『果てしかないなら... 1〜3』作者:ダイスケ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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第一話  「The cave of rubble(瓦礫の洞窟)」



 焚き火の光が、辺りを包んでいる瓦礫を照らしている。まるで、ライトアップされた趣味の悪い造形物のようだ。あちらこちらから、鉄骨や角材が突き出し、いつ崩れてくるかも分からないだろう。
 そんな暗闇の空間を照らしている焚き火の回りに、女、男、男の、三人の人間がいた。
「三日もここに閉じ込められてる…」
 そう、うわ言のように呟くと、女は涙を流した。年頃は高校生ぐらいだろうか、肩までの黒髪が、火の光を妖しく反射する。
 彼女の着ている服は男子学生の制服、学ラン姿である。黒い生地がほこりで所どころ白く汚れていて、彼女の顔にも土汚れがついている。
 彼女はうつむきながら、ぼそぼそと話す。
「…もう…限界です。こんな生活」
 それを聞いた二人の男達は、何も言い返すことが出来ず、黙って顔を見合わせる。
 二人とも学生服をきていて、彼女と同じ学生服姿だ。
 女は何も言わない男達を睨む。それに耐えかね、二人の内の一人が言い聞かせるように言った。
「そんな事言ったってさ、仕方ないだろ?生き残っただけでも運が良かったんだよ。もっと前向きに、うわ!」
 突然女に飛び掛られ、男は仰向けに押し倒された。その衝撃でほこりが舞い上がる。
 女は馬乗りになり、涙を流しながら、連続で男をポカポカと殴る。
「ばかばか!もう三日も外に出てないんですよ!せめて、せめて出口を見つける努力ぐらいしてください!」
 それを手で受けながら。
「ご、ごめん、ごめんって。本当に仕方ないんだって」
「そうやって仕方ない、仕方ないって…理由ぐらい教えて下さい!」
 二人目の男が、女を羽交い絞めにして引き離す。
「こらこら恵美ちゃん、そんなバーリトゥードみたいな事やってないで早く降りなさい!」
 引き離された女は、むくれてむすーっとしている。
 彼女は、城 恵美(しろ えみ)という。
「だって、もう丸三日ですよ?この洞窟に落ちてから」
 恵美はむすっとした表情のまま、さっきまで馬乗りになっていた男を不満そうに見る。
「だって、しょうがないじゃないか。まったく…」
 パンパンと、学ランについたほこりを払う。
 彼は、神南 啓輔(かんなみ けいすけ)という名だ。
「久しぶりに日の光に当たりたいんです!おかしくなっちゃいますよ…」
 恵美を引き離した男が笑いながら。
「よし、この哲也君に任せなさい」
 と言って、後ろの瓦礫を登りだした。彼の足場にされたところが崩れ、ほこりや土を伴って下に舞い落ちる。
 この、少しふざけた感のある男の名前は、阿見 哲也(あみ てつや)という。
「ちょっ、やめろって。哲也は外がどうなってるか知ってるじゃないか」
 どんどんよじ登っていく哲也を一生懸命に呼び止める。彼の顔にも土や小さな石ころが当たり、啓輔は目を細める。
 哲也が
「あ、そうか。確かに、ここのほうが安全だな」
 と言って、あっさりと登るのをやめて下に飛び降りた。それのせいで、またほこりが舞い上がる。
「安全も何も、ここは一体どこなんですか?」
 恵美に聞かれて、啓輔がうなりながら哲也に提案した。
「…もう全部話そうよ。そろそろ限界だし」
 哲也がズボンについたほこりを払いながら答えた。
「そう…だな。うん、もう話してもいいと思うぜ」
 啓輔は深くうなずいてから、恵美を見つめて言った。
「今、僕達はこの洞窟というか、瓦礫の隙間にいる。なんの瓦礫だと思う?」
 恵美には検討もつかなかった。黙ったままの恵美を見て、啓輔がうなずく。
「うん、分からないよね。はっきり言うよ、これは校舎の瓦礫なんだ」
「校舎!?え?どうしてですか?」
「爆破されたんだよ。そうだよなあ?啓輔」
 哲也に聞かれて、啓輔はうなずいた。
 恵美は信じられずに目をきょろきょろさせている。とても現実離れしていて、信じられる物ではなかったからだ。しかし、信じるより他はないだろう。実際に、こうして此処に居るのだから。
「そ、それなら、どうしてあなた達は二人とも無事だったんですか?」
 哲也が自分を指差しながら、張り切って答える。
「よし!それには俺が答えよう。まず初めに、俺達二人は校庭で授業をサボってたんだ。それで、先生に見つかりかけたから」
 啓輔が突っ込む。
「サ、サボってたのは哲也じゃないか!僕はそれを連れ戻しに行っただけだよ!」
「まあまあ。そうして逃げている間に、ド〜ン!!だ」
 啓輔をなだめながら、哲也は説明を続ける。
「そこで俺達は二人とも気を失った。それで気付いたら、辺りは薄暗くなってて、校舎は全壊してたわけだ」
「あれはびっくりしたよね。辺り一面景色が一遍…しばらく呆然とするしかなかった。でも、生き残りを助けなきゃって思って、辺りを探したんだ」
 啓輔はその時の事を思い出しながら言った。
 音も無く静まり返った世界と、灰暗い空、澱んだ空気。自分が前まで通っていた校舎の残骸を見つめ、たたずむだけの自分。悔しかった…。
「生き残りは…いたんですか?」
 恵美が言って、啓輔はその思いを胸にしまう。そして、気を取り直して静かに言った。
「…人は『あった』。後は瓦礫だけ…」
 そう言って啓輔は黙ってうつむいた。
「…そ、そうですか」
 すぐに意味を理解し、恵美は気まずそうに黙り込む。そこで辺りは静寂に包まれ、焚き火の音だけが響く。
 啓輔が静かに言った。
「ごめん、説明続ける。死んだ人を何人も見て、僕達はおかしな事に気付いた」
 哲也が顎を触りながら言った。
「全員に刃物で深く切られた後が残っていてな。殺された後で校舎の下敷きになった、って感じだった。それと、なぜか女の子の死体は一人も無かった」
「その時、すぐに理由は分からなかった。でも…それは意外と早く分かったんだ」
 哲也は少し沈黙した後、静かに語りだした。
「色は緑で、トカゲみたいな感じだ。二本足で歩いていて、鋭い爪がついてる。見た瞬間、俺達は確信したよ。あいつが犯人だってな」
 恵美の頭は混乱した。
 話がどんどん夢のように思えていく、校舎が爆発、次はトカゲの化け物。信じられるはずが無かった。
「ねえ、覚えてない?恵美は、そいつらにさらわれる所だったんだ」
「え!?」
 ただでさえ混乱している頭に、覚えの無い事でもあり衝撃的な事を言われて、恵美はさらに混乱した。



第ニ話 「It fights with green(緑と戦う)」     



「私が…さらわれかけてた?」
 恵美は混乱する頭を必死で整理する。
 が、それは無駄なことだった。整理するも何も、そんな記憶など微塵も無いのだから。
「あ!」
 そこで恵美は気付いた。そうか、これは嘘なんだと。また適当な事を言って自分を騙そうとしているに決まっているのだと。
「また嘘でしょう!いいかげんにしてください!」
 むくれ上がっている恵美を見ても、啓輔は表情を変えない。その眼差しは真剣そのものだ。
 哲也が横で静かに言った。
「嘘じゃないんだよね、これが…。ん〜、じゃあ、さらわれかけてた恵美ちゃんをどう助けたかって事から話そうかな」
 そう言って、哲也は一つずつ話し始めたのだった。



---*---



 哲也は瓦礫の野原の中にいる。辺りは薄暗く、そこかしこから火のくすぶった後の白煙が風に流され、細く伸びている。
 その中で哲也は、瓦礫を引き抜いては後ろに投げ、さらに引き抜いては投げを繰り返している。
 そして、哲也の動きが急に止まり、自分が掘り進んだ穴に肩まで手を突っ込んだ。
「くそ!まただ!また死んでる…」
 瓦礫の穴のから土で黒く汚れた手が突き出している。その手はずたずたに傷ついていて、すでに血の気が無くなり、雪のように白く冷たくなっていた。
 悔しげな表情を浮かべる哲也。その顔には疲労の色も浮かぶ。
「くそっ!」
 穴から手を引き抜き、近くにあった鉄骨の瓦礫を掴んで思いきり叩きつける。
 生存者がまったく見つからない。しかも、全員が傷だらけで、瓦礫による単なる圧死や窒息死では無いようだった。何がなんだか分からない。
 取り合えず、原因だけでも探さなければ…。
「おい啓輔〜。そっちはどうだ?」
 呼びかけられた啓輔は、少し離れた場所で空を見上げ呆然と立ち尽くしている。まるで、空に何かを求めているかのようだ。
 返事をしない啓輔を、哲也は眉をしかめながら見つめる。
(これは一体どうしたんだろう?何が起きたんだろう?それに、どうして自分は何も出来てないんだろう?)
 分からない事だらけで、啓輔には何が何だかさっぱりだった。
 自分はこの状況下で何も出来ていないし、その上、自分から提案した生存者探しでさえ効果が得られず、もはや生存者は絶望的だった。
「なにほけてんだ!早く探さねえか!お前がそうしている間にも命が減ってるんだぞ!」
「…」
 こちらに向かって来ながら哲也が怒鳴る。
 しかし、その呼びかけもどこか遠く、小さく聞こえる。
 そして、そのまま、まるで世界が終わってしまったことを告げているかのような茶色と紫色と黒がマーブル模様に混ざり合う空を見上げる。
「このばか野郎!!」
 バチン!
 乾いた音が鳴り響く。啓輔は頬を張られた衝撃で体勢を崩し、瓦礫の上に倒れ込んだ。
 すぐに上体だけを起こす啓輔。しかし、張られた頬を指でなぞり、ただボーっとしている。それを、苛立ちを隠せない様子で哲也が睨む。
「お前なあ!俺らは無傷なんだ。だから、傷ついた奴を助けるのは当たり前だ。って言ってたのはお前だろうが!そのお前がここから逃げてどうする!」
 哲也は、耐え切れずに凄い剣幕で怒鳴った。
「…ごめん。哲也の言うとおりだ」
 うなだれながら答える啓輔。
 そうだ、何も出来ない自分を責める前に行動を起こそう。そうすれば、出来ることが見つかるはず。
 啓輔は疲れた体を勢い良く起こすと、瓦礫から立ち上がって哲也を見た。その様子に満足げな笑みを浮かべる哲也。
 しかし、その後も状況は変わらなかった。見つからない生存者。一様に死体に付いた切り傷。謎は解けなかった。
 だが、事態は進展を見せる。
「おい、なんか音がしねえか?ほら、足音みたいな…」
 そう言い出したのは哲也だった。
 その時、二人は元校舎であった瓦礫山の山の、頂上より少し下辺りにいた。辺りの景色を確認する為に哲也が登ろうと提案したのだ。
「あ、ほんとだ!行ってみようよ」
 その足音は山の反対側から聞こえてくるようだ。このまま登り切ってしまえば、その足音が何なのかわかるだろう。
 啓輔はそう考え、喜び勇んで瓦礫の山を駆け上る。気分は弾んでいた。
(人だ!人がいる!)
 何か分かるかもしれない。息を荒げながら駆け上る啓輔。
 だが、もう少しで頂上という所で突然哲也が眼前に立ちふさがった。それに気付いて啓輔は慌てて急ブレーキを掛ける。
「な、うわ!ちょっと、どうしたんだよ哲也」
 不機嫌な表情で哲也を見る。だが、哲也の顔は青ざめていた。
「え?ちょっと、どうしたんだよ、哲也!」
 哲也の表情が明らかに危険を示していたので、啓輔は不安になって哲也の肩を揺さぶった。
 揺れながら、哲也はやっと口を開いた。
「いいから、そっと向こう側を見てみろ。いいな、そっとだぞ」
 妙に念を押す哲也にさらなる不安を抱きながら、頂上から向こう側が見える限界の所から顔を出す。
「っっ!!」
 声にならない叫びを上げる啓輔。
 向こう側にいたのは、人では無い者達だった。
 遠くからなので細かくは分からなかったが、爬虫類を思わせる緑色が二本足で立っていた。
「何あれ!?トカゲ!?」
 哲也のすぐ側まで戻って来た啓輔は、声を忍ばせながら哲也に聞いた。
「わかったら苦労しねえっつうの…」
 声を忍ばせながらそう答えると、哲也は考え込むようにして黙り込んだ。
 しばらくそうしていたかと思うと、哲也はもう一度頂上に向かっていった。
「ちょっ、やめろって!見つかったら何されるかわかんないよ!」
 瞬時に哲也の足を掴んだ啓輔は、哲也の行動を制止する。表情は必死そのものだ。
「大丈夫だって!…そうだ、お前も来いよ。あれが何なのかちゃんと確かめようぜ」
 そう言われて、哲也は無理矢理に啓輔を引きずり、頂上へと登る。
 初めは抵抗していた啓輔も、途中で観念したようで、二人並んで登って行った。
 恐る恐る向こう側を見ると、トカゲの様な奴は全部で五匹いるようだった。
「群れで移動してるのかな?あれ?あいつ等何してるんだろ」
 その五匹の群れが、囲んで何かを弄んでいた。引っ張ったり、引っかいたりしている。
 良く見えないので、目を凝らしてよく見る。その瞬間、啓輔は悲鳴を上げそうになった。
「あいつらか…人を切ってた奴は」
 何とか悲鳴を飲み込んだ啓輔の隣で、哲也はそう言って唇を噛む。
 なんと、トカゲ達は人を弄んでいたのだ。おそらく、手に鋭利な刃物が付いているか、もしくは持っているのだろう。
 それぞれが、思い思いに自分の獲物を人に振るっている。弄ばれている人はすでに息絶えているのだろう、何も抵抗することなくトカゲに遊ばれている。
「男、か…」
 男、という事がかろうじて分かった。
 なぜなら、服を着ていなかったからだ。トカゲが脱がした、とでも言うのだろうか。
「ひどい…。絶対許せない」
 そう言って啓輔はトカゲを睨む。
 だが、その視界に新たなトカゲが二匹、人を抱えてやってきた。
「おい!新しい奴等が来たぞ!しかも、今度は女だ!」
 哲也もその姿を確認したようだ。
 その女性は下着姿だった。その様子を観察している哲也の横から啓輔が消えた。瓦礫の斜面を滑り降りて行ったのだ。
 びっくりして哲也が啓輔を目で追うと、すでに啓輔は手ごろな角材を見つけて手に握り締めていた。瓦礫から突き出しているのを見つけたのだ。
「お、お前…まさか、あいつらと戦うつもりか!?」
「うん。もう許せない。それに、あの子は傷が無かった。まだ助かるかもしれない」
  啓輔の目は本気だ。どんどん哲也の居る頂上付近に戻ってくる。
 哲也は、しばらくうなっていたが、一つ、深くため息をついたかと思うと、自分もまた角材を見つけてそれを構える。
 啓輔がやって来て、二人は頂上の影に身を伏せて隠れる。そこで哲也が
「いわゆる、しゃあなしだぜ、って奴だ。な?」
 そう言って笑いかけた。それに啓輔も笑い返した。そして、啓輔はおもむろに野球ボールぐらいの石を手に取った。
「よし。まず石を投げる。そこにトカゲが気を取られてる内に、あの女の子を哲也が抱えて逃げる。追いつかれたら殴る」
 哲也は肩をすくめて、二つ返事をした。
「行くよ!!」
 そう言って、啓輔と哲也はトカゲ達の居る場所から左に離れた場所に投石を行った。石はこちらにも聞こえる音を出した。
 トカゲ達はその音のした方に一斉に飛び掛っていった。すごく俊敏な動きだ。
「よし!」
 置き去りにされた女性は、まだ綺麗だった。どうやら、トカゲ達が手を出すまでに間に合ったようだ。
 作戦の成功と女性の無事の喜びにガッツポーズを取り、立ち上がって斜面を駆け下りる。
 なるべく静かに、ばれぬ様に二人は急いで駆け下りて行く。蹴り上げられたコンクリや木材から砂埃が舞い上がる。
(もう少し!)
 あと、数メートル。もう少しで女性にたどり着く。それまでトカゲ達に気付かれないように祈りながら、啓輔は瓦礫の山の終わりにたどり着いた。
 目の前に女性が見え、啓輔と哲也はさらにスピードを上げて突き進む。
 ようやく哲也が女性の傍らにたどり着き、その近くで啓輔が辺りを伺い、トカゲがやって来ないか見張った。
 哲也は近くで顔立ちを見る。この女性は高校生、もしくは中学生後半ぐらいのようだ。肩までの黒髪がほこりでしろく汚れてしまっている。
 そして、彼が女性に手を伸ばした時にそれは起こった。
「おい!こいつまだ生きてるぞ!」
 驚きの声で哲也はそう言った。
 女性に触れた時に、まだ人の温もりがあったのだ。下着二枚の姿も影響してか、それは直に彼の手のひらを伝わる。今まで死人の冷たさを経験しているから間違いない。
 だが、この時の驚きの声が、本人の予想以上に大きく出てしまったのが災いした。気付かれたのだ。
「早く!哲也!あいつらが!」
 気付いた時にはもう遅かった。すでに、トカゲ達は俊敏な動きで二人の目の前に迫って来ていた。
 啓輔が哲也をうながす。だが、脱力した人間を持ち上げるこ事の難しさと、彼の心の焦りがそれを迅速に行わせはしなかった。
 なんとか角材を持ちつつ、女性を両手に抱えた時には、二人は完全に彼等の射程内に入ってしまった。
「やべっ!逃げるぞ!」
 哲也は急いで女性を肩に抱え、きびすを返して走り出す。だが、うすうす気付いてはいた。逃げ切れる訳が無いと。
 啓輔も後ろから付いて来たが…。
「うわっ!」
 啓輔が殺気を感じて後ろを振り向いた瞬間、トカゲの一匹が彼に向かって飛び掛ってくる所だった。
 それを横に飛びのいてかわす。そして、前を見ると他のトカゲ達が自分に飛び掛ってきた奴と合流し、目の前で今にも飛び掛らんばかりに啓輔を睨んでいた。
「どうした!?」
 啓輔の声を聞いて、哲也が後ろを振り向くと、啓輔がトカゲの攻撃を避ける瞬間だった。
 間一髪でかわした啓輔に冷や汗をかく。そして、哲也はため息をつくと、なんと走るのをやめた。
 そして、おもむろに女性を下ろすと、近くの垂直に突き立っている平らなコンクリートの板の側に優しく女性をもたれさせた。
「よし!戦うか!なあ、啓輔!うわあああああああ!!」
 角材を握り締めて立ち上がると、意味不明の言葉を大声で叫びながら啓輔の下に走る。
 その時啓輔は、角材を構えながら合計七匹のトカゲとにらみ合っていた。しかし、哲也が大声を挙げた事でトカゲ達は警戒し、後ろに飛びのいた。
 実は大声は作戦の内で、音に敏感に反応する奴等だから、この声でびびってしまうのではないかと思ったのだ。そして、これは成功した。
「しっかし、近くで見ると気持ち悪い奴等だなあ、こいつらは!」
 哲也が横に並ぶ。その、まったく怯まない様子に妙な頼もしさを感じながら啓輔は前を見る。
 小学生くらいの身長で、全身をびっしりと包む緑の鱗、筋が浮き出ている細い腕の先には三本の大きな黒光りする鋭い爪。足は人間の足に鱗をつけたような形をしている。
 人と爬虫類を均等に混ぜ合わせたような顔は鱗で覆われ、目は赤く、小さな鼻がついている。裂けたように広がる口にはするどいキバが規則正しく並んでいた。
 その姿は醜悪としか言いようが無かった。
「早く終わらせて、彼女を非難させようか。行くよ、哲也!」
 啓輔は体中から吹き出る冷たい汗を吹っ切るようにそう叫ぶと、トカゲの群れに突っ込んでいった。



第三話  「Comprehension and Shock (理解と衝撃)」    



「うわあああ!!」
 二人で大声を上げながらトカゲ達に突っ込む。
 しかし、またもや大声を上げた事が幸いした。トカゲがひるんで隙が生まれたのだ。
 哲也が一匹に狙いを定め、角材を振り下ろした。
 ゴン!!
 鈍い音を立てて角材はトカゲの頭に命中した。四角い角材がトカゲの頭にめり込み、頭骨を粉砕する。
「フシャッ!!」
 断末魔の声を上げ、トカゲは地面に叩き伏せられた。
 倒れたトカゲはぴくぴくと痙攣している。目、鼻、頭部からあふれ出た血が流れ、血溜まりを作る。
「たああ!」
 その隣で、啓輔も、恐れをなし隙だらけのトカゲを叩き伏せた。うつ伏せに倒れ込んで、動かなくなる。
 そのまま、立っていると後ろから哲也が来た。互いに背中を合わせ、角材を構えて相手を睨む。
「よし、いけるぞ啓輔。後五匹だ」
「うん!行くよ!」
 そう言うと、二人は跳ねる様に敵陣に突っ込んでいった。
 隙を見つけては頭に振り下ろし、敵が攻撃しそうになったら大声を張り上げる。
 そうしていく内に、動いているトカゲは残り一匹となった。周囲には、動かなくなったトカゲが六匹、無造作に転がっている。
「はあ、はあ、はあ」
 さすがに二人も体力が切れ、息遣いが荒くなってきた。目の前にはトカゲが一匹。
 その一匹を二人で睨む。哲也が呼吸もままならぬまま、その一匹目掛けて言い放った。
「さあ、どうする、逃げるか?なあ、この、トカゲ、野郎!!」
 もちろん、その言葉に反応する訳がない。沈黙が数十秒続いた。
 しかし、この覚悟する時間と、状況を十分に確認させる時間がまずかった。
 トカゲは後ずさりしながら辺りを見回す。倒れている自分の仲間。その骸を見ている内に、彼の心の内から激しく湧き上がる物が現れた。
「シャアァァァ!!」
 爪をピンと立てて、素早い動きで二人に突っ込む。
 焦ったのは哲也と啓輔だ。ひるんでいたトカゲは彼等の敵ではなかった。だが、ひるみが取れたトカゲはどうか?
 それは、ひるみが取れた瞬間に重大な脅威に変化を遂げてしまった。
「わっ!!」
 驚いて、角材でガードする哲也。
 ゾリッ!!
 聞いたことも無い音と共に、手に伝わる不思議な感覚。
(嘘だろ!?)
 彼は自分の目を疑う。
 何と、角材がトカゲの爪によってそぎ取られていたのだ。その切り口は曲線を描いて滑らかに角材を寸断していた。
「まじ、かよ…」
 手に持っていた、角材が本来の3分の1の長さになり、重さもかなり軽くなっていた。
「哲也!危ない!」
 手の角材を見つめ、呆然としている哲也に第二撃が迫ろうとしていた。それを啓輔が察知して哲也を突き飛ばす。
 地面に倒れ込んだ哲也のすぐ上をトカゲが飛び越えていった。間一髪、避ける事が出来たのだ。
「こんのおお!!」
 啓輔がトカゲに迫り、角材を両手で頭の上に振り上げ、トカゲ目掛けて一気に打ち下ろす。その軌道は確実に頭を捕らえていた。
 コン、カランカラン
 啓輔のすぐ後ろに、角材が飛ぶ。それは虚しい音を立てて地面に転がった。
「え?」
 啓輔は事態が収集出来ない。
 彼の手には短くなった角材が握られている。そう、角材は手に持っている部分を残し、またもや切り取られたのだ。
「あ、あ」
 トカゲは爪で角材を受け止め、角材をいとも簡単に切断したのだった。
「やべえな。くそっ!!」
 哲也はすぐさま立ち上がると、女性の下に向かった。
「あ、ちょっ!待ってよ!」
 その哲也の行動に啓輔は慌てて後を追う。
 だが、怒ったトカゲは見逃してはくれない。目を真っ赤に血走らせ、全身の筋肉を躍動させて啓輔に飛び掛った。
 はずだった…
「シャッ!」
 すんでの所で石が顔に当たり、行動を阻害される。
 哲也がにやりと笑いガッツポーズを取る。
「よし!おい啓輔!この子を抱えて逃げるぞ!」
 啓輔はこくりとうなずく。
 哲也が女の子を抱えて立ち上がる。その様を横目で見ながら、啓輔はトカゲを注目する。
 その時、トカゲは丁度首をぶるぶると振りながら、目を手でこすっている。どうやら、さっき哲也が投げた石についていた泥が目に入ったようだ。
 自分達の幸運を感謝しながら、啓輔はゴルフボール大の石を一つ拾い上げて哲也と共に、瓦礫の山の間を走り出す。
「はっ、はっ、はっ、く、くそっ!」
 しかし、瓦礫の凹凸がさっきまでの戦いの疲れと重なり哲也を疲弊させていく。
 五十メートル程走った所から、全身から力が無くなっていき、スピードが落ち、今にも女の子を取り落としそうになる。
「哲也!トカゲがこっちに来るよ!早く!」
 啓輔が後ろを確認すると、トカゲが回復し、追跡を始めていた。
 そのスピードは凄まじく、あと数秒でこちらにたどり着くだろう。啓輔は走りながら、確実にスピードの落ちた哲也を不安げに見つめる。
「…よし!」
 哲也は横を見る。そこには一際大きな瓦礫の山がそびえていた。
 そしって突然、哲也はその山を猛然と一気に駆け上り始めたのだ。しかし、二人分の体重に思うように足が動かず、斜面を登るのに苦戦する哲也。
「ちょっと!何考えてるんだよ!これじゃすぐに追いつかれるよ!」
 啓輔の呼びかけにも耳を貸さず、哲也は一心不乱に斜面を登る。
 もうすでに呼吸は乱れ、心臓が激しく不規則に鼓動を打つ。だが、彼はそれでも動くのをやめない。
 そう、今自分は一つの命を持っているのだから。
「て、哲也?…わかった」
 啓輔は哲也の表情を見て、大きくうなずく。
 そして、前を向く。そこには、トカゲがすでに数メートルまで迫っていた。驚くべきスピードだ。
「このっ!!」
 そこに目掛け、持っていた石を瓦礫の山の斜面の上から全力で投げる。
 それは見事トカゲの頭に命中し、トカゲは仰向けに転倒した。続いて、瓦礫の斜面から手当たり次第に物を拾っては、連続で投げ続ける。
 途中、何か鋭利なものを掴み、手に激痛が走ったが、それでも投げるのをやめない。いや、やめることは出来ない。
「哲也!」
 投げるのをしばらく続け、トカゲの進行を食い止めていた啓輔は、一旦投げるのをやめて上を見上げた。
 哲也の様子を見るためだ。
「え?」
 しかし、そこに哲也の姿はなかった。
 どうしようもない不安にかられ、トカゲの事など忘れて斜面を駆け上る。
 長い。今まで登ったどんな山よりも高い。永遠とも思える斜面を必死に駆け上っていく啓輔。
「はあ、はあ、はあ」
 とうとう頂上に着き、辺りを360°見回す。
 居ない。哲也が見当たらない。
「そ、そんな…」
 彼はどこにいったのか?
 必死に思考を廻らす。が、息が上がり、酸素が十分に行き渡らない頭では結論に達する事が出来ない。
「哲也!哲也!」
 結論が出ずに、ただ叫ぶ啓輔。
 しかし、彼は忘れていた。敵が追いかけて来ている事を。
 そして、それはすぐ後ろまで迫ってきていた。
 啓輔は何も知らずに前に一歩歩き出した。
「うわっ!」
「シャアァッ!」
 獲物までもう少し。
 彼は待ちきれずに飛び掛った。だが、それは空振りに終わってしまう。
 その頃、すでに啓輔は暗闇の中を、まるで滑り台を滑るように下へ下へと向かっていたのだから。



---*---



「と、いう訳だな」
 哲也は全てを話し終え、満足げな表情で言った。しかし、恵美は困惑の表情を浮かべている。
「だから、下着姿の女の子が君で。僕は哲也を見失った時、一歩前に歩いたら急に足場が崩れて、気付いたら哲也と同じ場所、つまりここに居た訳」
 たまらず補足を付け加える啓輔。
 恵美はしばらく黙っていたが、やっと理解できたようで、徐々にうなずいて、理解を示した。
「う〜ん。大体は分かりました。けど、私は…だったんですよね」
 一部分だけ、顔を赤らめ、恥ずかしげに小さく喋る恵美。
 哲也と啓輔はそれが聞こえずに、もう一度恵美に何を言ったか聞いた。すると、恵美は恥ずかしそうにぶつぶつと言った。
「だから、私は、し、下着姿だったんですよね?その、こ、この服はどこで?」
 二人は、なあんだ。と笑う。
「あ、それはね、哲也が瓦礫の中から見つけたんだよ。そして、それを着せたんだ」
 啓輔が言うと、発見者である哲也は自慢げな表情をした。
 無論、二人ともきゃーきゃー言いながら着せたのではあるが。だが、啓輔はそれはあえて言わないことにした。
「着せたんですか!?…わ、わかりました」
 そう言って、恵美は恥ずかしそうにうつむいた。
 きまずい雰囲気が流れ、幾分、さっきより火力の弱まった焚き火がパチパチと音を立てる。
「そ、そういえばさ。その学ランは誰のなんだろうな?ブラウスも付いてたし、やけに綺麗に折りたたまれて置いてあったんだけど」
 哲也がこの空気を何とかしようと、話題を切り出した。
「え?ブラウスも付いてたんですか?」
「ああ。学生服一式、全部手に入ったんだ。たぶん、体育の授業で脱いで置いてあったんだと思うぜ」
 哲也はそう言うと、見事に切り替わった空気に、内心で跳ね上がるほど嬉しかった。
 そんな哲也の横で、啓輔はそんな事より名前は何か?と、はやす様に恵美に聞く。
「あ、そうでしたね。えっと…。!!」
 学ランを脱ぎ、ブラウス姿になり、恵美は裏にある刺繍の名前を見た。
 途端、恵美の動きが止まる。
 不思議に思った二人が、恵美の学ランを覗き込もうとしたと同時に恵美はぼそりと言った。
「城 晃彦…」
 城 晃彦(しろ あきひこ)。
 それは、恵美の兄の名だった。

2004-03-23 20:38:23公開 / 作者:ダイスケ
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■作者からのメッセージ
三話目です。
そろそろ、新規投稿して、区切りを入れる時期でしょうか?
この作品に対する感想 - 昇順
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お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。