『君・経由―完』作者:葉瀬 潤 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角17532.5文字
容量35065 bytes
原稿用紙約43.83枚
<プロローグ>                            
 
 成樹(ナルキ)高校について紹介しよう! 
 我が学校は、自由奔放で、厳しい規則もなく、受験生にはかなり人気の進学先である。
 さらに人気の理由を挙げるとしたら、カップルができやすい学校なのだ。全体の約90%がカップルを占めている。すごいだろ?
 僕は、そこの生徒会長・鏑木翔太だ。
 そして、『コミュニケーションプロジェクト』=『恋愛』を運営する【特命委員】の鏑木一平と青井春奈の二人が、責任を持って、在籍生徒約600名の恋愛を記録するのだよ。
 そこらかしこで愛が生まれ、ときに砕け散る愛もある。
  『契約届』−カップル成立を証明する
  『解除届』−カップル消滅を証明する、といっためんどくさい書類がある けど、この学校は、まさに『恋愛一色』!
 君は気に入ってくれたかな?



第一話<出逢い、そして遭遇>

 時刻は朝の七時三十五分。秒針は休まず動いている。
 杉崎真夜(マヤ)は、じぃと教室の時計をみていた。
「おはよう」
 友達の松木和佳(ワカ)が背中をポンとたたく。あと五分で朝のチャイムがなる。いつもギリギリでくる和佳は、間に合ったことに安堵して、静かに席に座った。
「来た!」
 秒針の動きを見張っていた真夜は、勢いよく立ち上がり、すぐに窓のほうに走った。和佳はもう呆れていた。
 ちょうど窓から校門がみえる。顔をだした真夜の視界にすぐ入ってきたのは、彼女の憧れの人。友達と楽しそうに話しながら、自転車でいつもこの校門をくぐる。窓の手すりにもたれて、その姿を観察するのが、彼女の日課だ。たった数秒の幸せなひと時を、こうやって朝に満喫する。
 憧れの人は、校舎が邪魔ですぐに消えてしまった。
「はぁ〜」
 ため息をつき、静かに自分の席に戻る。
 そして、隣にいる和佳にやっと気づき、挨拶をした。
「あ、和佳ちゃんおはよう!」
「あんたねぇ、そろそろソレやめない?」
 うんざりそうに、和佳は頬杖をついた。真夜はきょとんとした。
「ソレって何よ?」
「さっきしてたこと。あの先輩をみたくて、いつも窓で見張ってるなんて、中学校のガキじゃあるまいし」
 欠伸する口を手で抑えながら、和佳が言った。
「だって! 名前分からないし、あっち先輩だし。近づくなんてできないから、こうやって窓から・・・」
 彼女はもじもじとした。
 真夜は数日前から、今の日課を繰り返している。そもそものきっかけは、《彼》のさわやかな横顔に、心がときめいた登校途中でのことだった。その頃は、彼女も遅刻ギリギリで教室に来ていたが、《彼》の姿をちゃんとみたくて、朝一番に来るようになった。
「ようは一目惚れ。なんの進展もない片思いね」
 和佳はそれだけをいうと、真夜に一枚の紙を渡した。何が書いているのとかは期待はしてないが、そっと折っている紙を開いた。
「・・・三谷雅人。2−Dに在籍。只今フリーって・・・これってもしかして!」
 真夜は飛び跳ねた。何度も読み返し、その名前を口にしてみたりと、嬉しさのあまり和佳の腕をつかんだ。
「実らない恋を手助けするのが、親友ってものよ」
 和佳も笑って、彼女の反応を楽しんだ。
「ありがとう! よく調べたわね」
「パソコンよ。ここの学校ホームページにアクセスして、在籍する全生徒の名簿を呼び出して、顔写真でみつければすぐにわかったわ」
「へぇ〜」
 素直に感心した。
 真夜のいる1−Aのクラスの大半には、彼氏・彼女がいる。女子は男の話に花を咲かせていた。男子は携帯をみせ合って、やはり女の話で盛り上がっている。多分、このクラスでフリーなのが、女子では8人ぐらいはいる。
 一人目が親友の和佳。二人目が苦手なタイプの仙頭沙織さん。三人目が時々話しかけてくれる田村藍さん。四人目があまり恋愛に興味のなさそうな青井春奈さん。五人目が真夜だ。他のクラスメイトについてはまだ面識がないので、詳しい名前などはわからない。
「よし! こうなったらアタックしまくって、雅人先輩と付き合っちゃおう!」
 希望が沸いた。真夜のこぼれそうなぐらいの笑顔が、たまらなく可愛いなと思う和佳だった。

 あれから昼休み。真夜は、2−Dの教室近くまで来たのはいいが、肝心の《彼》をみることもできず、ただの緊張だけに終わった。
 和佳の隣りでしょぼくれる彼女。机の上に頭を乗せて、ため息ばかり洩らす。その様子に興味があったのか、クラスメイトの橋本慎二が近づいてきた。
「杉崎、どうしたんだよ?」
 真夜からは何の返答もなく、慎二の視線は、和佳にたずねた。
「はしゃぎすぎて、疲れているの」
 それだけでは物事が飲み込めず、慎二は和佳に詳しい事情を聞いた。
 憧れの彼−三谷雅人の名前を知ったのはいいが、彼と直接会って話す機会もなく、早くも『見守るだけの恋=失恋』が、頭にでてきた。そう落ち込んでいた真夜の耳に、慎二の声が入ってきた。
「それなら、その先輩と仲のいい奴がいるから、そいつを通じて知り合うのが無難だと思うぜ」
「その、雅人先輩と仲のいい人って誰?」
 さきほどの気落ちが嘘のように、真夜が顔を勢いよく上げた。驚いたのは慎二のほうで、少し後退りをした。
「確か・・・1−Bにいる山田有希(ユウキ)っていったかな。よくあの先輩と帰るトコみているから、間違いないと思うぜ。でも、あいつはやめたほうがいいぞ。あいつはな・・・」
「もういないわよ」
 慎二が言いかけたところで、真夜の姿は教室から消えていた。その生徒の名前を聞いたとたんに、ものすごい形相で1−Bへと走っていったのだ。慎二は呆気にとられた。
 和佳はもう、彼女の突っ走る行動をみるのには慣れていて、そう驚きはしなかった。
「えと、山田有希くんっていう人いますか?」
 1−Bの女子を引き止めて、真夜は必死だった。その女子は、あまりその山田とかいう男にいい印象がないらしく、聞かれたとたんに顔が歪んだ。
「山田くんなら・・・あっ、そこにいるわ」
 廊下を指差し、女子はいった。礼を言う隙もなく、女子は教室の奥に消えた。第一印象『不良』みたいな少年が不機嫌そうに、彼女の真ん前で、立ち止まった。背が一般の男子生徒よりかは一回り小さく、152cmの真夜とはあまり差がなかった。
「どけ」
「え?」
「おまえが入り口ふさいでいるから、俺が入れない」
 真夜が自分の位置を確認すると、ちょうど教室の入り口で彼を通せんぼしていた。
「ごめんなさい!」
 怒られていることをすぐに意識して、真夜はペコペコと頭を下げて、入り口から出た。少年は、真夜をじろじろとみながら、教室に入っていった。
「あっ! ちょっと待って!」
 はっとして、真夜の手が、少年の腕を掴んだ。ギロリと睨まれ、体が縮こまりながらも、真夜はいった。
「わたしとお友達になりませんか?」
「は?」
 少年−山田有希は首を傾げた。頭の中がパニくっていて、真夜も自分の言った言葉に、おかしさを感じた。有希は手を振り払った。
「なんで、俺がおまえと友達なんだよ?」
「そ、それはですね・・・」
「何だよ?」
 思考回路が働かず、口から何もでてこなかった。真っ白になった頭には、唯一あの憧れの先輩の顔が浮かんだ。そして、言ってしまった。
「あなたと仲良くなって、三谷先輩と仲良くなりたいんです!」
 有希の制服の袖を力強く掴み、真夜の目が真剣に訴えかけた。
 昼休み終了のチャイムが鳴った。
 みんなが慌てて教室に入っていく。有希は何も言わず、真夜の手が離れるのを待った。
「あたしの用件はこれだけなんで、失礼しました」
 ゆっくりと制服から手を離し、自分の教室に戻ろうとした。
「待てよ!」
 彼に引き止められた。もう午後の授業が始まっている。教科書を持った先生たちがもうすぐ来てしまう。
「おまえの用件はわかった。だから、今日の放課後、俺の教室に来い」
 それだけいうと、真夜の背中を軽く突き飛ばした。振り返ると、有希がこちらに手を振って、教室に入っていったのがみえた。 
 
 真夜のいない教室では、慎二がこっそりといいかけたことを和佳に教えた。
「山田有希は、自己チュー野郎だから、正直、友達関係で済まされるわけがないんだよ」



第二話<傷心、そして至福>

 1−Aの教室には、まだ先生が来ていなかった。
 山田有希の重要な情報を聞いた和佳は、慎二を睨んだ。
「そんなに性格が悪い奴を、真夜に教えるなんて、最低ね」
「ちゃんとそれをいようとしたら、真夜が勝手に突っ走ったんだろ? それに、三谷先輩と仲がいい奴の例を挙げるとしたら、まず山田有希の名前がでてきたから、それを真夜に伝えただけであり、決して、あんな奴と仲良くなれとはいってないからな」
 言い訳のように聞こえて、和佳の不機嫌さは変わらなかった。気が弱い慎二は、なにか言葉を付け足そうと必死になって考えた。
「ただいま〜!」
 そこに真夜の明るい声が飛び込んできた。慎二は申し訳なさそうに立ち尽くし、和佳はそっぽを向いた。
「どうしたの? 二人とも。喧嘩? 珍しいねぇ」
 そんな二人をみても、真夜の明るさは変わらなかった。不思議に思ったのが、和佳と慎二だった。真夜は教科書を出しながら鼻歌なんかを歌っている。
「あの山田って男の子と会ったの?」
 和佳が聞くと、彼女は大きく頷いた。
「で、どんな奴だった?」
「はじめはすごく怖かったけど、『友達になりませんか?』っていったら、『放課後俺の教室に来い』っていわれたの。これで、三谷先輩に一歩近づいたことになるよね?」
 真夜の元気な姿にホッとしたせいか、和佳は近くにいる慎二に(さきほどの言動を許すという)視線を送った。胸を撫で下ろしながら、彼は息を吐いた。
「で、奴は友達になってやるっていったのか?」
 慎二が核心に触れた。和佳もそれが気になった。
 当たり前の答えを待っていたが、一方の真夜は思い出すように、額に指をあてた。
「それは・・・」
 言葉が詰まった。嫌な予感をする二人。
「多分・・・。いわれてない。ただ、放課後にゆっくり会おうみたいなことしか聞いてない」
 急に顔色が曇った。真夜の脳裏では、笑顔の三谷先輩が手を振って去っていく情景が浮かんできてしょうがなかった。
 かける言葉もなく、和佳はただ真夜をみていた。午後の授業開始のチャイムから約十分が経った頃、やっと教師が顔をだした。みんなが慌しく席に着こうとしている。慎二もその中の一人だった。
「大丈夫よ! 和佳が心配しなくても、絶対この恋は成功するんだから!」
 そういって和佳に大きくVサインをみせた。和佳は苦笑いして、なんとか愛想よくした。

 生徒が一斉に帰りだした。真夜も教科書などを鞄に詰めたあと、すぐに隣のクラスへと走って行った。約束の放課後だった。和佳がサヨナラを言うより早く、彼女の姿はもう教室にはなかった。
 1−Bの教室を覗くと、誰もいなかった。真夜は1−Bの入り口をそっと開けてみた。
「え?」
 真夜が教室の中に入ると、あの背が低い少年−山田有希の姿がどこにも見当たらなかった。背伸びをしてみても、机の脚の間をみても、そこには真夜しかいなかった。
「これって・・・すっぽかしですか?」
 あの好青年がそんなひどいことをするわけが・・・。真夜はため息をつきながら、足が自然に窓側へと歩いていった。窓は閉まっていて、教室から見えるのは、騒がしく下校する生徒の群れ。その大半はカップル。手をつないだり、自転車で二人乗りしながら楽しく帰っていく。近くの椅子を引いて、真夜はその光景をしばらく眺めていた。もしかしたら憧れの彼が通るかもしれないという期待が、胸を膨らませた。
「ん?!」
 真夜が椅子から立ち上がった。憧れの先輩を発見して、笑顔がこぼれるはずだった。が、その視界には、あの山田有希をもとらえてしまった。
「なんで、あいつが?!」
 憧れの先輩と楽しく何か喋っている。怒りが一気に込み上げてきて、真夜にはもはや有希しか目に入ってなかった。勢いよく窓を開けて、彼の後頭部めがけて叫んだ。
「山田有希! 待ちなさーいー!」
 真夜の声に気づいて、有希は振り返った。その顔はどこか愛嬌のある少年だった。
「なにか用か? えと・・・誰だっけ?」
 とぼけた様子で、有希は首を傾げた。真夜は自分の名前を告げてないことにようやく気づいた。ハッとした時には、有希の隣にいる三谷雅人が不思議そうにこちらを見上げていた。彼とばっちり目が合ってしまい、彼女の頬は紅潮する。
「1−Aの杉崎真夜ですけど! 放課後ここで待っているようにいわれてましたけど、あなたにすっぱかされました!」
 頭の中は混乱し、唯一口だけがちゃんと動いてくれた。真夜が立ち止まっている二人をみると、有希は手でメガホンをつくり、こう叫んだ。
「すっかり忘れてたよ! だって、俺を利用するような奴なんかとの約束なんて、どうでもいいからな!」
 《利用》という単語がでてきた時点で、真夜は後退りしたくなった。確かに有希と友達なるのは、結局は彼を利用して、三谷雅人と自然に知り合うことが目的。その罪悪感もあるせいか、真夜の心は痛んだ。それも目の前にいる三谷雅人がそれをちゃんと聞いているのだ。第一印象は最悪に間違いない。有希がニヤニヤして、こちらを眺めた。隣の三谷雅人は、彼になにか話しかけている。ここでは聞き取りにくいが、初対面の自分についてのことに違いない。真夜の顔はだんだんと歪んでいった。
「有希をよろしくな!」
 そう笑って、三谷雅人はこちらに手を振った。
 自分に笑ってくれている。杉崎真夜という私に、喋ってくれた?
 彼の笑顔をフィルムで一枚ずつ撮るように、真夜はこの時を鮮明に記憶していく。しばらく返す言葉が見つからなかったが、三谷雅人は最後にこう言ってくれた。
「真夜ちゃん! 暗くなるから、気をつけて帰るんだよ!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
 緊張していた顔の筋肉が緩み、真夜は笑った。有希の頭を軽く小突いて、彼は去った。有希自身は特に不満顔をするわけでもなく、それから真夜には何もいわず、おとなしく帰っていった。
「名前呼ばれたよ。あー幸せだよぉ」
 素直に笑顔がこぼれ、真夜は彼に言われたとおりに、すぐに帰宅した。家に帰ってからも、寝るまでずっとそのままの調子で、家族は内心不気味がっていた夜だった。 


第三話 <焼きそばパン、そして屋上>

 橋本慎二が慌しく様子で廊下を走っていた。その両手には、焼きそばパンとカレーパンが握られていた。あともう少しで自分の教室がみえる。和佳とじゃんけんをして、負けたほうが今日の昼食をおごるという冗談で始まったゲームは、こうやって実行された。
 ちょうど1−Aの教室前に誰かが立っていた。慎二は目を凝らして、その人物を突き止めた。一般の男子と比べて背が低いという特徴から、山田有希と認識した。
「おい! おまえ邪魔!」
 有希と目が合った。その視線が、慎二の持つ焼きそばパンとカレーパンをみた。どういう用事でここに来てるかは知らないが、普段1−Aとは関わり合いのない有希となると、怪しいものを感じる慎二だった。
「なぁ、杉崎真夜を呼んでくれないか?」
 そこから退く気配はなく、慎二を通せんぼしていた。
「あいつに何か用事か?」
 教室の中をみると、真夜と和佳が楽しく雑談していた。和佳がこちらに気づき、早く来いと手招きをする。
「あんたは杉崎の保護者か?」
 有希の陰険な声に、身震いを感じ、慎二は教室に向かって声を放った。気が弱い彼は、何も言い返すことができなかったのだ。
「杉崎! 山田が呼んでる!」
 廊下から有希が顔を出した。
「あ、すぐ行く!」
 席をたち、こちらも慌しい様子で教室をでた。真夜を待たずに、有希の足がどこかに向かっている。
「サンキュー」
 慎二とすれ違いざまに礼を言った。腰が低い慎二はペコペコと頭を下げ、やっと教室に入ることができた。
 真夜のいない教室。和佳にカレーパンを渡した。そして自分の昼食である焼きそばパンを持つ感触がないことに彼は気づいた。
「どうしたの?」
 袋を開け、和佳はカレーパンにかじりついた。
「ない・・・。俺の焼きそばパン。もしかして、山田が盗ってたのか?」
 できればそういう方向には考えたくなかった。

 有希の後を追って着いたのが、屋上だった。階段を上ってドアを開けると、涼しい風が体をすり抜けていく。真夜は、この学校に入学して初めて屋上という場所に来た。
 有希の背中が手すりにもたれていた。隙をついて慎二から奪った焼きそばパンを食べていた。
「あの、用って何ですか?」
 大きな声を上げて、真夜はたずねた
 有希は振り返り、得意気な表情で答えた。
「俺と雅人が親しいっていう事実が、昨日みてはっきりしただろ?」
「・・・それをみせつけるために、約束をすっぽかしたんですか?」
「まぁ、あれは単に忘れていたわけだ。お前の声が聞こえた時にはびっくりしたぜ。雅人もびっくりしてたなぁ」
 クスクスを笑みを浮かべ、彼女の反応を待った。
「やっぱ大声はまずかったですかねぇ。嫌われたかな?」
 もじもじしながら、昨日ことを思い出した。三谷雅人のあの笑顔と優しい言葉が、今でも消えずに繰り返し流れていた。
「雅人は元気な女の子が好きだから、いいんじゃない?」
「え? 元気な女の子が好きなの?」
 有希はこくりと頷いた。真夜は飛び跳ねた。胸が躍り、知らずに笑顔がこぼれた。そんな彼女を、ジィーとみつめる有希。
 軽く咳払いをして、真夜の体をこちらに向けさした。
「俺ともっと親しくなったら、雅人のメールアドレスと電話番号を教えてやるぞ。どうだ?」
 制服のズボンから携帯を取り出し、真夜の顔の前で、雅人のメールアドレスと電話番号を表示した画面をみせた。
「こ、これは・・・」
「一週間だけ、俺の友達になれ。雅人のことをなんでも教えてやるし、雅人と会わしてやる」
「マジですか? たった一週間友達しただけで、雅人先輩のすべてがわかるんですね!」
「まっ、おまえが『友達になれ』と言って始まったことだから、俺としてはその要求に答えてやるということだ」 
「ありがとうございます! このご恩は卒業するまで忘れません!」
「おい、卒業したら忘れるのかよ」
 有希が軽いツッコミを入れた。
 目を輝かし、真夜はその条件を飲んだ。
 有希の顔に笑顔はない。ただ携帯の画面を眺めていた。
「明日からでいいですか?」
 唐突な彼女の声で我に戻り、有希はいつもの生意気さを発揮した。
「明日から一週間。俺とおまえは友達なわけだから、途中で放棄したら罰金とるぞ」
「雅人先輩のために頑張ります!」
「まぁ、頑張りなさい。けっこうキツイかもしれませんが」
 頭の後ろで手を振りながら、有希は屋上を後にした。焼きそばパンが入っていた袋が風で飛ばされそうになっているのを、真夜は拾った。
 すこし寂びそうな目で、有希の立ち去った屋上を見渡した。なんて孤独な場所。1−Aの教室の騒がしさとは比べものにならないほど静寂している。
「有希って、いつもここで昼休み過ごしているのかな?」
 真夜は呟いた。

 明日から一週間だけ、山田有希と友達なる真夜。
 憧れの先輩・三谷雅人に近づくために。



第四話<ダッシュ! そしてベストプレイスへ>

 一日目の昼。真夜は食堂に走った。午前の授業が終わった直後だった。いつも一番乗りだった慎二を抜き、真夜は食堂のカウンターにもたれ、息を荒げた。販売員のおばさんはびっくりした表情をみせる。
「そんなに慌てなくても、パンは逃げたりしないよ」
 フフフと笑い、初めて食堂に顔をだした彼女を心配した。真夜はカウンターに五百円をだし、クリームパンとアンパンと買った。慎二が食堂に着くと、真夜はもう用事を済ませていた。
「おまえ、弁当じゃなかったけ?」
「あんたには関係ないでしょ」
 珍しくイライラしている彼女の口調に、慎二は何も言い返す言葉がなかった。残ったお金で、近く自動販売機で紙パックのお茶を買う。


 雲ひとつない空が視界いっぱいに広がっている。屋上で一人座り込む有希は、その空を眺めた。ガタという物音が聞こえて、顔を戻した。パンと紙パックをかかえて、真夜は重いドアを開けた。
「遅いぞ、杉崎。遅刻した理由を述べよ」
「これでも全力疾走したのよ! 昼食の買い出しをしたのちに、ここに五分以内に来るなんて無理!」
 真夜は、コンクリートの床に腰を下ろした。疲れきった彼女を見下ろし、有希はしかたなさそうにこう言った。
「よし、明日からは七分以内で来い」
「無理! てか七分って微妙!」
 真夜の大声が響いた。その反応に少年はケラケラと笑った。
 有希がパンを食べている間、二人は無言のまま昼休みを過ごしている。真夜は涼しい風にあたりながら、屋上からみえる町の景色を。
 有希は日陰で、お茶でのどを潤した後、彼女に近づいた。
「いつもここにいるの?」
 彼の気配に気づき、真夜はたずねた。有希はああと頷き、真夜と同じ景色を眺めた。
「雨の日とかも?」
「まだ雨降ったことないから、それはわからないな。でも、この場所は俺のベストプレイス! この時間帯だけ貸し切りなわけ」
 そういって、彼は腕を伸ばし、床にゆっくり倒れた。日当たりのいい場所なだけに、有希は眠気に襲われた。
「いいなぁ。あたしも自分のベストプレイスを見つけたいな」
 真夜の行動範囲は狭い。気がついたらいつも教室にこもって、和佳とお喋りしている。たまに慎二が割り込んでくる時もあるが、それでも楽しい居場所。
 もしかしたら、あたしのベストプレイスは・・・。
「おまえはあの教室だろ?」
 後ろから有希の声が教えてくれた。
「そだね」
 ニッコリと彼女は微笑む。
 そろそろ昼休み終了の予鈴が鳴る。
 有希が上半身を起こそうとしたそのとき、急な突風が吹き、彼の目の前で真夜のスカートが勢いよくめくれた。有希はしばらく固まったあと、腰についた汚れを払いながら立ち上がった。
「さっき、気持ちいい風が吹いたね〜!」
 真夜が振り向くと、有希は俯いて、難しい顔をしていた。
「どうしたの?」
 真夜は問うと、何事もなかった様子で、すぐに少年は顔を上げた。
「い、いや。人生で初めて女の生下着をみたから、ちょっと興奮しかけた」
「生下着?」
「情熱の赤と思ったが、純白の白か。今日はごちそうさまでした」
 有希が軽く頭を下げて、紙パックのストローをくわえた。ズーズーとお茶を吸い上げて、有希は屋上を去った。真夜はまだその現状を理解していなかった。

 午後の授業は、移動教室から始まる。机の中の教科書を探り、真夜はいつもどおりだった。誰かの気配が背後からした。真夜が向くと、1人の女の子が何かを話したそうにそこにいた。まだ面識がなく、真夜はとりあえず笑顔を振りまいた。
「あなた、山田有希と親しそうじゃない」
 返ってきたのは、いきなり出たきつい口調。一瞬にして、真夜の立場を追い詰めた。
「親しいというか・・・有希とはちょっとした関係なんで・・・」
 とぼけた感じというか、真夜は早くここからすぐに脱出するために、話しながら教科書とノートを抱えた。
「警告しといてあげるわ。一人っ子は自己中心的。相手の気持ちなんて考えてないから。傷つく前に、あいつから離れたほうがいいわ」
「あ、はい。以後気をつけます」
 同じ同級生なのに、なんか体が縮こまってしまう。真夜のことを思って言ってくれてるにしては、やはりきつい印象しかなかった。
 確かに有希は、どこかわがままかもしれない。
 でも、彼といて息苦しいと思ったことはない。
『有希はそんな害な人じゃない』と言いたいところだが、そんな生意気な発言ができたら、今頃は胸張って廊下を歩いているだろうと、内心ため息をつく彼女だった。



第五話<理由、 そして朗報>

 三日目の放課後。
 有希と友達契約した二日目から、真夜は彼と帰るようになった。周囲の生徒にしてみては、新たなカップル誕生かと思われてしま
うところだが、真夜の憧れの彼−三谷雅人が加わったことで、そんな誤解は生まれなかった。
 有希を真ん中に、彼女と雅人の距離は一気に近づいた。
「真夜ちゃんは、もうこの学校に慣れたのかな?」
 雅人のさわやかな声が、真夜の顔を覗いた。心臓がバクバクと鼓動をする中、彼女は元気よく答えた。
「は、はい! 学校のほうはなんとか慣れました!」
「すごいなぁ。一年前の俺なんて、教室出たらすぐ迷子になったもんだよ。あの学校広いからねぇ」
 雅人は笑顔だ。
 実際のところ、真夜は学校生活に慣れてはいない。和佳がいないと、移動教室は地獄への道。昨日の移動教室は見事迷子になってしまい、泣きべそをかきながら、やっと到着したのだった。そんな恥ずかしいことがいえるわけがないので、真夜は平常心を装った。
 ふと、二人の会話を聞いていた有希が、横やりを入れた。
「迷子ねぇ。そういえば、杉崎は、昨日ちゃんと視聴覚室に行けたのかな?」
 意味ありげな笑みを浮かべて、真夜が動揺するのを楽しんだ。
 それを聞いた雅人は首を傾げる。真夜の顔は赤くなりかける一歩手前まで来ていた。
「あ、そういえば、今日英語の単語テストがありまして、スペルとか難しいですよね」
 耳が熱くなっていくのがわかる。真夜は苦笑しながら、さらりと話題を変えた。有希が横でクスクスと笑っている。迷子になった真夜に、視聴覚室の行き方を教えたのは有希だった。授業をさぼっていた彼を偶然みつけたおかげで、なんとか授業には間に合った。その恩もあるので、あまり強いことがいえない真夜であった。
 雅人とは途中で別れた。バイトをやっている彼は、遅刻をしないように少し早歩きで去っていった。

 夕方の道。とぼとぼと歩く二人。真夜の家はまだ遠い。いつもはバスで家路に向かっているが、憧れの彼と一緒に放課後を過ごせるなら、徒歩で帰ることなど苦ではない。
「あ!」
 突如大声を上げた真夜。
「どうした?」
 真夜より先に歩いていた有希は振り返った。
「一昨日ね。あたしのクラスの女の子なんだけど、『有希は一人っ子だから自己中心的。傷つく前に、あいつから離れたほうがいい』って、警告みたいなこといってきたの。すっかり忘れてた」
「すっごく重要なことなんですけど。忘れるかフツー」
そういって、真夜の頭を小突いた。
「悪口いわれるようなことでもしたの? その子をイジメてたとか」
 ガードレールに寄りかかり、有希は深い息を吐いた。真夜は通行人の邪魔にならないように、向かい合うように灰色の壁にもたれた。
「吉川静香。俺の元カノですよ」
 有希の口から言葉がでた。
「元カノ?」
 聞いたときは意外だった。有希に恋愛経験があるなんて。
「でも、すぐ別れた。」
「原因は?」
 つい聞いてしまった。まだお互いのプライベートなんて話す仲じゃないのに。真夜は少し戸惑った。
 そんなことを気にする様子はなく、有希はその経緯を話してくれた。
「遊園地でデートをしていた時に、俺がメリーゴーランドに乗りたいって言ったのがそもそもの原因。彼女に『ガキ』っていわれたのを最後に、別れを告げられた純愛ボーイの恋でした」
 小さな拍手をして、有希は一人自己完結をする。
「それが原因で、悪口をいわれるようになったってこと?」
「その当時の俺はかなり女の子にモテましてね。その中で静香はすっごく俺を尊敬してたみたいだから、メリーゴーランドに乗るような彼氏をみたら、さすがに冷めただろうね。んで、俺の本性をみんなにバラして俺はモテなくなった。ま、今では『自己中心的人間』として、みんなから距離を置かれている存在なのですよ」
 苦しい立場に転がっても、有希はケラケラを笑っている。それが真夜にとって不思議な光景で、彼の代わりに悲しい顔になってしまった。
「なんでおまえが泣いてんだよ?」
 有希が慌てて、彼女の元に歩み寄った。
 変な気持ちだった。いつも元気な人が、目の前で冗談ばっかりいってる人が、毎日すごく辛い日常の中にいるんだと。真夜は痛む胸を、制服越しに掴んだ。
「ねぇ、なんで毎日笑っていられるの?」
 真夜は問う。有希を見上げて。
 彼は、このときだけ真面目に答えた。
「毎日笑ってたわけじゃない。でも、あの日。杉崎がなんの先入観もなく俺に声をかけてくれた時がすごく嬉しくて、おまえとこうやって話すたびに、俺は笑っていられるんだ」
 有希の真剣な表情が、話していくうちにだんだんと和らいでいった。
 また胸が痛む。それは決して悲しくて胸が痛むのではなく、その痛みの中に、ドキドキと鼓動する音が聞こえてくる。 真夜がもう一度有希を見上げると、彼は笑ってくれた。
 この人はすごく優しい人なんだ。
 そう・・・雅人先輩とはちがった《なにか》がある。
 元気付けるために、有希は彼女の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「もう泣くなよ! 女の泣き顔なんて心臓に悪いからな」
 真夜は大きく頷いた。


 五日目の朝。
 慎二が嬉しそうに教室に入ってきた。それを不気味そうにみる和佳の前に、慎二は立った。
「宝くじでも当たった?」
 さほど相手にはしていない。慎二はそんな素っ気ない態度をとられても、今は平気なようだ。
「聞いて驚くな。ついに杉崎を、あの自己中野郎から引き離すことができます!」
 胸を大きく張り、慎二はいった。
「はぁ? それどういうこと」
 はじめは半信半疑だった。
 和佳のそんな反応も予想していて、自信満々な慎二は耳元で囁いた。
「実はね。俺の部活先輩が雅人先輩と仲良くてね。その人が雅人先輩のメールアドレスを教えてくれたんだ」
「ふーん」
 感心したように、和佳は頷いた。
「で、あともう一個! その雅人先輩も、実は杉崎に興味があるみたいなんだよね」
 慎二はそれを伝えたくて、うずうずしていたのだった。


第六話<約束、 そして本心>

「有希!」
 六日目の朝。
真夜の元気な声に、呼び止められ、寝ぼけ眼のまま有希は振り返った。
二人は並んで通学路を歩く。
「おまえ、絶対早寝早起き派だろ?」
「なんで?」
「朝からそんなでかい声がだせるなんて、俺のできる業じゃない」
「ふーん。ところでね、昨日こんなモノみつけちゃいました!」
 鞄からがさごそと何かを引っ張り出した。有希は大きく欠伸をする。
「ジャーン! ワンダーランドのパンフレットです!」
 真夜の輝く目が、まっすぐに有希を見上げた。それは遊園地のパンフレットだった。
 少年は視線をそのパンフレットに下ろした。
「で? これがどうしたんだ?」
「はぁ。遊園地好きの有希くんなら、わかるはずと思ったんだけどねぇ」
 情けなさそうに頭を振り、彼女は静かにため息をついた。
「あのな。いつ俺が遊園地好きの男になったんだよ?」
「でも、メリーゴーランドは好きでしょ?」
 指摘するように顔を指され、有希はとりあえず頷いた。
「好きというより・・・一度も乗ったことないから、子供のうちに一度は乗っておきたいだけだからな」
「なら、今週の土曜日に乗ろう!」
 唐突に、彼女がそう言った。有希は聞かないふりをしていたが、その発言があまりにも衝撃すぎて、目を見開いた。
「は?! 乗る?」
 もう一度彼女のほうを見ると、真夜の笑顔が飛び込んできた。
「有希の夢、叶えてあげるよ!」
 みてて癒される明るさ。いつもなら冗談みたいに「よけいなお世話だ!」だなんて文句を言っている有希だが、この時は素直に喜べた気がした。
「ありがとよ」
 その反応が意外すぎた。
 真夜はしばらく返す言葉に迷った。
「・・・約束だよ!」
 変な照れを覚えた。


 
 四時間目は自習だった。
 和佳がこっそり、隣りにいる真夜を盗み見た。
 今年オープンしたばかりの遊園地のパンフレットを楽しそうにめくっている。あまりそんな場所には行かない親友なだけに、不思議さを感じた。
「真夜、誰かと行くの? ワンダーランドに」
「え? う、うん」
 慌てて机に隠した。彼女の焦っている姿をみながら、和佳はある確信をした。
「山田有希と、うまくいってるのね」
「と、友達としてだからね。いっとくけど」
「そう。なら、明日で友達契約が終わるわね」
「え?! もう一週間経ってるの?」
「よかったじゃない。あと一歩で、あんたの憧れの先輩のメアドをゲットできるんだから。そこは喜ぶべきよ」
「あ、そうだったね」
 真夜には似合わない苦笑だった。
 あれほど『先輩』という単語がでると、はしゃいでいた友達が、なんだかおかしい。和佳は疑うような目で、真夜の横顔を見張った。
「杉崎!」
 慎二の声が彼女を呼んだ。
 ニヤニヤしながら、真夜に『あのこと』を伝えるのだ。和佳は直感的にそれを止めようと彼を引きとめようとしたが、慎二は嬉しい朗報を告げた。
「雅人先輩が、おまえとメールしたいって言ってきた」
「え?」
 真夜は驚いたというより、その声は気抜けした感じだった。
「だからぁ、おまえの大好きな先輩から、杉崎とメールしたいって言ってるんだよ」
「マジで?」
「マジっすよ! これは、両思い間違いない!」
 慎二はもう得意気になっている。和佳はなんとなく彼にビンタをくらわしたかった。
 真夜の視界にはもはや『雅人先輩』はいないのだ。 
 真夜の見つめる先には、『少年』がいる。その存在が、彼女にどんな影響を与えたのかは知らないが、真夜は変わり始めている。
     
  『憧れ』と『恋』の境目に、彼女は立っている。

 真夜はあまり雅人先輩とのメールに乗り気ではない。教えられたメアドにメールをするように迫られても、真夜は一向に文字を打たない。イライラした慎二が、彼女から携帯を取り上げ、代わりに文字を打とうとした。
「ちょっと、慎二!」
 真夜は携帯を取り返そうと、焦った。
「そんなに先輩にメールを送るのが恥ずかしいなら、俺が代わりに送信してやるよ! そう、何事にもきっかけですよぉ」
 真夜が泣きそうな表情を浮かべた。あいにく鈍感な少年が気づくことなく、和佳の堪忍袋の緒が切れた。
「もういいかげんにしたら?」
 ガシと慎二の制服の襟首をつかんだ。険悪に満ちた声が背後から恐怖を与えた。やはり気が弱い慎二は、おとなしく携帯を真夜に返した。
「きっかけっていうのはね、自然に発生するものなのよ。あんたみたいなお節介な奴がいると、話が最悪な方向に向かっていくこと間違いなし!」
 襟首から手を離した。和佳の鋭い睨みが、慎二を追い込んだ。
 真夜が彼女をみると、和佳はにっこりと笑った。
「和佳・・・」
「ちゃんとこいつには言い聞かすから」
「あ、ありがとう」
「大丈夫。真夜はもう恋してるよ」
「え?!」
 いつもの明るさに戻った。和佳の意味ありげな発言に戸惑いをみせた。慎二は自分の立場が危ないので笑えない。
「恋してるのかな? あたし」
 笑顔がこぼれた。
「真夜。この学校は恋愛し放題だから、早くその気持ちを伝えたほうがいいよ。先にとられる前に」
「・・・わかった」
 もし、あれが『恋』なら、この気持ちを伝えなくては。
 ちょうど午前の授業終了のチャイムが鳴った。
 真夜はすぐに教室をでた。
 その足は、ベストプレイスへと走った。

最終話<契約、そして・・・>
 
 有希は、ズボンから携帯を取り出し、時刻をみた。
 昼休み開始から10分が経過している。いつもなら、息をハアハアいわせながら、真夜がここに昼食をもってくるのだが、今日は遅い。連絡をとろうと、電話番号を打ち込もうとしたが、あいにく彼女の携帯電話を知らなかった。変なイライラが溜まる。
「杉崎ー! 早くこーい!」
 有希の腹の虫が鳴る。
「たくっ、来たら半殺しにするか」
 冗談をいいながら、有希はため息をついた。
「そういえば、明日で一週間経つな。短かい友達だったが、あいつといると、いっぱい癒されたな。ワンダーランドに一緒に行こうっていわれても、おまえには雅人がいるじゃんってはなしだよ。・・・早いもんだ、一週間って。こんなに後悔しているなら、一ヶ月っていえばよかったな。あぁ、変なとこで悔いてるな、俺」
 有希の独り言が、屋上で聞こえた。
 結局。俺とあいつの関係はビジネスに似ている。
 こうやって変な情を抱いていても、杉崎とはもう他人。知り合えただけでも幸せに思うべきか。
 有希は、太陽の光で暖められた床に寝そべり、いつもの睡魔に襲われた。
 キィーとドアが開く音。
 有希は、それが真夜だとわかった。目をつぶり、近づいてくる足音を聞いた。
「ごめん、遅くなって」
「で、遅れた理由は?」
「えと、いろいろとありまして・・・」
 動揺している彼女の声。
 有希は「ある賭け」をふと思いついた。その反応をみてから、けじめをつけよう。いうのもわざとらしい口調で、彼はいった。
「よし、その遅れてきた罰として、雅人のメアドはお預けだ。あと一週間、俺の昼食を買って来い」
 彼女は怒る―そう予想していた。元カノのいうとおり、自分は自己中心的な人間かもしれない。フッと笑みを浮かべ、やっと自分の欠点をみつけた。
 だが、真夜はその言葉に驚いた様子で、有希の体を揺すぶった。
「ほんとに? ほんとにあと一週間、有希といられるの?」
 不思議な返事だった。
 有希は体を起こし、目の前の彼女をみた。
「なんで、また一週間付き合わされるのが平気なんだよ? 雅人が遠ざかるんだぞ」
 なんで慌ててるんだ、俺。本当は心の奥で嬉しいのに。
 素直にいいたい。俺はおまえが・・・。
「だって、有希といると、すっごく楽しいもん」
 あっさりと真夜は言ってくれた。
 真夜の手には、一枚の紙切れが握られていた。有希はそれに見覚えがあった。赤い文字で印刷された、この学校が発行している紙切れだ。目をこすった。始めはありえないと思った。
「契約しよう! あたし、有希が好きになったから」
 真夜が一枚の紙を、有希に差し出した。
 『契約届』−カップルが成立したのを証明する書類だ。これをみるのは二度目だった。
「杉崎・・・」
 なんていったらいいかわからない。
「ごめんなさい。いきなり告白しちゃって。でも、あたしの今の気持ちだから」
 真夜は不安な表情をみせる。
 そう、さっきまで負けがみえていた賭けをした有希と同じ不安。
 有希がそっと、真夜を抱きしめた。
 女性が、こんなふうに泣きそうになった時って、男は何もいわずに抱きしめてあげれば、その想いが伝わるのかな。そんなことを考えていた。
「有希?」
 彼女は鈍感だ。少し前にパンツをみられたこともわかっていない。
 やはり、言葉で伝えなくては。
「俺も・・・好きかもしれない」
「それって冗談?」
「なんで、こんな状態で嘘をつくんだよ」
 プッと噴き出し、有希は笑った。真夜も微笑んだ。
「じゃ、ほんとに好きなの?」
「うん、大好きかもしれない」
 紙に自分の名前を書いていると、真夜がまたたずねてきた。これで五回目である。
 真夜ははしゃいでいる。まるで子供のようだ。
「有希はいい人だよ。みんなが思っているより」
「ありがとな」
 二人は笑った。


 契約届――――

 1−A 杉崎真夜  1−B 山田有希

 以下省略・・・・

  《契約にあたっての経緯を述べよ》
   
  ○ ちょっとした成り行きで。

*****************************
 
 生徒会長室。
 
 恋愛を運営する【特命委員】が、今日も『契約届』と『解除届』を分ける作業から始めていた。
「お!」
 青井春奈が、ある一枚の書類を手に取り、なんだか興味深そうにみていた。それを向き合った席でみていた、鏑木一平が注意を促した。
「帰りが遅くなるぞ。そんな紙など見ている暇があったら、お茶でも入れて来い」
「ちょっと気になるカップルみつけたの」
「気になるっていっても、みんな一緒だろ?」
 一平は他人事には興味がない。
「すごいのよ。あたしのクラスの女の子が、隣のクラスの男子とくっついたの」
「べつに驚く事実ではないな」
「でもね。その男子が、けっこうみんなから嫌われているの」
「それって噂だろ? 何の根拠もない。ま、俺としてはその女は真の男を見抜く力があるとみた」
「そんな感じの子だったかな」
 春奈は首を傾げ、作業に戻った。一平がちらりと春奈をみた。
「大丈夫! おまえもそのうちいい男に出会えるから!」
「べつに嫉妬とかしてるわけじゃないからね! あたしもそれなりに恋愛だってするわよ」
 二人の口喧嘩が始まった。
 その様子を、奥の席でみていた生徒会長―鏑木翔太が、軽く咳払いをした。一平と春奈は、止まった。
「君たち、恋愛の話をするのはいいけど、特命委員は恋愛しちゃいけないよ」
 お気に入りの扇子を開き、『恋愛万歳』という墨字を掲げた。
 一平は笑みを浮かべ、こう言った。
「そういう兄貴だって、恋愛しちゃいけないんだぜ」
 

 いつも騒がしい成樹高校。
 今日も一組のカップルができた。
 

2004-03-11 15:38:33公開 / 作者:葉瀬 潤
■この作品の著作権は葉瀬 潤さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
『略して青春!』で出てきた《成樹高校》を舞台にした、生徒たちの恋愛です。。
↑の作品を読んでいない方でも、わかりやすく学校を紹介したプロローグを書いています〜。
 もうありきたりに終わってしまったのですが、読んでくれるだけでも嬉しいです!
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