『きゃらめる風味のカトルカール』作者:咲羅えんり / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 俗に言う、腐れ縁なのだ。わたしたち、男二人、女二人の四人組は。
 マンションの部屋は、四人で連番。203号室、204号室、205号室、206号室。
 幼稚園年少組から現在の中学校一年生まで、ずっと一緒のクラスである。
 しかも、男二人は友達で、女二人も友達同士。さらに、男のうちの一人と女のうちの一人がカップルで、残った二人もまた、カップルなのである。
 この、天の神様が判断を誤ったような境遇のわたしたちは、性格が全員物凄く違うにもかかわらず、特に何事もなく平和に暮らしていた。
 …はずだったんだけど。

「華波(かなみ)―――っ!」
 後ろから追いかけてくる人。振り向かなくても分かるんだ、誰なのかなんて。こんな朝っぱらからわたしを追いかけてくる奴なんて、決まってる。
「ああっ、無視!? 無視するのッ、華波ッ!?」
 声の主は、無視するわたしを全速力で追いかけてくる。そして、わたしの頭をはたいた。
「おっはよ、華波ッ! 爽やかな朝だよっ! ほら、空気が澄み切っている! 土曜日、そして日曜日と続いた連休から、目覚めよ学校へ!!! …ん? どうしたの、いつもに増して暗いよ?」
 朝っぱらから喋りたくる、わたしの友達であり、マンションお隣り四人組(冒頭で説明した、わたしを含む腐れ縁仲間)の女の子――綺田窓奈(かばた・そうな)。恐るべきテンション絶好調体質&天然体質のこいつに喋りたくられたら、嫌でもテンションは絶不調だ。それに、今日は…今日は、それだけじゃない。わたしのテンションは、下がりっぱなしである。
「…窓奈…。ごめんね、今日はそんな気分じゃないんだ」
「え〜? 華波って、いつもテンション低いじゃないッ! もっと、爽やかに朝を楽しもうぜ!」
「…ごめんね、今日はそんな気分じゃないんだ」
「何で〜?」
 そんなに無邪気に聞かれると、すごく困る。どうしてわたしはこいつと友達なんだろうって、よく思う。
「ねえねえ、なんでなの〜? 最近、華波に何かあったっけ? 金曜日は…そうだ、帰り道、彼氏くんの山元くんと帰ったんだよね? ケーキバイキング行ったんだよね? やるねえ、中坊のくせに…。で、どうだったの? …って、華波ぃ?」
 ふいに黙ったわたしを窓奈が覗きこむ。そして、手をぽんっとたたいた。
「そうか! ケーキバイキングで食べ過ぎて、おなか壊したんだなっ!」
「あほか!」
 思わずツッこんでしまった。忘れてしまっていたけれど、窓奈は超☆鈍感体質でもある。
「…華波? 何があったの?」
「……ケンカ」
 こいつに言うのはかなりためらったけれど、ここは長年の付き合い。窓奈が、噂話を流すような奴ではないと知っている。
「…え?」
 ただし、注意事項がある。噂話は流さないが、鈍い。
「…ケンカしたんだってば。だから…その…山元と」
「………そ、そうなんだ。そ、そっか。いつも山元くんと登校してるのに、今日は一緒じゃない…」
 面食らったらしい窓奈。そりゃあそうだろう。わたしと、山元は、タイプこそ合わないけれどケンカもしたことがない、仲のいい、『彼カノ』だったから。
「ケンカ…したから、必要以上に冷めてるんだ…」
 しんみり言われても、こいつが言うと全くもって雰囲気が出ていないが、取り合えず心配してくれている、らしい。
「そうなのよ。でも、心配しなくてもいいよ? まあ、なんとかなるだろうし…」
「華波ッ!!!」
 わたしの声は、窓奈の叫び声によって中断させられた。
「わたしたちに任せてッ!!!」
「は?」
「だから、わたしたちに任せてッ!!! 華波と山元くんの恋愛事情は、わたしたちにお・ま・か・せ♪」
 意味もなくぶりっ子もどきをするのはやめてくれ! お願いだ! あんたがそれをするから、ほら、道行く人々がわたしたちに注目してるじゃないかっ! あんたはいいかもしれないけど、わたしは恥ずかしいんだ!
 もちろん、窓奈が気付くはずもなく。
「任せてねっ、わたしたちに!」
 不安は積もるばかりである。いったい、窓奈は何をしでかすつもりなんだ…?
 そこで、一つの事実を発見した。
「…わたし『たち』って…何?」
「や〜だなあ、華波ったら。わたしと、玖珠(くす)に決まってるじゃない♪」
「ま、待って! お願いだから、玖珠は…玖珠は、やめて!!!」
 渾身の力を振り絞るも、学校へと猛ダッシュで百メートル先まで走り去った窓奈に、聞こえるはずもなかった。
 …ああ、日常が、消えていく…。

 学校に着くと、すでに窓奈は玖珠の隣りで真剣に(彼女なりに真剣に)相談しているところだった。
 玖珠も玖珠で、真剣に(彼なりに真剣に)やっている、らしい。…不安です、はい。だって玖珠だもん。
 『玖珠』、本名『玖珠 錬太郎(くす・れんたろう)』。なんか威厳あふれる名前。
 マンションお隣り四人組の一人。山元とダチで、窓奈の彼氏。
 とにかく秀才チック。メガネはもちろん装備。カバンの中には電子辞書。四十冊分の辞書のデータが入っている、高そうな電子辞書である。ノートの字はフォントサイズ二に等しい。学級劇なんかで、理科の実験のシーンで『炭酸水素ナトリウムは炭酸ナトリウム、水、そして二酸化炭素に分解され…』って先生が言う場面があったら、その先生役には絶対彼が押される。そんな人。
 でも嫌味な訳でもなく、まあ言うならば好青年。だから、人格的には問題ないんだ。
 ただ、性質的に問題があるんだ! 鈍感で天然で、ここまでは窓奈と同じなんだけど、+αで全てのことを理科的に説明する悪い癖があるんだ!
 …心の中で叫んだら、興奮して疲れた。リラックスを求め、窓を見ようとして…窓側の席に、今のところあんまり見たくない人物が、目に飛び込んできた…。
「…山元」
 その声は、口の中で消えた。
 山元正俊(やまもと・まさとし)。マンションお隣り四人組の一員。玖珠のマブダチ、わたしの彼氏。巷で噂の『スポ根少年』である。本当に噂になってるかどうかなんて知らないけどさ。そういう訳で、熱血な奴。よくもわたしみたいな冷めてる人間とカップルになれたもんだ。そう言う意味では、窓奈もよくわたしと友達になれたもんである。芥川賞を受賞できそう。…って、芥川賞は文学の賞だっつの。
 …で、山元とわたしは、金曜日から、ケンカ中。
 ケーキバイキングに行くのに、校門前で待ち合わせてた。なのに、なかなか来やがらない。冬の空の下、寒いし暗いしで二十七分間待たされて。腹が立って見に行ったら…あいつは普通に校庭でバスケしてやがった。女の子待たせて。言い訳が『忘れてた』だなんて、訳わかんない。あいつの脳みそは蟹味噌か!?
 そう言う訳で、ケンカ中。
 できることなら、そりゃあさっさと仲直りしたい。でも、わたしから謝るのも何か変じゃない。だからあっちから謝ってくれるしか、仲直りは出来ない。でもでも、窓側にいる山元は、友達と普段通りに喋ってて。気にしていないっぽいし…。
 嗚呼、わたしたちの歴史は二ヶ月半で終わっちゃうのね…。
 一人ため息をついていたら、突然、
「ね〜ね〜、山元くん」
 と言う声。…窓奈だ。慌ててそっちを見ると、案の定、山元に窓奈と玖珠が喋り掛けている。…いや、窓奈は普通に喋り掛けてるんだけど、玖珠は喋り掛けながら、他の人に邪魔されないようにさり気に元々山元と話してた人々を追っ払っている。
「おっす、ふてくされてんな〜。過酸化水素水を注がれた二酸化マンガンみたいだ」
 …玖珠、意味わかんないよ、その説明。ごめん、ものすごく不安。
「あのね、山元くん」
 お願い目線を繰り広げながら窓奈が語り掛ける。
「…なんだよ、綺田?」
「華波とケンカしたって、ホント?」
 『ぶッ』という吹き出しの音が、わたしと山元、それぞれから聞こえた。おかげで目が合ってしまう。…すぐに外したけど。
「…な…なんで、そう思ったんだ、玖珠、綺田?」
「それはだな、山元。綺田から聞いたんだ。綺田は水川から…」
「勘よ! 勘!」
 もらしかけた玖珠を、慌てて窓奈が止める。…やっぱり、玖珠はまずいんじゃないの? うん。
「そっか。勘か。じゃ、その勘は外れだな」
「え?」
 山元の言葉に、窓奈が聞き返す。玖珠が耳打ちで
「おいおい、どういうことだ?」
 とか聞いてるけど、聞こえてるよ。耳打ちの意味ないって。
「俺たちがケンカするように見えるか?」
「で、でも、いつも一緒に学校行ってるのに、今日は…」
「今日は俺、部活の朝練だったんだって。それで、一緒じゃないだけだぜ? そんな、俺たちがケンカするように見えるか?」
「…うん…見えない」
「だろ? 心配することなんて、ねーって」
 笑顔で言われて、渋々引き下がる窓奈と玖珠。
 …嘘つきやがる、あいつ。しかも、普段通りの笑顔で。ったく、あいつの脳みそはどうなってんだ! どうせ、どうせ、わたしなんて、そんな程度の存在ですよーだ! …けっ。
 睨もうと向こうを見たら、向こうもこっちを見てた。一瞬目が合って、同時に目線を外した。
 それから、目は合わなかったけど。時々見ても、山元はいつも通りだった。そしてその度に、わたしの怒りボルテージは限りなくMAXに近づいていくのだった。

「ね〜、華波ぃ?」
 突然、目の前に窓奈の顔が現れやがった。
「う、うわっ!?」
「…大丈夫? ボーっとしすぎだよ、華波」
「そ…そう? そうかな…あはははは」
 乾いた笑いを発してたら、怪しい目で見られた。
「ほら、さっさと食べて! ね?」
「あ…うん」
 そうだ、今は昼食時間だった。現実に引き戻され、目の前にあるお弁当に手を伸ばす…のだが。
「あっ!?」
 がっしゃ――ん。派手な音と共に、落下していくお弁当。飛び散るご飯、漬物、春巻。
「…あーあ…」
「大丈夫? 手伝うって」
 窓奈と一緒に散ったお弁当の中身たちを拾い集める。
「大丈夫? ホントに、ボーっとしすぎだよ、今日」
「そう…?」
「うん。やっぱり、愛の力って凄いのね…」
 夢心地で呟く窓奈については放っておいて、わたしは窓奈のお弁当に手を伸ばした。
「…ちょっと、華波ッ!? なにやってんの、人のお弁当を!」
「いいじゃん、くれたって。減るもんじゃないでしょ?」
「いいや、明らかに減る!」
 騒いでいる窓奈から、わざと窓奈の好きなシューマイを取り上げた。いわゆる、ヤケ食いと言うモノだ。
「あああーッ! わ、わ、わたしのシューマイちゃんがッ!!!」
「…どうしたんだ、綺田?」
 そこにやってきた、ご存知、玖珠さん。
「玖珠くん! 聞いてよー!!! 華波が、華波がわたしのシューマイちゃんをー!!!」
「よしよし」
 窓奈をあやす玖珠。玖珠の学級劇レパートリーに、『保育師さん』が追加された。
「でもね、綺田。今は水川のこと、許してあげようよ」
 あれ、珍しく玖珠がわたしのことかばってくれた。玖珠、見直したぞ!
 と思ったのもつかの間、
「だって水川は今、人生の大きなピンチにいるんだ。愛する山元に嫌われているかもしれない。だって、目も合わせてくれない…ああ、わたしはどうすればいいの…? 嫌われていても、それでも山元が好き…と、まあこんな…ぐはっ!」
 ちなみに最後の叫びは、妄想にふける玖珠にわたしが鉄拳を食らわせた音。
「別に、そんなに気にしてないもん」
「…え??」
 聞き返す玖珠に、わたしは言ってやった。いや、言ってしまったといった方が正しい。元来の意地っ張り体質により、意思と反してセリフが、サーファー待望のビッグウェーブ大群衆のようにあふれてくる。
「別に、山元とケンカしたことなんて、気にしてないもん! だって、今日だってあいつは普通に過ごしてるんだし。気にしてる様子なんてないじゃん。だったら、わたしが気にする必要だってないよ、あんな脳みそが蟹味噌状態な奴なんか嫌い…」
 セリフが途中で途切れたのは。
 わたしの余りに大きな声に、ほぼクラス全員がわたしの方を注目していたから。それから、その注目してやがる奴らの中に、山元が入ってたから。
 …超・墓穴掘りまくりじゃん…!
「…水川?」
 しかも、山元が声を掛けてきやがる。
「……お前」
「ええ、そうですよ!」
 山元の声を遮って、思いっきり叫んでしまった。
「あんたなんか、大っ嫌いなんだから!!!」
 …こ、これじゃ…超超超超超…・墓穴掘りまくりじゃんか……!!!
 元来の意地っ張り体質により無意識のうちに出てしまった言葉たちに、わたしはもう、どこかアフリカ辺りまで流れて行きたくなっていた。

「…華波ぃ、そんなに気を落とさないで…」
「……落とさずに、どうしろって言うの…?」
「いや、どうしろって言われても…ちょっと困る…」
 帰りのホームルームが終わっても、わたしは部活に行かずに屋上へ登る階段でたそがれる道を選んだ。今日は、部活に行く気分なんかじゃない。
 落ち込みまくりのわたしに、窓奈が、『じゃあ、わたしも』とか言って、付き合ってくれてる。
「…はあ〜あ。わたしって、どうしてこうなんだろうね? やんなっちゃう。意地っ張り体質って、困るわあ」
「…華波?」
「だってさあ。ねえ?」
「……」
「…このまま終わっちゃうんでしょうかねえ?」
「……あのさあ」
「ん?」
 振り返ると、窓奈が今までにないくらいシリアスな表情でこっちを見ていた。
「…『終わっちゃう』なんて、ないんじゃないかなあ?」
「は?」
「『終わっちゃう』なんて、ないんじゃない? あるのは、『終わらす』だけで」
「…どう言うこっちゃい?」
「だからあ。『終わっちゃう』は受動態でしょ? 自然の流れによって、『終わっちゃう』訳でしょ?でも、そんなのないんだって。あるのは、『終わらす』、能動態のみ。このまま『終わらす』か、『終わらせない』か、それは能動態、つまり、華波次第なんじゃないかなあ…」
「……」
 珍しく、まともなこと言うじゃん、窓奈。わかるようなわかんないような説明だけど。
「…うん」
「…だから、『終わっちゃう』とか、言わないで?」
「…うん」
「華波だって、分かってるんでしょ? 山元くんが、気にしていないようにしている理由。照れ屋だから、みんなに騒いで欲しくなくて、気にしないようにしているんだって、分かってるよね? だって、だてに幼なじみ、やってるわけじゃないじゃない」
「…うん」
 そしたら、突然窓奈がいつも通りに戻った。
「…なーんてねっ」
「は?」
「へっへっへ。全部、玖珠くんの受け売り。っていうか、さっき玖珠くんに『華波に付き添ってくる』って言ったら、『いざという時はこのセリフを言え』って、教えてもらったんだよね」
「……あっそ」
 呆れた。作戦かよ、玖珠錬太郎。
「でも、きちんと仲直りしてよ! 仲直りしないと、窓奈ビームを…ふっふっふ」
「…何それ。なんか、訳わかんないって」
「あはは、いつもの華波に戻ってる〜!」
 …そうかな? いつもに、戻れてるんだろうか?
「戻ってる、戻ってるって。だから、この調子で、山元くんとも戻っちゃってください!」
「…うん。ありがと…」
 いいってことよ、と言って笑う窓奈に送り出されて、わたしは、走った。

「いや〜、めでたしめでたし! という訳で、カンパ〜イ!」
「…あんたたち…人の家に勝手に上がりこんで、乾杯はないんじゃないの、乾杯は…」
 『華波・山元 元通り記念』とか題して、わたしの部屋でパーティーが開かれていた。もちろん、ずかずかとあがりこんできやがった無礼者は、窓奈、玖珠、それから調子に乗った山元。
「でも、めでたいじゃない! 仲直りできて、うれしいんでしょ、華波ちゃん?」
「う…うれしくない! …ことも、ないです…」
 『うんうん、素直が一番! 僕たちに酸素が必要なように、水川には素直が必要だ』なんてほざきやがる玖珠を引っ叩いてから、わたしは山元をちらっと見た。
「…な、なんだよ?」
「別にぃ」
 それから、お互い同時にぷっと吹き出した。
「ま、これからもよろしくってことだ、うん!」
「…場合によっちゃ、いいわよ?」
「……場合って、なんだ…?」
「秘密」
 意地悪く笑うと、けたけたと山元が笑い出した。
 それを見た玖珠が、『うんうん、素直が一番! 植物に二酸化炭素が必要なように、山元にも素直が必要だ』とか言うから、山元とダブルで引っ叩いた。
 笑いあって、騒ぎあって。明日もこうして終わるといいな、なんてガラにもなく思った。
2004-03-04 16:05:36公開 / 作者:咲羅えんり
■この作品の著作権は咲羅えんりさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちはっ、咲羅です。お久しぶりに投稿させていただきます。
…終わり方が思いつかず、こんなことに…。もっと推敲した方がよかったかなあ、と反省しきりです。
補足ですが、『カトルカール』はお菓子(ケーキっぽい?)の名前です。卵と粉、砂糖、バターを『4分の1×4』で配合するそうです(←あんまり本編と関係なかった…)。
それでは、失礼いたしましたっ。
この作品に対する感想 - 昇順
最後があれですね。全体的に70点ぐらいでしょう。
2004-02-23 18:23:07【★★★★☆】アンデス
アンデスさん、ありがとうございます。えっと、本当に最後がどうしようもないので、変えました、はい…。悩んだ挙句こうなったんですが、どうでしょうか…。
2004-03-04 16:06:43【☆☆☆☆☆】咲羅えんり
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。