『題名の無いお話』作者:水野理瀬 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 冷たい風が私の頬を撫でてきた。
ここしばらく、ずっと雪が降りつづけている。木は雪をかぶって、吐く息は白く、当たり一面が白だ。ぎゅむぎゅむと雪を踏みつけながら私は足を進めた。
最近なんだか憂鬱だ。朝起きるのも面倒で、学校に行くのも、ましてやこんな雪道を嫌々ながら歩き、やっとこさ教室に辿り着いても面白い事なんて何一つ無いんだから。そうして今も、私は学校に向かっている。
時々変な妄想をしてしまう。このまま学校を素通りして、どこかに行ければなぁー・・、なんて。
「ひより、オハヨ。」 
突然背後から声がしてきてビクっと体を震わせてしまった。
「お、おはよう。れーこ」
言いながら後ろを振り向いた。
黒いマフラーを首に巻きつけた怜子がそこにいた。
「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?」
「あは、ちょっとね。ぼ〜としてたから・・・・。」
柏木怜子ーー彼女は私が小学校五年からの付き合い。中学に入学してからもクラスが一緒で、一番仲がイイ。
そうこうしているうちに校門に着いた。 ああ、これから面白くも何とも無い1日がここでスタートするんだなぁ・・・・。
教室に向かう途中、怜子が何やら言いにくそうに呟いた。
「・・・あいつ・・・、まだ学校来てないんだって。・・・これでもう2ヶ月は経ったよ。」
「え?まだ来てないの。受験なんだよ?!今年!!」
思わず、怜子の肩をがっしりと掴む。
「ひ、ひよりっ私に言われても・・・」
「あぁ・・・そうだったよね。誰も知らないんだよね・・・・。ごめん。」
肩から手を離すと怜子はほっとしたように胸を撫で下ろした。
ホント、オモシロクナイ



 矢島聖司 二学期の終わりから学校へ来なくなった。
部活はバレー部で、成績優秀。ひょろりとした背丈、銀縁眼鏡を掛けている。
弟が一人いて、誠という名前。聖司がまだ生まれたばかりの時に、聖司のお父さんは病気で他界した。現在母子家庭。・・・私が、聖司について知っている事はこんな程度だ。
小学校三年生から六年生まで同じクラスメイトだったけど、中学に上がるとクラスは別々。2年のクラス替えも一緒になることは無かった。
さて、何故聖司が学校に来なくなったかというと・・・、クラスでいじめがあった、という訳でもなく、大変な病気になった!!、という訳でもない。
はっきり言って原因不明なのだ。
あんなにいい奴がいじめにあう訳無いもん・・・。病気だったら聖司のクラスで「矢島君は病気なので、皆さんで励ましの手紙を書きましょう!」とかなんとか言うはず。実際、聖司と同じクラスにいる友達が担任の先生に矢島君が来ない理由を尋ねたところ・・「俺が知りたいよ!なんで矢島は来ないんだ・・・!?」と、逆に聞かれる有様だ。
もう公立入試まで一ヶ月を切った。


 「ねーひより。今日帰りに、図書館で一緒に勉強しない?」
放課後、帰る支度をしていると怜子が話しかけてきた。図書館で勉強と言っても、結局はノートを机に広げただけでおしゃべりをして時間が過ぎていく。
「あー・・・・ゴメン。ダメだわ。今日新しいカテキョの先生が来んだよね。しかもこんな時期にだよ?信じられる?」
「随分突然なんだね。ナンデ変わったの?」
「それがさぁー、前の先生、精神的にも肉体的にも弱い先生だったんだよねー。前に受け持っていた生徒さんから「殿内先生じゃなきゃ嫌だ!殿内先生に教えて欲しい〜」とか言われて、私と掛け持ちしてたんだけど流石に疲れちゃったみたいなの。で、先生の方から私を受け持つのを辞退したわけ。」
殿内先生というのは、私が中ニの時から受け持っていた家庭教師の先生。私は、男の先生は嫌だったから女性の先生を希望した。で、来たのが殿内彩芽先生。27歳。
正直言うと、あの先生は苦手だった。真面目で自分の言う事を押しつけてくるタイプ。私は昔からああいう根っから真面目な性格の人とは折が合わなかった。
自分で言うのもなんだけど、やる気が無いマイペースな人間だし、勉強もあまりできる方じゃない。だから、真面目なタイプの人は私のことを嫌うんだろうなと思う。もし、あの先生と私が同い年で同じクラスメイトだったとすれば、間違いなく彼女は私のことを嫌うだろう。
「あらら、そうなんだ。ま、カテキョの先生じゃ仕方ないか。頑張って。また今度ね。」
「うん。また今度。」
前に受け持たれていた生徒はあの先生のどこがそんなにイイんだろう。もしや、スキとか?はは、まさかね。 
とりあえず、先生が変わるのは良かったのかもしれない。

 学校の玄関に出ると外は相変わらず雪が降っていた。

「ただいまぁー」
「あ、ひよりおかえり。七時になったらセンターの先生と、新しい先生が来るって。ひよりの希望通り女の先生だってさ。今のうちに部屋キレイにしときなさい。あんた、部屋ちらかっぱなしよ〜。」
台所から母の声と、ジュージューと何やら炒めている音が聞こえた。いい匂いがする。どうやら今夜は肉と野菜の炒め物らしい。
「はいはい分かりましたよー」
急いで2階へ上がり部屋のドアを開けた。 
「うわップリント投げっぱなしだったーっ」
仕方なしに部屋の掃除にとりかかる。

 気がついたら既に六時五十分だった。はじめは床に散らばったプリントを集め、机の上に広がる消しかすを捨てていたが、段々と気分が向上してきてあんなトコやこんなトコまで隅々と雑巾で拭き、ついには掃除機まで出動したのだった。
「あっ。もうこんな時間か・・。着替えないと!」
制服をハンガーに掛け、ジャージのズボンにセーターを着た。我ながらやる気のない格好だ。
机の椅子に腰掛け、暫くぼぅっとしていると家のチャイムが鳴った。
玄関の方で母とセンターの人らしき声がする。  
ヤバイ。ちょっと緊張してきたかも。すると、階段を上がる三人の足音が聞こえてきた。『ガチャ』 来た・・・!
入ってきたのは小柄な30歳くらいの女性と、若い背が高い男・・・? その後ろに母がついて来た。三人とも床の上に正座をして、丁度私と向き合う形になった。
「ひよりちゃんこんばんは。今回は急に殿内先生があんな事になって、本当にごめんなさい。」
小柄な女性が言った。
「はぁ・・・・。」
なんて言ったらいいのか分からず、曖昧な返事をした。
「あ、私、家庭教師センターの緒方です。で、こちらが・・・」
「小早川です。」
若い男の人が言った。
ん? ちょっと待って! なんか嫌な予感がするんだけど・・。でも分からない。この若い男の人、よく見たら女? えっ・・でも胸ナイよ・・。でも女だって言われれば女だと思うし。でも・・・・
私の嫌な予感は的中した。
「えー・・っと。ひよりちゃん、多分分かるだろうけど、これからはこの小早川先生がひよりちゃんの新しい先生になるの。」
「え・・・・・・・・・」
言葉が詰まる。
「ひよりちゃんが男の先生は嫌だって言うのは聞いてたんだけど、センターの中でひよりちゃんに合いそうな先生を選んだらこの先生が一番良いと思って・・。」
『この先生が一番良いと思って』のところを強調して言う。これじゃあ断ることはできない。第一、入試間近なのだ。こんな先生の事でいちいち揉めていられない。
「ホント、いい先生なのよ。」
緒方さんが必死の目つきで私を見つめる。
「あぁ、はぁー・・・」
またしても曖昧な答え方。お母さんが睨んでいるのが分かる。さっさと高を括ろう・・。
「はい。分かりました。」
ほっとしたように緒方さんが笑った。
「では、宜しく。ひよりちゃん。」
にっこりと小早川先生が微笑んだ。改めて見るとやっぱり男だった。でも、とても社会人には見えない。まだ高校生と言っても通用しそうだ。
「どうも・・・。」
まさか、男の先生になるなんてなー・・・・。私の気分は一気に下降した。

 「ちょっと! お母さんっ。なんで嘘ついたのよ!? 男の先生だなんて聞いてない!!」
指導が終え、玄関で二人を見送った後、私はすかさず母に詰め寄った。
「ひっひより・・。お母さんだって、電話で緒方さんと話した時は女性の先生を選んだって言ってたのよ。来るまで知らなかったわよ。男の先生だなんて・・。」
「えっ。そうなの? じゃあ、緒方さんが嘘ついたの!?」
「そーゆうことね。ま、いいじゃない♪ 結構カッコイイ先生で。それにしても、先生が部屋にはいった時のひよりの顔、面白かったわ。ぽか〜んってしちゃって。あの間抜け顔、今思い出しても笑える。」
私の気持ちも知らないで、母は堪えもせずに笑った。  ・・・ムカツク・・・

 小早川要先生。実際の年齢は25歳。私の志望校、翠翔高校の卒業生。因みに、中学も私と同じだったらしい。凄い、偶然だ。
『今日は11日に控えている私立で受ける三教科を中心にやろう。』 
そう言うと、早速数学の問題にとりかかった。どんなもんかと思っていたが、結構分かりやすい教え方だ。殿内先生だったら一方的に言うだけで、質問も怖くて聞けなかったけど、この先生はそんなことも無い。ひとまず安心。
男の先生なのは嫌だけど、我慢だ。 この先生を女だと思えばいい。 
ちょっと無理があるが自己暗示のように心の中で何度も唱えたのだった。
 まだ笑っている母を押しのけて私は部屋へ直行した。ラジオをつけ、ベットに体を沈める。いつも以上に神経を使ったせいで疲れがどっと押し寄せてくる。ラジオから人の声がするにも関らず、私の瞼が閉じていく・・・・・。
  

 私はせっせと雪を丸めていく。素手で雪を触っているのになんだか全然冷たくない。 ギュッギュ 雪玉は石のように硬くなった。 ねぇねぇ雪合戦しよ 隣にいる筈の怜子に話しかけた。でも怜子はいない。 あれ? 怜子ー!何処にいるのぉー? 大声で叫んでいる筈なのに、出てくる声は弱々しい掠れた声しか出ない。 段々辺りが暗くなる。 どうしよう。そろそろ帰らないと。今日は肉と野菜の炒め物なのに・・・冷めちゃうよ。 手に握っていた雪玉はいつのまにか消えている。 あれ?どうして? 急に不安になってきた。 もう帰ろう。急いで立ち上がり、家に向かって走る。 後ろから何かが追ってきた。 え? 誰!? 怖い 逃げなきゃ捕まる 走る 転ぶ 足が縺れる 立ち上がる 足が思うように動かない。 なんで!? クラスでも足は速いほうなのに・・・!! 『ガシッ』 腕を掴まれた。 逃げられない!!! 

 目が覚めると体中に嫌な汗が吹き出ていた。ラジオからは『ゴットファーザー』が流れている。最悪の目覚めだ。 久々に怖い夢を見た。気分が悪い。さっさと顔を洗おう。時計は午後10時を回っている。 お母さん、ナンデ起こしてくれなかったのよ。心の中に毒ずいて階段を降りて行った。

 「どーだった? 新しい先生は。」
「えっ・・・・。あぁ・・・うん・・。」
翌日、教室に入った途端、怜子が駆け寄って来た。
男の先生だなんて言ったら、絶対変な事を言われる。怜子には黙っとこうかな・・・。 
「殿内先生よりは良さそう。」
にっこり微笑んで言った。
「よかったね〜。受験がんばんないとだ。高校行ったら、ひよりとは離れちゃうね。寂しいよ・・・・。」
半分冗談気味で、半分本気で目を潤ませながら怜子が言った。
「うん・・・・。寂しいね・・・。」
妙にしんみりした空気が流れた。
 
卒業まであと一ヶ月もない。卒業式の翌日に公立入試が控えている。聖司は来るのだろうか・・・・・・。
 「あーあ・・・。アイツなんで来ないんだろう・・・。」
「ん? なにまた矢島聖司の事ぉ〜? ひよりってば、もしや奴のこと・・・?」
「ばっ・・・・!!! やめてよ! 急にぃ〜!」
言ってるそばから顔が熱くなったのが自分でも分かった。 
「みんなー、席に着いて。」
担任の先生が入ってきたので、話を中断した。 
怜子に色々突っ込まれる前に話が中断してよかった・・・。

 1時間目の移動教室で怜子と一緒に廊下を歩いていると、前方から見覚えのある少年が歩いている。すれ違いざまに顔をよく拝見したら思わずギョッとした。聖司によく似ている人物だからだ。
「今のすッごく似てたね。矢島の弟か。」
「あぁ・・うん。すッごく似てた。聖司と、聖司の弟って双子みたいにそっくりだね。確か、弟クンは中一だよね。」
「あー! まだ中一かぁ〜、若いなぁー・・・。若いってスバラシイね。ひより・・・。」
「なに年寄りみたいな事言ってるの? うちらもまだまだ若いよ♪」
最近感傷的になる怜子だった・・・。
 

 
 また私は走ってる。 はぁっはぁっ 息が続かない 心臓がバクバク鳴ってる。
体中が疲労で悲鳴をあげる。 苦しい もう走りたくない でも後ろから追って来る何かが、私にはとても怖い。 逃げなきゃ 走らなきゃ はぁーはぁーっ でももう限界 苦しい 走りたくない 石に躓いて転ぶ 立ち上がる 足が縺れてまた転ぶ 頭がおかしくなりそう。 怖い 目が回る 助けて!!!!
 
 「はぁっ!!」
まただ、またこの夢を見た。
全身が汗でびっしょりだ。今何時だろう・・・。 時計を見たら時刻は午前4時だった。 気分が優れない。外の新鮮な空気が吸いたい・・・。
おもいたってベットから抜けると、ジーンズと厚手のセーターに着替える。
両親は当分目を覚まさないだろう。コートを羽織り、ロングマフラーを首に巻きつける。玄関に行き、靴を履く。そして静かにドアを開け、私は外に出た。

 外に出ると、雪がしんしんと降っていた。
「はぁー・・・。」
白い息を吹いてから、のそのそと歩き出す。とても静かだ。まだ辺りは暗いが、気持ちを落ち着かせるにはちょうどいい。気分もだいぶスッキリした。
コートのポケットに手を突っ込んでみると、何かが指先に当たった。
「なんだろう・・・?」
取り出して見ると、500円玉だ。丁度いいや。なにか自販機で買おうかな。
曲がり角を曲がったとこに、自販機がある。私は、ぎゅむぎゅむと雪を踏みつける感触を楽しみながら、そこへ向かった。しかし、曲がり角を曲がろうとしたら何かが私とぶつかった。あまりにも勢いよくぶつかったので、私は尻餅をついてしまった。
「きゃぁっ!」
なんなの? こんな夜中にっ!! 自分のことは棚に上げてそんな事を考えていると
「大丈夫?」
突然、上のほうから声がした。あまりに驚いた私は声も出すことができなかった。
「あ、は、はい。」
立ちあがり、俯きながらコートについた雪を払う。誰なんだろう? 若い人の声だったけど・・・。 思いきって顔を上げると、私はまたしても驚いて声が出せなかった。
「え!?」
相手も驚きの声を上げ、互いにぼーぜんとしていると、また誰かが走ってこちらに向かう音がした。
「おい! 聖司! 勝手にどこか・・・・」
その走ってきた人物も私を見て固まった。
「こ、小早川先生!?」
「ひよりちゃん!?」
なんたる偶然。 いや、これは必然か・・・? 自販機の前にたたずむ三人は、私と、私の家庭教師の小早川先生、そして、矢島聖司だったのだ。



 「ごめんな。ひよりちゃん。こんなモンしか出せないけど・・・。」
先生はそう言うと、湯呑にお茶を注いでテーブルに置いた。
あの後、私は小早川先生と聖司に引き連れられてアパートに来たのだ。
「あ、お構いなく・・・。」
温かそうなお茶だ・・・。遠慮無く頂こう。湯呑に手を当てるとじんわりと指先から温かい温もりを感じた。
ふぅっと息をつぎ、それから
「で、どうゆうことなんですか? なんで聖司が・・・」
ちらりと向かいに座っている聖司を見る。むくれるでもなく、悲しそうでもない顔をしてる。
突然、沈黙を守っていた聖司が口を開いた。
「俺と、要は従兄なんだ。で、ここは要の家。今、ちょっとここに住んでもらわしてる。」
「え!!? い、従兄!? 先生と聖司が!?」
「あぁ。俺の母親の兄の子供が要。」
嘘!? 信じられない。こんな偶然があるの?
「聖司君が、目を離した隙に外に飛び出すもんだから焦ったよ。よかった。ひよりちゃんにぶつかってくれて。」
穏やかに微笑みながら先生は言った。そして・・・
「で、ひよりちゃんはどうして外にいたの? こんな夜中に。」
思わず体が強張った。 落ち着け。ひより!
「ちょっと、急に目が覚めちゃったから外の自販機で飲み物でも買おうかと・・・。」
「ふ〜ん。」
聖司がにやつきながら言った。
苦しい言い訳だったカナ。でも、『怖い夢を見たから』なんて言っても馬鹿にされてしまう。
それにしても、なんで聖司はここに住んでるんだろう。
久々に見た聖司は何の変わりもない、聖司だった。 
 
 「あ、もう5時になりそうだ。ひよりちゃん、そろそろ帰った方がいいかもな。まだ暗いから送っていくよ。」
「あっ、はい。有難うございます。」
玄関を出ようとドアを開けると、先生は、はっとして足を止めた。
「聖司、お前も来い。また勝手に出て行かれたら叔母さんに心配されるだろ。」
「ちっ」
軽く舌打ちしてから黙って、聖司もついて来た。

「私の家から先生の家って結構近いんですね。」
「んー・・・、そうだね。聖司の家も俺の家から結構近いけど。」
「ホント、よかったよ。要の家が近くて。」
先生が苦笑したような表情を見せた。
・・・・・・そうだ。なんで聖司、先生の家に住んでるんだろう。さっき、先生のアパートにいたけど、二人で住むには丁度いい広さだった。男二人で住んでるのに結構キレイな部屋だったな。
はっと我に返る。・・・何考えてるんだろう私!
一人でドギマギしてると私の家に着いていた。
「どうも有難うございました。」
ぺこりと頭を下げると、頭に積もっていた雪がパサパサと落ちていった。
「おやすみ。お母さん達に見つからないようにね。」
先生が微笑みながら言った。横にいる聖司もニヤついている。
「じゃ。」
聖司と先生が踵を返した。

 家の玄関の前で雪を払い静かにドアを開けて閉める。靴を脱ぎ、2階に向かった。それからベットに顔を埋め朝が来るのを待つことにした。
今日はいろんなことがあって疲れた・・・。
   
 ジジジジジジジジ
「んん・・・・五月蝿いなぁー・・・・」
目覚し時計をおもいっきり叩いて黙らせると、不機嫌に体を起こした。暫く、ぼーっとしてから徐々に頭を覚まさせる。
あれは夢だったのかな・・・・・。
ふと体を見てみるとセーターとジーンズ姿だった。
「・・・・・」

「おはよう、ひより。今日は小早川先生が来るんだから早めに学校から帰って来なさい。あ、あと、11日に滑り止めの試験があるのよ? いくら滑り止めだからって気を抜くんじゃないわよ。」
お母さんは朝から元気だ。私にはとてもムリ。こんな朝っぱらからハイではいられない。
お父さんがカレンダーを見て、突然叫んだ。
「お、おい。明後日じゃないか! ひより! 大丈夫なのか!? 勉強はちゃんとやってるのか!?」
・・・まったくこの夫婦は・・・

あの時のことがまだ夢のようだった。久々に見た聖司の顔が浮かぶ。あの端整な顔立ち、黒くてふわふわした髪の毛、銀縁眼鏡・・・何もかも変わっていなかった。およそ2ヶ月間、聖司はあの家で何を考えていたんだろう。なんで学校に来なかったんだろう。

 教室に着くまでずっとそんな事を考えていた。だけど、想像するだけで結局答えは聖司、本人しか知らない。これじゃあ、堂々巡りだな。
それにしても、聖司に会えて良かった。
自然と顔がニヤついてしまう。 
「ひよりなんかいい事あったの? 顔がニヤついてるよ。朝からずーっと。変だよ。へ・ん!」
お昼休み、怜子が訝しげに聞いた。
「へ!? そんな事無いよ。」
怜子に隠し事をした。聖司に会った事は自分の胸の中にしまっておきたい。親友にでも内緒にしておきたいことだってたまにはある。
「ふーん。・・・あっ、そういえばひより明後日、私立の試験だね。」
「うん、そーだよ。ま、テストはマークシートだけどね。」
「マークシートだからって甘く見ないように!」
「・・・いいよなぁー、怜子はほぼ決定で。私、怜子みたく何かの才能とか無いし。」
私がそう言うと怜子は苦笑するように笑った。
怜子はスポーツ推薦でほぼ決定している。小学生の頃から、テニスクラブに通い、中学生になると硬式のテニス部に入り、ほとんどの大会で上位にいるのだ。何度か怜子がテニスコートでテニスをしている姿を見た時があるが、『凄い』としか言いようが無い。テニスコートに立つ怜子の顔はいつものひょうきんな雰囲気はなく、強い眼差しをしていた。
いつだったか、テニスコートで休憩していた怜子に言った事がある。
「凄いね。怜子って、ホント強いんだー・・・・」
思わず感嘆の声を漏らす私に怜子は
「上には上がいるの。あたしが市内一位でも、県大会ではもっと強い奴がいるし、全国だったらあたしなんてホント、雑魚だよ。」
一瞬、自虐めいた表情で笑い
「強くなりたいから、練習する。人一倍に」
と、テニスコートに立った時のような強い眼差しをした。
 スポーツ推薦がほぼ決まったのだって、つい最近知ったのだ。怜子は私に気を使わせていたのかもしれない。ホント、ああ見えても何を考えてるんだか分からない。・・・・・人の気持ちなんて分からないよね。

 「先生、いらっしゃい♪ ほら! ひよりも頭下げてっ」
お母さんの手が私の頭を無理矢理下げさせる。
「どうも・・・」
「こんばんは」
小早川先生が意味ありげに微笑む。その微笑に一瞬不安を覚えながらも私と先生は、私の部屋へ向かった。
部屋へ入るなり先生が聞いた。
「お母さんにはバレなかったかな?」
思わず、顔が熱くなる。
「は、はい。ナントカ・・・」
「そう。それはよかった。」
しどろもどろになりながらも私は椅子に座った。
「えーっと、明後日私立の試験だね。ま、多分受かるから心配しなくても大丈夫だと思うよ。」
「は、ハイ・・・・。」
なるべく先生と視線を合わせないように目線を下げる。どうも部屋に二人っきりの状態になると緊張してしまう。
「・・・・ひよりちゃん」
急に真剣な声を出したので思わず先生の方を見た。
「はい?」
先生は真剣な目で私を見る。何なんだろう? 冷や汗が出てきた。
「お願いがあるんだ・・・・」
「お願い?」
鸚鵡返しに尋ねる。
「ああ。聖司のこと、学校へ行くように言ってくれないか?」
「・・・・・・えっ!? 聖司に? 私が? ・・・・ですか?」
「うん。お願い!俺が言っても聞かないんだアイツ。ひよりちゃんからも言ってよ。」
「あ、あの、なんで聖司は学校へ行かないんですか?」
「・・・・ゴメン・・・俺も知らない。聞いても言わないんだ。叔母さんからも頼まれてるんだけど、俺じゃぁどうにも・・・・」
「んー・・・、でも私が言っても聖司が学校に行くかどうか分かりませんよ?」
「それでも、アイツの話相手だけにでも、なってくれればいいんだ。」
先生があまりに必死に言うので私は小さく頷いた。


 『バキッ』
鉛筆の芯が折れた…。
 今、私は私立の試験を受けている。
鉛筆のカリカリとした音と、問題用紙をめくる音しかしない。
 芯が折れたことに少しイラつきながらも、私は机の上に並べられている五本の鉛筆の中から一本掴み、さっさと問題にとりかかる。
ぐりぐり塗りつぶす。ぐりぐりぐりぐり……
 マークシートって退屈かも。ま、いいか。普通のテストよりは。

 ほとんどの生徒がこの私立を滑り止めに受ける。聖司も来るかなー、とか思ってたけど、やっぱりアイツは来なかった。
 仕方ない、帰りに先生の家に行こうかな。

その後、試験と面接を終えた私は足早に先生のアパートへ向かった。

 『ピンポーン』
ドキドキしながらチャイムを押して待っていると、先生がドアを開けた。
「お? ひよりちゃんか。早速来てくれたの?」
「えぇ、まぁ……」
急にここにいる事が恥ずかしくなり顔を下に向ける。
「ま、入って♪」
いそいそと玄関に入る。
聖司がソファーに寝そべっている姿が見えた。
「お邪魔します」
「え!? 香坂? なんで来てんだよ。お前」
ギョッとした表情で私を見る聖司。私の名字で呼ばれたのでちょっとビックリした。普段、『ひより』と呼ばれているから『香坂』と呼ばれると不思議な気分だ。
 小学生の時は、私の事ちゃんと下の名前で呼んでくれてたのに。男のコって、なんだか急によそよそしくなるなぁー・・・・・・。少し寂しいかも。
「そんな言い方ないだろ。お前があまりにもしゃべらないから、心配してひよりちゃんがわざわざ来たんだぞ。ちょっとは人の気持ちを考えろ」
「あ、いいんですよ。気にしてませんから」
苦笑いしながら言うと、聖司が不機嫌そうな顔をした。
「ホント、ごめんね。コイツ、愛想がなくって」
先生は湯呑にお茶を注ぐと、私に「どうぞ」と微笑んで渡した。それから先生は洗面所の方に行ってしまった。
どうしたらいいか分からず、立ち往生していると
「とりあえず座れば?」
と聖司がぶっきらぼうな声で言った。
「うん」
湯呑をテーブルに置き、自分のリュックを床に下ろして、聖司が座っているソファーとテーブルを挟んで向かい合っているもう一つのソファーに腰掛けた。
 何を話せばいいんだろう……?

 「今日、私立の受験だったんだ?」
聖司から話し掛けてきた。
「うん。そうだよ。聖司は受けなかったけど、滑り止めどうすんの?」
「俺、公立一本だから」
「え!? マジで?」
「マジだ」
「そういえば、今日私立の受験だったね〜」
小早川先生が洗面所から出てきた。髪をキチンとさせている。
「どうだった?」
「えぇ、まぁ……、先生、どっか行くんですか?」
「あ、俺これから塾で指導しに行くんだわ。センターでも、個人指導あるからね」
「へー……」
「じゃ、行くから後頼むわ」
先生はそう言うと、さっさと鞄を持ち、玄関で靴を履き始めた。
「ぇ……!?」
ちょい待ってよ! 先生行ったら私何話せばいいか……!!!
「いってらー」
聖司がノンキな声をあげて先生を見送った。
 
 暫くの間、恐ろしく静かな沈黙が続いた。
聖司はソファーに腹這いになりながら本を黙々と読んでいた。
ストーブの暖かい暖気が私の眠気を誘う。この状況で眠気がくるなんて私は本当に能天気だな……。
「ふぁぁー……」
大きな欠伸がでてきて思わず口を噤む。
「お前、何しに来たんだよ……」
呆れ顔で聖司がこちらを向いた。
「ははは…。本当、何しに来たんだろ」
「どうせ、学校に来ない理由を聞くように要に頼まれたんだろ?」
「まぁ、そんなところ。で、なんで学校来ないの?」
こうなったらストレート聞こう。ねちねち遠まわしに聞くよりはいいだろう。
「どうして?」
聖司は黙りこくって俯いた。
言おうか言うまいか悩んでいるように見えた。
こんな表情をする聖司を見るのは初めてだ。きっちり脳裏に焼き付けるように、今、ここにいる聖司を見つめた。
「理由か……そんなもん、無いよ」
複雑な表情を浮かべ、聖司が顔を上げた。
「無い?」
微かな笑みを浮かべて聖司が頷いた。すると、急に聖司が立ちあがりもう一つの部屋に入っていった。部屋の中でガサゴソと音がする。
 何をやっているんだろう? と疑問に思っていたら聖司が長方形の厚い紙でできた物を両手で抱えながら部屋から出てきた。
「何それ?」
気になって尋ねると、聖司がテーブルにそれを置いた。
私はそれをじっと見つめた。
「これ、学校に行かなくなった日の朝に書斎から見つけたんだ。で、やってたら学校行くの忘れてさ」
「忘れる? 普通……」
「ま、これがきっかけなんだよ」
聖司がテーブルに置いたそれは『絵』だった。大きな木が立ち並ぶ公園に小さな子供や大人、老人がベンチに腰掛けたり、子供が子犬と一緒に、かけっこをして遊んでいる。
だがそれはただの絵ではなく、
「パズルだよね? これって……」
 
 あまりにも意外な『理由』だ。 本当か、嘘か、定かではないが……
 

 本当に? 本当に理由が無いのかな……?
そんな事を頭で考えながら私は小早川先生のアパートを出て、家路についた。
今ではもう、雪も降っておらずどんよりとした雲が空を覆っていた。
 昔から聖司はよく分からないところがあった。周りの子供達よりどこか違った雰囲気を醸しだしていたアイツが少し気になっていた私。
 無口で、本をよく読んでいた。男のコばっかとつるんでいたから、女子は遠巻きに彼をよく見ていた。
 あの頃の聖司は可愛かったなぁー…、眼鏡を掛けてなかったから、まだ子供っぽさがあったし。今の聖司は、遠い存在みたいになってる…って、思ってたけどそうでもないかな。
 私は、さっきの聖司の顔を思い出してみた。
こんな風に、聖司と話すことができただけで私は嬉しかった。



2004-03-14 12:06:55公開 / 作者:水野理瀬
■この作品の著作権は水野理瀬さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めて小説を書きました。
ようやく受験も終わりました!!
無事合格で、やっとパソコンをいじれます。
先日、テレビで『耳をすませば』をやってます。その中にも、『せいじ』君がでてます。実は、この小説の『聖司』の名前の由来はこの『せいじ』君からとったんです。
いやぁー、『せいじ』君はカッコイイですね!!
今、『耳をすませば』の『せいじ』君の漢字を調べたところ、『天沢聖司』でこの小説の『聖司』と漢字が同じだったのでビックリしました(汗) すごい偶然だなぁ。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、星月夜です。実は私も受験生。…まず、行の最初は一マス空けてください。「…」も二つ繋げて使いましょう。視点もはっきり、書き分けて下さい。あと、私はこのぐらいの長さが好きですが、本当はもう少し長めのほうが好まれやすいです。私自身長く書くのは苦手なんですけれど。次に「柏木怜子ー・・・」の部分を、「柏木怜子――」の方がいいです。まだ続き物なので何ともいえませんが、次頑張って書いてください。
2004-02-10 19:33:12【★★☆☆☆】星月夜 雪渓
えー……まあ、俺も受験生なんで結構共感もてる部分もあるんですが……
2004-02-11 17:45:25【☆☆☆☆☆】霧
拝読させていただきました。私的に結構好きなお話ですよ(^^)。矢島の話から家庭教師の先生に話が転じたわけですが、何か繋がりがあるのでしょうか。これから先、どのような展開があるのか楽しみです。
2004-02-11 23:34:47【☆☆☆☆☆】エテナ
小説的な文章の書きかたではないようにも思われるんですが、楽しい小説だと思います。この後どんな風に続いていくのか楽しみです。
2004-02-12 00:25:54【★★★★☆】夢幻花彩
同じく受験生です。やっぱり息抜きで書こうとする方はたくさんいらっしゃるんだなあと実感。先生と、矢島、どうゆう風に絡んでいくのか楽しみです。小説に受験にがんばりましょう!
2004-02-12 00:38:38【★★★★☆】月城里菜
面白いです!初めてなのにすごいですね^^続き期待してます。
2004-02-15 14:25:34【★★★★☆】流浪人
星つき夜
2004-02-17 16:51:00【☆☆☆☆☆】水野理瀬
楽しく読ませていただきました。僕は大学まで推薦でいっちゃったので受験の苦しみはわかりませんがよかったです。受験の苦しみがわかればもっと楽しめたんじゃないかなとおもいました。
2004-02-17 16:57:03【☆☆☆☆☆】風
点いれわすれです
2004-02-17 16:57:25【★★★★☆】風
↓のレスはごめんなさい!ミス打ちです!! 星月夜さん。 はじめましてです。ご指摘アリガトウございました。お互い、受験頑張りましょう! 霧さん。受験生ですか! 多いですね。お互い頑張りましょう♪ エテナさん。嬉しいコメントアリガトウございます。 夢幻花彩さん。まだまだ未熟者なので書き方はこれから上手くできればと思っています。 月城さん。どうゆう風に絡むのか楽しみにしててください! 流浪人さん。私はまだまだ未熟もんです。でも嬉しいコメント、アリガトウございます。続き頑張ります!
2004-02-17 17:04:43【☆☆☆☆☆】水野理瀬
初めまして、rathiと申します。女の子から見た主観というのがよく伝わってきます。ですが、セリフが妙に説明くさいのは直した方が良いと思います。ではでは
2004-02-21 03:48:27【★★★★☆】rathi
受験かぁ〜今14歳なので、もうすぐですな・・。登場人物たちのキャラがもっと知りたいな。と思いました。続き、楽しみにしています!
2004-02-21 13:14:56【★★★★☆】美禰湖
はじめまして。続きが気になるよう工夫されていて良いと思います。まだ、これからいろいろな繋がりが解ってくるんでしょうね。
2004-02-22 17:46:21【☆☆☆☆☆】オレンジ
点数入れ忘れました。
2004-02-22 17:47:12【★★★★☆】オレンジ
初めまして。rathiさん。セリフが説明臭いのは、正直図星です。以後、気をつけて書きます。 美(ごめんなさい!漢字の読み方が分かりません)湖さん、オレンジさん。登場人物についてはこれから詳しくなります。続き頑張ります! 
2004-02-25 12:46:07【☆☆☆☆☆】水野理瀬
風さん。読んでくださって有難うございます。受験生でも勉強の事ばっか考えているわけではありません。そりゃぁ、苦しんでるだろうけど、人それぞれだと思います。私は、多くの受験生の中でも、こおゆうことを考えている受験生もいるんだ!ってことを知って欲しくてこのような小説を書いたんです。続き頑張って書きます。受験も頑張ります!!
2004-02-26 12:40:36【☆☆☆☆☆】水野理瀬
受験生です。終わりました。社会理科が特にやばかったです。このことからある意味終わりました。まあーそれはいいとして、とても面白かったです。次回も頑張ってください。
2004-02-26 17:32:53【★★★★☆】フィッシュ
受験生には来年度なります柳瀬です、初めまして。愛想が無いと言われる割には私は憎めないキャラだなあと思いました。続くんですよね?とてもラストが楽しみです。
2004-03-13 16:29:24【★★★★☆】柳瀬羽魅
フィッシュさん。受験お疲れ様です! お互い頑張りましたね!! 私は当分の間、勉強はしたくありませんw 柳瀬羽魅さん。読んでくださって有難うございます! ハイ、まだ続きます!ラストまで頑張ります! 
2004-03-14 12:14:31【☆☆☆☆☆】水野理瀬
計:38点
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