『paradox』作者:岡崎依音 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約8.18枚

なんてちっぱけな融通のきかない生き物なんだろう。
あたしたち人間は。





Paradox




通話ボタンを押す。
繋がる前に切る。
また通話ボタンを押す。
また切る。
そうした何かの儀式のように、ただ繰り返し続けるあたし。
上を見上げれば、あのしきられた教室の天井とは比べ物にならないくらいに広くて、目が痛いくらいの青。一面の青。
あてつけのようにため息をつくと、光に目を焼かれた。
……ムカツク。
儀式を止めた右手は、くるくるとケータイを回し、今度はメールの問い合わせをし始める。
けれどディスプレイの文字は、無意味を表す数字が並ぶ。
心の隅で期待なんかしていた自分が果てしなく憎い。







喧嘩を、した。
そりゃもう、蟻のように小さな喧嘩だったけれど。
その場所が教室だったせいか、クラスメイトがなんだなんだと騒ぎ出した。
そかのクラスから見物客がくるくらい。
悲鳴とか、やめろとか、そんな声が電波のように飛び交う。
授業が世界史だったのはまずかったかな。あの先生は新任で、生徒を纏め上げるのはとても出来なそうだ。せめておじいちゃん先生のいる数学に喧嘩すればよかった。
動かさずにいた左手は、ジンジンと波打つように疼く。
彼の頬をひっぱたいた。
彼の肌は白くて、冷たくて。でも叩いた瞬間だけは、とても熱かった。
そして白にはあまりにもふさわしくない、赤が残り。


/あたしはあたしで左手が痛くて/
/叩いたのはあたしのはずなのに/
/何故か涙を流したのはあたしで/
/彼はそれに酷く驚いて/
/あたしを罵ることも忘れていた/
/あたしはあたしで精一杯のくだらない劣等感とか彼の優しさとか痛みとかいろんなものを詰って/
/教室を飛び出した/
/…………痛かったのは、彼なのに/





愛してる。

愛してるんだよ。

誰よりもあなたを愛してる。

でもね、どうしようもないの。愛しいと同時に、憎くて仕方ない。壊してみたい。閉じ込めていたい。人殺しの殺意よりももっともっと深くて厄介だ。自由で、何に も貴方は縛られないから、綺麗で美しくて憧れで。そう、何か感動する、唄とか絵画とか、そういうものに出会ったときに感じる電気みたいなものが体中を駆け巡る。だから貴方を愛したの。精一杯の心で。でも止められない、醜い感情。きつくきつく蓋を閉めて、開けないように四六始終見張ってた。なのに。
貴方は簡単にそれを見つけてしまった。見つかったら、貴方は確実に蓋を開ける。わかっていたからこそ隠していたのに。暴れだす。心の壁に体をぶつけて。あたしから出ようって、必死に、笑うように。今だってあいつは暴れてる。ドンドンって。心が軋む。きっと物事には境界線なんてないんだ。いつの間にか変わってる。その変化についていけないよ。そもそも“境界線”なんて存在するんだろうか。

すき。きらい。あいしてる。にくい。
あまりにも違いすぎて笑える。


   こういうの、なんていったっけ。


「……“paradox”」
「は?」
「“paradox”。矛盾って意味」

誰もいないはずなのに、声がした。振り返る。彼が子供みたいな顔をして立っていた。
心臓がドキドキいってる。あたしはまだ、期待してたんだ。彼がここにくることを。
ああ、何て。

「バカなんだろう」

彼は怪訝な顔をして、あたしは笑った。
彼の頬はまだ赤く、それをあたしにさらけだしていた。

「……授業は?」
「お前のおかげでそれどころじゃない」
「そう」

普通の態度だった。喧嘩なんて、なかったんじゃないか、そう思うくらい。
本当はそういう態度を望んでいたくせに。
彼が、近づいた。目を閉じる。その瞬間、腕に走る痛み。
ひっぱられたのだと、自覚するのに時間がかかった。あまりに急すぎる。彼を見た。逆光で顔が見えない。
足がカクンと折れた。マズイ。そう思った時にはすでに時遅く。背中に何かが当たった。床に倒れたのだ。何故?彼があたしをそうしたから。
きっと、ほんの数秒のことだった。でも、その中にいたあたしにとって、ものすごく長い時間だった。とってもとっても、長い時間。スローモーション。動けな い。
頭がやっと覚醒した。彼の顔が、すぐ近くにある。その後ろには、あの真っ青な青。あたしの心とは正反対の、濃い青。前髪が肌を掠る。くすぐったい。身を捩 る。どうしよう。今、ものすごく逃げたい。ふつふつと、恐怖がわく。どうしよう。あたしの体は横にされて、彼が覆い被さってる。逃げたい。やろうと思えば出来 たはずだ。ただ彼を突き飛ばせばいい。それだけで終わるのだ。それだけで。でも。


ATASHINISOREGADEKIRUNODAROUKA?


距離がなくなっていく。少しずつ。心を犯すように、侵食していくように。ドクドク。心臓が活発に動く。緊張すると何故人の心臓は速くなるのだろう。何故こんな 風に生を訴える?

近づいてくる。
キスを。
されると、そう思った。















「―――――――なんちゃって」
「・・・・・え?」

思わず声が裏返る。彼は起き上がり、にやりと笑って、一言。

「襲われるって、思ったデショ?」

その刹那。
回路がめぐるめぐましく回り始め。
あたしはすべてを。
彼の思惑を。
そこではじめて気がついた。
血液が勢いよく流れ出す。恥ずかしさから、顔が赤く染まる。熱い。ものすごく。さっきの左手とはくらべものにならないくらい。はかられたのだ。あたしは。わ ざとあたしに見せつけて、恐怖を植えつけて、かわしてみせたのだ。
そんな気、さらさらないくせに。

「別にないわけでもないけどさ。俺だって男なわけだし。……さっきの仕返し。ぶたれるよりこっちの方が強力っしょ」
「今あたしはあんたをここから突き落としたいと思ったわ」
「できるわけないくせに」

笑った顔は、あまりに爽快すぎて。
頬の赤など、目立ちもしないで。
だからあたしも。
左手を忘れて。

「どこかに遊びに行こうか?忘れられるような場所へ」
「何を?」

その問いに、彼は答えなかった。それがなんなのか、あたしも彼も気がついていたし、それを口に出す必要もなかったから。
でも欲を言うなら、あたしは答えて欲しかった。
その、問いの答えを。

「痛かった?」
「痛かったよ。すごく。でも、お前の方が痛そうだった」
「あたしも、痛かったよ。左手」
「んじゃ、お互い様だ」

視線が絡んで。ゆっくりと目を閉じた。
そこでかんじたぬくもりは、あまりにも存在がありすぎて。

「何で泣くの」
「泣いてなんかない」
「あーはいはい。そうですか」
「なんかむかつく。何その言い方」
「さあ、どこに遊びに行こうか」
「人の話きけよ」
「授業はもういいや、でてもしょうがないし」
「あんたはよくてもあたしはよくないわ。サボるの何回目だと思って……」
「イヤなんか、お前」

額がこつんとぶつかる。笑う。甘ったるい空気。
けど、スキさ。大嫌いな怪物も、今は大人しい。

青空の下。
体に広がるぬくもり。今はただそれだけでいい。










                                       <END>





2004-02-20 02:27:29公開 / 作者:岡崎依音
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■作者からのメッセージ
ただ女の子と男の子の話を書きたくて書いたらこんな作品になっちゃいました・・・・。
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