『輪廻の楔 第一章』作者:深森 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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An oath will be taken if you are protected. An oath will be taken if you are loved. An oath will be taken if you are killed.

 初春の風はまだ冷たさを残している。
 其の中でかすかに薫る暖かさに、ほんの少しだけ心が緩やかな形になる気がした。
 ずっと凍り付いていた木々の葉が、久々の陽光に鮮やかな翡翠に照る。
 そうだ、もうすぐ春なのだ。
 三年前に巣立った……今年で頼りない旅路も三度目の春を迎えたということだ。我ながらよく死なずにすんだと思う。
 ……いや、本当の話。
 『神卵界』……シンランカイと読む……の中でもひときわ険しい山の中で、どうどうと眠りこける仲間に、伊織はどうしてもため息が出る。まあ、自分も寝場所なんて気にしない主義なので問題ないのだが、……ひとつ大きな問題が横たわっている。
 仲間のひとり……今年で十六歳になる凛然とした雰囲気の清楚な美少女が、非常に恥ずかしい姿で眠りこけるのには盛大な問題があるだろう。せっかくの衣装も台無しだ。これで寝顔が最高にかわいいのだから、伊織の胃袋は毎日穴があきかけている。酒も飲んでいるので、もうひとりの旅仲間の文乃からは「伊織さまの自業自得ですよ」と断言される。……オレに仲間はいないのか……伊織は痛切に考えてしまう。
 目覚めは最悪だ。上記の条件で寝るなんて無理だ。
 最年長ばかりがなんで貧乏くじをひかねばならん! 今年で二十歳の伊織は、世の理不尽さにかなり不満を持っている。ただ単に餓鬼なだけだが。
 見事な朱色の髪に、燃え盛る炎を押し込めたような真炎の瞳。少しばかりやせすぎな印象がある体。顔立ちは、まあ整っているといえるだろう。難を言えば目が鋭すぎて獣のように見えることか。
 伊織は腰に刷いた黒鞘の重みを確かめてから、背後で眠りこける美少女を振り返った。そして、遠慮なく頭を足でこつく。
「起きろ楊貴。この惰眠女」
 ぴくっと美少女の眉間が震えた。
「だらしねえかっこうするな。色気のねえおまえがどんな格好しようたって洗濯板なみの胸は大きく見えないぜ。……おい」
「伊織様」背後から文乃がため息混じりに名前を呼んだ。「朝からいらぬ言葉を用いて女性の機嫌を損なうものではありません。……あなたの悪い癖です」
 今年で十二歳のくせに妙におとなびた少年は、めがね越しに翠の目を細めた。鋭利な顔立ちで、神経質そうな性格がおもてに出ている。
「ンなこと言ったて…………って! どわぁ!?」
 伊織は跳ね上がってすさまじい速度で楊貴から離れた。
 熟睡していたはずの美少女は、白い額に青筋の亀裂を刻みながら、不機嫌そうな目と声で伊織に怒鳴った。
「うるさいわね!! このガサツ野郎!! あんたなんかさっさと地獄に逝きなさい! あたしが丁寧にあんたようの墓穴掘っておいてあげるから」
「あーはいはい。せいぜい頑張れよ。この色気なし女。悔しかったら愛海なみに巨乳になれよ。はん! おまえなんかより文乃のほうがかわいらしいぜ」
「いっ伊織様!」
「あんたって男色家だったのね。……どーりで女にもてないわけだわ」
「てめえこそ! 師匠に子供としか愛されなかったくせに!」
「うるさーい! あんたなんか谷底に突き落としてやる!」
「あのおふたりとも」
「だいたいねえ伊織! あんたってば常識がなっていないのよ!」
「世間知らず女に言われたくないね」
「酒飲んで女ナンパして路銀の半分強奪してるあんたよりは世間を知っているわ」
 ……文乃は入り隙間がなく、盛大なため息をついた。
 伊織と楊貴。
 ふたりの間はありがちながらも、こんなもんだった。


 三人はこの山をくだったところにある街へ向かっていた。
 その街・『卯の都』は海を有する瀬良大陸有数の貿易街なのだが、山奥にあることで同大陸からの訪問客の数はけっして多くはない。
 ……なぜそんな場所へ向かっているのかというと、彼等の友人のひとりがそこにいるからである。
 三年前それぞれの道を行くためにばらばらになった仲間たち。
 その契機が『師匠の急死』というのは、ひどく皮肉な感じがした。
 伊織は楊貴と文乃の三人だけで旅をしてきた。彼等だけはしばらく「師匠」とともに過ごした家に残っていた。
 伊織は「師匠」とある約束をしていたし、文乃は「ふたりだけ残すのは心配なので」とおとなびた意見をいい(悔しいが伊織は反論できなかった)、楊貴は深い事情があってひとりで旅立つことが不可能だったのだ。

 そして伊織は……約束を果たすために日夜「それなりに」頑張っていた。


「この山ってあとどのくらいで麓なの? なんか三日は歩き続けてる気がするんだけど」
 楊貴が艶めく髪を掻き揚げながら、不満を口にした。
「……今日中にはつきますよ」
 隣から文乃が即答した。日程はほとんど彼がまとめている。
「だいぶ道が広くなってきましたし……、なんとなく気配を感じます」
「そ。あーでも疲れるなぁ……。文乃は疲れないの?」
「ええ。歩くことには慣れています」
 にっこりとうなずく文乃に、楊貴は肩をすくめた。
 前方を歩く伊織の細い背中をにらみつけ、愛らしい楊貴は唇をとがらせた。
「体力莫迦はいいわよねえ。あたしなんかか弱いからすぐ疲れちゃう」
「おまえはただ単に痩せてるだけだ。自覚ねえの? かわいそうになぁ」
 すかさず伊織が反論した。
「何様よあんた!」
「オレ様」
「死んで来い!!」
「そしたらオレは天国で至極幸福な時間を頂戴できるわけだ。はは、いいだろー」
「あんた言ってて寂しくない?」
「………………」
 伊織は沈黙し、乾いた笑い声で話題を一笑させた。強引だ。
 遠くの空で鳥が鳴いた。
 風が冷たい指先で髪や衣服や肌を愛撫してくる。
 優しい春は目前なのに、伊織は憂鬱だった。その憂鬱はあの日から伊織を束縛している枷だった。
 ふとした瞬間に思い出す光景。

 ……冷たい妹……流れる血潮……笑いながらないていた「あいつ」……舞い降りた美しいひと……殴りつけたこぶしの痛み……

 ああ、あれからもう十年だ。
 伊織は目を伏せて、ふたりにばれないようにため息をついた。


 ……その三人を見つめる瞳があった。
 それは奥が見えない紅蓮をしている。流れる髪は闇夜の漆黒。
 秀でた額に浮かび上がる紅い宝玉は第三の目のように、異様な輝きを放っている。
 性別はわからない。ただ、そのひとは美しすぎて不自然だった。
 端麗な美貌には薄く嘲笑がひらめいているが、どこかぎこちない。
 麗人の前には透明な宝玉が浮かんでいる。其の中に、三人の旅人が映っているのだ。
「あれがあいつの教え子……」
 美声が薄暗い憎悪をにじませる。
「早々に摘み取ってやろう……なあ、氷姫」
「当たり前よ」と、暗闇から鈴の音のような声が返ってくる。「あの子は私のものなのよ。勝手に奪われて堪るもんですか」
「……ふふ、そうだな」
「写楽」
「ん?」
「あんたはなんで私を裏切ったくせにまた仲間にしたの?」
「答える必要なはいだろう」写楽は美しい唇にはっきりと侮蔑の笑みを刻んだ。

「おまえが知っている。
 わたしではなく、おまえが知っているのだ。
 ……愚かしい氷姫。わたしと似た、哀れな姫よ」


 宝玉の中で、三人はなにも知らず喧嘩して笑いあって歩き続けていた。



 あなたをまもるとちかいます
 あなたをあいするとちかいます。
 あなたをころすとちかいます。
2004-02-13 21:05:13公開 / 作者:深森
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