『回転木馬』作者:麻衣 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角16649.5文字
容量33299 bytes
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―私は出口で待っている。あなたが戻ってくるまで、ずっと。




回転木馬
























―夢を、見た。
私の知らない場所で、私の知らない誰かが出てきて白の明るい光が辺り一面広がっていた、そんな夢。
これで何度目なのだろうか。
私はこの夢をよく知っている。
いつも同じ、目覚めると忘れてしまうのにこうしてこの夢と再び出会えばすぐに思い出す。
それはまるで古い友人のように。
どんなに大切だと思っていても声はおろか顔すら思い出せない人がいる。
それなのに何処かで偶然出会えば、思い出は細部まで映像となり、絵となり、流れ出す。
せき止められていたかのごとく溢れ出す。
しかし一体、何が私の中でせき止めているのだろうか。
大切な友人だから、大切に心の奥にしまいこんでいるのだろうか。
それならば、この夢は大切な物なのだろうか。
この夢の最後はいつも同じだった。

















流れていく景色からいつの間にか、見飽きた高層ビルが姿を消して
のどかな田園風景へと変わっていた。
座りながら眠っていたせいで、頭を無理に支えていた首が痛い。
目を覚ましてからしばらく窓を眺めていても、近所にあるような小奇麗な家は見当たらない。
変わりにあるのは、定規で引いたかのような真っ直ぐの道に四角に切り取られたような田。
昨日は雨が降ったらしく、四角のスペースの赤茶色の地面は、陽の光を反射して
きらり、きらりと控えめに色を変えている。
(いつもこんな風景を見てるのかな)
痛む肩を押しながら、ぼんやりとそう、思った。
薄く開けたバスの窓からは、涼しい風が私の頬を通り抜ける。
5月の風からは、近くに咲いているのだろう甘い、花のような香りがした。
鼻をくすぐった柔らかな空気、バスの窓から漏れる暖かな日差し。
どこか懐かしい、そんな心地よさと今日の事を思うと自然、笑みがこぼれる。
窓に映った自分の顔は柔らかな表情をつくっていた。
前にこんな表情をしたのはいつだっただろう。
ぼんやりとそんな事を考えているうちに窓に映っていた私がいつの間にか姿を消した。
代わりに、ガラス越しに見上げた空には小さな雲二つ、寄り添うように浮かんでいた。

バスからこの、“森の里”の停留所に降りた人は私一人だけだった。
気だるそうに坂道を登っていったバスを見送って、私は顔を空に向ける。
「遅い」
「うわっ」
「お前が時間を指定して、お前が俺に遅れるなと言ったんだよな、香澄?」
「い、いきなり現れて、いきなり話しかけないでよ、修司!」
私が今日、会う事を約束した相手はしゃがみこんでこちらを見上げている。
修司の眉間にはくっきりと皴が寄せられている。
それは私には見慣れた懐かしい表情だった。
「何だ、その笑い」
「そっちこそ何なのよ。久しぶりに会ったんだからもう少し・・・」
ジーンズに付いた土埃を払いながら立ち上がった彼を、今度は私が見上げる番だった。
―あの頃は同じくらいだったのに。
「もう少し、何だよ」
「・・・もう少し、かっこよくなってるかなって期待してた」
「馬鹿、そういう事を相手に求めるならお前も相応にだな・・」
「う、うるさい」

しばらく呆れた顔で私を見ていたその瞳は、修司の眼鏡越しに細められたのがわかった。
―“仕方ねぇな”
一瞬、あの頃の彼がそこにいた。
私と同じくらいの背、少し茶色がかった髪、勉強するときにだけ掛けていた眼鏡。
他のクラスにも、彼の事を好きだと言っていた子がいたのを私は知っている。
そして彼がたった一人の女の子と付き合って、たったの1ヶ月程度ですぐに別れてしまった事も。
私はさっき2つの嘘をついた。
彼に、そして私自身に。
「なんでこんな変なところに待ち合わせにしたんだよ?」
「変なところ?森の里よ」
「リス捜しなんて言ったって見つかるわけ・・」
「リス捜し?」
「なんで駅前で待ち合わせじゃないのかって聞いたらお前がリスだのなんだの言ったんだろ」
「あはっ、リスも魅力的だけど」
そう言って私はポケットの中から2枚のチケットを出した。
「“ドリームランド”?」
「えへへへ」
友達にも頼んでやっと当てた商店街の福引、三等賞。
たいして興味もなかったけど遊園地の名前を見て、気持ちは急変した。
それは中学校の時の私がどうしても行きたかった場所だった。
田舎の中学で他に娯楽が無い為、休日の後の学校ではよく行った子が羨ましがられたものだった。確か出来たのが小学校5、6年生の頃とまだ新しかったのも人気の一つだったんだと今では思う。
「森の里、停留所前から徒歩5分・・・」
「だって遊園地行くなんて言ったら、来てくれなかったでしょ」
修司はチケットにもう一度目を落としてから、私を見た。
その目は怒っているようにも、呆れているようにも見えなかった。
「修司?」
急に歩き出した修司に驚いて慌てて私は後を追う。
「夢の国まで、この道をまっすぐなんだろ」
―その言葉、待ってたんだ。
「うん!」
私は見えないように下を向く。唇をかみ締めて、足元に落ちている緑の葉を見るようにして。



「結構人、いるもんだな」
空しいくらいに大きな入場ゲートの前にいた客は私たちだけだったので、他に客がいるのか心配になってしまったが、中に入ると、思ったよりは客の入りはあるようだ。
とはいっても都会では考えられないくらい、空いている。
あの頃の人気はどこにいってしまったのだろう。
足元で食べ物をついばむ鳩が堂々と闊歩している周りを小さな雀はせわしなく動き回り、仲間を呼んだのか、食事場にまた何羽かが着地した。
ピエロも係員の人も皆、疲れたような顔をしているように感じた。
すれ違った小さな女の子はお父さんとお母さんの間で嬉しそうにソフトクリームを舐めていた。
お父さんも、お母さんも、女の子も、皆幸せそうだった。
「もの欲しそうに見るなよ」
「別にもの欲しそうになんて見てない」
「よだれ」
「うそ!」
「うそ」
口元に出した手を引っ込めて、にやにや笑う彼を睨み付ける。
「修司なんて一人で汽車にでも乗ってればいいんだ。高校男子で一人、恥を知れ!」
「お前こそソフトクリーム両手に持っているのがお似合いだ」
私たちは道の真ん中で、顔を見合わせて笑った。
疲れた顔のピエロよりずっと、嬉しそうに笑っている自信があった。
おもちゃのような汽笛の音で笑うのを止め、音の鳴る方を見る。
ゆっくりと過ぎていったそれは、おもちゃ箱からそのまま出てきたような、赤い汽車だった。
乗っていたのはクマのぬいぐるみではなく、男の子とそのお父さんらしい男の人だ。
「香澄」
名を呼ばれて見上げると、修司は何も残っていない線路に視線を合わせたままだった。
隣に立っているのに顔の見えないもどかしさは、何故だか私を焦らせた。
「―片道か」
芸に成功したらしく、ピエロの周りで大きな歓声がわきあがった。
「戻ってくるよ」
―同じ線路で戻っては来ないかもしれないけれど。
修司ははっと、驚いたような顔を私に向けただけで、また視線を元に戻した。
突然のその言葉は、私に問いかけたものじゃなかったのかもしれない。
答えた私に向けたその表情は私にそう感じさせるのに十分だった。
「ソフトクリームでも食べるか」
嬉しいはずなのに、私は笑えなかった。
なんだか胸に重い、鉛を入れられたような気持ちがした。
「あれ?」
修司の片手はパンフレットを広げ、もう片方の自由な指は何度も案内図を行き来している。
「どうかした?」
「いや・・・」
口では否定していても、その目と指は変わらずに忙しそうだ。
「トイ」
「トイレじゃないからな」
「じゃ、何探してるの」
「・・・メリー、ゴーランド」
「修司・・・」
「可哀想なものを見るような目つきで見るな」
「・・・そんなに探しても無いならここには無いんじゃない?」
雑誌に載っていた大抵の遊園地ならメリーゴーランドは置いてあった。
あれは座ったままゆっくりと廻るだけなので、小さい子も安心して乗れる数少ない乗り物だからだと思う。
―私は実際乗ったことも、実物を見た事もないけれど。
「そんなはずない」
「なんでそこまで言い切れるの」
「・・・あったんだ」
「あっ、た?・・・ここに来たこと、あるんだ?」
「・・・一度だけ」
「へえ、好きな子と」
それまで一心不乱にメリーゴーランド探しに夢中になっていた手がぴたりと止まる。
ちらりと私の顔を見て、パンフレットを折りたたみ、何度も爪でその折り目をなぞったそれをポケットにしまった。
頭に手を伸ばされ、突然の事にびくりと体をすくませると髪を何束か、くしゃっとわしづかみにされた。
「ばーか」
「図星の癖に」
私は修司の彼女じゃない。
付き合ってくれとか、好きだとか、これまで一度もお互いに交わされた覚えはない。
だから修司は私の彼氏でもない。
自分で吐き出した言葉が少しだけ、憎らしかった。今は、少しだけ。



バスの中は赤と黄色で満ちていた。
色鉛筆の2つのそれらを優しく混ぜたらこんな色になるのかもしれない。
誰かと見る夕日はこんなに綺麗だったんだ。
私の胸のずっと奥をぎゅっと握り締められたような思いがした。
隣に座る修司の横顔は太陽の色に染められて、きらきら光っている。
「きれいだね」
運転手と私たち以外、誰も乗っていない車内で私の声が響く。
修司はたった一言、ああ、と答えただけ。
差し込む光は窓際の修司を越えて私にも届く。
私の頬は大きな暖かい手で包まれているかのようだ。
「・・・停留所前で別れて良かったのに。修司、遠回りになっちゃうでしょ」
最初からそのつもりだった。しかし先にバスに乗ったのは修司だった。
ちょうど、仕事が終わる時間なのだろう、車の通りは朝よりもある。
しばらく外を眺めていた修司は口を開いた。
「・・・俺はただ、買い物したいだけだ」
いたずらが見つかった子供みたいな言い方。
微笑んでから、そう、と返した。
斜め前の窓から、外で小さな子がボールで遊んでいるのが目に入った。
宙に浮かんだボールは鮮やかな赤だった。
「今日はありがと。楽しかったよ」
「・・・俺は疲れた。この脚は明日、筋肉痛になる事を思うと泣ける」
それを聞いて、思いっきり指でふとももを押してやった。
今でも十分痛いらしい。
「・・・ずっと行きたかった遊園地、行けて良かった」
「何度も行ったら飽きるぞ」
「・・・遊園地自体、今日がはじめてだよ。だから今日が私の遊園地デビュー。」
驚かれるかと思って反応を気にしたのに、修司はさも、興味がなさそうだった。
大げさなんかじゃなくて、本当の事だ。
今の高校に入るまで一緒に暮らしていた叔母さんは遊園地に行く事だけは許してくれなかった。
門限もなく、小遣いもちゃんとくれていた優しい人だ。
今もたまの休日には、私が寂しがらないように、寮に遊びに来てくれる。
「なあ」
「何?」
真っ直ぐな修司の視線が私の視線と交じり合う。
「お前―」
修司の言葉の最後は聞き取る事が出来なかった。



頭に響くけたたましいクラクションの音、向きなおすと前の窓いっぱいに何かが映る。
“トラック”、対向車線のトラックがこちらの車線に頭を突っ込むように飛び込んだのだ。
『うわあああっ』
運転手の悲鳴が耳に刺す。
瞬間重いものに倒された。息苦しい中、白い天井が見えた。
音は、何も聞こえなかった。視界は黒に染められた。
―ひどくだるい体、重い、何かで叩かれたような頭の痛み。
生暖かい、鉄の味がした。

























途切れる事のない、地面を叩きつける、雨。
その音は耳に寂しさと一種の怖さを落としていく。
落ちてはいくつもの粒となって足元に跳ねていく。
それらがまるで光の粒みたいに見えた。
光の粒で、この暗さを照らしてくれたらいいのに。
―迷子になっちゃだめよ
そう、叔母さんが言ってたから。
叔母さん、怒らせると怖いから。
―ごめんなさい
「ご・・・めん・・・な・・・さ・・・い」
目を瞑ってそっと、唇の上に言葉をのせた。
声は出さずに、息に包ませて。
私が吐いた息は激しい雨音がかき消してしまった。
―あなたは何も悪くないのよ
叔母の声がどこからか聞こえた。
しわを少し深くして、優しく笑う顔、近くにいるとすぐわかる、私のお気に入りの叔母の香り。
香りは強くなって、それに伴って、辺りは明るくなっていく。

最後は、しろ。
何も書かれていないキャンパスの色。
カメラを向けられた次の瞬間光るフラッシュと同じくらい眩しくて、空を見上げる時するみたいに顔の前に手を当てた。



―夢の終わりはいつも同じだった。
次にあの“声”が聞こえるから。





出口で待っているから。戻ってくるまで、ずっと―



誰かに名前を呼ばれた気がした。
ぱっと体を起こすとそこは見た事のない場所、一面のひまわり畑だった。
同じ花々が、それぞれ少しづつ違う色をしていて、それぞれ同じ、たった一つの太陽を見ている。
「私・・・死んだの・・・?」
自分の言葉に、一気に体中の血が抜かれた思いがした。
「ここは、どこ?・・・天国?」
一面のお花畑だなんて、前に見た、テレビそのままじゃない。
恐る恐る立ってみる。
あの時確かに血の味がしたのに、どこも痛みを感じない。
「?」
調子に乗って、ジャンプまでしてみた。
「うぐっ」
こけた。
「そ、そうだ・・・修司は・・・?」
「何をしてる?」
はっと振り返ると、白い装束のような着物を着た、小さな子供のような人が立っていた。
その装束で、顔の半分以上が隠れてしまっていて、男の子なのか女の子なのかわからない。
もっとも、人間なのかもわからないのだが。
その肩にはその子の半分くらいはありそうな、大きな鳥がとまっている。
見た事も無いような鳥だった。体は夜の闇の色。ふさふさとした羽に陽の光を受け、そこだけ濡れたかのように艶やかだ。大きな瞳の周りは、血の色をしていた。
「あなたは・・・?」
「尋ねる前に、名を名乗れ」
その言葉に私は仰天した。
「鳥が・・・喋った・・・」
黒い鳥は不思議そうに首を傾げ、そして黄色のくちばしを開き、笑った。
「何がおかしい?お前もその口を開き、声を出し、言葉を使っている。それはおかしい?」
「だ、だって・・・」
ふっと、白装束の子が目に入る。―そうか、そういう事だったのか。
私はにやりと笑って一人と一羽に向かって言った。
「上手な腹話術ね。まるで本物みたいよ。その、ぬいぐるみ」
そのぬいぐるみらしい鳥はぽかんと私を見ている。その表情は本当に本物らしい。
少なくとも、動物園のオリの中の鳥達よりは・・・・
しかし黒い鳥は肩から降りてひょこひょこと私の足元まで歩いてきた。
「あ、あれ・・・?」
鳥はその立派なくちばしで私の足を突付き、威嚇するように羽根を広げた。
「馬鹿にするな、ワタシはぬいぐるみではない」
「いたたた・・・じゃあ何なの。それに、ここはどこなの」
広げた羽をゆっくりたたみ、下から睨み付けるように鳥は言った。
「話を聞かない女だな、名を名乗れと言ったはずだ」
その態度にむっとしながら、“藤沢香澄”と答える。
鳥は、後ろの、装束の人の方を向いた。
あまりよく見えなかったが、俯いたらしい。装束が揺れた。
鳥はまた正面を向く。
「名前、それはただの与えられたものにしか成りえない。そう・・・それはラベル。ラベルはいつでも張り替えることが可能だ。誰かによってはられたラベルはお前を覆う。お前を隠す。お前を―お前でなくしてしまう」
「―お前は誰だ」
それは、既に答えはわかっている問題で、その口調は答えを知っている人のもののように聞こえた。
吸い込まれてしまいそうで思わず目をそらしたくなった。だがそうする事は許されなかった。
二つの大きな瞳が私をとらえて離さない。
「言ったでしょう、藤沢香澄。それ以外の誰だって言いたいの?」
「ワタシの知った事じゃあ、無い」
鳥はさも面白そうに身を震わせて笑い声を上げると、それまで黙っていた装束の人は小さく笑った。漏れた声の高さから、幼稚園児から小学生くらいの幼い女の子ではないかと感じた。
あまりに長く笑うので面白くない。私は怒りの色を混ぜて言った。
「何、それ。偉そうに・・・とりあえず、名乗ったんだからここはどこで、あなたは誰なのか、教えて」
「誰かが教えても意味は無い。それはその誰かにとっての答えにしか成りえない」
この場合はワタシだね、と言うとまた二人―否、一人と一羽で笑う。
一体何がおかしいのか全くわからない。
答えは期待しないことにするが、一応聞いてみる。
「あの・・・男の子、知りませんか。私と同じくらいの歳の。ここが天国なら一緒に来たはずなんだけど・・・」
私はその一瞬を見逃さなかった。ぴくりと反応したのは装束の子の方だった。
「知ってるの・・・?お願い、どこに行ったのか教えて!」
駆け寄ろうとするのを大きな黒で阻まれる。
「人は、いつも夢を見る。その夢は常に幸せなものだ。しかしそれはあの雲。雲は掴むものではない。・・・眺め、憧れ、・・・手にすることは夢にも見ない。・・・幸せは、儚い」
一人と一羽がゆらりと揺れたかと思うと次の瞬間、あとかたもなく消えてしまった。


「消え、た」
鳥が喋り、突然消えた。信じられない光景が目の前でたった今、起こった。
あたりを見回しても誰も居ない。風が吹き、ひまわり達が揺れる。
その揺れている黄色の中にひとつだけ、違う色が見えた。
「・・・・・・・?」
沢山の黄の中で、その紫だけが浮いていた。
近づくと、小さな――大きなひまわりと比べると余計に小さく見えた――紫の花がたった一輪で咲いていた。ろくに陽の光も当たっていないのか、その姿は可哀相に、うなだれている。
もっとよく見たい、私はしゃがみこんで手を伸ばす。


―知ってる?この花の花言葉。
―知るか。大体において花の名前も知らない。
―ふっふっふ。これはねえ・・・・・・。
―別に俺は教えてくれとも何も・・・
―修司!・・・ああ、なんだ。香澄と一緒だったの。探したんだよ。
安堵のため息、走り近づく度揺れたのは私より短い髪。
修司に見せた笑顔が可愛くて、眩しくて、顔を背けて私は川辺に咲いた小さな花を見続けた。
言う権利も無く、許されない言葉は、開きかけた私の口から出される事なくしぼんで消えた。
“行かないで”

「・・・結局、この花の花言葉、修司に教えてないままなんだ」

その花に触れた瞬間、奇妙な感覚にとらわれた。
強い磁石が反発しあうように、“わたし”という物質が何かによって弾き飛ばされたのだ。
しかし鈍い痛みも鋭い痛みも無く、私を守るように生暖かい空気が私を包み込んでいた。
ひまわりが作る黄色と、空を染めている青がただの黒の輪郭と白い空間とに変わる。
ただ色が抜けただけの、リアルな写実絵のようだったそれは形が崩れ、まるで小さな子がスケッチブックに描いたような落書きに近くなる。
自分も消されるかもしれない恐怖感が私の中に駆け巡ったが、しだいに意識が遠くなっていった。






軽い頭痛と寒気を感じながら私は目を開けた。
真っ白い空、体を起こすと周りには誰もいない。それどころか何も無い。
よっつの角がある事からここは部屋である事がわかって少し安心した。
どこまでも果てしない場所よりも果てのある場所の方が怖くないと思う。
自分がその環境、状況をある程度把握する事が不可能ではないからだ。
しかし普通の部屋とは明らかに違う私のいる、この部屋は不気味だった。
何も無い部屋。家具も、窓も、そして色も。
何も塗られていない色は汚れひとつ見当たらない白。
自分の手が汚れていない事を確かめてからそっと壁に触れてみる。
ガラス細工にするようにそっと。
“わすれていませんか”
青い字がゆっくりと浮かび上がり、私は恐怖のあまり指を離した。
後ろを振り返っても誰もいない。
さっき確認したばかりで、ここには扉も窓もないのにどうして―
“だいじなこと”
はじめの文字に続くように、そのお世辞にも上手いと言えない文字がまた浮かび上がった。
「なにを・・・・・・?大事な事って・・・・・・・」
浮かび上がった次の文字に刺すような痛みを胸に感じた。
“うそつき”
「わたしが・・・うそつき?・・・・・・ねえ、あなたは誰?誰なの?」
“うそつき”
同じ言葉の二度目の文字は殴り書きに近かった。
たったの四文字は私を震わせるに等しい力を持っていた。
ぐらぐらと揺れる心は不安定で、それは何かが触れたら落ちてしまいそうなくらいで。
落ちた先は闇、決して戻ってくることの出来ない黒の泥。
構わず文字は続ける。
“そんなだからあなたはしゅうちゃんにえらんでもらえなかった”
やめて・・・
“みんなにうそついてにこにこして”
やめて・・・
“おおうそつき”
「やめて!!」
叫ばないと、声を出さないと、壊れてしまいそうだった。
喉元に突きつけられた刃から逃げ出したかった。
響きわたる叫びとともに、白かった部屋はペンキをこぼしたように赤く変わる。
なかったはずの扉を見つけた私は迷わず外へ走り出した。
外は森だった。
無我夢中で、木々の間を縫うように走り続けた。
あの部屋で見た私への言葉を振り切るように。
けれど忘れようとすればするほど、目の前にちらついて、頭にこびりついて離れない。
走り続けているうちに、深い緑に不思議な既視感を覚えていた。
切れ切れの息で私は走るのを止め、歩きはじめた。
ああ、と力なく笑う。
似ているのだ。―“森の里”、待ち合わせたあの場所に。
“そんなだからあなたはしゅうちゃんにえらんでもらえなかった”
「・・・・・・・しゅう、ちゃん?」
私がそう呼ぶ人は1人もいない。
しかし、瞬時に浮かべた人もたった1人だった。
「しゅうじ・・・?」
あと少しで、からまった糸がほどけそうなのにほどけない。
何かを忘れている、そして今、それがわかりかけ、思い出しそうなのにわからない。
伸ばしたその腕の先に何があるというのだろう。
突然、割れるような頭痛に襲われ、頭を押さえずにはいられなかった。
度の合っていない眼鏡を掛けたように視界がぶれ、急激な吐き気がこみあげる。
「助けて・・・」

















不思議な人だと思った。
初めて出会ったのは、中学校1年生のとき。
腕を掴まれて、振り返ったらそこに彼がいた。
驚いた顔をしてじっと、私の顔を見ていた。
どこかで会ったことがあったのだろうか。
―カスミ?
その時私はあなたの名前も知らなかった。
―どうして・・・お前がここに?
“人違い”
そう、私は確かにそう言った。
何も、おかしいことなんて言ってない。
言ってないと思った。
けれど彼は私の言葉を聞くなり、ひどく傷ついた顔をしていた。
まるで独り、取り残されてしまった小さな子犬のように。
彼は逃げるように、廊下を走って行ってしまって、そこで私は、彼は自分の間違いに気付いたんだって、ただ単純にそう思った。

二度目に会ったのは、中学校2年生のとき。
2年1組、出席番号も同じ、17番。
藤谷修司。これが彼の名前だった。
妙に気が合って、乾いたスポンジに水が染み入っていくように、彼という存在は私の中に抵抗なく馴染んでいった。














「香澄、今日もそれだけ?」
私はお昼の時間が嫌いだった。
「うん、ダイエット」
周りの友達は皆、それぞれお母さんの手作りの、色とりどりのお弁当やコンビニのパンを食べている中で私が食べているのはラップで包んだおむすび二つ。
「痩せる必要なんてないじゃない。お母さんにもっと作ってもらった方が・・・」
「いいの。そのうち教室に入れなくなったら嫌だから」
「あはは、その心配なら数学の二村の方が・・・」
嫌いだったのはそのやりとり。
心配してくれる友達の気遣いにいつだって虚しさを感じていた。
“人見知りしない明るい子”
私は必死になってそれを演じ、創っていた。
被った皮は完全に“私”を隠し、外の世界に“私”を見せてくれているんだ。
そう信じていた。

「知っているか、無理なダイエットは体を壊すぞ」
日直の仕事を終えて帰り支度をしていた時、窓の外を見ていた修司に話しかけられた。
二人で残っていた放課後だった。
前に話していた話題とは全く脈絡のない話にしばらく面食らっていたものの、すぐに言い返す。
「もう、勝手に人の話聞かないでよ。それに、ダイエットは冗談」
「冗談?・・・じゃ、なんであんなに少ないんだお前の昼飯。腹減らないのか」
「減った」
「だろ」
「でもいいの」
「?」
「おかず作る時間があったら、寝ていたいの。食欲よりも睡眠欲」
窓の外では野球部がグラウンドを走っていた。
掛け声は3階の教室にも届いてくる。
「自分で作っているのか」
「うん」
ねえ、一人だけ大きなあの声はキャプテンの声かな、と笑いながら尋ねる。
だが修司はそれには答えなかった。沈黙に堪り兼ねた私は少し早口で言った。
「おばさんは、パン代持っていきなさいって言ってくれるけど・・・勿体ないじゃない。一ヶ月、一年って経ったら驚くくらいの額をパン屋に投資する事になるんだから」
「素直に甘えろよ」
欲しかったのはその言葉だって、気付かせてくれたのは修司だった。
けれどまだ、素直になれなかった私は修司のその言葉にかちんとくるものがあって、思わず言ってしまった。
「だって、おばさんにはずっと迷惑かけてるから」
何を思い出したのか修司は鞄のなかを探しはじめ、そこから修司は袋を取り出した。
「減ってるんだろ、腹」
そう言って投げられた袋を慌てて受け止めるとそれは、あんぱんだった。
「・・・くれるの?」
「今日は買い過ぎたんだよ。・・・帰るぞ」
少しつぶれたあんぱんに笑いがこぼれる。
「うん。・・・ありがと」

3年生になり、修司とは2組と1組でクラスが離れた。
私は新しい友達をつくって、修司とも時々会っていたりもした。
新しい友達との話の中には時々修司が出てきた事もあった。
“好きな人”の話題の中だ。
皆が修司を褒めていた事には友人として誇らしい気持ちもあった。
でも、それが全てを占めていたわけではなかったのだ。
近すぎて、見えなかった気持ち、気付かなかった感情。
友人の中でも、とりわけ舞は熱をあげているようだった。
女の私から見ても舞は可愛かった。
私より小さな背、そのぱっちりとした瞳は私と話している相手―修司を映していた。
忘れない。忘れもしないあの日、あれは秋の日の事だった。
「―え?」
何を言っているのか、理解できなかった。
舞は照れているのか、教室の床から顔を上げようとはしない。
「・・・藤谷君に告白したいの」
その名を、今にも消えそうな細い声で呼ばれた瞬間、頭の中が真っ白になっていくのがわかった。
舞の手は、元々の白い肌から、固く結んでいるせいで更に白くなっている。
「こんな事・・・頼むことじゃないのかもしれないけど・・・香澄、藤谷君と仲が良いでしょ?だから・・・」
その後は嘘のように、流れていった。
修司の顔を見ずに、見る事が出来ないまま彼女を紹介して、修司は頷き、舞はそのまま修司の彼女となった。それから、何となくぎくしゃくとした関係が続いていた。
けれどたったの1ヶ月で別れた事に私も、皆も驚いていた。
原因は舞も、修司も教えてはくれなかった。


頭痛は治まり、私は服についた葉を振り払いながら立ち上がった。
よろよろと、足はまだおぼつかないけれど、しばらく歩くと気にならなくなる。
上にとまっているのか鳥のさえずりがいくつもいくつも、下から上へ被さっていくように聞こえる。
どこまで行けるのかはわからないけれど、一歩一歩、確かめるように歩き続ける。
光はほとんど入ってこない、どんよりとした森。
葉々が風に揺れるのは傷つきあった者たちが互いに、静かに囁きあうその姿に見えた。
鳥たちは悲しみを唄い、嘆いているのだろうか。
なんて寂しい場所なんだろう、そう思った時、右に生えた巨木の脇に何かが見えた。
不思議に思い、近づくとその脇には小さな道が続いている事に気付いた。
まっすぐ続くそのずっと先にはきらきらと光る何かが見えた。
私は走り出していた。
この迷路からの出口かもしれない、そこには修司もいるかもしれない・・・その思いが私の力だった。



期待とは常に裏切られるものである。
そんな一節が頭の中に浮かんだ。目の前にあるのは大きな湖。
そこは出口ではなく、森の中心のような場所だった。ぐるりと湖を囲む大きな木々。
きらきらと光るのは単に水面に光が反射していただけ。
その水は決して澄んだ青ではなく、深い紺の色をしていた。
ただ、汚いとは感じない。不気味だと思った。
底の見えない、一度落ちたら二度と戻ってこられない、そんな色。
「まだ、行ってはいなかったのか」
聞き覚えのあるしゃがれた声。
「向こう側へ、懐かしいあの地へ」
色鉛筆を全て同じ場所に塗った事がある。どんな色になるのか、想像もつかなかった。
出来た色はわくわくとした淡い気持ちをひどく興ざめする色だった。
その色に塗られた鳥は、はじめて会ったあの時と同じ、装束の人の肩にとまっている。
後ずさりをする私を、おかしそうに身を乗り出して鳥は笑った。鳥は、その場所からは降りようとはしなかった。
「探しものは、見つかったのか」
首を振った私に今までずっと何も言わず、黙っていた装束の人が口を開いた。
「どこかでみおとししているだけ。すぐそばにあるものはみえていないの。みんな、みようともしない」
その声は想像よりもはるかに幼かった。けれどその言葉はひどく大人びていた、
その人は続ける。
「もしかしたら、もうないのかもね。さがしもの」
笑いながら、その人は病的ともいえるくらい白い、小さな手を差し出した。
その手に何か握っているのか、ゆっくりと、蕾のように開いてみせた。
その蕾の中にあったのは花びらではなく、ひとつのクレヨンだった。
見覚えのある、青い色。あの部屋で見たあの文字と同じ色。
「あなたが・・・?」
あの部屋には私以外誰もいなかった。
閉ざされた空間に、誰も入る事なんて出来なかった。
混乱する私とは対照的に、ひどく落ち着いた声で話し続ける。
「いいこのふりして、じぶんに、まわりにうそついて。そうまでしてほしかったものってなに?」
いい子でいなかったから神様は私から奪った。
お父さん、お母さん。
二人は私が産まれてすぐに離婚して、私と暮らしていたらしい、お母さん。
お母さんは病気で亡くなった。
そして叔母が幼い私を引き取り、私は叔母から母の事、離婚した父親の事を高校に入った春に聞いた
小学生の頃、どうして私にはお父さんもお母さんもいないのか、不思議でしかたなかった。
悲しくなんてなかった。叔母がずっとそばにいてくれたから。
叔母が仕事で遅くなる夜、私は広い部屋で1人、なかなか眠る事ができなかった。
もしも叔母がいなくなってしまったら、この世界で私はった1人きりなのかもしれない。
いい子でいないと、叔母はどこかに行ったきり、帰ってこないのかもしれない。
だから、いい子でいる必要があった。
いい子でいなくては、いけないと思った。
いつだって、頭を撫でるその手を振り払いたかった。
いい子なんかじゃないって。
いつだって、抱きしめてほしかった。
ここにいてもいいんだって、そう思える場所が欲しかった。
けれどそれすら言えなかった。
拒まれる事が怖かった。
人付き合いにもそれは影響して、小学生の頃は友達と呼べる友達なんていなかった。
放課後も誰とも遊ぶ約束しない私を叔母は心配した。
その頃から私は表面だけ、明るい子を演じはじめた。
ひどく疲れる毎日を送り続けた。
“素直に甘えろよ”
何気ない修司の言葉は私に、被った皮を脱ぐ方法を教えてくれた。
愚かな私は今でも裸になるのが怖くて、まだ仮面をつけ、暖かい皮に包まったまま。

私は顔を上げ、目の前にいる彼らを見て、言った。
「わからない」
鳥は大きな目を更に丸くし、翼を広げて笑い声を上げた。
しかし装束の人は笑わずに、私の言葉を静かに待っていた。
風が強く吹き、森を揺らす。
なびく髪もそのままに、私は言う。
「欲しかったものは私にはわからない。何かが欲しくて、生きていたんじゃない。欲しいものは何なのか、それを探していたの」
黒い鳥は煙のように消え、小さなその人は装束を脱ぎとった。
彼女は満足そうに笑いかけた。
「はじめまして、わたし」
それは夢。人が見る一時の幸せ。
彼女は湖へ走りだした。
慌てて彼女の後を追うが、彼女は湖の中へ落ちていった。
水泳のような飛込みではなく、静かにその場所に吸い込まれるように。
私は誰かに突き飛ばされるように、何かによって強く押され、落とされた。



あるはずの水はそこにはなかった。
表面だけ水となっていて、空虚なその場所は大きな穴だった。
外から見たあの紺の色は、深い底の色を映していたのかもしれない。
海が空の色を映しているように。
どこまで落ちていくのだろう。
私はゆっくりと目を閉じた。











両足が地に着いたことを知り、私は目を開いた。
柔らかい毛布にゆっくりと落とされたように、衝撃は無い。
落とされた先はどこなのか、それを知る事は簡単だった。
―不思議の森遊園地
看板書かれた文字はところどころ錆びて、遊園地の月日を物語る。
―私はこの場所を知っている。
そう、その入場門は修司と来たあの“ドリームランド”にひどく似ているのだ。
けれどこの感じは何だろう。
既視感の理由がわかっても、私はまだ違和感を覚えている。
誰もいない受付。
入るべきなのか入らないべきなのか、私は遊園地の中を覗いた。
入場門の向こうに続く坂道に、何かが見えた。
それは人影のようだった。
―修司かもしれない
ためらっていたその一線を越え、走り出す。

「修司!修司なの!?」
確かにそこにいたはずの人影が消えたそこは大きな広場となっていた。
誰も居ないその広場にたった一人。
静まり返るその場所で私は背筋が寒くなるのを感じた。
しかし同時に、私にはこの場所がやはりどうしても懐かしく感じるのだ。

“メリーゴーランド”
あのドリームランドで修司が私に言った一言がふいに脳裏によぎった。
何故だかはわからない。だが私の足は自然に歩き始めたのだ。
絶対的な自信があった。メリーゴーランドは、あそこにある。
走り出して何分か経ったのだろうか、それすらも憶えていないほどに私は走り続けた。
森に囲まれたこの遊園地の最奥に“あるはず”のメリーゴーランドに向かって。








「しゅう・・・じ・・・」

酸素を欲する体で息も切れ切れに私は彼の名を呼んだ。
そこには確かにあったのだ。
甘い音楽の流れ続けている、柔らかな色調のメリーゴーランドが。
「どうして私・・・ここの場所を知っていたの・・・?」
「お前がここに来たことがあるからだ。香澄」
ふいに声を掛けられて振り向くと探し続けた彼が立っていた。
驚きの余り声が上手く出ずにいる私に修司は微笑みかける。
「ずっと、待ってた。・・・お前が来るのを」
そう言うと、修司はじっと目の前のメリーゴーランドを見つめた。
「私、遊園地に来たのは」
「“ドリームランド”は2度目なんだ。お前は忘れてるんだよ。・・・一度目の、遊園地を」
苛立ったように修司は言った。焦りを感じて修司に反論する。
「一度目なんて知らない!来たことないもの、遊園地なんて!」
修司は何も言わずに黙って乗客のいないそのアトラクションを見ているだけ。
「修司・・・」
「もうすぐ、来るはずなんだ」
何が、と言いかけた私の目に入ったのは2人の小さな子供だった。
女の子と男の子は仲良く手をつないではしゃいでいる。
私にはその女の子には見覚えがあったのだ。
女の子は私に向かって微笑みを見せる。
「また、あえたね。・・・わたし」
―私に、青いクレヨンを、くれた、あのこ
その肩に黒い鳥はいない。
だが間違いなくあの装束を着た少女だということを理解するにそう時間はかからなかった。
そして彼女は私に向かって“わたし”と呼んだ。
「あれはお前なんだ。隣のガキは俺だ。・・・俺たちはここに来たんだ。小さい頃に1度だけ」
修司の表情は厳しく、険しいものへと変わっている。
「何・・・言ってるの・・・」
憶えていない、と言いかけた言葉は幼い男の子によってかき消されてしまった。
「かすみちゃん!だめだよ、かってにのったらおかあさんにおこられちゃうよ」
しぶる男の子の手を引いたのは“わたし”。
「へいきだよ。はやくのろ!」
しかし男の子はいやいやするように首を振った。
「だめだってば!」
痺れを切らしたのか、彼女は言う。
「しゅうちゃんはおばさんのところにかえってもいいよ」
“しゅうちゃん”と呼ばれた彼は俯いて、何か決心したように顔をあげた。
「ぼく、でぐちでまってるから!かすみちゃんがもどってくるまで、ずっと!」

その声に私は、はっとする。

―夢と、同じ声

その言葉を聞くかいなや、修司は2人を追って回転木馬へと走った。
彼に気付いて私は叫ぶ。
「ちょっ・・・!修司!?」
しかし私が彼を追うことは出来なかった。

音を立てて崩れる回転木馬。
私の意識はそこで途切れる。




















目に入ったのは白。
また、あの夢を見ているのかと思った。
しかしそれは違っていた。
「香澄!!」
抱きしめられた瞬間に香るのは柔らかな叔母の香り。
ぼんやりと、これが“現実”だということに気が付いた。
白は天井の色。
窓辺の花瓶に、いつか修司と見たあの花が挿されていた。
紫の小さな花、私の大好きな花。
―勿忘草
あの時教えてあげられなかった花言葉がぼんやりと浮かんで消えた。

“わたしのことをわすれないで”

「ねえ・・・修司は・・・?」

しかし私の問いに叔母は俯くだけだった。
しばらくの静寂ののち、叔母は言った。
「ほんの数時間前に・・・亡くなったの」

その言葉は夢の中の言葉のように意味を成さないものだった。
「・・・出口で待ってるって・・・言ったじゃない・・・」



―私は出口で待っている
あなたが戻ってくる、その日まで
2004-02-15 18:13:21公開 / 作者:麻衣
■この作品の著作権は麻衣さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿となります、麻衣と申します。
小説を書くのは初、なので少し緊張してます(笑)
コメント、アドバイス等宜しくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
ん〜・・・「―」は一つより二つや三つの方が見栄えがよくなりますヨ。後、大きい改行が多く見られます。これは無駄に行数を取っていると思われ、原点の対象に・・・(汗 人の事は言えませんがね(汗  それ以外は、描写も多く、中々に良かったデス!!何はともあれ、頑張ってください。
2004-02-15 18:24:59【★★★★☆】ベル
計:4点
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