その人の色を。
じゃあ、同じ色の人がいたらどうするんです?
同じ色?いるわけないさ。人は皆違う生き物だ。だからこそ、剣は迷わない。でもね、色は不変ではない。――変わるのさ。
色が変わる?!
そう。オレたちを取り巻く色がね。
でも、そしたら剣は困るんじゃないですか?
可愛い発想だね。でも、剣は困らないよ。色が変わるっていっても、基調とした色は変わらないんだ。その周りを取り巻く小さな色の波が変わる。そして、自分にふさわしい色になったと思ったとき、剣は主として認めるのさ。
どうやったら色は変わるんですか?
その人の生き様によって変わる…らしいよ。
らしい?
あくまでも“らしい”さ。だって考えてみなよ。オレたちには色を見ることはできないんだよ?だから、“色”というもので納得させているわけ。
へ〜!そうなんですか。
だからオレたちは敗者復活戦。色が変わっていることを祈ってここにまた来たのさ。変わらないことはないんだから、やってみる価値はあるだろ?
なるほど。ありがとうございました。
いいさ。さ、今日はもう遅い寝な。
はい。

目を閉じて、明日を思う。
明日は星見塔にたどり着けるだろうか。
それとも明後日だろうか。
でも、長いように思えた一日ってこんなにも早く通り過ぎるんだ。
氷野は眠りにつきながら、新しく出来た友達を嬉しく思った。

「これが、星見塔?!」
目の前に大きな長い塔。黒い大理石のようなもので作られた壁は、鏡のように美しかった。
「顔が見えるー!」
「こら、そんなにはしゃぐな。迷子になっちまうだろ。」
「すいませーん。」
アキノに怒られ、氷野は身をすくめた。
昨日のお仲間さんたちと別れ、氷野はアキノと行動を供にしていた。
「ここまできたなら、あともう一歩だね!」
「そう思うだろ。うんうん、分かるその気持ち。」
アキノは手招きをして、塔の中を見せてくれた。
「う、ウソ…!!」
目の前には螺旋階段。そこにひしめき合う蟻のような人たちの長い長い行列。
氷野は目が真ん丸くなり、固まった。
「もう少し、と期待した瞬間これだもんな。辛いだろー!」
「ショック…」
「まぁ、でも早い方だぜ。前なんて、ここまで来るのに一週間も待たされたんだから。」
「うそ?!」
「しかも、この螺旋階段が曲者で、夜が大変なんだ。」
「な、何でっ?!」
「螺旋階段ってことは、これから先に進む者と、ここから帰る者が行き来する。ところが、階段は狭い。手すりはない。」
「ま、まさか…」
「そう、そのまさか!落ちるんだよ!この階段から!」
「まっ、待ってよ。だって、上とか見えないぐらい長いんだよ?!」
「そう、その高さから落ちるわけ。」
「死んじゃうよ!!」
「そうだな。」
「それでいいの?!」
「当人にとっちゃ悲劇だよな。だけど、それも星が悪かったって事さ。」
「そんな、運で…。」
「仕方ないじゃん。そういう星の下にいたってことさ。星に輝きがあるヤツは、死んでも死なねぇ。そういうもんだろ。」
「人間、死ぬときゃ死ぬよ。」
「お前もあっさりヒドイこと言うなぁ。」
「そっちだって!」
「でも、とりあえず最上階に向かうヤツなら落とす理由はないだろ。だが、剣を持って降りていくやつなんかは、まぁ、落とされる事もしばしばあったらしい。」
「“た”?過去形?」
「だから、見てみろよ。」
階段を指差すアキノ。その方向に目をやると、登っていく人は手すりのない落ちる可能性の高い方を登り、降りてくる人たちは壁際から降りてくる。
「あぁ、なるほど。外側と内側を決めたんだね。」
「そういう事。これなら、剣を持った人間も安心して降りていけるだろ?」
「確かに。」
「ここでやっちゃなんねぇことは一つ。降りてくる方から“登る”ことだ。」
「つまり、ズルする事?」
「そう。その瞬間、階段からドスン!」
「うわ…。」
「悪には悪の先があるって事だな。」
「なるほど。」
アキノの話しを聞きながら、前に少しずつ進んでいく。
「今日は驚くほどスムーズに行くな。」
「帰る人、誰も剣を持ってないよ。」
「バカ!お前ってヤツは頭を使えよ。」
「なっ、なんで?!」
「ここで、大手振って剣なんか見せてみろ。ぶっ壊されてお終いだぞ。」
「そ、そこまでする?!」
「する。」
「じゃあ、さっき通った人も、その前に通った人も、剣を隠してたって事?!」
「前の前に通ったやつなら、剣を持ってた。しかし、他の奴らは剣を持ってなかった。」
「どうして分かるのっ?!」
不思議なものでも見るように、氷野はアキノを見た。
「勘だよ。勘。オレは不合格続きで長いんだ。もう随分目も養われたよ。」
「なるほど。」
「にしても、今回は剣を手にする奴が少ない。いや、少な過ぎる。」
「何か問題でも?」
「こういう年はな、あまりいい事が起きねぇんだよ。必ず、突出した悪い奴がでる。」
「そうなの…?」
「あぁ。決まってる。田舎のお前は知らないかも知れないが、昔剣を使って随分な事をした奴がいた。」
「最近?」
「いや、俺が生まれ…る前だな。ちょうど今から五十年くらい前か。嫌な話だったぜ。」
「でも、そんな罪を犯したら輝きは…。」
「そいつに輝きなんてなかったさ。剣はそいつの星を食いつづけた。随分な悪食な剣がいたもんだぜ」
「一体どんな…?」
「さぁ、よく覚えてないな。語るのも嫌なくらい、嫌な話だった覚えはある。ただ、一つ言える事は、そいつは世界を闇の中のさらに深い闇に入れようとしていたって事だけさ。」
アキノは眉間にシワを寄せ、聞いた話を思い出し、さらに気分を悪くしたようだ。
「とにかく、あまり話たい内容じゃない。」
「そう。なら話さなくてもいい。私も暗い話は嫌いだから。」
「そうしてくれるとありがたい。」
夕方になって、夜になった。階段ですごす夜は、恐怖と常に隣り合わせだった。
いつ、人に押されてこの階段から落ちるかもしれない。そう思うと、とてもじゃないが眠れなかった。
人が通るたび起きなければならず、氷野は次第に憔悴していった。
そんな時、アキノが「見張りはオレがする。初参加のアンタは、さっさと寝な。」と言ってくれ、氷野は安心して眠ることができた。

次の日、起きるとアキノが笑顔で迎えてくれた。
「お目覚めか?列が動くぞ。どうやら昨日で随分上の人がいなくなったようだ。」
夜の間も剣を手に入れたい人たちが星見塔の最上階へと上がる。前の人がいなくなっても、眠くて動かない人もいるから、こうして朝になると大移動が始まるのだ。
長い階段を上がる。長時間に渡る無理な姿勢での睡眠、座ってもすぐに立つ足腰への負担、足が次第に重く痛くなっていく。
それでも氷野は何も言わなかった。
ここに登ってくる人たちは、それを覚悟して小言も言わずひたすら黙々と登っているのだから。
「信じられねぇ。」
「何が?」
「こんなに短い時間でここまで来れたのは初めてだ。」
「私の行いがいいからね。」
「バカか。オレが早く出てきたからだよ。」
 アキノは舌を出して笑った。
「見てみろ。あれが、入り口だ。」
見てみれば、階段がなくなっている。
「あ、あれじゃ、落ちちゃう!落ちて、死んじゃう!」
「違う!良く見ろ。」
よく見ろ、といわれ氷野は目をこらして階段を見た。
ちょうどその時、先のない階段に足を踏み入れようとしている女性がいた。
「あ、落ちちゃう!あの人、危ない!」
「黙ってみてろ!」
頭を拳で殴られ、痛みのあまり黙り込む。
次の瞬間、女性は波打つ無色の壁に消え、変わりに男性が現れた。
「…へ?」
あまりのことに、氷野は何も言えなくなった。
「も、もしかして、性転換?」
「バカかっ!違う。まぁ、あそこまでいってみれば分かることだ。楽しみは後に取っておこう。」
「何か嫌な予感…。」
そう思いつつも氷野は少しずつ階段を上がっていった。
そして、ついに氷野は階段の切れ端の部分に立った。
「さっ、先がない!先がないっ!」
同様している氷野は、自分の足の先に広がる闇を見て足が震えている。
「おー、危ない危ない。落ちたら死んじまうな。」
「あっ、あっ、当たり前っ!な、これからどうしろと?」
「ほれっ!」
「うわぁっ!!」
瞬間、氷野はアキノを振りかえった。
何とアキノは、氷野の背中を押したのだ。
瞬間、バランスを崩し氷野は目の前の闇に落ちる。
何て事を!私に死んで欲しかったなら、死んで欲しいって一言断ってくれればっ!!
って、断られても死ぬのは嫌だけど、とにかく、こんな死に方いやぁーっ!!だって、まだ海斗さん見つけてもいないのにぃー!潰れてぺしゃんこなんて、綺麗じゃなーい!乙女十七、まだまだ先があるのにー!無念!
なむあみだー!と思った瞬間、低い鼻が地面にぶつかった。
「いひゃい!」
ケッケッケ、と嫌な笑いが聞こえた。
「あー、傑作傑作!マジで受けるわ!何、顔面からこけてんの?!」
それは、アンタが押したからでしょ!と起きあがって怒鳴ろうとした瞬間、氷野は目の前に広がる光景に目を奪われた。
「すご…い…。」
剣の死所、と呼ばれる最上階には、数々のクリスタルと、それに挟まるように死んでいる剣が何千、何万と数え切れないほど無数にあった。
「だろ。ここが剣の死所。オレはもう何回来たか分からんがな。」
押されて低い鼻をぶつけて怒っていたことも忘れ、氷野はひたすら景色に感動する。
「すごい!すごい!綺麗!」
「落ちつけ。目的が違ってるぞ。」
「あ…そうでした。で、何すればいいの?」
パタパタと寄ってくる人がいた。それは、白い服に身を包んだ綺麗な女性だ。
「ようこそ、剣の死所へ。」
「は、はぁ。」
目で、この人はだれ?とアキノに尋ねた。
「この人は、葉仙様さ。」
「よ、ようせんさま?」
「そう。ここの管理人、みたいなもんか?もっと、偉い存在だけど。」
「始めての方ですね。私たちは葉仙。ここで皆様のご案内をするために使わされた仙にございます。」
よく見てみれば、様々な女性がそこで働いている。女性たちは皆、同じような白い服に身を包んでいる。
「私たち葉仙は、ここで皆様が剣を得るのを手伝っております。ここの剣のことについて、ご説明いたしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。説明してありますから。」
 アキノがこっそりと“ここで剣の説明を聞くと、すっげー長いからやめとけ”と教えてくれ、少し笑ってしまった。
「それでしたら、これからここをお回り下さい。道がありますので、それをたどって一周してきて下されば結構です。もし、一周を終えられましたら、この門から外へ出られます。」
「あ、はい。分かりました。」
それでは、と葉仙様は他の人のところへ行ってしまった。
「それだけ?」
「それだけでいいのさ。さ、回るぞ。」
「はぁい。」
葉仙様がとても綺麗だったので、氷野はもう少し眺めていたかったのだが諦めた。
水晶の山の中に、一人ずつ歩ける道がある。
沢山の人が踏み、そうして作られていった道だ。
「すごく綺麗。不思議な感じ。」
「そうだな。不思議、というよりも神秘的、だろ。」
「うん、そうそう!そのほうがより的確な感じ!」
透けるようなクリスタル。いくつも刺さっている剣。この剣たちはいつからここに眠っているのだろう。
「ところで、他の人いないの?」
「いるさ。」
「でも、こんなに広いのに誰も見えない。」
「本当はいるんだよ。だけど、ここの場所に働いている力のせいで見えなくなってるのさ。何でかは知らないが。」
「ふぅん…あ、こっちに道がある!」
「は?!どこに?」
「何で見えないかなぁ!あるじゃん、ほんのりと!誰かがこっそり通った後!」
「オレには…」
見えないよ、といいつつアキノは瞬きをした。
―――――?
「…氷野?」
目の前にいたはずの氷野がいなくなっていたのだ。
「お、おい!どこに行った?!氷野、氷野っ!!」
呼べど叫べど、誰もいない。
アキノは焦るが周りに人は見えず、どうしようもできなかった。
「もしかして、捕まったのか?」
クリスタル、それは美しい。
だが美しいゆえに、禍禍しい。
ここに来て、戻らないものがたまにいる。それはクリスタルに見惚れられ、クリスタルに宿る魔性に取りこまれてしまうのだという。
「そんな、バカな!」
信じられなかった。
一瞬、瞬きをしただけで、人が消えるなんて。
もしかしたら、見えなくなってしまっただけかもしれない。
アキノは大声で叫んだ。
「氷野―――――っ!!!」


「ん?誰かに呼ばれた?」
氷野はそんな予感がして振り向いた。
すると、アキノの姿がない。自分一人。
「あー、アキノったら私を驚かそうって算段だな。でも、一人でも大丈夫だもーん。」
強がりを言いながら、先に進む。
「何かこの先にありそうな予感がするのよねー。百年眠る財宝とか?!」
つまらない冗談に笑いながら先に進む。
クリスタルの壁がどんどん近くなっていっているような気がした。
「ま、まさかね…。」
少し表情が強張りつつも先に進む。
ずっ、ずずっ…
「あれ…?さっきまで両手を広げられるくらい広かったのに…。」
奥に進んできているからなのかな…、と氷野は思った。
「とにかく、先に進むしかない。」
氷野は恐怖を頭のスミで払い落とし、先に向かって進んだ。
 
キタヨキタヨ…ナニカガキタヨ…
トジコメチャエ…
イヤナニオイガスル…
コノオンナカライヤナニオイガスル…
マガマガシイイヤナニオイ…
トジコメチャエ…

ず、ずずっ、ずずず…

クリスタルが少しずつ氷野の近くへと進む。
だが、氷野はそれに気づかずただ前へと足を進める。

ただ無邪気に。
前だけを見て。

後ろから、何かが追ってきているのも知らず――――


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

・ ・第ニ章・・

「にしても、長いなぁ。いつまで経ってもどこにも着かない。たしか、葉仙様が一周したら元の場所に戻るって言ってたよね?」
長い長いクリスタルの道を歩き続けても、先ほどいたような場所には戻れない。
「しかも、またなんか狭くなってない…?」
今、道の幅は氷野が少し手を動かしただけでも当たってしまうほど狭くなっていた。
「初めはあんなに広かったのに…。」
進むにつれて狭くなる。このまま行ったら…
ゾッとした。慌ててその考えを頭からふるい落とし、さらに先へ進む。
クリスタルの道は、どんどん深く、薄暗くなっていく。
ふ、とクリスタルを移動する黒い影が見えた気がした。
「誰か、いるの…?」
小さな声が、クリスタルに反響する。
だれか、いるの…
だれか、いる…
たれか、い…
たれ…
た…
少しずつ消えていく声に、氷野は身を強張らせた。
― クスクス…
「だっ、誰っ?!」
氷野は驚いて思わず声を上げた。
だが、誰もいない。
また、横を黒い影のようなものが通り抜けた。
嫌な予感がした。
氷野は走り出していた。
本能が氷野に告げたのだ。ここは危険である、と。
走り出した次の瞬間、クリスタルの壁が激しく動いた。
「なっ、何?!」
氷野に向かってクリスタルが迫り来る。
まるで、氷野をクリスタル内に取りこんでしまおうとしているように。
氷野は全身全力で走った。
迫り来る壁が、振る腕にあたりひじからは血が流れた。
― ニゲルヨ…
― ツカマエロ…!
今度はハッキリと聞こえた。
何かが、このクリスタルを動かしているのだ。
「捕まって…たまるもんですかっ!」
踏みこむ足に力をこめ、精一杯氷野は走った。
その間にも、クリスタルはじりじりと氷野を挟みこむ。
腕を振ると更にクリスタルに当たり、血がところどころからにじんだ。
ついには、腕さえも触れないほど狭まった。
「くっ…!」
氷野はそれでも足を止めない。
狭く動きにくいので横になって走る。
今度は足にクリスタルがあたり、膝から血が出た。
このままでは、死んでしまう――――。
氷野は心の底が凍りつきそうになるのを感じた。
そんな…そんなの、絶対に
         ―――――いやだ!
氷野は目の前に一つの光を見つけた。
ただ、それに向かってがむしゃらに走る。
腕から血が流れ、皮膚が削られる。
足からも血が流れ、肉がえぐられた。
走っても走っても、光にたどり着けない。
もしかしたら、光そのものが罠なのかもしれない。
だが、氷野にはその光以外に頼るものがなかった。氷野はひたすらそれを目指した。
ぐっ、とクリスタルが近寄る。
氷野の体はクリスタルに挟まり、少しでも動けば皮膚が破れ、血が噴き出した。
「う…あ…っ!」
痛みに体中が震える。
体中が冷えていく。
氷野はそれでも光に向かって少しずつ体を動かす。
血が流れているのが分かる。クリスタルと体が擦れるたび、体から痛烈な衝撃が走る。

― アキラメテシマエ…
― モウムリダヨ…
― オマエハ…
― ココデ…
― エイエンニネムレ…!

「いっ…嫌だ…っ!」
声がする。クリスタルの中で、何かが笑っているのがわかった。
氷野の姿を見て、あざ笑っているのだ。
氷野の頬からは小さな涙が流れた。

痛い。
苦しい。
辛い。

ずっ、とまたクリスタルの壁が狭まった。
「あ…が…っ!」
体中の器官、骨、筋肉が軋んだ。

でも…
こんなところで…
死にたく…
  ない。

氷野は軋む体で、血の滴る手で、光に向かって手を伸ばした。
 肩を少しずらすだけで、顔に傷がついた。

届いて…
届いて…
届いて…

届け。

かすかに、手に何かがあたった。
氷野は、それを掴んだ。

そして、それをまるで当たり前のように“抜いた”

光が増す。クリスタルの内部で誰かが蠢いているのが分かった。

― アア、ナンテコトダ…
― メザメテシマッタ…
― トジコメラレナカッタ…
― セカイガ…
― セカイガ…
― クラヤミニシズム…
― メザメテシマッタ…
― ワザワイガ…

氷野はハッ、となってクリスタルを見た。
クリスタルは溶けるようにして氷野から遠ざかっていく。
黒い影が浮かんでは消え、そしてまた浮かぶ。
その中で、氷野は小さな白いものを見つけた。
それが何かわかった瞬間、氷野は自分の目で見たものを信じられなかった。

溶けたクリスタルの奥の奥に、ほのかに見える白い衣装。
その服装は、ここを案内してくれた葉仙のものに似ていた。
髪は美しい金の色。
クリスタルの中にいるにも関わらず、なびくようにウェーブを描いている。
その白い人の青い唇がゆっくりと開いた。

――災いが目覚めてしまった…

泣くように言うと、白い人は黒い影にかき消されてクリスタルから見えなくなってしまった。
氷野は血まみれで、手に持ったもので体を支えて何とか立っていた。

その手に握ったものは――――
           ――――… 一本の剣だった。



氷野が消えてしまい叫び疲れた後、アキノは慌てて叫びながら走りクリスタルから抜けた。
「葉仙様、さっきの女がここに来ていませんか?!」
「いえ。お連れ様がどうか…?」
「途中で消えてしまったのです!」
「い、今なんと?!」
「途中で消えてしまったのです!」
「まさか、クリスタルに…?」
「分かりません…。」
「分かりました。私どもで調べてみます。」
「大丈夫なんですか?」
「分かりません…。私どもでも危ないのが実情でしょう。」
「では、オレが…!」
「無理です。普通の人では、クリスタルの中に“潜り込む”ことは出来ません。」
「潜り込む?」
「そうです。お連れの方は多分、クリスタルに連れこまれたのでしょう。クリスタルに連れこまれた、という事はクリスタルの“中”に入ってしまわれたということです。」
「中に…?」
「極まれに、そういう事がございます。」
「私が行ってみましょう。」
「良いのですか?」
「もちろん、それが私どもの仕事でございます。」
「では…よろくしお願い致し…うわぶっ!」
アキノはもんどりうって倒れた。
ものすごい衝撃が背中に走る。
「痛っ!痛い痛い!なっ、何事だっ?!」
アキノが振り返ると、背中の上に一人の女が乗っていた。
「いたた…。」
「氷野っ!」
アキノが背中に乗っている女に向かって叫んだ。
「あっ、アキノ。一人で先にどっか行っちゃって…大変だったんだからね!」
「何言ってんだ!お前が先にいなくなったんだぞ!」
「あれ…?おかしいな。」
「それになんだお前、その血だけらの格好は!いろんな所から血が噴き出してるぞ!顔まで…!」
「あー、なんか大変だった。クリスタルに挟まれて…。」
「何?」
「あのねー…」
 慌ててアキノが氷野に抗議する。
「説明は後でいいっ!とっ、とにかくっ!オレの背中から…どけっ!!」
「あ、ごめーん。」
あはは、と笑ってアキノの上からどいた。
「ったく…。」
アキノは目の前にあったクリスタルにつかまって立ちあがった。
「お前という奴は!!」
ぶん、と手を振ると勢いよく何かが抜けた。
「あ。」
「あ。」
氷野とアキノが同時に叫んだ。
「おや、抜かれましたか。おめでとうございます。」
「ぬ、抜けた…?」
「わー!すごいすごい!おめでとー!」
アキノは信じられないように手元の剣を見た。
青い剣はすらりと長い。まるで体の一部であったかのように、手によく馴染んだ。
「し、信じらんねぇ…。」
「良かったじゃん。これで、決勝進出だね!」
「あぁ!」
無邪気に笑う氷野の手にあるモノを見て、アキノは目をむいた。
「って、氷野!お前手に何持ってんだ?!」
「へ?これ?」
氷野があの時抜いたもの。
それは、剣だった。
だがその剣は――
「錆びて鞘から抜けないの。」
「へぇ。珍しいな。錆びてる剣なんて。普通、こういう風に綺麗なもんだが。心が表れてるのかなぁ?」
「何?!それは、さりげなく私をバカにしてる?!」
「そんなわけじゃないけど、また随分と黒い剣だな…。」
「そうだね…真っ黒…。」
「黒い剣…?すみませんが、少々拝見させて頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ。」
「こ、これは…。」
「ど、どうか?」
「いえ。珍しい剣ですね。黒い剣とは…。」
「あ、そう思えば、迷った時、白い服を来た綺麗な女性を見ました。クリスタルの中にいたんです。」
「クリスタルの中に…!それは、どのような人でしたか?!」
「え…?白い服を着た、金色のウェーブした髪の人でしたよ…?」
「そうですか…。」
「どなたか、お知り合いですか?」
「いえ…。さ、剣をお取りになったのならばあの門から外へ…。」
「あ、はい。ありがとうございました。」
「本当にありがとうございました。」
「いえ、いいのですよ。それが私たちの使命ですから。」
葉仙は穏やかに笑い、二人は門から外に出た。もちろん、剣は隠して。
「で、何があったんだよ?」
「あのね、クリスタルに挟まれたの。歩いているうちに、だんだんこう、壁が狭くなって…。」
「そんな事があるなんて、聞いたことねぇぞ。」
「アキノでも聞いたことないの?」
「連れ去られた事ならたまに聞いたことがあるが…。」
「とにかく、大変だった。必死で光の差す方に手をやったら、何かが当たって、それでそれを思わず抜いたの。そしたら光がぶわーっ!てなって、助かった。」
「お前の説明は大まか過ぎて分からん。」
「失礼なっ!とにかく、感覚しか覚えてないの!」
「まぁ、とにかく無事でよかったよ。」
ため息まじりにアキノは笑った。

階段を降りて地上に着くとアキノが何とも言えぬ表情で気まずそうに頭をかいた。
「…?アキノ、どうかした?」
「あのさ、ここで、お別れだな。」
「あっ、そうか。」
何だが、ずっと一緒にいてくれるような気がして、氷野は慌てた。
恥ずかしい。
勝手に思いあがって。
「じゃあ、元気でやれよ。あんまり、他人を信じ過ぎるな。」
「うん。分かった。そっちこそ、元気でね。女には気をつけてね。」
「余計なお世話だよ。」
アキノは苦笑して、去っていった。

「…一人かぁ。」
「おや、帰ってきたね。」
「あ、おばさん!」
「で、どうだった?」
「うん。取ってきたよ。」
「みせてくれるかい?」
「うん。」
はい、これ。と言って剣を手渡す。
「…黒い剣だねぇ。」
「そうでしょう。しかも鞘から抜けないの。」
「そうかい。そうかい。この剣の意味を考えなさい。アタシが言った言葉を思い出して。」
「…意味かぁ。」
何だろう?と思いつつおばさんに借りたものを返した。
「じゃあ、これをあげよう。」
見てみればリュックのようなもの中には様々な物が入っている。
「こ、これ…?」
「孫を二、三発殴っときたいからねぇ。」
「あ、ありがとう。」
ぎゅっ、とリュックを抱きしめて何度も何度も頭を下げた。
「それじゃあ、私ももう行くね。おばさん、ありがとう。」
「いやいや、頑張りなさい。アンタの星に永劫の輝きがありますよう…。」
「それは?」
「祈りさ。人々はこうやって星に祈りを捧げるのさ。」
「ふぅん。ありがとう!おばさんの星にも永劫の輝きがありますように!」
氷野は手を振って道を歩いていく。
おばさんは微笑みながら、その先を祈った。


「さて…これからどうしようか…。」
困った。
よくよく考えたら、どこに行けばいいのか知らない。
「これは、本当に困ったぞ…。」
うーん、と悩んでいると三人の男が声をかけてきた。
「君、どうしたの?」
「あっ、ちょっと行き先がわからなくなってしまって…。」
「それ、星見塔の剣?」
 思わずハイ、といいそうになった。
「いえ、違います。祖父から頂いた剣なんです。錆びてて使えないんですけど…。」
「ふぅん。君、何処に行きたいの?」
聖地ですー!と言っていいものか迷う。
「聖地の近くに村がありますよね?」
「あぁ、あったね。」
「そこに、おばあちゃんがいるのでそこに行きたいんです…。」
うまいっ!絶妙だっ!と、自己満足。
「じゃあ、この地図を見て…。」
「あ、はい。」
地図を見せられ、それを見る。
「で、ここが…」
「はぁ…。」
何となくでしか分からないながらも頷いた。
「ちょっと、そこの氷野じゃないか?!」
「あー、アキノー!」
後ろの男二人がビクつくのが分かった。
「??」
「何やってんだよ。」
「道を聞いてるのー!」
「道を、ねぇ。ふぅーん…。」
じろじろと男三人を見まわす。
「ところで氷野、お前剣はどうした?」
「腰に…?あれ?」
「これだろ?」
「あっ!私の剣!どこに!」
「今、ここにあったんだよ。こいつの手。」
後ろ二人組のうちの一人が、あれっ、と手を見た。
「いつの間に…!」
「気をつけろって言ったろ。お前、分かってないなぁ。」
「ところで、そこの男三人組さん。ケンカなら買うけど?」
じり、と三人は後ろに後ずさり、一目散に消えていった。
「いやー、ビックリビックリ。人って簡単に信じちゃいけないのねー。」
「だから、気をつけろって言ったのに…。」
「まぁ、アキノがいてくれたから何とかなったよ。ありがとう。」
じゃ、と先を急ごうとした氷野の手を掴み、アキノはため息をついた。
「お前、何処に行くんだよ?」
「へ?聖地。だって、王にならなくちゃ。」
「お前、聖地がどこにあるのか知ってるのか?」
「知らない。けど、いつか歩いていけば着くでしょ?」
「お前な〜!無謀すぎ!そんな簡単なものじゃないんだぞ?!」
「でもぉ…。」
道知らないし、ここがどんな所かも知らないのに。
「全く…。これも何かの縁かもな。」
「へ?」
「オレが一緒に行ってやるよ。」
「ほ、本当?!」
「本当本当。とにかく、コイツもあるし…。」
手には小さな黒い袋が。
「それは?」
「さっきの連中の置きみあげ。」
ジャラ、と音が鳴る。その音からして金のようだ。
「そーゆーこと、しちゃいけないんだよー!」
「分かってる。けど、時と場合さ。目には目を、歯には歯を。」
「ふぅん。それってこっちでも使うことわざなんだ。」
「こっち?」
「ん?いや、こっちの話。」
アハハ、と笑って誤魔化す。
「とにかく、今から聖地に向けて歩くが、いいか、お前その装備で凍え死んでも知らないぞ。」
「え?寒い?この装備?」
というか、制服なんですが。
「寒くて死ぬ方に百点。」
「さらに倍。」
「ちょうど置きみあげがあるから、それで装備を整えよう。オレのオススメの店が近くにあるから…。」
氷野が目をキラキラさせてアキノを見た。
「なっ、なんだ?」
「アキノって…いい人―っ!!」
うきゃーっ、と氷野はアキノの腕にしがみつく。
「お前、そんな事今更気づいたのか?」
「うわっ、何か感謝する気持ち三十点下降。」
「失礼な。」
二人は防具店に入った。
防具店は明るく、綺麗に整えられている。カウンターにヒゲの生えたおじさんがいた。
「いらっしゃいませー。」
「よぉ!また来たぜ。」
「アキノか。ひさしぶり。ところで、横の可愛いお嬢さんは?」
「連れ。」
「珍しいな…お前が連れを作るなんて…。」
「そうか?いつものことさ。」
「で、お嬢ちゃんにプレゼントかい?ここにはそんな可愛いものないぜ?」
「ちげーよ。コイツも行くんだよ。あそこに。」
「この可愛いお嬢ちゃんがかい?悪い夢なんじゃないのか?」
「ちげーよ。本当さ。」
「ふぅん。で、防寒具が欲しいってわけか?確かに、寒そうだもんなぁ。」
「だろ。ちょっと見繕ってくれよ。」
「…で、金は?」
「ここに。」
「どうした、なんでこんなにある?」
「とある連中の置きみあげ。」
「お前がそういう時は、必ず裏がある。また、盗ったんだな?」
「失礼な。先に盗ろうとしたのは向こうの方さ。」
「そりゃあ、仕方ねぇな。じゃあ、ちょっくら待ちな。お嬢ちゃんはこっちへ。いろいろ測らなきゃいけないからな。」
「あ、ハイ。」
氷野はおじさんに連れられ、様々な部分の測定をされ、アキノの元に帰された。
「あと、十分ほどお待ち下さい。」
丁寧に女性の助手が微笑んだ。
十分ほど喋りながら過ごすと、さっきの助手がやってきた。
「大変お待たせ致しました。これが、その商品でございます。」
手渡された防寒具は、何かの毛皮のおかげでふかふかだ。
「うっわー!すごーい!あったかそう!」
「うわっ、本当にすごいな…」
「だろ?オレの自信作!」
「っで、値段は?」
「けっこういい値段してるぜ。まぁ、よしみで値引きしとく。」
「本当か?」
「あぁ、この袋の中の金が半分ごっそり無くなるぐらいさ。」
「高過ぎるぞ!」
「まぁ、仕方ないだろ。いいものには金がかかる。それがここの道理さ。」
「まぁ、まだ半分で済んだだけマシか。」
仕方ないな、とため息を吐くアキノの横で無邪気に氷野が羽織った。
「あったかい!スゴイっ!寒さ知らず!」
「そうだろう。まぁ、感謝しとけ。あの盗賊サンたちに。」
「うんっ!」
無邪気に頷く氷野に、アキノは少し笑った。

「ところで、聖地の近くに町ぐらいあるよねぇ?」
「は?ないぞ、そんなもの。」
「はうっ!」
何処が絶妙じゃボケーっ!と、自己ツッコミ。
「聖地の近くは森で町なんてないぞ。」
「知らなかった…。」
「お前、本当に何も知らないんだなぁ。」
しみじみと言う。
「そんなにしみじみと言うなぁっ!傷付く!」
「そうか?別にいいと思うんだが。」
「ところで、王ってどんなの?世界征服できるの?」
「は?違うぞ。一国の王だ。」
「えー!たって一つ?!もっと沢山あるかと思ったのに〜。」
「お前、本当にど田舎から来たんだな。仕方ないから説明してやるよ。いいか、今回は「楓」国の王が退位表明したから、こうして新しい新王を決めるために皆が集まってきているんだぞ。」
「つまり、一つの国に一つの王がいるって事?」
「そうそう。」
「じゃあ、どうして聖地で決める必要があるの?」
「さぁ。そこまでは知らないが、聖地で何かが王を決めるんだよ。皆は剣と何か関係があるんじゃないかって言ってたけど、実際にはよく分からない。」
「ふぅん。聖地に行ったことのある人はいないの?」
「いるさ。」
「じゃあ、その人に聞けばいいじゃない。」
「覚えてないんだよ。全くといっていいほど。」
「嘘ーっ!もったいない!」
「その内、覚えている奴らはそのまま宮廷暮らし。官になるのさ。官は内部の事をやすやすと話したりしない。」
「宮廷って一般の人も入れるの?」
「入れない。普通の人が入れたら、王の威厳がなくなっちまうだろ。」
「威厳…ねぇ。」
「とにかく、官になったら一生宮廷暮らし。家族も一緒に宮廷に暮らしてもいい事になっている。宮廷には学校もちゃんとあるらしいしな。」
「へー。よく知ってるねぇ。」
「まぁな。これぐらいは分かるだろ。だって、家族が引っ越しするときとか、近所に「夫が官になりましたので、宮廷に行くんですの、オホホ〜!」とか言って自慢するだろ。」
「なるへそ。」
分かってくれればそれでいい、とアキノは微笑む。
氷野もつられてエヘへと笑った。
2004-03-25 17:02:08公開 / 作者:冴渡
■この作品の著作権は冴渡さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
?回目の投稿となりました。
実は、ラブコメではなくファンタジーだったんですね。今知りました(笑)
というのは、さておき、細かい部分など分かりにくいかもしれませんが、感想などレスを残していってくださると嬉しいです。
注意、指摘、感想…どんな簡単なものでもいいのでお待ちしてます(^∀^)

今度は三回目の投稿です。
長すぎるようです…すいません。m(_ _)m
でも、もっともっと長いんですー!
どうしたらいいんでしょうか…
とりあえず頑張ります。ではでは。
この作品に対する感想 - 昇順
微妙にラブコメっぽかったような気もしますが、とてもおもしろかったです。次回も頑張ってください!
2004-02-23 22:59:07【★★★★☆】フィッシュ
フィッシュさんありがとうございます〜!これからもがんばりますので、よろしくお願いします〜(≧▽≦)
2004-03-07 15:06:52【☆☆☆☆☆】冴渡
読ませてもらいましたvvかなり面白い作品だと思います。でも氷野さんが可哀想になってきます;(変態呼ばわり・・)次回もがんばってください!
2004-03-25 17:42:19【★★★★☆】千夏
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。